第321話 恋バナ

 コレットを包む眩い光はどんどん輝きを増していく。圧倒されるって言うよりも何処か温もりを感じるような……不思議な光だ。


 まさか、これがコレットの固有スキル……?


「これはね、【聖戦の誓い】っていうスキル。使うと聖なる力が飛躍的に上昇するんだ。闇属性の敵に有効なんだけど、あんまり使う機会がなくて」


「そんなスキルを持ってたんだったら、シャルフと戦った時に使えば良かったのに」


「あの時は魔法を封じられてたから。これ、魔法力を使うスキルなんだよね」


 そういうスキルもあるのか。まあパラディンって魔法使うイメージあるし、意外ってほどでもない。


「暗黒グッズの装備品は、右から順にネックレス、指輪、イヤリング、ネックレス、ピアス。ピアスを斬るのは難易度高そうだけど……大丈夫か?」


「ん? もう終わったよ?」


「……へ?」


 慌てて呪われていた五人の方に目を移すと――――それぞれの傍に真っ黒な破片が多数散らばっていた。


 なんつースピードだよ……事前に調整スキルで精度重視のステータスにした筈なのに、全く動きが見えなかった。


 マギソートで確認すればわかる事だけど、もしかしたらレベルが79に上がった事で飛躍的にパラメータの総量が増したのかも知れない。いよいよ無敵感が漂って……


「あーーーっ! 刃こぼれしてる! 嘘でしょ!? もしかして不良品!?」


 ……そうでもないか。コレットだし。


 ンな事より、呪われてた人達はちゃんと健康体に戻れたのか?


「はぁ……はぁ……あれ……? 痛くない……痛くないぞ……クソッ!」


「クソ?」


「あっ違う違う! 『クソ厄介な状態から回復できて嬉しい』って言いたかったんだ! はは! ……はぁ」


 毒に冒されていた冒険者はなんか別のものにも冒されていた模様。大丈夫かな、この人の今後の人生。


 ともあれ、他の面々も無事に回復したみたいだな。良かった、手遅れは最小限の人数で食い止められたか。 


「助けてくれてありがとうございました。冒険者のコレットさんですよね? 流石、人類最高のレベルの持ち主です」


「あっはい」


 劇団員やメリリムさんに囲まれて、コレットは人見知りを発動中。勿論助けるつもりはない。こういう事はこれからも散々起こるんだから、早い内に慣れなきゃな。


 何にしても、不幸中の幸いというか一石二鳥というか、舞台の危機を最小限に抑える事が出来た上、コレットの株も上がった。


 めでたしめでたし……という訳にもいかない。ヤメ達に頼んでいた調査結果を聞かないと。


 同じような目に遭っている住民が、果たして何人くらいいるか――――





「……100人以上?」


 一難去ったら二十難くらい一気に襲いかかって来たんですけど……どうなってんだよ。幾ら街全体がフワッと闇属性になってたっつっても住民染まり過ぎだろ。


「ブームになると競争心が芽生えるからね。他の収集家より少しでも闇深い暗黒グッズを……って加熱した結果、呪い付きの物を持つバカが増えたんじゃない? この街、経済力と行動力だけは異常にある連中の集まりだから」


 言葉のチョイスは辛辣だけど、シキさんの考察には俺も同意するしかない。ここに住んでいる時点で巨万の富を得ている奴ばっかだろうし、魔王城の近くまで辿り着いている時点で行動力の塊だ。あと負けず嫌いも多いだろう。これが他の街なら大した問題にもならなかったんだろうけど、環境との相性が最悪だった。


 兎に角、そんな人数の体調不良者がいたら恋愛どころじゃない。ってか祭り自体が失敗になりかねない。出来れば今日中に解決したい事案だ。


「コレット。一日がかりになりそうだけど、協力してくれるか?」


「勿論! フレンちゃん様には……」


「承りました。お嬢様には私から話しておきます」


 何処からともなく現れたセバチャスンが、何処かへと消えていった。この間、僅か3秒。凄腕っぽいのは何となく察していたけど、やっぱり相当凄い人だな。


「……」


「シキさん、目付き怖いって。もしかして対抗意識燃やしてる?」


「別に」


 自称アサシンだけあって、シキさんも隠密技能には自信あるみたいだからな。対抗意識が芽生えたか。


「そんじゃ、このリストは俺が預かっとくね。迅速に調査してくれてありがとう。いつも助かる」


「ホントそれなー。ギマってシキちゃんに何でもかんでも頼り過ぎじゃね?」


 そう言われると返す言葉もない。だって有能なんだもの。しかも信用できるとなれば、真っ先に頼みたくもなる。


 とはいえ酷使して心身に負荷を掛け過ぎるのは御法度。ヤメがシキさんに対して過保護なのを差し引いても、この警告は素直に受け取るべきだろう。明日はもっと楽な現場に――――


