第317話 お元気で

 さて、次は地上のモンスターを片付けないと。こっちはカラドリウスより遥かに装甲が固そうだ。最大出力じゃないと一撃では仕留められないな。


 でも、ここから撃てばモンスターを貫通して建物に当たる。


 ……仕方ない。リスクは伴うけど、メテオライズの力を最大限利用しよう。


 この流星化する能力を最も活かした攻撃は体当たりだ。全身を覆う光で移動速度、攻撃力が大幅に向上しているし、射出するより身体に光を留めたままの方が威力も大きい。


 今の俺が肉弾戦を挑むのは自爆行為に等しいだろう。でもこのスピードを活かさない手はない。速攻で敵に迎撃する間も与えず仕留める。先手必勝だ。


 地面を蹴る。もう二度とこの地を踏みしめる事はないと思っていたから少し感慨深い。目の前にモンスターの大群が迫っているのに、そんな感傷に浸ってしまう。


 最初に接近したのは――――デュラハンか。首なしの魔物が剣を振りかざす隙にスライディングして、下から腕を突き上げ……ここでラジエルを放つ!


 断末魔の声は嫌いだ。だから、声を発しないこいつらは少しだけ戦いやすい。


 この攻防をきっかけに、モンスター達は一気に俺へと襲いかかってくるだろう。デュラハン以外で素早いのは……バグスか。小さい身体な分、敏捷性はかなり高い。今の俺より小回りは利く。


 そういう奴は混戦になった際、いち早く足を取ろうとする。こっちの動きを止めさえすれば、他のモンスターが仕留めやすくなる。そういう連携を魔王城周辺のモンスターは積極的に行ってくる。知能は明らかに他のエリアのモンスターよりも高い。


 逆に言えば、その特徴があるからこそ読みやすい。


「うおらあああああああああ!」


 メテオライズの光を右足に集中させ、足下に飛び込んで来たバグスを全力で蹴り飛ばす。


 クリスタルゴーレム目掛けて。


「グフォオオオオォォ……」


 混戦の時の常套手段の一つ。敵を弾にして別の敵を討つ。こっちの攻撃に対して高い防御性を持つ相手に対して有効な手段だ。一撃では倒せなくてもダメージは入る。


 勿論、100体いるモンスターを相手にそんな事を続けられる余裕はない。背中に回られて四方八方から飛びかかってこられたら一巻の終わりだ。少しでも不利な状況だと感じたら――――離脱!


「ギャヴォオオ!! ギャヴォオオオオオ!!」


 スキアポデスが怒りに任せて咆哮するも、こいつは一本足だから機動力はない。それ以外のモンスターも、幸いな事にトロい奴等が多い。ヒット&アウェイがかなり有効だ。


 街中を逃げ回り、群れの中のモンスターが孤立したら即座に仕留めに向かう。その際には基本、下から上への攻撃。そうすれば街を無駄に傷付けずに済む。


 ……無意味な自己満足なのは承知の上だ。ティシエラあたりが一緒に戦ってたら、真っ先に呆れるだろうな。


 でも、この街を守る為に――――破滅を防ぐ為に今までやって来たんだ。偽物の街だからって、自分から進んで破壊する気にはなれない。それが人情ってものだろ?


 ただし、不可抗力でブッ壊した場合は仕方ない。俺も万能とは程遠い人間だから、そこはね。どれだけ拘ろうと、その拘りを遵守できるとは限らないのが現実って奴だ。


「このおおおおおおお!」


 バグスを思い切り蹴りクリスタルゴーレムに命中させると、両方のモンスターが同時に絶命し、消滅した。これでほぼ半分。順調だ。


 にしても凄いな、リントヴルムの力。あいつを精霊として喚び出すより、この力を俺に付加して貰った方が戦力の強化に繋がるかもしれない。本人に言ったらブチ切れ案件だけど。


