第六部01:新生と新星の章
第486話 凶禍ゲノム
――――燃えている。
その光景は余りに壮絶で、火の粉が睫毛を焼いても声一つあげる事さえできない。ただ呆然と眺めていても仕方ないとわかっていても尚、動く事さえできない。
城が燃えている。
あのアインシュレイル城が。
城下町の中央部に位置する時計塔の屋上から、燃え盛る炎を纏った王城が見える。執拗なくらい網膜を焼き尽くしてくる。
あの城には勿論、レインカルナティオを統べる国王オーエンハーディンバーグをはじめ、彼の妻である王妃や子供たちがいた。彼等を守護する兵士たちも。
しかし人々が逃げ果せている様子はない。遠目であってもそれがわかる。
「全滅だな。逃げる間もなく火が城を蹂躙した。普通の火災じゃないぞアレは」
「どういう……事だ?」
俺の問い掛けに、魔王は苦い顔で嘆息しながら頬を掻く。余り話したくない事なんだろうか。
「確証はないが、あれの原因は『凶禍ゲノム』だ」
「知らない単語を使われても理解できない。説明してくれ」
「あの城の中に、どう足掻いても回避できない厄災を引き起こす因子が存在している。それが今日、何らかの形で具現化して業火となって襲いかかった。故にあれは城とその中の人間を焼き尽くすまで決して消えない類の炎だ。ありきたりな表現で言えば呪われし業火といったところか」
呪い……? 業火……?
なんだそれは。何故そんなものが……モンスターの仕業か?
「原因は我が魔王軍じゃない。そもそも聖噴水で守られている時点で手を出せる訳がないからな」
「じゃあ、呪いの武具やアイテムが……」
「それも違うな。あの炎は『城だけを』燃やしている。見ろ」
確かに……城の周りの草木には全く燃え移っていない。魔王の言うように、あれはただの炎じゃない。魔法の炎でもなさそうだ。
「明らかに、あの城の関係者が原因だ。でなければ、あの規模の厄災にはならんだろ。呪いは対象を絞れば絞るほど威力を増すからな」
「くっ……」
なんて事だ。まさかこんな形で王城を失うなんて。
アインシュレイル城下町はあの城あってこその街。城を失った時点で城下町とは言えない。
何より、あの城には――――
「ルールララヴァロンディンヌ姫も……燃えてしまったのか」
「そうなるな。もうどうにもならん。諦めろ」
こういう時、魔王は何処までもシビアだ。
俺は……そこまで割り切れない。正直、喪失感すら湧いてこない。
姫が死んだ。近衛兵のジュリアーノさんも。
その事実を受け止める事ができない。あの人達には随分と良くして貰ったというのに。
「さっさと切り替えないと終わるぞ。この街も」
「……ここも?」
「あの手の呪いは死ぬほど厄介なんだ。関わりのある近場のものに飛び火する……ってのはちょっと紛らわしいな。伝染するんだ。因果伝いに」
「城が呪われているから、城下町にもその影響が出るって言いたいのか?」
「そーだ。距離も近けりゃ関わりも深い。もう導火線に火が点いている状態だ。止めるのは不可能だろうな」
つまり、これから城下町にも厄災が降りかかる。
魔王がそう言うのなら、そうなるんだろう。
防ぐ手立ては――――ない。
「……何を……間違ったんだ?」
「何も間違ってなどいない。これはイレギュラーな破滅だ。回避など出来るものじゃない」
それは絶望の言葉。
最初からこの時点での破滅が確約されていると、魔王はそう言っている。
余りに無慈悲な現実を、何処か虚しげに。
「だが、まあ……そうだな。凶禍ゲノムを根底から覆す事ができれば、この杜撰な運命を回避する事は可能かもしれねー」
「根底から……」
「例えば、その因子となっている物が城の中にあるとして、そいつを何処かへ捨てたり持ち去ったりする程度じゃダメだ。勿論、消し去っても意味がない。呪いってのは物質や生命そのものに対してじゃなくマギに取り憑くものだ。肉体や物質が消滅しても残滓として残るマギによって、呪いは決して消えはしない」
