第319話 寝言は棺桶の中で

 暗黒。この言葉には最近やたら縁がある。そもそも俺を拾ってくれたのが暗黒武器屋のルウェリアさん達だった訳で、俺の第二の人生と暗黒は切っても切れない関係なのかもしれない。


 だけど、今回は正直あまり聞きたくはなかった。


「そうそう。あいつら、ずっと聖属性のアクセサリー付けてたのに、急に闇属性のに変えたんだよな」

「ブームに乗るタイプでもないのに、変だったよね」

「しかも結構ガチハマリで、競うようにレア物収集してたよな」


 同僚の役者さんからも次々と証言が出て来る。どうやら間違いなさそうだ。


 そして同時に、なんとなくだけど……真相が見えて来た気がした。

 

「えっと……座長さん、体調不良の役者さん達って何処で休んでます?」


「東通路の奧にある医務室だ。話を聞きに行くのか?」


「はい。今後の事はその後で話し合いましょう。取り敢えず午前の部は舞台を中止して、シャンドレーゼ交響楽団のコンサートをメインにして貰う形にするしかないと思います」


「ああ……そうだな。オレが話つけに行ってくるわ」


 客にしてみれば、舞台を見に来たのにコンサートじゃ納得は出来ないだろう。それでも、代案はちょっと考えつかない。彼等の音楽の力に賭けるしかない。


「ヤメ、悪いけどついて来て」


「お、おー」


 まだ事態を呑み込めてないヤメは、戸惑いながら俺と一緒に楽屋を出た。


「なー、どゆ事?」


「話せば長く……もならないか。実はここ最近、とある精霊の影響で街全体が闇属性になっててな。その所為で暗黒ブームが到来してたらしい」


「なんじゃそりゃ。え、マジな話?」


「こんな時に冗談言うかよ。で、その精霊の影響がついさっき消失したんだ。タイミング的に無関係とは思えない」


 というか、確定だろこんなの。暗黒グッズ収集家が揃って体調不良を訴えてる訳だし。


「そこでヤメに質問なんだけど、『属性酔い』みたいなのってある?」


「は? 何それワケわかんねーんだけど」


「例えば、炎属性の装備品で固めてた人間が、急に真逆の氷属性の装備に変えたら、具合悪くなるとか」


「んー……聞いた事ねーなー」


 違うのか。良い線いってると思ったんだけどな。 


「それよか、さっきの街全体が闇属性って話がホントならさ、そのお陰で呪いかかった暗黒グッズ持ってても平気だったとかじゃね? 闇属性に耐性が出来て」


「あー……街の闇属性がなくなったから、その影響で闇への耐性が元に戻って呪いを食らった、ってか。ない話じゃないかもな」


 もしそうなら、装備品を外せば回復に向かう筈……っと、ここが医務室か。なんか扉からイヤ~な空気が漂っているな。


「うわー……ヤメちゃんこれ開けたくねー。開けて」


「俺も嫌だけど、この際仕方ないか」


 正直、素手では触りたくない。なんか伝染しそうだし。服の袖を伸ばして……よし、これで大丈夫。


「失礼します。あの……」


 入った途端、中の異様な空気がこっちに流れてきた――――ような錯覚に陥った。


「ううーーーっ……く、苦しい……苦しいよお……助けてよぉ……ひぎいぃ……」

「目がぁ……目がああああぁ……もう真っ暗だ……僕の人生も真っ暗だはァ……」

「あわわわわ……ひいいいいいい……怖いよ……怖いよおおおおおおおおおお!」

「キキャーーーーッ! ウッキーーーーーーーッ! ピロピロポーーーーーン!」

「                                   」


 ……これは酷い。さっきの楽屋が地獄絵図だと思ってたけど、ありゃ大袈裟だった。こっちが本物の地獄絵図だ。


 えーっと、症状見る限り右から順に毒、暗闇、恐慌、混乱、そして沈黙……いや麻痺か。


 これ、完全に状態異常じゃん。絶対暗黒グッズの呪いだろ原因。どれも致命的じゃなさそうだけど、地味に嫌なやつだ。


「みなさん聞こえますか? 俺の声が聞こえる方はまず落ち着いて下さい!」


 そう呼びかけてはみるものの、全員こっちの声が聞こえていないのか、苦しみ悶えたまま医務室でゴロゴロしている。ベッドの数が足りないってのもあるけど、医務室の床で転げ回る人を見ると居たたまれない気持ちになるな……