「ピギャアアアアアア!!」


「グルルルルルルルァ!!」


 ……今の方の俺は、多分リントヴルムとも、ヨルムンガンドやサラマンダーとも出会ってないんだろうな。当然、契約しているなんて知る由もない。


 一級クラスの精霊を喚び出せない状態じゃ、低レベル帯に強制固定されている俺に出来る事なんて殆どなさそうだ。周囲の足を引っ張ってなきゃ良いけど。


「グボォッ…………!」


「ギャッヴァアアアアア!」


 元々、戦闘センスはあんまりなかったからな……少なくともベルドラックとは比べ物にならないくらいの差があった。それを埋めるの、苦労したよな……


 なのに、死ぬ思いで身に付けた力とスキルを全て捨てなきゃならないとなった時、葛藤は相当あったよな。誰にも言えなかったけど。自分が頑張って来た事、努力して来た事が無に帰すのは、やっぱり寂しいし悲しい。


「クオオオオオオオオオン……」


 でも無駄じゃなかった。今、こうしてモンスター達を苦もなく倒せているのは……このスピードでの身体の使い方を覚えているからだ。全盛期の俺は、これより遥かに早く動けたからな。


 この戦いに、きっと大きな意味はない。レベルも上がらないし、誰を守るでもない。現実ですらないんだろう。


 でも、俺にとっては……良い餞になった。


「くたばれーーーーー!」


「ピギャアアアアアアアアア!!」


 残りの一体、巨大亀モンスターのレオアーケロンを仕留め、大きく息を吐く。まるでボスモンスターを倒した時のような達成感。久々だな、こんな感覚は。


「終わりましたか」


 頃合いを見計らったかのように、ラントヴァイティルがスッと現れた。


「手伝ってくれても良かったのに。つーか、アンタならこれくらいのモンスター瞬殺だろ?」


「私様の力で戦えば、街が傷付きますから。実際、記憶を反転させる前の貴方には全力の攻撃を何発もお見舞いしましたし」


「……え? なんで?」


「先に不愉快な事をされましたので。それに、試す事もありましたしね」


 虚無結界か。にしたって全力攻撃はどうなんだ。仮にも元契約者に対してさあ……相変わらず好みのイケメン以外には厳しいな。


「おや、どうやら本命が登場したようですよ」


「ん?」


 ラントヴァイティルの視線を追うと――――遥か遠くの上空に再びカラドリウスと思しき大群が見える。今度は50羽以上いそうだ。


 でも、彼女の言う本命は奴等じゃない。


 ……道理でカラドリウスが群れを成す訳だ。奴等の上位互換とも言える存在がいるんじゃな。


「不死鳥フェニックスですか。こんな所にいる筈がないのですが」


 その通り。あの灼熱の炎を纏う巨大な鳥は精霊界にいる筈だ。そして精霊使いとは決して契約を交わさない事でも有名。契約に縛られる事を嫌う精霊だからな。テイマーの呼び声にだけは応えるらしいが……この誰もいない城下町にテイマーがいるとは思えない。


