第316話 過去の遺物
あっ……これは死ぬ。
間違いなく死ぬ。
そう意識した瞬間――――身体の周囲に光が現れた。
「虚無結界……!」
いつもだったら、これで大丈夫と確信できる。でも今回の攻撃は結界が発現しても恐怖心が消えない。まるで隕石が降ってきたかのような絶望感。圧倒的物量に押し潰されて、結界ごとペチャンコになりそうだ。
ダメだ。身が竦んで一歩も動けない。プレス機で煎餅にされるタコの気分だ。
「……!」
今まさに衝突するその瞬間、歯を食いしばって目を瞑る。
刹那――――凄まじい轟音!
明らかに何かを蹂躙する嫌な音が暫く鳴り響き、耳を侵害し続ける。それは思った以上に長く続き、精神をかなり磨り減らされた。
でも逆に言えば、意識が途絶えずにずっと聞こえていた証。それはつまり、生きている証でもある。
「……おお」
やがて音は鳴り止み、恐る恐る目を開けてみると、結界の周囲は地面が数mほど抉られ歪なクレーターのようになっていた。
まともに食らったら骨も残らず御陀仏だろう。構成する成分に全て絶望って属性が刻まれていそうな、とんでもなくエゲつない攻撃。それでも虚無結界は、俺を無傷で守り抜いた。
「●……●●●●●●●●!? ●●●!? ●●●●●●【●●●・●●●】●●●●●●●●●ーーーーーーー!?」
なんか叫んでるな。さっきまでは言葉が通じない事もあって神秘的っつーか、得体の知れない恐怖があったけど、段々それもなくなってきた。
よくよく考えたらイケメン好きっつってたもんな。そんな世俗的な精霊に神秘もクソもないか。
「●●●●●●●●●! ●●!? ●●●●!? ●●●●●●●●●●●●●!!!」
言葉は全然わかんないけど、恐らく絶対的な自信を持っていた攻撃が防がれて発狂してるんだろう。大分遠くにいるから表情までは見えないけど、なんかそんな挙動だ。
つーか精霊の皆さん、自分の思い通りにならなかった時やたら脆いよな。そういう性質なんだろうか。
「●●●●……【●●●●・●●●】!!!! ●●!!!!!」
あ、急に追撃して来た。
「●●!!!」
明らかにさっきとは違う攻撃。発光を伴った衝撃波……ってところか。
「●●!!! ●●!!! ●●!!!」
その衝撃波を更に連発して来た。攻撃を受ける度に『ザンッ』って大きな音が鳴り響き、結界の外の大地がめくれて石や砂が飛び散る。そして、それらも次の衝撃波で消し飛ぶ。
「●●!!! ●●!!!!」
一撃一撃がとてつもない威力。あのラントヴァイティルって精霊、反転の能力だけじゃなくこんな殺傷力高そうな攻撃を次から次に繰り出せるのかよ……エゲつねぇな。
「●●!!!! ●●!!!!」
でも幸い、虚無結界はその凶悪な攻撃の連射さえも意に介さない。助かるけど……無敵すぎてちょっと引くな。調整スキルよりこっちの方がずっとチートだ。
前にも思ったけど、あの神サマがくれたギフトって調整スキルじゃなくてこっちなんじゃないのか? 別にどっちでも支障はないけどさ。
「●●!!!!!」
……お、攻撃が止んだ。
「●●…●●…●●…」
トータルで10連射くらいか。結界に囲まれた場所以外の地面はムチャクチャになっている。衝撃で空いた穴はもう底が見えない。これ、移動する時に踏み外して落ちでもしたらヤバいな。結界で落下の衝撃は防げても上がって来られないぞ。
「……」
流石に疲れたのか、肩で息をしながら無言でスーッと降りて来た。
土気色の肌。赤い目。長髪。獰猛な八重歯。そして……女性。レポートにあった特徴そのものの姿だ。今更だけど、間違いなくラントヴァイティルだ。
近付いてきたって事は、会話は出来なくても意思の疎通を図ろうって気持ちはあるみたいだ。ならボディランゲージでどうにかするしかない。
「俺に、敵意は、ない。俺が望むのは、反転したこの世界を、元に戻して欲しい。それだけだ」
機会はそう多くなかったけど、警備員時代に外国人と話さなきゃいけない事は何度かあった。片言の英語じゃ限界があるから、こういうふうに身振り手振りで自分の意志を伝えるしかなかった。
その時は多分ちゃんと伝わってたと思うけど、今回は相手が人間じゃなく精霊。果たして上手くいくかどうか……
「●●●……●●●●……?」
お、なんか風向きが変わったぞ。ようやく俺に関心を抱いたのか、目を見開いて……でも何か変だな。ちょっと驚いてるっぽい顔だ。
「●●●●●●●●●●●●●●●●? ●●●●●●●●●●●●●●●●?」
質問してるのは何となくわかるけど、内容はサッパリ伝わって来ない。もしさっきのボディランゲージが通じたのなら、『怒ってないのか? あんなに酷い事をしたのに?』みたいな事を言ってそうだけど……なんか違う気がする。もっとこう、俺自身に対して疑問を抱いてるような表情に見える。
「●? ●●、●●●●●……●●●●●●●●●?」
うわ、なんか無造作に近付いて来た。ちょっと怖い。
「……」
手を伸ばせば届く距離で、こっちをじっと眺めている。値踏みする……ってよりは、何かを確認するような視線だ。
「●●●●●●●●●●●●●●。●●●●●、●●●●●『●●●●●●●●●●●●●●●●●●』●●●●●●」
なんか納得したように小刻みに頷いてる。俺が無害だって事を理解したんだろうか。
「そうそう。俺は怒ってない。報復する気もないから、この世界を元に戻してくれ。頼む」
これだけのトラブルに見舞われて、犯人に対して下手に出るのは不本意だけど、今は帰れりゃなんだって良い。とっとと――――
「●●●●●●●●●●●●●●●●●●●。●●●●●●。●●●●●●●●」
え。なんか手を伸ばしてきた。
落ち着け。致命的な攻撃なら結界が発現する筈。
結界は――――出ない!