「困りました。どうしましょう。各状態異常の回復アイテムを処方しても全く効果が現れません」


 この眼鏡の似合う知的な容姿の女性は……確か医務室に常勤している診療技師のメリリムさん。回復アイテムを使った治療を専門としている方だったか。


「どうしましょうどうしましょう。このまま彼等が死亡したら私の責任になりますよね。私の経歴に傷が……老後の悠々自適な無人島ライフが……ああ……」


 気持ちはわかるけど、大人なんだからそれは口にしない方が良いのでは……折角の知的な容姿が台無しだ。


「あの、すみません。回復アイテムが効かないって事は、どんな原因が考えられますか?」


「あっはい。恐らく装備品の呪いだとは思いますが、ついさっきまでは平気だったそうです。こういった装備が突然呪いの度合いを変える事はないのですが……」


 どうやら、ヤメの予想がドンピシャっぽいな。やりおる。でもそのドヤ顔は不謹慎だから止めろギルドの評判が落ちるだろ。


「もしかしたら何らかの外的要因で彼等の闇耐性が下がったのかも知れません。その影響で、今まで大丈夫だった微弱な呪いを食らってるのかも」


「成程です……あり得ますね。ただ、この手の呪いの装備は外せないのが一般的でして」


 まあ、専門家が手を拱いている時点で想像は出来てたけど。


 実際、呪いの厄介さは山羊コレット騒動の時に嫌ってほど味わった。実際に味わってたのはコレットだけど。山羊の期間長かったよな……あの所為でコレットへの意識も少し変わったもんな。主にイロモノ方向に。


 あの時は、俺の調整スキルで一応『喋れない呪い』は解けたんだよな。ただあれは、時間経過で呪いのアイテムになったマスクだったから製造直後の状態に戻す事で解呪できた。被害者の面々が持っている暗黒グッズは元々呪いのアイテムとして製造されただろうから、多分意味ないだろう。


「製造直後の状態に戻れ」


「ひぎゃああああ……あふぅ……おっおおぅ……ふっく……んんっ……」


 一応試してはみたけど、毒で苦しんでる人は依然として苦悶の表情を浮かべたまま。やっぱりダメっぽいな。


 となると、マイザーのマギヴィートしかないか? でもあの変態に頼るのは怖い。下手したら、ここの劇団員がみんなキスの餌食にされるか、夜の店で強制労働コース行きになる。多少話せる相手とはいえ、ヒーラーのヤバさを侮ってはいけない。他に方法ないのなら仕方ないけど、プライオリティは最低の値にしておこう。


「呪いを解く方法ってわかります? 教会でお祓いして貰うとか」


「生憎、呪いは専門外で……暗黒系のアイテムに精通している方がいれば、或いは」


 おっと、心当たりありまくりんぐ。ルウェリアさんはフワワ達が連れ出してるかもしれないけど、御主人は王城にいる筈だ。


「あの、ちょっと専門家に話を聞いてくるんで、その間彼等をお願い出来ますか?」


「わっ…………かりましたー」


 なんだその間は。そんなに責任を背負うのが嫌か。


「取り敢えず対処療法でなんとか凌いでおきますので、出来るだけ早く解決法を見つけて来て下さい」


「はい。ヤメ、この事をシキさんに伝えて、他に状態異常を訴えてる市民がいないか見て回って貰えるか?」


「あいよ。つーかコイツ等、魔法でブッ飛ばして気絶させれば大人しくしてるんじゃね?」


「それです! 妙案!」


「ダメです」


 知的な容姿とは裏腹に綺麗な人格破綻者だなメリリムさん……切羽詰まったら何するかわかったもんじゃない。最速で調べにいかないと。





 ――――という訳で、馬車とか駆使して最速でやって来ました王城。


 予想通りルウェリアさんは不在。そしてこっちも予想通り、ベリアルザ武器商会は昨日までの盛況とは打って変わって、閑古鳥が甲高く鳴いていた。


「おうっ……おうっ……」


 そして御主人もオットセイのように泣いていた。大の大人にこんな顔をさせてしまって心苦しい……


「おうトモか。見ての通り儚い夢だったわ。この街の奴等がついに暗黒の良さに目覚めてくれて、暗黒武器で武装した暗黒冒険者や暗黒ソーサラーが魔王の軍勢と火花を散らす……なんて未来を夢見てたんだがなあ……」


