第485.5話 フレンデリア(後)
んー……要はコレットの好感度を上げて一歩前進した実感が湧けば良いんだよな?
だったら……
「さっきコレットが甘えたくなる外見にイメチェンするって話出てたけど、コレットの感じ方に拘らず普通にイメチェンすりゃ良いんじゃねーの? 要は今の関係性を変えたい訳だから、違うフレンデリアをコレットに見て貰えば意識も変わるかもしれないし」
「トモ先輩、それ良いかもです。コレット先輩に『いつものフレンちゃん様と違う』って思わせるのは大事ですよ。恋愛の一番の敵は惰性ですからね。私が愛読してる恋愛小説にもそんな展開ありました。『放火グリズリーと金粉シリアルキラー』って言うんですけど」
何その小説。内容全然想像できないんですけど……
「やだ、嬉しい……私の為にこんなに真剣になってくれて……コレット同盟最高!」
いつの間にかアヤメルも同盟に加わってしまったらしい。まあ良いけど。
「取り敢えず、ここで出来るイメチェンとなると髪型くらいですね。ミディアムだから変化付けるの難しいですけど」
「大丈夫よ。貴族なんてやってると、お忍びでちょっと黒い感じの交渉とかしないといけないから、変装用にウィッグは常に持ち歩いているの。セバ!」
「仰せのままに」
えぇぇ……ホントにウィッグ持ち歩いてるのかよ。しかも鞄一杯に詰め込んでる……怖ぇよ。
「良いですね。それじゃ一通り合わせて見ましょう。あ、これなんかどうです?」
アヤメルが手に取ったウィッグは黒髪のショートボブ。金髪のフレンデリアが被ると一気に印象が変わるな。前髪長めで少しラフな感じがちょっとシキさんっぽい。
「どう? コレットがドキってしそう?」
「んー……フレンデリアの顔立ちだとアサシンには見えないかなあ」
「私アサシンなんて目指してないんだけど!?」
あ、そうか。間違えちった。
「この髪型だとフレンちゃん様の幼さがマシマシって感じです。頭ナデナデして欲しい時のイメチェンですね」
「じゃあボツ! 私甘えられたい方だから!」
そう叫び、フレンデリアが次に手に取ったのは――――赤みを帯びた金髪ロングのウィッグ。これはティシエラっぽい。
「どう?」
「世界有数のソーサラーには見えないな」
「だから天才ソーサラーなんて目指してないのよ! トモさっきからおかしくない!?」
怒られちった。
「フレンデリア様のお顔立ちですと、この髪型では不良少女のような印象を受けてしまいますね。やめておいた方が宜しいでしょう」
「随分と不評ね……じゃあこれは?」
セバチャスンの酷評を受け、次に手にしたのは――――青髪のウィッグ。これはヤメを連想してしまう。
「……なんでしょうね。そこはかとなく負けヒロインの匂いがします」
「負けヒロインの匂いがするの!? 絶対ダメじゃない! 次!」
その次は紫。迷走してんなー。
「紫の髪ってアダルトな感じが出そうなんですけど……セバ先輩、これどうでしょう?」
「そこはかとなくメスガキの印象ですな」
「めめめメスガキ!?」
フレンデリアが怒りに任せて紫のウィッグを叩き付ける。つーかセバ先輩って何よ。幾らなんでも馴れ馴れし過ぎだぞアヤメル。
「はぁ……もういい! これにする! これに決めた! 私に考えがあるから!」
脱力しつつ、フレンデリアは鞄の一番奥に入っていったウィッグを手に取り、それを被った。
それから二時間後――――
「ふぁ~……やっと着いた~」
「お前ずっと寝てただろ」
馬車は無事、アインシュレイル城下町に到着。三日振りの拠点はいつもと変わらない街並みで、妙に安心感があった。
慰安旅行に行った多くの人が思う事。『結局家が一番落ち着く』。それは多分、街にも言える。なんだかんだで見慣れた景色が一番気が休まるんだよな。
「本日はご乗車誠にありがとうございました。お足元お気を付けてお帰り下さい」
外で一足早く待っていた御者に迎えられ、一人また一人と馬車から降りる。最後の方、俺に続いてまだ寝起き顔のコレットが降りて――――
「コレット、お疲れ様。今日はゆっくり休んでね」
「あ、はい。フレンちゃん様も……」
先に降りて待っていたフレンデリアを見た瞬間、固まる。
無理もない。そこには黒髪ロングの頃のコレットと全く同じ髪型をしたフレンデリアがいたのだから。
コレットは元々銀髪だった。でもレベル78詐欺時代に目立たないようにする為、敢えて黒髪に染めていた。
そんな過去の自分が目の前にいる。硬直せずにはいられないだろう。
「どうしたの? コレット。私何か変わった?」
「え……えっと……あれぇ……?」
困惑してるな。無理もない。意味わからんし。
「私はね、コレット。この頃の貴女に憧れたの。今の貴女を否定している訳じゃないのよ? その銀髪もとてもステキ。でもね、私はコレットに過去の自分を否定して欲しくないの。この頃のコレットだって最高にステキだって、私はそう思ってるから。今日はそれを言いたかったの」
「は、はあ……」
「それと、これもそう」
あっ……懐かしの山羊マスク。つーかなんで持ってんの?
