第四部06:因と陰の章

第318話 嫌なタイプの結論

 大勢の人々が行き交い活気と賑わいに満ちた広場――――眼前に広がるこの景色は、俺とティシエラが亜空間に迷い込む直前の交易祭の風景と完全に一致している。最も懸念していた『時間の経過』は、どうやら全くなかったらしい。


 ん……始祖の姿が見えないな。テレポートか何かで王城に戻ったのか? まあ、あのゆるふわ系始祖については何をしようが驚かないけど。


「ふぅ……」


 俺よりも先にティシエラが安堵の息を漏らす。そりゃそうだ。もし俺達があっちの空間にいた5日間がこっちでも経過していたら……と思うとゾッとする。前に俺が行方不明になった時は大した騒動にもならなかったけど、ティシエラが失踪したとなればソーサラー全員大騒ぎだろうし。


「取り敢えず、無事戻れて良かったな。冥府魔界の霧海を晴らす手掛かりは見つからなかったけど」


「それに関しては、一応進展はあったわよ」


「え、そうなの?」


「まだ具体的な方法が言えるほど確信は持っていないけど、試す価値はあると思うわ」


 一体いつの間に……まあ何にしても良い方向に向かいそうで良かった。一時はどうなる事かと思ったけど。


「お疲れ様」


「ああ。そっちも」


 俺とティシエラの性格上、ハイタッチやグータッチみたいな体育会系のノリで祝う事はない。簡素な言葉、そして目と目でお互いを労る。それで十分だ。


 そんな俺達を、数歩後ろからコレーがニコニコ顔で見守っていた。おい元凶、なんだその大団円顔。殺すぞ。


「……やっぱりまだ怒ってるんだね。ごめんなさい、もうこんな事は二度としない」


 こうも反省の仕方がストレートだと、毒気を抜かれるというか、これ以上怒るとこっちが悪いって心理になっちゃうな。計算尽くだとしたら中々のタマだけど……ペトロに恋するくらいだから、根は純粋なんだろう。多分。


「許す許さないはこれから考えるとして、彼女の身柄は一旦私が預かるわ。カインを戻して貰わないといけないし。貴方のギルドにも被害者がいるようだけど、この件は私に任せて貰える?」


「了解。万が一怪しい動きを見せたり逃げたりしたらすぐ連絡くれ。ギルド総出でボコボコにしに行くから」


「そんな事はしないよ。ボクはその……これ以上彼に嫌われるような真似はしない。だから、その……」


「そうだな。今後絶対に悪さしない、あと何かあったら俺達に協力するって誓えるのなら、ペトロにはお前のした事を話さないでおく」


「ありがとう! 勿論喜んで誓うよ。協力も惜しまない。ボクの力が必要になったらいつでもコレーの名で喚び出してくれて構わないから」


 それは――――精霊として俺と正式に契約するという意思表示。人間界にいる精霊でも召喚できるんだな。厳密には精霊召喚じゃなくて精霊折衝だけど。


「無事に終わって良かった〃∇〃です、あるじ様」


 あ。そう言えばフワワを喚び出したままだった。一旦解除して――――


 ……ま、いっか。今日はこのままフワワに交易祭を楽しんで貰う事にしよう。今回の大功労者だし、何かしてあげないとな。


「そうそう。フワワに渡したい物があったんだ」


「ふえ? なん〃v〃ですか?」


「これ。落としてなくて良かった」


 そう言いながら衣嚢から取り出したのは、フラワリルの宝石を加工して作ったネックレス。ティシエラとイリスの猛追を躱す為に思い付いた咄嗟の言い訳が発端だったけど、フワワに何かしてあげたいと思っていたのは事実。渡すには丁度良いタイミングだ。


「これまでの貢献と、今回のお礼を兼ねてプレゼント。フワワがいなかったら俺達はみんな戻って来られなかった。本当にありがとう。これからも宜しく頼むな」


「……」


 ネックレスを手渡すと、フワワは驚きの余り暫く硬直し、ゆっくりと手を顔に近付けてプルプル震え出した。


「ふわわ……すみません……こんな……こんな事して貰ったの……初めてで……」


 ああっ泣かないで! そんなん見せられたら俺の涙腺が爆発四散しちゃうから! 


 っていうか、なんでこんな良い子が精霊界では不遇だったんだ? 力が全ての弱肉強食な世界なのか? なんか腹立ってきたな。いつか乗り込んだ文句言いたい。ウチの子を随分傷付けてくれたなっつって暴れたい。