 嫌だよそんなヤクザ同士の抗争みたいな魔王討伐戦。寝言は棺桶の中で言って下さい。


「残念ですけど切り替えましょう。ところで一つ聞きたい事があって来たんですけど、暗黒グッズの呪いってどうやったら解けるんですか? 軽めの状態異常なんですけど」


「なんだ? 用法用量を守らねぇで暗黒に手を出しちまったのか。ったくよ、これだからニワカは」


 専門家がニワカを否定するジャンルに成長はないって言うけど……余計な事は言わんとこ。


「まぁ呪われちまったモンはしょーがねぇわな。解呪の方法は幾つかあるぞ」


「教会に寄付してお祓いして貰うとか?」


「教会にそんな力はねぇよ。そうだな……郊外の森にある泉に装備品ごと全身浸かって暫く身を清めるのが一番簡単だな。あそこは聖属性の水だからよ」


 ユーフゥルと最初に会ったあの泉か。ちょっと遠いな。麻痺してる奴とか自力での移動は不可能だろうし……


「ちなみに何時間くらい清めれば」


「んー……軽い呪いなら三時間くらいでイケんじゃねーか?」


 長っ! こんな冬の最中に三時間の水中待機は死ぬって! 却下だ却下!


「他には……?」


「闇属性を一時的に弱めてその間に強引に剥がすってやり方もある。聖属性の魔法や武器で攻撃すりゃごく短い間だが暗黒が中和されんだ。その隙に暗黒グッズを毟り取る」


 毟り取るって……ガムテでムダ毛処理する時くらいしか聞かない言葉なんだけど……


「まあ強引に引っ剝がす訳だから、装着してた部分の皮膚が抉れて肉が露出するのは欠点だがな。最悪肉も裂いて骨まで露呈するかもだが」


「却下却下! 急にグロい事言わないで下さい!」


 そもそも聖属性で攻撃する時点で大ダメージだろうし……


「ん~……安全な方法っつーと、超強力な聖属性の武器で闇グッズを綺麗に壊す、しかねぇかな」


 え、そんな方法あるの? 一番簡単で安全そう。なのにどうして出てくるの三番目なんだ?


「ただこいつはオススメ出来ねぇ。超強力な聖属性の力を秘めた武器ってのは、そうそうないんだ。それこそエクスカリバー級のじゃないと綺麗には壊せねぇ。中途半端に破壊すると、攻撃した奴に呪いが降りかかる恐れがある。その時の呪いは、状態異常なんてヤワなモンじゃねーぞ」


 ああ、相応のリスクがあるんだな。それもそうか。


 エクスカリバーなんて持ってないし、他に強力な聖属性の武器なんて……


 あったよ。そう言えば。


 リリクーイ。確かこれも十三穢の一つだ。魔王に穢されて魔王を殺す力はなくなったけど、聖属性ではあるんだよな。だったらこれさえあれば――――


 

