第485.3話 フレンデリア(前)

 帰りの馬車の中での一幕。


「トモ先輩ってクズとまでは言えないですけど、基本ダメ人間ですよね」


 このアヤメルの一言が全ての騒動の発端となった。


「おーう。随分ガチでケンカ売ってきたじゃないの。好感度下げたいの?」


「トモ先輩を下げた程度で私のギルド内好感度は下がりませんよ。だって私好かれてるじゃないですか」


 こいつマジで良い性格してやがるな……でも確かに野郎共から好かれてはいるだけに反論はできない。


「よーしわかった。じゃあ聞こうか。俺の何処がダメ人間なのか」


「そうですね。沢山ありますけど一番はやっぱりコレット先輩の扱いですよね。これは冒険者ギルドの次期代表としては正式に抗議したいくらいです」


「ああ? 何がだよ。俺くらいコレットに尽くした人間他にいねーぞ」


「聞き捨てならない事言うじゃない」


 あれ……? なんでフレンデリアがいるんだ? ついさっきまでコレットの隣で寝てただろ。睡眠中なんだから聞き捨ててくれよ。


「この世界で誰よりコレットに尽くしているのはこの私でしょ? 寝言は永眠した後に幾らでも言いなさい。今は真実を語るべきよ」


「いやいや御嬢様、全然わかってらっしゃらねーな。俺はコレットの闇の部分を散々フォローしてきたんだよ。そういうダメな一面をシレクス家にいる時に見せてるか? 見せてないでしょ? あいつが目上の相手に自分の弱い所を見せる訳ないもんな。その時点で程度が知れてるよな」


「ぐぬぬ……痛い所突いてくるじゃない。だったらこっちもこの際だからハッキリ言わせて貰うけど」


 不敵な笑みを浮かべつつ、フレンデリアはアヤメルの隣の背にドサッと腰を下ろす。


 きっと俺にとって耳の痛い事をズケズケと言ってくるんだろう。コレットのあしらい方がぞんざいだとか、他の女性にデレデレしておいてコレットに近寄るなとか。


 でもそういうのはね、俺はもう気にしない事にした。いやギルマスとして体面を気にする必要はあるけど、身内から私生活や人間関係についてあーだこーだ言われたところで知ったこっちゃねーや。こっちは何もやましい事はしてないんだ。そりゃちょっとイリスの裸見ちゃったりシキさんとデートみたいな事したりはしたけど、恋人がいる訳でもないのに咎められる謂われはない。


 さあ何でも言ってみやがれ!


「私がコレットに心を開いて貰えない理由を教えて下さい!」


 ……あれ。思ってたのと全然違ったな。まさか下手に出られるとは……


「貴方の言う通り、コレットは私に弱い所を全然見せてくれない。遠慮ばかりで甘えてくれないの。それなりに付き合いも長くなってきたのに……」


 無念の思いが歯軋りからも伝わってくる。


 まあ実際、コレットがフレンデリアに対して泣きついたり依存したりする姿は想像できない。あいつ金銭面でも困ってないしな。


「トモ。貴方は恋敵ではあるけど、同時にコレットに親愛の情を抱いている者同士、仲間として信頼もしているの」


「え!? そうなんですか!? やっぱりトモ先輩コレット先輩狙いだったんですね! こいつ最悪じゃないですか!」


「アヤメル。今そういうの良いから」


「あ、はい」


 言えばわかるんだよな……言う前に察して欲しいんだけど。


「だから複雑だけど、本当に複雑だけど、本心を言えば貴族権限で何処か辺境の地に飛ばしてやりたい気持ちもなくはないけど、コレットに関して教えを請うなら貴方が一番だって気持ちも嘘じゃない。だからお願い。忌憚ない意見を頂戴。私に何が足りないのか」


 割と本気で見過ごせない事を言われた気もするけど、貴族令嬢がここまで本音を吐露する姿を目の当たりにしてしまうと何も言えない。


「って言うかですね」


 すげーなアヤメル。この空気で尚何事もなかったように割って入って来られるのか。


「そもそもこいつにコレット先輩が甘える理由が私にはサッパリわかんないんですけど。何でなんですかね」


「それがね……コレットが色々あってピンチな時に"たまたま"居合わせて助けたりしちゃったみたいなのよ。死線を共にくぐり抜けてきた仲間って絆が深まるでしょ?」


「成程です。だったらフレンちゃん様もコレット先輩のピンチを助けたら良いんじゃないですかね。まあ戦闘じゃ敵なしのレベル79ですから、モンスターとかじゃなくてコレット先輩が苦手な物を退治するみたいな感じになりますけど」


「コレットが苦手なものか……」


 なんか俺すっかり蚊帳の外だな。でも正直ありがたい。このまま二人で延々と会話して貰って、俺は城下町に着くまで一眠りさせて貰おう。つーかフレンちゃん様を許容してる時点で意気投合してるよね。


