第055話 自意識パラノイア
こっちは怪盗じゃないんで、軽やかにジャンプして窓の中に入るような真似は出来ない。窓の桟に手を乗せ、堅実に入る。この方が余計に泥棒感が出てしまうのは致し方ないところだ。
「よっこいせ……っと」
「オッサンくせー」
オッサンなんだよ中身は。30過ぎると自然に『よいしょ』とか『よっこいしょ』とか『よっこいせ』って声に出しちゃうの。これって何現象って言うんだろう。哲学の範疇だよね。大学の卒論、この研究にすれば良かった。
「……で、わざわざこんな場所に連れて来てまで俺に何の用なんだよ。ベリアルザ武器商会へのクレームなら御主人に直接言ってくんない? 俺だってあの武器屋の品揃えには恐怖しかないけど、雇われの身で何か意見を言える立場じゃないし」
「今回はそれじゃなくて、いやそれもスゲー言いてーけどさ、もっと高尚な話なんよ」
高尚って……だったらまずその下品な格好をどうにかすべきじゃないですかね。一歩間違ったら痴女ですよ痴女。寧ろ一歩間違ってないからこそ痴女感が増してる気配すらある。高尚な話がしたいなら高尚な格好をしないと。スカートスタイルのスーツとか。スーツの女性良いよね。私服がチュニックとかの緩め系だと尚良い。でもスリム系のスーツは嫌い。
「お前は唯一、我の素顔を目撃した人間だ。それに敬意を表して、お前にだけは教えてやる」
「コレットも見たから唯一じゃないけど」
「あいつ別に要らない」
ちょっとそこの怪盗さん、なんでウチのコレットをそんなぞんざいに扱うのさ? 良くないよそういうの。好んでぼっちやってる一匹狼ガールだけど、仲間外れにしたらそれはそれで根に持つタイプだよ? だって俺もそうだし。
「とにかく、我はお前を只者じゃないって見込んでるワケだ。嬉しいか? 誰も捕まえきれない最強の怪盗に一目置かれてるのが嬉しいか? 弱い奴が強者に評価されるパターンって燃えるんだろ? 我知ってる」
「ぐ……悔しいが否定は出来ない」
こいつが俺より強者なのは納得いかないが、少なくともアインシュレイル城下町において大物扱いされているのは事実。そんな奴に特別視されるのは確かに燃えるシチュエーションと言えなくもない。
本来、こんなメスガキに嘗めた事言われるのは不本意と思わなくちゃいけないんだけど……悲しい哉、生前の俺は誰からも評価されないまま長い年月を過ごしてきた軒下のハングリースパイダー。優越感に飢え、自己顕示欲はひっそりと肥大化し続けて自我を歪めるくらいにまで成長してしまった。
誇るべき事が何もないと、自己顕示欲や承認欲求はいつの間にか自意識へとすり替わっていく。そうやって自意識の怪物や自意識ライジングは生まれていく。俺の場合は自意識パラノイアと言うべきかも知れない。自意識が自分自身を責める被害妄想を常に抱いているというか……多分そんな感じだ。
「予告状にも書いたけど、我はこの街を愛してる。お前等の武器屋は景観を損ねてるから嫌いだけど、他の店や建物は大体お気に入りだ」
「ならなんで盗みなんてすんのさ」
「バーカ。我の好きなアインシュレイル城下町であって欲しいからに決まってるだろ」
何がバーカなのか全然わからないんだけど……どういう理屈?