「●●●。●●●●●●」
さっきまでとは違って危害を加えるような雰囲気じゃない。まさかコレーのように結界の性質を見抜いて、致命傷にならない程度の攻撃を仕掛けて来るつもりじゃ……
「●●●●」
マズい! 今からじゃ避けようにも間に合わな――――
い。
い。い。い。いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい――――――――――――――――――――――――――――――――
……?
ここは……城下町?
どうなってる? どうして俺がここに……
「無事、記憶が反転したようですね」
その声は――――
「ラントヴァイティル……か?」
「はい。久方振りですね。状況は呑み込めていますか?」
「いや、全くわからない。どうして俺はまだここにいるんだ?」
まさか……失敗したのか?
でも、あれだけ入念に準備したんだ。そんな筈が……
「
「……訳がわからない。俺に別の人間のマギが混じってるのか?」
「はい。付け加えると、貴方は記憶喪失状態にあります」
「……記憶が? まさか、異世界転生の副作用……いや、失敗したショックで?」
「違います。私様も貴方の状況を知ったのは最近ですが、どうやら貴方は無事に別世界へ移動し、戻って来られたようです」
「そうなのか?」
「確証はありませんが、私の新たな契約者から聞き及んだ限りでは、今の貴方は『アインシュレイル城下町に流れ着いた旅人』で、現在は城下町でギルドを興して定住しているようです。その記憶はありませんね?」
……ない。ラントヴァイティルが俺を謀る理由もないし、どうやら予定通り戻って来られたらしい。
でも、それだけでは成功したとは言えない。
「虚無の力は……」
「先程、貴方から虚無結界が発動しているのを確認しました。無事持ち帰っているようです」
「……そっか」
一先ずホッとした。第一段階はクリア出来たか。
ただ……城下町の様子が変だ。破壊された形跡が幾つもあるし、人の気配がない。
「やっぱり……滅びてしまったのか」
「いえ、それも違います」
「……? でも住民が全然……」
「これは私様とは違う精霊が作り出した擬似的な亜空間です。それを私様が反転させ、本来の世界と置き換えました」
「……なんかよくわからないんだけど、反転させたって事は、元の世界が亜空間になってんの?」
「そうです。そちらは住民も無事ですし、建物も破壊されていません。いつでも再転して元に戻せます」
だとしたら、今のこの状態は『城下町は滅びているけど、修復は容易に可能』って事になるのか。
これは……事象の地平線を越えたのか?
「なあ、これって最初から予定通りだった?」
「…………勿論です」
あ、違うな。偶然か。こいつも大概いい加減だからな……
「ここまでは貴方と魔王の目論み通り、どうにか破滅を回避できているようです。それを観測できるのは、私様を含め数名のみでしょうが……」
「助かるよ。俺はどうしたって実感できないからな」
「ええ。一度失われた記憶は決して戻りませんし、再び記憶を反転させれば貴方は過去の遺物へと戻ります。当然、ここで私と話した内容も全て失われ、記憶を共有する事は絶対にありません」
「なんか変な気分だな。俺の人生はもう終わった筈なのに、その続きを見せて貰ってる訳か」
「……すみません」
「謝る事はないだろ。別に悪い気分じゃないよ。順調に来てるみたいだし。今のところはだけど、俺達は間違ってなかったって事だろ?」
「そうですね。今のところは……ですが」
そうだ。目的はあくまで破滅の回避。
アインシュレイル城下町を――――守る事。
「記憶はいつでも反転できます。それまで、私様が知っている事を話して差し上げましょう」
「俺としてはありがたい話だけど、良いのか?」
「どちらかというと、愚痴を聞いて欲しいのですよ」
「……まさか、また騙されたんじゃないだろうな」
「騙されたのではありません。彼は私様に何も言わず街を去っただけです」
「あー……そっちにいったか。だからやめとけっつったのに」
「好みの顔に求められたら断れないのです。聞いてください。彼は本当に愚かな事をしでかしまして――――」
ラントヴァイティルが何やら長くなりそうな話をし始めたその時。
「ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ……」
「ん……?」
上空から鳥の鳴き声が聞こえてきた。
これは……カラドリウスか。それも大群だ。あの回復鳥がこれだけ群れを成すのは珍しい。
しかも、奴等が羽根を落とした場所からモンスターが次々と現れてくる。あれは……蘇生してるのか?