「問題ない。私は役割を全うしてるだけだから」


 そう言おうとした俺に、シキさんはまっすぐな目を向けて来た。


「いや、でもヤメの言う通り、シキさんばっかり頼りにするのは……」


「それの何が悪いの? 隊長を補佐するのは私の役目なんでしょ?」


 ……っと。


 いつものシキさんらしいと言えばらしい返答だけど、気の所為か少しムキになってるような気もする。シキさんソムリエのヤメもちょっと驚いてるし。


「隊長は最善の方法だけ模索してれば良いから。余計な事に気を回さないで」


「あ……ああ」


「ヤメ。私達は持ち場に戻るよ」


「うぃっすー。ンじゃ隊長、後は任せた」


 サラッとした言葉とは裏腹に、俺の方を見るヤメの目付きは悪い。『テメ何日和ってんだよシキちゃんに無理させたら殺すからな』って殺気メッセージを込めていたような顔だった。


「……」


 そしてコレットも瞬き一つせずジーッと俺の方を見ている。こっちは多分、ギルマスとして思うところがあるんだろうな。


「へー。シキさんが腹心なんだ。なんか意外だなー。そうなんだー」


「色んな能力が高いから、つい頼っちゃうんだよな。でも信頼の置ける人材に重要な仕事を振るのも、ギルマスとしての大事な仕事じゃないか?」


「そんな事は聞いてないけど」


 え……どういう事? じゃあ何が言いたくてあんな目してたんだよ。


「前に城下町ギルドを訪ねた時にも感じてたけど、シキさん雰囲気変わったね。私がいた時はあんな感じじゃなかったのに」


「まあ、それだけギルドに馴染んだって事だろ。ああ見えて結構気を遣うタイプだから、入った直後は遠慮もあっただろうし」


「……トモって、ギルド員の事しっかり把握してるよね。みんなに対してもそんな感じ?」


 急にトーン変わったな。でもコレットがそういう事を気にしているのは手に取るようにわかる。『ギルマスとはこうあるべき』って檻の中で苦しんでいる感じ。


「いや全然。話をする相手も相当偏ってるし、理解度も当然ムラがあるよ。滅多に喋らないギルド員も結構いる」


 仕事の打ち合わせに関しても、主にマキシムさん経由で指示する事が多い。偶に顔を出す飲み会とか打ち上げに参加してる奴等とはよく喋るけど、そういう席に出席しないギルド員とはどうしても接点が限られてしまう。これは今後の反省点だ。


「あ、そうなんだ。良かった……」


「いや良くないんだって。会話ってスゲー大事だからな。苦手だからって逃げて良い訳じゃない」


 自分への教訓も込めて、この事は声を大にして言いたい。中身の一切ない雑談でも、するのとしないのとじゃ大違い。それだけで信頼は芽生えなくても、親近感は湧くからな。実は凄く大事なんだよ、親近感。この立場になって一番思い知らされた事かもしれない。


「って、こんな話してる場合じゃない。シキさん達が纏めてくれたリストに暗黒グッズの呪いで変になってる連中の名前と現在地が書いてあるから、近場から回って行こう」


「わかった。じゃあ移動しながらさっきの話の続きしよっか」


 会話が大事と言った手前、断れない。まあ馬車での移動がメインだから、話くらいは特に問題――――


「シキさんが雰囲気変わったの、トモが言った理由じゃないと思うんだけど」


「えぇぇ……」


 話の続きってそれ? ギルマスは斯くあるべき、じゃなくて?


「なんでシキさんに拘るんだよ。ウチを辞めてからは接点ないだろ」


 馬車に乗り込みながら、妙にシキさんに拘る理由を問う。


 コレットはムッとした顔をして、少し俯いて上目遣いで答えて来た。


「接点って言うか……少し気になる事があるって言うか」


「何だよ」


「トモってさ……シキさんと何かあった?」


 ……は?