『。。。結局。。。エクスカリバーどころかリリクーイも手に入らなかった。。。しょぼーん』



 ……ダメか。始祖があの亜空間の中でも見つけられなかったのに、魔王城にすら行けないこっちの世界で発見できる筈がない。


「強い聖属性のマギを持った人間でも良いんだがな。マギソートで調べられるから、冒険者ギルドに行けば見つけられるかも知れねぇ」


「それだ! ありがとうございます!」


 御主人に頭を下げて、今度は冒険者ギルドへと直行。亜空間から帰って来たばかりなのに忙しないよな……


 シキさんの言っていた通り、街の様子は昨日とは少し変わっていて、人通りが多い割に殺伐とした雰囲気が全くない。


 多分これも街全体の属性が元に戻った影響だろう。だったら、最近不運続きだった俺の運勢も反転して、幸運に恵まれるかも――――





「すみません。現在冒険者ギルドでは個人情報保護の徹底を行っておりまして、ギルド所属の冒険者についての情報をお伝えする事は出来ません」


 ……甘かった。そういや俺、元々の運の値2だったわ。


「えっと、つい先日まで普通に閲覧可能だったと思うんですけど……方針変わりました?」


 そう問うと、受付のお姉さんは申し訳なさそうに頷いた。


「新しいギルドマスターが『冒険者を守る事に繋がるから』と」


 コレットの仕業か……いや仕業ってのは失礼だな。完全に正しい方針なんだから、こっちの勝手な都合で否定するのは止めよう。


 ま、それはそれとして。


「コレット……ギルドマスターは今何処にいます?」


「交渉の為、商業ギルドへ向かいました」


 真面目に仕事してるんだな。ちょっと見ない内に随分と立派になって。


 さて……どうしようかな。あまり時間はかけられないし、もういっその事マイザーに頼るか……


「あれ? トモ?」


 お、コレット。帰って来たのか。ナイスタイミング――――


「どうしたの?」


「お前がどうしたの!?」


 ちょっと見ない内に、コレットは全身を神々し過ぎる聖属性装備で固めていた。


 まず頭。


 まさかのペガサス幻想ファンタジー


 天馬を模したヘッドギアが恐ろしくダサい……特に翼。左右の斜め上にピーンって伸びてるから荒ぶる鷹のポーズにしか見えない。


 次に鎧。


 スタイリッシュな白銀の鎧にこれでもかと言わんばかりの緻密な意匠が施され、赤・緑・青・黄など色取り取りの宝石が散りばめられている。クリスマスのイルミネーションみたいで驚異的にダサい。


 あと盾! 腕に装着するタイプの盾! ああもうダサい! 見てられない!


「あ、この格好? ホラ、今ってなんか暗黒系の装備が流行ってるでしょ? このままだと冒険者ギルドまで闇に染まりそうだったから、なんとか対抗しようと思って」


 え……ギルドの為だったのこれ。やめてくれよ。そんな大層な理由があるんじゃツッコめねーじゃん。ラスボスに悲しい過去があったら倒した時のカタルシス半減するだろ? わかってないよコレットさんよお。


「まあ良いけど、そんなキラキラした装備で具合悪くなんねーの?」


「酷くない!? 根暗が無理して明るくしてるみたいに言って!」


「そこまでは言ってないけど、コレットあの悪魔の山羊マスクを自ら被った過去あるじゃん。本当はそっち系が好きだとばかり思ってたからさ」


「あれは気の迷い! 元々オリハルコンメイルみたいなのが好みだし。それに私、パラディンマスターだからカッチカチの聖属性なんだよね」


 そういやパラディンだったな。すっかり忘れてた。というか、言動が逐一陰キャのそれだから聖属性とか光属性って感じが皆無なんスよ。


「あと、やっぱりギルドを代表する立場なんだし、見た目の威厳もないとね。あ……」


 あ、じゃねーよ。俺の地味な服装見て『余計な事言っちゃった傷付けちゃったかな謝った方が良いかな』じゃねえんだよ。俺より格段に酷いんだよ今のお前の格好は。


 ギルドマスターになって、それなりに成長してるのは知ってるけど、これは……


「威厳を出したいなら、もっとちゃんとした格好にした方が良いと思うけどな」


「え、威厳出てない? どれも最高峰の防具だし、流行に左右されない芯の強さも……」


 そう言いながらも、コレットは周囲の空気を敏感に察知し、徐々にオロオロし出した。


「そ、そんなに変かな……この格好って……」


「……」


 こうなると脆いのがコレット。案の定、静かに俯いて無言のままギルマスの部屋へと向かってトボトボ歩いて行く。心が折れたらしい。


 若干気まずいけど、イジけたコレットは見慣れてるし嫌いじゃない。付いて行くか。



 その途中、受付のお姉さんに『みんな言い辛かった事を言って頂きありがとうございます』って感じの会釈をされたけど、あんまり嬉しくはなかった。


 



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