「ラントヴァイティル。なんで城下町にモンスターが?」
「ここは亜空間なので聖噴水の効力がありません。あのモンスターも、亜空間と一緒に作り出されたレプリカです。強さは同じですが」
「なら本物と変わらないな」
ざっと見る限り、魔王城付近を彷徨いているモンスター達だ。楽勝……と言いたいところだけど、今の俺じゃそうはいかない。虚無結界の生成と引き替えに、レベルが大幅にダウンしちゃったからな……
「俺が前に契約した精霊は、今も喚び出しに応じてくれるかな?」
「どうでしょうね。今の精霊界は人間界と絶賛絶交中ですから」
「どういう意味だよ……まあ、喚ぶだけならタダか」
ざっと見た感じ、陸上には100体ほどのモンスターがいる。中にはクリスタルゴーレムの姿もある。魔法は危険だ。それに上空を舞っている20羽ほどのカラドリウスを先に倒さない限り、何度でも蘇生されてしまうだろう。
この城下町は作り物……だったか。それでも、この景色を破壊するのは気乗りしない。ヨルやサラだとやり過ぎそうだしな……リヴァなんて以ての外だ。大洪水で建物一つ残らなくなる。
「出でよリントヴルム!」
あいつなら街を壊さずモンスターだけを倒してくれる筈……
『悪いな相棒。今は制約があってそっちには行けねーの』
「げ、マジかよ」
『代わりに俺の力を貸してやっから、自力でなんとかしな』
その言葉と同時に、全身が黄色い光に包まれる。
自身の身体を流星のように変えて特攻するリントヴルムの能力【メテオライズ】が俺に適用された訳か。
……って、今の俺のレベルで特攻したら殺されるだろ。
『流星化したら【ラジエル】が使えるから、それでなんとか出来るだろ? 終わったら返せよ。じゃーな』
あ、切りやがった! 相変わらずマイペースだな精霊は……
「やはり精霊界は鎖国状態のようですね。大丈夫ですか?」
「ああ。なんとかする」
ラジエルって確か、光線状の攻撃だったっけ? 全身の光を肩から腕、腕から手に集めて……
「こうか?」
放った閃光は、上空にいるカラドリウスの内、1羽だけを貫いて空の彼方に消えていった。
威力は十分過ぎるけど、連射は利きそうにない。これで120体の敵を倒すのはちょっとキツいな……
「んー……威力を絞って連射できないかな」
「ラジエルは固有能力ではなく能力の応用ですから、融通は利くのではないですか?」
「じゃ、やってみるか」
光のチャージをさっきより小さくして……これくらいならどうだ!
「ピピピ」
あ、羽毛でモニュンと弾かれた。出力絞り過ぎたか。
「相変わらず不器用ですね」
「うるさいな。他人の能力でいきなりドンピシャの力加減とか難易度高過ぎるって」
なんて言っている間にも、街中のモンスター達はどんどんこっちに向かってくる。厄介なのはクリスタルゴーレムだ。このラジエルは魔法じゃないけど、多分弾かれるよな……光だし。
まあでもその前にカラドリウスだ。回復係は先に潰しておかないと。あと数回試せば適度な出力が出来そうだけど、そんな余裕はなさそうだ。
だったら――――
「指二本くらいで良いか」
発射口を狭める。掌から人差し指+中指に射出する箇所を変える事で、強制的に閃光の面積も小さく出来る筈だ。
「ピィィーーーーーーーッ!」
今度は貫通した。これなら連射も利きそうだ。
よし。一気に行くぞ!
「不器用ではありますが、その機転と判断力も変わりませんね」
半ば呆れたような物言いのラントヴァイティルが見守る中、低出力ラジエルの連射でカラドリウスを次々と撃ち落としていく。的がデカいお陰でほぼ全て命中。
程なくして、最後の1羽が断末魔の声をあげた。
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