第485.8話 プレトア

 生前、転生という現象に対して俺は余り真摯に向き合って来なかった。生まれ変わりとか輪廻転生とか正直信じてなかったし、ましてあの世だの天国だのは必ず訪れる死への恐怖を和らげる為に生まれた想像の産物だと信じて疑わなかった。


 だから『転生したら今持ってるこの知識を使って一攫千金を狙おう!』なんてビジョンは一切持ってなかったし、実際に転生した後でも行動に移した事はない。普通は借金を背負った時点でそれを第一に考えるんだろうけどな……


 でもこの世界での生活に慣れてくると、やっぱり今までやって来なかった事にチャレンジしたくもなる。


 なんでそんな事を今更考えたのかというと――――


「電気の保存に関しては、これまでに何度も検証されてんだよ。結構な金を使って」


「これっていう有効なものはまだ生み出されていないがね」


 ミーナから帰った翌日、偶然街で遭遇したバングッフさんとロハネルから無理やりメシに誘われた席上でなんとなく暇を持て余したからだ。


 商業ギルトのトップと、職人ギルドのトップ。この2人はいわば城下町の産業を支える立場にある。相応の知識も持ち合わせているだろう。


 転生の事は話せないから、あくまでも『こういうのって今後普及しないのかな?』『これって実現可能なのかな?』ってスタンスでの会話にならざるを得ないけど、まあ大して親しくもない連中との食事時の話題にでもなりゃ良いって気持ちが半分以上を占めていたのが実状だ。


「けど、電気なんか保存してどうすんだよ。あれって何かに活用できんの?」


「気に入らない奴をビリビリさせるとか」


「ただの電撃魔法じゃねーか。本腰入れて発明する意味ねーぞ」


 バングッフさんにあしらわれた所でこの話は終わり。正直、電気の話でそれを用いた発明にまで話題を膨らませる自信はない。電磁気学の知識なんて欠片もないし電信の仕組みとか知らんし。


 とはいえ、この世界における電気に関しての一般知識は理解できた。恐らくまだこの世界にエジソンは転生していない。仮にエジソンと同等の発明家が誕生しても、そいつが評価されるのは当分先の話だろう。


 俺が生前、便利だと思って使っていた物の大半は電気製品。アナログ分野のアイディアでは一儲けできる気がしないし……やっぱ無理なのかな。


「しっかし、最近急に寒くなってきたな。外に出るのが億劫で仕方ねーよ」


「お前は無駄に部下を連れ回しているから風避けがあってマシな方だろう? 僕なんていつも1人で歩き回らなきゃいけないから大変だよ。職人なんて皆自分の作業場に引きこもっていてちーっとも動こうとしないからね。彼等に声を掛けに行くだけでも一苦労さ」


 確かにそういうイメージはあるな。ロハネルって全然職人っぽくないと思ってたけど、寧ろ職人らしくないからこそトップでやっていける訳か。


「お前さんはどうだ? この街に来てまだ日が浅いから、この寒さには慣れないんじゃないか?」


「まあ、寒いっちゃ寒いですけど……」


 気候自体は日本の標準的な冬ほどじゃない。でもエアコンもコタツもストーブもないから、暖を取るのに一苦労する分凌ぎ難さはある。


 せめてカイロでもあれば……


「この世、もとい。この街って携帯用の暖を取る道具ってないんですか?」


「ある事はあるね。石を熱して保温性の高い布で包んだ『温暖石』ってのが一般的かな。まあ長くは持たないけどね」


「ソーサラーなら火を起こすのは簡単だが、街中でそう気軽に火を起こす訳にもいかねーしな」


 成程。つまりカイロは存在していない。


 これは……ビジネスチャンスなのでは?


「職人が武器だの防具だの削る時って鉄粉出ますよね? それ袋詰めにして発熱作用のある保温具って作れるんじゃ?」


「……発熱作用? 削った際に熱を持った鉄粉を保温するって意味じゃあないよね?」


「いんや。鉄とかの金属って錆びる時に発熱するんですよ。錆びやすい金属を粉にして、すぐ錆びるよう水とか塩を含ませて袋詰めにしてシャカシャカ振れば暖かくなると思うんだけど」


 聞きかじりの知識で問いかけてみる。


 2人の反応は……明らかに鈍いな。


「どうなんだ? ロハネル」


「錆びた鉄が温かいって話は聞いた事がないね。迷信じゃあないか?」


「普通にゆっくり錆びるだけじゃ熱はもたないですよ。急激に錆びる時に発熱するんだから。まあ試しに一回やってみてください。細かく砕いた炭や灰と混ぜて、あと入れる袋はできれば薄いのが良いかな」