「とうとうウチの子とか言い出した……怖っ」


「言ってないんですがそれは」


 理不尽だ。ちょっと顔に出るくらい仕方ないじゃないか。


「下らないやり取りはその辺にしなさい」


「ンな事言ってティシエラも涙目じゃん。余所のギルドの精霊に感情移入し過ぎだろ」


「これは目が乾燥しただけ。勘違いしないで」


 何この変則ツンデレ。まあ、これ以上追及して嫌われるのもなんだし、そういう事にしておこう。


「今後の事は後日また話し合うとして……今日はここで別れましょう。コレー、貴女は私とソーサラーギルドへ来て」


「わかった。それじゃ、また会おうッ! ボクのことが嫌いじゃあなければね!」


「なんで大冒険の果てに親友になりましたってノリなんだよ。早く行け」


 精霊ってのはホントにマイペースなんだな……今回の事件ではそれを痛感させられた。


 ティシエラとコレーの背中を見つめながら、同時にその二人が溶け込んでいく景色も眺める。


「……」


 不思議だ。たった5日間離れただけだったのに、以前とは少し違って見える。言葉ではイマイチ言い表せないけど……デジャブのような、少し現実感のない感覚。まだ戻って来た実感が湧かない所為だろうか。


 いや、実感はある。


 あっちにいた時は、正直ティシエラと二人きり(ただし精霊は除く)の人生も悪くないとか思ったり思わなかったりやっぱり思ったりしたけど、改めてこうして活気のある街並みを見ると、ここが今の俺の居場所なんだと痛感する。


 ここで生きていきたい。その為には、あらゆる脅威からこのアインシュレイル城下町を守らなくちゃならない。心からそう思う。


「フワワ、俺は仕事に戻らなくちゃいけないんだけど、折角だから今日はお祭りを楽しんでいかないか? もし良かったら、一緒にいてくれそうな子を紹介するけど」 


「い、良いの〃o〃ですか?」


「勿論。多分フワワとは気が合うと思うんだけど」


「ぜひお願いします! 許されるなら、ルウェリアさんともご一緒したい〃∇〃です」


「なら最初に城へ行って声を掛けてみたらどうかな。多分、暇してるだろうから」


 一体どうやって亜空間の反転が解除されたのかはわからないんだけど……ラントヴァイティルが能力を解除したのなら、この街がほんのり暗黒属性に反転してたのも元通り聖属性になってる筈。つまり、暗黒ブームは終焉した事になる。合掌。


 あ……でもそれだと、街中に隠した暗黒武器も誰も探さなくなっちゃうな。まあこれは仕方ない。祭りが終わったらひっそり回収しよう。


「それじゃ行こうか」


「はい」


 そんなこんなで、フワワを連れて向かった先は――――ユマの家。


「その子と一緒に? うん、いーよー。私ユマ。よろしくね」


「フワワと言います。こちらこそ、どうぞ宜しくお願いします」


「わ、凄く礼儀正しい。好き」


 ユマは一目でフワワを気に入ったらしく、両親の許可を得るとすぐに二人で街へと消えて行った。


 きっとこれから、色んな場所を巡って行く中でお互いを理解し、仲良しになっていくんだろう。精霊界で辛い目に遭った分、人間界では楽しい思い出を沢山作って欲しいよな。


「……」


 ユマ父が無言で肩に手を乗せてきた。


「わかるぜ」


「わかりますか」


 共に可愛い娘を持つ者同士の共有感シンパシー。ユマ母の苦笑いが北風より身に染みるけど、気にしない事にしよう。



 さて、仕事に戻るか――――



「……っと」


 ユマの家を出た直後、軽い倦怠感に襲われて思わずバランスを崩した。


 この世界じゃ時間は経過していなくても、俺の身体には5日分の疲労が蓄積している。割に合わないけど仕方ない。気を緩めてる暇もないしな。


 勿論、街の警備って仕事があるからなんだけど……それだけじゃない。コレーと打ち解けたからといって、全てが解決した訳じゃないんだ。


 鉱山で俺を罠にハメたのはコレーの仕業だった。セフィードの正体もコレーだった。でも、夜道で俺を刺した奴、そしてあの声は……どうやらコレーじゃない。本人の言葉を全面的に信じる訳じゃないけど、その確率はかなり高い。


 何故なら、俺に敵意を持つ奴はまだ確実に潜んでいるからだ。


 冒険者ギルドでグノークスと話した直後に俺を襲った、あの謎の刺客。あれもコレーの仕業じゃない。となると、誰か他に俺の存在を疎ましく思ってる奴がいるって事になる。そいつが『声』の主とも限らない。


 まだ安心できる状況じゃない。


 それと、ラントヴァイティルによる反転が消えた今、街がどんなふうに変化しているかも確認しておかないと。もし俺が頑張って作ってきたつもりでいた恋愛ムードまで反転の影響下にあったとしたら、立て直すのはかなり難しい。しかも、起爆剤になると期待していたモーショボーの告白も取り止めになっちゃったからな……


 取り敢えず状況確認が先だ。シキさんのいる演劇ホールに向かおう。


 

 