「だったら、そのマギまで消す方法があれば……」
「ない。マギを強制的に消滅させる事など決してできない。というより、急に消えないからマギは生命を定着させた。この世界が存在するのは、マギの性質が大前提って訳だ」
要するに世界の理そのものか。だったら俺がどうこうできる問題じゃない。
マギは消し去れない。マギに取り憑いた呪いも消す事はできない。
まるで『倒せない魔王』と同じだな。
だったら――――話は早い。
「素因となっているもののマギを不活化すりゃ良いって事か」
「極論を言えばそうなるな。マギ自体が存在していても、そのマギがこの世の何物にも干渉できない無意味なものになれば、呪いも当然発動はしない。そしてお前は、その方法を持っている」
虚無の力。
それを呪いが生じる前に、その呪いを宿したものに対して定着させれば……
「どうする?」
魔王は珍しく茶化す様子のない顔で問いかけてくる。
まだ城下町が滅亡すると決まった訳じゃない。でも、城を失った今となっては城下町の存在意義はないに等しい。
真の意味でこの城下町を守りたいのなら、俺は既に失敗してしまったと言えるんだろう。
「最後まで足掻いてやるさ」
けど、俺が本当に守りたいのはこの街に住んでいる人々。大切な人達だ。
いや……その理屈で言えば、やっぱりもう守り切れていないんだろう。
ルールララヴァロンディンヌ姫は全然王族らしくない、とても庶民的で心優しい人だった。お目に掛かったのは二度だけだが、その人となりに触れた時点で肩入れしたくなる御方だった。
近衛兵のジュリアーノさんも、気さくで話のわかる人だった。あの人に助けて貰わなかったら今の俺はない。
それでも――――
「……最後までやり切らなきゃいけない」
途中で投げ出すなんて以ての外。意地でもこの街だけは、街のみんなだけは守り切ってやる。
「だったら一つだけ言っておく」
「何をだ」
「あの手の強力な呪いはな、並大抵の事じゃ太刀打ち出来ねーぞ。守りたいものがあるんなら、自分の宿命で全部巻き込んじまうくらいの事をしないと」
やけに要領を得ない表現。
宿命に巻き込むってどういう意味だ?
「守りたい相手の運命をねじ曲げろ。その上で、自分の都合に全力で巻き込め。それくらいしないと因果は断ち切れない。これでわかったか?」
「……なんとなくな」
結構な無茶振りだが、要は強引であれって事なんだろう。
或いは――――その人が本来送るべき人生を狂わせろって事なのかもしれない。
呪いに対抗する為には、そこまで非人道的な事をしなきゃならない。ある意味納得だ。
「わかった。やってみる」
「やってみせろ。この魔王が愛した城下町を意地でも守り抜け。それをできるのはお前だけなんだからな」
魔王は人間の歴史に介入できない。滅ぼす事も、倒される事も、こいつはもうしないと決めている。
長い長い、途方もなく長い人生の中で、そう決めた。
だったら頼っても仕方ない。いや……既に精神的には頼り切っている。これ以上こいつに寄りかかる訳にはいかない。
魔王の言うように、城を燃やし尽くし炎は跡形もなく消えた。その炎が城下町に燃え移るって事はないらしい。どんな厄災が降りかかるのかは想像もつかない。
でも対応してやる。仮に今の俺が不可能だとしたら、別の俺が……違う人生を歩む俺がなんとかする。
そう信じてやり抜くしかない。
何度だって挑んでやるさ。どうせ生き甲斐は一つなんだ。
あらゆる滅びの因子を取り除いて、守りたい人達を守り抜く。
その為の今日。その為の――――
終盤の街に転生した底辺警備員にどうしろと 馬面 @umadura
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