「コレットがこのマスクをしていた時、私ってばちょっと取り乱しちゃった。そこにいるトモにも相談したりして。だってコレットが壊れちゃったって思ったんだもの。だけどね、このバフォメットマスクを被ってたコレットがいたから今のコレットがいるの。山羊コレットがいたから、コレットは成長できたんだと思う。私は今のコレットも黒髪時代も山羊時代も全部、受け入れるつもりよ」
これは……
フレンデリア的には『過去の悪評も含め、コレットの全てを受け入れる覚悟がある。だから私と添い遂げて』と言いたいんだろう。確かに好感度を上げようという意図は感じる。感じるけど……
それ以上に奇行が過ぎる! 慰安旅行の帰りにやる
「あー……」
案の定コレットもドン引きしてるじゃん! そりゃそうだ、コレットにしてみれば黒歴史を丁寧に掘り起こされてるだけだし。
なんでこうなったんだ……?
いや、俺は止めようとしたんだよ。別に面白がってノリで進めたとか、そんな事は一切考えてなかった。アヤメルだって同じだ。あいつ性格に難あるけど他人を陥れるタイプじゃないからな。なんなら一番必死に止めたのはアヤメルだ。
なのに……セバチャスンが『やってみましょう』って言うから……
「御嬢様の現状を変えようとする姿勢、誰が止める事などできましょうか」
「いや止めなさいよ。執事でしょ? 主人の奇行は止めないと」
「貴族令嬢などという立場におられると、恥をかく経験は中々できないのですよ」
……成程。敢えて失敗させて打たれ強さを身に付けさせようってハラか。スパルタだねぇ。
「ちゃんとフォローしないとシレクス家がゴタつくレベルでヤバいと思うけど大丈夫?」
「問題ございません。今の御嬢様であれば」
勿論、セバチャスンはフレンデリアが転生している事は知らない。転生後にガラッと変わったフレンデリアを『成長した』と捉えているんだろう。
だから敢えて茨の道を進ませる。いずれシレクス家の長となり、このアインシュレイル城下町をよりよい方へ導く貴族になって貰う為に。
「……」
コレットが困り切った顔でこっちにアイコンタクトを送ってくる。『どうしちゃったの?』って訴えているに違いない。
交易祭での告白が不発に終わって、フレンデリアなりに焦っていたんだろうな。そんな折、今回の旅行では同行する予定じゃなかったコレットが帰りに一緒になった事で舞い上がって、このチャンスをなんとかモノにしたいって更に焦った結果の暴走。多分そんなところだ。
でもこれをアイコンタクトで伝えるのは不可能だ。
だったら――――
「……」
頷くしかない。これで少なくとも呪いや憑依の類で奇行に走った訳じゃない事だけは伝わる筈。
後はコレット次第だ。
俺自身、コレットのフレンデリアに対する接し方には少しだけ思うところがあった。
相手が貴族とあって、立場上難しいのはわかる。万が一シレクス家の逆鱗に触れればコレット個人だけじゃなく冒険者ギルドに迷惑が掛かってしまう。そういう心配をするのは仕方ない。
だけど、フレンデリアがそういう報復みたいな事をする奴じゃないって、とっくにわかってる筈なんだ。しかも明らかに好意を向け続けている相手に、幾ら貴族とはいえちょっとビクつき過ぎだろ?
なんていう気持ちがない訳じゃない。
だから今回は良い機会なんだ。フレンデリアだけじゃなく、コレットにとっても。
「……」
コレットは俺に向かって一つ頷いた。
そして――――
「ありがとうございます。全部受け入れるって言葉、凄く嬉しいです」
コレットは真剣な顔でフレンデリアと向き合う。あいつなりに、色々と考えて。
その上で、ニッコリと微笑んだ。
「でもこういう事はこれっきりにしてくださいね」
「あ……え、ええ。勿論」
「じゃ」
シュタッと手を掲げ、コレットは帰路に就いた。
取り残されたフレンデリアは呆然としたまま、寒風が吹く城下町のメインストリートで立ち尽くしている。
「き……」
暫しそんな時間が続き――――
「嫌われちゃったぁーーー! 私コレットに嫌われちゃったぁーーーーっ! 私もしかしてやっちゃった!?」
「盛大にやってしまいましたね」
「なんで笑顔なの!? セバ! 私どうしよう! ねえどうすれば良いの!?」
「そうですね。今日はゆっくりお休みになって、明日からお考えになられては如何かと」
「眠れる訳ないでしょ!? あーーーっ! あぁーーーーもーーーーーっ!」
貴族令嬢の魂の慟哭が城下町に響き渡る。まるで犬の遠吠えのようだ。
「……大丈夫なんですか? なんか取り乱してましたけど」
「取り乱してたねえ」
フレンデリア達を乗せシレクス家へと向かう馬車を眺めながら心配そうに問うアヤメルに、俺は自信を持って答える。
「ま、フォローはセバチャスンがしてくれるだろうから大丈夫だろ。本当に嫌われた訳じゃあるまいし」
「そですね」
アヤメルも同意見らしい。
貴族に対する強めの自己主張。それは立場を越えた友情があって初めて成り立つ。
コレットはようやく、それをフレンデリアに向けて言い放った訳だ。
「コレット先輩もようやく一皮剥けましたね」
「なんでそんな偉そうなんだよ」
そんなやり取りを残し、俺達は少しだけ良い気分で慰安旅行を終えた。
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