 如何にもカラドリウスの仇討ちにやって来ましたよって感じだけど、フェニックスがそんな行動を取る筈もない。この世界が作り物である事を嫌でも痛感するな。


「貴方はフェニックスと面識があるのでしたね。どうやら、この世界は貴方の記憶を元に創られたようです」


「……俺のフェニックスに対するイメージが、あのレプリカを生み出した訳か」


 正直、心当たりはちょっとある。割と酷い目に遭わされたからな……


「どうします? あの精霊は不死身ですから倒せませんし、このままでは城下町は火の海になります。フェンリルやジャックフロストの手に負える相手ではありませんし……」


「出でよコカトリス」


 別の精霊を喚んだ瞬間、メテオライズの能力が消える。勿論予定通りだ。


「コカトリス……? 毒殺、或いは石化で仕留める気ですか? それは……」


「いや、鳥類同士話が通じるかなって」


『生憎、あれはワシが知るフェニックスではないぞよ。会話は不可能じゃ』


 あ、コカトリスも姿は現せないのか。世知辛い世の中だな……


「なら仕方ない。【デスゲイズ】だけ貸してくれ」


『ふむ。まあ良かろう』


 コカトリスは、猛毒の視線【デスゲイズ】と石化させる視線【ハーデンゲイズ】を持っている。ただしフェニックスはそのどちらも効かない。


「……?」


 それを知るラントヴァイティルが首を捻るのも無理はない。ただ、このシチュエーションならこれが最善だ。奴等は抜群に視力が良いからな。


 デスゲイズは目が合った相手に猛毒を付与する強力な攻撃。俺がターゲットなら、上空さえ見ていれば確実に目が合う。



 ――――カラドリウスと。



「ピキョーーーーーーーーーーーーッ!!!!」


 フェニックスの周囲を飛ぶカラドリウスが一気に悶え出した。


 それだけなら単なる雑魚散らし。でもフェニックスに限ってはそうじゃない。


 奴は不死鳥。死を知らない鳥。だから死の恐怖も知らない。


 未知のものは恐ろしい。自分は死ななくても、周りが死に怯えているとその感情が奴にも伝わり、理解できない恐怖に多大なストレスを抱える。


 周囲を飛ぶ50羽のカラドリウスが、総じて死の恐怖に晒されれば――――


「……帰っていきましたね」


 不死鳥フェニックスと言えど鳥類は鳥類。そして鳥類は大抵、ストレスに弱い。この状況から逃れようとするのは必然だ。


 何とかなったか……前に似たような反応見せてたからな。あんな経験でも一応役には立ったか。


「相変わらず搦め手が上手なようで」


「根が卑怯だからな」


「けれど、だからこそ『虚無結界の全体化』など思い付くのでしょう。城下町が滅びずにいられるのも、貴方のその小賢しい頭と行動力のお陰なのでしょうね」


「……」


 それでも、まだ破滅の可能性が消えた訳じゃないんだろうな。そう簡単に『悲劇の外側』へ逃れられるとも思えない。


 後は、今の俺に任せるしかないだろう。力も記憶もない俺なんて、不安しかないけど……

 

「さて。モンスター退治も終わった事ですし、話の続きをしましょう。今の契約者は顔こそ大変良いのですが、挙動がどうにも奇妙でして」


「え、まだ続けるのか……? どれだけ聞いて欲しかったんだよ」


 俺の皮肉もまるで聞く気がないらしく、ラントヴァイティルはひたすら自分の話を続ける。世間じゃ神秘の精霊とか死神とか世界の秩序だの概念だの言われてるけど、それはあくまでこいつの能力に対して人間が抱いた先入観で、実際にはただのイケメンをヒモにするダメ女なんだよな……