「隊長」


 5日ぶりに見た所為か、シキさんの顔が妙に懐かしく感じる。たった5日なのに、体感では数ヶ月くらい会ってないようなフィーリングだ。


「何か問題はない?」


「今の所は特に。昨日割と強気で取り締まったからか、今日は騒動も起こってないみたい」


「そりゃ良かった。後は交易祭が盛り上がってくれれば良いけど」


「舞台の客入りは順調そう。チケットは明日の分まで完売だってさ」


 それは朗報だ。ただ、反転効果が消えたのはついさっきだから、これから住民の恋愛熱が冷める可能性もある。まだ楽観視は出来ない。


「お、ギマがちょうど良いトコ来た。ちょいこっち来ーい!」


 ヤメが舞台袖の方から呼んでいる。取り敢えず言ってみるか。


「じゃ、シキさん。引き続きお願い」


「ん」


 シキさんと一旦別れ、劇場の入り口から客席を通ってステージまで移動。まだ舞台は客入れも始まっていないから、ホール内はひっそり静まり返っている。


 さっきまでは街全体がこの状態だったんだよな。作り物の空間とはいえ細部まで完全再現されていたから、あのゴーストタウン状態は今も克明に思い出せる。


 この街は人類の最大戦力が集まった基地みたいなもの。あの光景が現実になった場合、それは人類が魔王軍に屈した事を意味する。そう思うと背筋がひんやりする光景だった。


 不思議だよな。生前はずっと、こんな人気のない空間で仕事してきたのに。施設警備に就く夜勤警備員なら幾らでも見慣れた景色だった筈なんだけど……今は『広い場所に人がいない』という状態にどうしても違和感を覚えてしまう。


 変な例えだけど、生前の俺はきっと闇属性だったんだろうな。当時の言葉で言えば陰キャか。


 勿論、今は聖属性(陽キャ)って事はないけど、少なくとも闇の濃度は大分薄まってきたと思う。果たしてそれが、自分らしさを取り戻したと言えるのかどうかはわからないけど……


「とりゃっ!」


 舞台の近くまで来ると、ヤメは軽やかな身のこなしで客席に飛び降りた。


 何かあったのか? 焦ってる様子はないから、そんな大事ではないと――――


「てーへんだてーへんだ! 舞台役者が何人か体調不良でダウンしたってさー!」


「マジかよ!」


 まさかの大事! 『一難去って、また一難 ぶっちゃけありえない!!』とはこの事か。つーか一人じゃなくて何人かって、それ集団食中毒とか伝染病なんじゃ……


「正確には何人?」


「んーと……詳しい話は座長に聞いて。楽屋、ちょっとパニック状態だから詳しい事聞けんのよ」


 そりゃそうなるだろうよ。本番までそんな時間ないぞ? 乗り切れるのか?


 取り敢えず楽屋に行ってみよう。舞台のすぐ近くにあった筈だから……お、もう着いた。


「失礼しまー……」


「もう終わりだよ! 俺達はもうダメだぁ! 死んだ! 死んじまったぁ~~~ひゃひゃひゃひゃひゃ!」

「ここまで来て……えぐっ……どうして……ふぐっ……どうしてこんな事に……オエエエエエエエエエ!!」

「あばばばばばばばばばば……もうやだ……ひゃだ……ピギャラァーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」

 

 予想以上に地獄絵図だった。


 何しろ、ここにいるのは舞台役者ばかり。舞台で演じる人達は会場の隅々まで自分のセリフや表現を届けなきゃいけないから、演技も自然と大きくなる。悲劇に見舞われた今、その演技力が悪い方向で発揮されているらしい。正直クドい。


「えっと、座長は何処ですか? 座長のドロッスさん!」


「……ここだよ」


 事前の打ち合わせで何度か会ったスキンヘッドの強面。そのドロッスさんが半開きの口で手を挙げている。口調こそ冷静だけど、顔面の方はなんかもう魂が抜けてカラカラになってる。


「大変な状況みたいですけど……体調不良の役者さんは全部で何人ですか?」


「五人だ」


「五人!?」


 この交易祭用の演劇『星降る夜と精霊の恋』は比較的少人数で構成されていて、出演する役者は全員で十名。その内の半分がダウンしちゃったのかよ。想像以上の異常事態だ。


「一人や二人なら代演で対応できるが、五人は無理だ。こんな晴れ舞台を貰っておきながら……本当にすまないと思っている」


「そんな……いやそれより、体調不良の原因は何か判明してますか?」


「わからねぇ。同じメシを食った訳じゃねーし、体調管理は各自徹底していた。しかも、ついさっき全員が同時に訴えてな……」


 なんだそりゃ。明らかにおかしい。この舞台を失敗させる為の嫌がらせか?


「誰か怪しい人間がウロついたりしてませんでした?」


「オレは見てねぇ。オイ! 誰か怪しいヤツ見なかったか!?」


 返事は――――ない。まあ、そんな奴がいるのならシキさん達が気付かない筈がない。侵入者の線はない……というか、あったら困る。


「それじゃ、体調不良を訴えてる人達に何か共通する事はないですか? 同じ場所で稽古してたとか」


 食中毒じゃないのなら、何か毒ガスのようなものを吸った可能性も考慮しなきゃいけない。このホールにその手の気体の発生源がある確率はかなり低いだろうけど……


「共通点か。そうだな……」


 俺と話している間に若干ではあるけど冷静さを取り戻したドロッスさんは、何度か首を捻りながら熟考し――――


「そういや最近、揃って暗黒にハマってたな」


 やがて嫌なタイプの結論を出した。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る