「トモ! 何寝ようとしてるの! コレットが苦手なものって何か言ってみて!」


「えぇぇ……知らねーよ。アヤメルの方が詳しいんじゃねーの?」


「私もよく知りません。一緒に遊んだりとかはしないので」


 そういやコレットの私生活って割と謎だよな。そもそも俺自身がプライベートで誰かと遊んだりしないから、誰か特定の人物に深入りするって事もないもんな。


「でも、これで一つ方針がハッキリしましたよ。フレンちゃん様はコレット先輩の事を知らな過ぎです。人間、自分を理解していない人に甘えたりできますか? できないですよね? そういうトコじゃないんですか?」


「確かに! ああーっ確かにそう!」


 余程腑に落ちたのか、フレンデリアは顔を手で覆いながらズルズル座席から滑り落ちていった。リアクション大きいなこの令嬢。


「きっとアレですよ。コレット先輩がトモ先輩に甘えてるのも、トモ先輩と何か秘密を共有していたり、弱い所を見られたりしたからだと思うんですよね。トモ先輩って何か女性の弱味を握りそうじゃないですか」


「おい人聞きが悪いぞ」


「あ、言葉足らずでした。偶然握っちゃってるって意味です。意図的じゃなくて」


 あんまりフォローになってないような……でもアヤメルの言う事は正直一理ある。コレットのレベル78詐欺を偶然知ってしまったから、あいつにとって俺は甘えやすい存在になった。それは間違いない。


 生前の俺は、誰かと深く関わるなんて一切なかったからな。ヤンデレ気味とはいえ甘えられて悪い気はしなかった。でも反面、自分の人間性は余り関係なく偶然の産物でそうなったという事実を突きつけられると全く言い返せないよな。


「ありがとうね後輩ちゃん。なんか未来が拓けてきた気がする。コレットの事を知るには……そうねここはやっぱり密偵を雇って20日くらいじっくりと観察を……」


「バレたら余計嫌われるぞ」


「バレなきゃ良いのよ! バレなきゃ何もしてないのと一緒でしょうお!?」


 おおう……相変わらずコレットの事になると脳がグダグダになるなこの人。そんなバレなきゃ浮気じゃないみたいな事言うヤツに限ってバレるのが世の常だろうに。


「何にしても、そんな事しない方が良いって。もしそれが有効な手段ならセバチャスンがとっくに気を利かせてやってるよ」


「ぐぬぬぬぬ……トモって人の痛い所突くの得意よね。そこに関しては誰より信頼を置いているから今回は素直に従うとしましょうか」


 なんで親切心で止めてやってるのにこんな言われよう……俺やっぱり人徳ないのかなあ。


「私も密偵はやり過ぎだと思います。正直ちょっと引きました」


「参謀が引かないでよ! 梯子外すにしても早過ぎない!? 私まだ一段しか上ってないのに!」


 ならノーダメで良いじゃねーか。


「仕方ないですね。ここは正攻法でいきましょう。コレット先輩が思わず甘えたくなる外見にイメチェンするなんてどうですか? コレット先輩の母親を真似るとか」


 いや正攻法でも何でもないだろ! とんだ特殊プレイだよ!


「……悪くない手ね」


 ああっフレンデリア様やっぱりおバカになっていらっしゃる! 絶対悪手だってこんなの!


「それで、コレットのお母上ってどんな見た目なの?」


「知りません。トモ先輩は御存知ですか?」


「……さあ」


「あっ今の間は知ってますよ! ついにこいつ馬脚を現しましたね! コレット先輩の御両親とご対面済みなんですよ! やり方が姑息! ズルい! 外堀から埋めにかかってますよ!」


「キーーーーッ! なんて事!? この私がトモに後れを取るなんて……! 時間を遡れるなら人生やり直したいくらいの屈辱よ! この! このっ!」


「だーっ! 胸ぐら掴むな!」


 まさか、あのシキさんと行った過去でコレットの親と会った事がこんなところで仇になるとは……


「はーっ……はーっ……お母様を真似るのはやめ。トモの二番煎じなんて私のプライドが許さない」


「いつ俺がコレットの母親に扮装したんだよ」


「だったらせめてコレットの好みに合わせて好感度上げたい! ねえコレットってどんな格好が好きなの? 貴方なら知ってるでしょ? 言いなさいよ! 言え! この!」


「だから胸ぐら掴むなって!」


 コレットの好みの格好なんて俺が知る訳ない。宝石マニアなのは知ってるけど、別に宝石付けた人間を好きになる訳じゃないしな……


 とにかくこのままじゃ城下町に着くまで延々とウザ絡みされ続ける事になる。いい加減この話題に決着を付けないと寝れもしない。


 さてどうしたもんか――――




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