 結局その後、取り留めのない愚痴は日が昇るまで続いた。





「――――じゃ、そろそろ頼む」


 たっぷり話を聞かされたところで、腰を上げる。メテオライズの影響か、少し身体が痛い。筋肉痛かもしれない。今の俺、ゴメン。明日地獄かもしれない。


「もういいのですか?」


「ああ。いつまでもこうしてたら、予定が前に進まないからな」


 俺はもう、記憶の海に沈んだ存在。俺が浮上する代わりに今の俺が沈んでたら意味がない。


 虚無の力を維持できるのは、今の俺だけ……だからな。


「ルウェリアさんに渡した結界は、ちゃんと発動してるか知ってる?」


「いえ……そこまでは。私様が人間界へ来たのはごく最近ですので」


「ま、そうなるよな。良いよ、自分の目で確かめる……つっても、俺じゃない俺だけど」


「今の貴方は戦闘面では全く冴えませんが、中々ユニークな人間ですよ。上手くいくと良いですね」


「ありがとう。見守ってやってくれ」


「ええ。干渉は出来ませんから。せっかく調整した因果律が乱れてしまいますので」


「この状態も相当ヤバいんじゃないか?」


「ここはあくまで亜空間ベースの世界ですから心配ありません。だからこそ記憶を反転させる事も出来ましたけど、これでもう最後です」


 ……そういうものなのか。相変わらず、規律というか摂理がよくわからない。


 まあ良い。順調なのがわかったから、それで十分だ。


「他に聞きたい事はありますか? 仲間の事とか」


「……いや、良い」


 街灯の光を目に入れながら、首を左右に振る。


 あの灯りの数が『今の俺』と、置かれている立場をなんとなく示唆している気がする。


 それで十分。今の俺が誰とどんな関係を結んでいるかなんて、聞きたいとも思わない。


「わかりました。では記憶を再び反転します」


「頼む」


 不思議な気分だ。実質生き返ってまた死ぬようなものなのに、抵抗感がない。


 これから『今の俺』がする事を、俺は決して観測できないし、思い描く事も出来ない。二度とこの記憶が戻る事もない。


 それでも……守れる可能性が僅かでもあるのなら、それで良い。


 守れないより、ずっと。



 ここは――――あいつがいる街だから。



「貴方の記憶と同時に、反転した世界も元に戻します。貴方とはこれが最後の会話になりますが……お元気で」


「ああ。そっちこそ元気で。あんま男に振り回されるなよ」


「貴方こそ、女性関係には十分に気を付けて下さい。結構酷いですよ」


 え……? 今の俺って……そうなの?


 異世界で変な事を覚えちゃったのかな……


 なんか急に不安になった……よう――――





 な。





 な。な。な。ななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななな――――――――――――――――――――――――――――――――









「――――モ! トモ!」


 切羽詰まった声が聞こえる。これは……ティシエラの声だ。


 そう言えば、以前もこんな事があったような記憶がある。あれは……


 思い出した。職人ギルドが破壊された時だ。あの時も、ティシエラはこっちがビックリするくらい心配してくれていた。


「……あ」


 目を開けるのと同時に、気を失っていた事を自覚する。確かここは魔王城で……


「眼球運動は正常だ。どうやら目を覚ましたようだね」


「。。。だから言っただろ。。。こいつは殺しても死なない。。。生命力だけはあるから」


「いや普通に死ぬ時は死ぬわ。人を黒光りする厄災みたいに言いやがって」


 そうは言いつつも、少し意識は朦朧としている。視界もハッキリしない。俺はなんで気を失ったんだ……?


「……貴方はラントヴァイティルに呼びかけた直後に倒れたのよ。何も覚えていないの?」


 胸に手を当てて、険しい顔つきでティシエラが問いかけてくる。


 覚えてる。そこまではしっかりと。


 ただ、その後は全くわからない。ラントヴァイティルが呼びかけに応じたかどうかも。


 失敗……だったんだろうか。


「……あれ?」


 不意にコレーが驚いた様子でキョロキョロ辺りを見渡し始めた。まさかラントヴァイティルが現れたのか?


「元に戻り始めてる。このお城、消えそうだ」


「え?」


 俺の視界がハッキリしないんじゃなくて、魔王城自体が薄れてきてる……?


「成功したみたいね。コレー、今ならこの亜空間から脱出できるでしょう?」


「当然。すぐ実行するよ」


 俺の困惑とは裏腹に、ティシエラとコレーはテキパキと帰り支度を始めた。


 実感は全くないけど、どうやら上手くいったらしい。突然聞こえた俺の声を不気味がってラントヴァイティルが反転を解除したのかも知れない。


「。。。結局。。。エクスカリバーどころかリリクーイも手に入らなかった。。。しょぼーん」


 そんな緊張感のない始祖の声が聞こえた直後――――



「……あ」



 見えたのは、突き抜けるような青い空。



 俺達はようやく元の世界へと帰還を果たした。





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