「だってさっきのシキさん、トモを庇ってるっぽかったでしょ? 多分本当は優しい人なんだろうけどさ、あーいう事言うような人じゃなかったよね」


「いや、そこまで優しさを感じる言動でもなかったような……」


「もっとハッキリ言うとね」


 コレットは俺の方を見ずに、窓から覗く景色を眺めながら――――


「さっきのシキさん、『私が自分の意志でこの人を支えてるんだから余計な事言わないで』って言ってるように聞こえた」


 そんな事を言ってきた。


「『隊長を補佐するのは私の役目』って宣言するの、結構勇気要ると思うんだけど。トモはそこの所どう思ってるの?」


「……まあ、確かに」


 シキさんが言いそうで言わない言葉、とは感じていた。責任感が強いから自分の仕事にプライドは持っているだろうけど、それを堂々と言うタイプではない。


 敢えてそれをコレットのいる前で話したって事は……


「もしかして、マウント取ろうとしてた?」


「私はそう受け取ったけど」


 んー……自分で言っておいてなんだけど、シキさんってそんなタイプじゃないような。そりゃ俺だってシキさんの事を完全に把握してる訳じゃないけどさ。


 にしたって――――


「冒険者ギルド相手にケンカ売るってのは、流石になあ」


「……へ?」


「ん? だからシキさんが『城下町ギルドには私みたいな優秀な補佐がいるけど、冒険者ギルドはどうなの?』って挑発したって話だろ? 違うの?」


 そんな俺の見解に、コレットはこれみよがしにデッカイ溜息をついた。


「……もういい」


 で、喋らなくなった。『呆れて物が言えない』を実行しているらしい。


 なら俺も暫く黙るか。最初の目的地まで近いし。


 ……本当はわかってるよ。コレットの言いたい事は。


 でもそれを口に出すのは自惚れでしかない。シキさんとの距離が縮まっているのは事実だけど、かと言って『俺の現在の腹心って事実でマウント取る』って解釈は余りにも乱暴っつーか図に乗り過ぎだ。


 嫌われてはいないと思う。身の上話をしてくれるくらいだから、心を開いてくれているとも思う。でも、そこから先は何の確証もない。相手の気持ちを推し量るまでは良いとして、それを本人の居ない場所で口に出すのは傲慢だ。


 馬車は余り揺れず、快適な環境で俺達を運んでくれている。それが今はちょっと歯痒い。



 10分くらい沈黙が続いただろうか。



「今年の交易祭、恋愛がテーマだったよね」


 それを破ったのは、形容しようのない不思議な表情をしたコレットだった。


「トモは……その、そういう話って誰かとしてるの?」


「恋バナって事か? どっちかっていうと、他人のそういう話を聞く事の方が多いかな」


 相談を受ける機会はないけど、ギルド員の恋愛観を聞く機会は割とある。ポラギだけじゃなくディノーやオネットさんもそうだし。オネットさんのはちょっと意味合いが違うかもしれないけど。


「あと、例の鉱山での事件に関わってた冒険者達から、歪んだ愛憎劇のエピソードも存分に聞かされた」


「あー……」


 困った時は露骨に視線を逸らす。見慣れたコレットが戻って来た。


「恋愛の形って人の数だけあるって言うけど、本当だよね」


 俺には馴染みのない言葉だけど、そういう諺がこの世界にはあるんだろう。


「自分が壊れるか、相手を壊すかってくらい強い想いじゃないと、本当の愛とは言えないのかな」


「ンな訳ねーだろ。恋愛感情と病的な執着とごっちゃにすんな。そもそも人間は恋愛感情だけで生きてる訳じゃないんだからさ。そこには他の感情とか理性とか、色んなモンが混ざって当然なんだよ」


 恋愛について語る俺。生前の人生からは想像も出来ない。いや……今もだ。


 相手がコレットだから、こういう事も話せるんだろう。そんな気がする。なんつーか、こいつにだけは羞恥のハードルが下がるというか、他の人には話せない事も話しやすい。偉そうな事もスラスラ言えてしまう。あんまり良くないんだろうけど……


「難しいね」


「ああ。勝手に難しくしてるだけかもしれないけど、やっぱり難しい」


 俺は多分、人を好きになる事が絶対に出来ないって訳じゃないと思う。少なくとも、他人の良い所を素直に良いと思えるくらいの感性はあるから。


 だけど、それを一般的な好意と結びつけようとすると、途端にわからなくなる。性欲が伴えばそれは友達や仲間とは違う好意なのか? 結婚したいと思う好意が一番強いのか? 打算や計略が混じると純粋な好意とは言えないのか?


 ……わっかんねー。こんなんで恋愛ブームを生もうとしてるんだから、無謀を通り越して滑稽だよな。頼まれた以上は最善を尽くすってスタンスだけど、自信はどんどん目減りしてる気がする。本番を迎えてる最中だってのに。


「頼りたいって気持ちと、頼られたいって気持ち、どっちが近いのかな」


「ん?」


「……何でもない。独り言」


 やけに気になる物言いだったけど、コレットはそれ以上の言及はせず、目的地まで押し黙ったままだった。 

 




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