「そこまで具体的に言われたんじゃ、少し興味が湧いてくるね。まあコストも掛からないし、機会があれば試してみようじゃあないか」


「黙って勝手に商品化とかしないで下さいよ?」


「生憎、僕らもそこまでがめつくはないよ。本当に実現すれば中々ユニークな物にはなりそうだけどね」


 恐らくロハネルも俺の顔を立てる程度の認識でそう答えたんだろう。俺もそこまで熱心に儲け話をする気はなく、話はここで切り上げ普通にランチを楽しんだ。



 ――――で、数日後。



「ねートモ見て見てこの新商品凄いんだよ! シャカシャカ振ってちょっと待つだけで暖かくなるの! 革命だよ革命!」


 明らかにカイロ以外の何物でもないブツをコレットに見せられた俺は、入念な準備を経て職人ギルドへと突入した。


「ロハネル ノ バカ ハ ドコダ!! アノ バカ ハ ドコダ!!!」


「ナットニア地方に大量発生した謎の蝶を捕まえに行きました!」


 あの野郎逃げやがったか……! なんて逃げ足の速い……


「っていうか、アンタ誰なんだよ……こんな街中でフルアーマーの奴あんま見ないぞ」


「いや待て。なんか聞いた事あるぞ。少し前に冒険者ギルドに現れた謎の全身鎧……確かプレトアとかいう流浪の戦士だ」


「私も知ってます! 呪われた漆黒の鎧に寄生されて夜な夜な人を襲い鎧人形にしてる憐れな怪物って噂です!」


 噂が活性化し過ぎておかしな話になってる! 鎧人形ってなんだよ怖えーな!


 つーかプレトアって名前そんなに広まってたのかよ。この格好したの一日だけだったのに。


「イナイノ ナラ シカタガ ナイ。ジャマ シタナ」


 にしてもロハネルの野郎……まさか俺に一言の断りもなく、つーか試作品すら作らず商品化するかね。どんなムキムキの商魂してんだよ。


「待ってくださいプレトアさん!」


 どうやって捕まえようか画策しつつギルドを出ると、その後ろから職人ギルドの面々がゾロゾロと付いてきた。


 マズいな。明らかに不審に思われている。だが今はこいつらに構っている暇はない。そしてこの姿じゃ走って逃げる事は出来ない。何せフルアーマーだからね。機動力は置いてきた。


 一体どう逃れようか――――


「私達に解剖させてください!」


「……ハァ?」


「呪われた鎧なんて珍しくもねーが、人間に寄生するタイプは稀なんだ。ちょっくら調べさせてくれよ」


「大丈夫。ちゃんと元に戻すから。オレたちゃ一旦バラバラにして元に戻すの得意なんだよ。だから心配は要らんって」


 いや要るって! アホかこいつら! 何処の世界に生きたまま解剖されるのを許容する奴がいるんだよ!


「フフフフフフフフフフ。私、一度生きてる鎧を解剖してみたかったんです。中身がどうなってるのか私、気になります」


 怖い! 先陣切って近付いて来る女性の職人が余りにも怖い! おめめキラキラで全く邪気がないこの感じ、病みコレットとも違うタイプの怖さだ! 


「あんたが悪いんだよ。最近オレたち職人もマンネリでさあ……良い武器や防具は大方出尽くして、中々新しい物を作れずにいたからさあ……そんな時にだぁ、鎧が彷徨って来たらそりゃ解剖したくなるのが人の性ってやつだろう?」


「シラネーヨ!! カイボウ シタケリャ ジブン ノ カラダヲ スリャ イイダロ!!」


「わかってねぇなあ……」


「金属なんだよ。我等を突き動かすのは金属なんだよ。まして動く金属……そそるなぁ……しかも全身鎧だなんて泣けてくるじゃねぇーかぁ……」


 やだもう全員怖い! なんだよこの街の職人は! なんでこの感じで今まで鳴りを潜めてたんだよ! ヒーラーと大差ないじゃねーか!


 もしかしてこの街、変態ばっかで逆に無個性の集まりなのか……?


「ああああああああもう我慢できねぇ! 解剖させろおおおおおおおおおおおお!」


「私ももう無理ぃーーーーーーーーっ! ねえ解剖させてーーーーーーーーーっ! そのボディをバキバキに砕かせてぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」


「フザケル ナ!! カエリウチ ニ シテヤルゾ テメエ ラ!!!」



 ……結局その後、俺は飛びかかってくる職人達を相手に街中で大立ち回りをするハメになった。


 カイロを発明して一儲けしようと思った結果、身体や懐じゃなく職人達の魂を暖めてしまったという嫌な小話。



 尚、ロハネルの発明したカイロはその後バカ売れしたが俺には1Gも入って来なかった。コロス。





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