「お前、新参者なんだろ? 結構ガッツリ調べたぞ。我にかつてない屈辱を与えた好敵手の事はちゃんと知っておきたいからな。大分弱っちいけど、怪盗捕まえるのに戦闘力はあんま関係ないから、それは別に良しとしてやる」
「好敵手? なんで?」
「何そのリアクション!? あの地下水路での火花散るような熾烈極まる攻防忘れたの!?」
そんな攻防一切記憶にないよ……? 覚えてるのは、スパイダーマンみたいだったこいつが何度も「ふんぬー」って息む迷シーンだけなんだけど……
「とーにーかーくー! お前は来たばっかだから知らないだろうけど、この城下町は最近萎びてるんだ! 昔はもっと活気があったしバッキバキだった! 今はなんかダメだ! なあなあになってる!」
なんか良くわからない内にライバル認定され、よくわからない都市論を聞かされている。もう帰った方がいいかな……
「えっと、つまりもっと街中をワーキャー騒がしくする為に、盗みをやってるって事でいいのか?」
「全然よくねー! アホかお前は! ちゃんと話聞け!」
確かにアホっぽい解釈だったけど、今の話の流れからしたらそうとしか思えないだろ。大体バッキバキな城下町って何だよ。住民全員ボディビルダーだったの? 史上最悪の街並じゃん。
「予告状を出されたら、盗まれないように自衛するだろ? 空気もピリってする。それだよ、我が求めてるのは!」
「緊張感って事か?」
「そーそー。それと都市防衛な。その二つが今、この街には圧倒的に欠けてると思わねーか?」
こいつの言う通り、俺は新参者だから以前のアインシュレイル城下町の事は知らないし、比較も出来ない。だから緊張感の欠如についてどうこう言える立場にはない。
ただ、警備員の観点で言わせて貰えば――――
「防衛面は明らかにダメだな」
そう同意せざるを得ない。
コレットの話では、現在この街には警察のような組織はなく、警備兵はおろか自警団すら存在しないという。
各ギルドが持ち回りで人員を出して警邏を行うのが通例だったけど、現在はボランティアで数名の人間が行う程度の小規模な警備体制になっている。
理由は明白。
聖噴水によってモンスターは街中に入れず、圧倒的高レベルの冒険者が犇めくこの街じゃ犯罪集団なんて生息不可能。
危機感なんて生じようもない。
冥府魔界の霧海によって魔王討伐が停滞している状況だから、人数を割くくらい出来る筈。
それでもしないって事は、よっぽど防衛に力を入れていない、入れる必要もないって考えられている。
確かに、緊張感が欠如しても不思議じゃない環境下にある。
「今のままじゃ、早かれ遅かれこの街はダメになる。我はそれを防ぎたいのだ」
怪盗メアロの予告状と犯行。
その意外な動機は――――
「お前……どこから目線で言ってんの?」
そうツッコまざるを得ない謎壮大な内容だった。
「ふっふっふ、そーだな。我はずっとこの街を見守って来たから、敢えて言えば母目線だな」
「えぇぇ……」
そういえば聞いた事がある。幼女の姿をしたキャラが母性を発揮するのが某業界における中長期的なトレンドだと。バブみ、だったっけ。
わからなくはない。小さいのに一生懸命背伸びしてる健気な感じとか、小さいからこそ打算のない無償の愛を感じるとか、ギャップとか、色々詰まってるし。
でも現実にそれを目の当たりにしたら、よくわかった。これはドン引き案件だ。メスガキが母ぶってる姿はただただ痛々しい。
「かわいそうに」
「なんで我同情されたの!? やめろーっ! 憐れみの目で見るな!」
そのつもりはなかったけど、お前がそう見えるのならそうなんだろう。お前ん中ではな。人間、自分の思い込みをつい視覚化してしまうものだ。
「にしても、街全体が防衛ユルユルなのはこの際仕方ないとして、どうして国は兵を派遣しないんだ? 城下町って普通、城の防衛ラインそのものだよな」
生前に城下町に住んでいた経験はないから、あくまで推測に過ぎないけど、城攻めを行うには城下町は大きな障害になる訳で、王もそれを想定して城下町を作っている筈だ。なら城下町の防衛を強化するのは、城の守りを強化するのと同じ。何より、クーデター防止や戦局のいち早い察知にも繋がる訳で、警備兵を配置しない理由がない。
「……」
俺は既に、この怪盗メアロが外見から受ける印象ほど幼くないと確信している。彼女の語る街への愛も本当だと思っている。
だからこんな話を振ってみたんだけど……そんな難しい顔をされるとは思わなかった。
「あそこはもう、手遅れだ。だから城下町は五大ギルドが支配してるんだ」
あそこっていうのは、王族とか上層部とか王政とか、そういう事を指しているんだろう。国王とその政治が腐敗してるって事なんだろうか。この手の話は、出来れば一生関わりたくないでござる。
「っていうか、こんな話をするつもりじゃなくてだな! 我がお前に言いたかったのは、今この街に"裏切り者"が潜んでるって警告だ」
「……警告?」
「その裏切り者は、街の平和を脅かす厄介な存在だ。怪盗の我は直接関与出来ないから、お前、なんとかしろ」
なんとかしろ、って一介の警備員に言われても……そもそもこんなメスガキに命令される謂われはない。
「今やってる魔王討伐キャンペーンだっけ、これは良い。うん、スゴく良いな。あの加齢臭キツいクソボケゴミカス魔王なんてとっとと討伐されればいいし、街もチョー盛り上がってるじゃん。街がピリってするきっかけになるかもしんない」
魔王の加齢臭ってどんな臭いだよ……どうせ何千年とか生きてるんだろ? 俺なんか加齢臭だけで殺されそうだ。
「だけど、あの連中にとってはビッグチャンスなんだよなー。きっと動き出すだろうから、何かあったらガチで阻止しろ。良いな? それじゃ我はもう去る! 疲れた!」
言いたい放題言いまくった割に、肝心な部分は具体的に語る事なく、怪盗メアロはひょーいと窓の外に飛び降りていった。今回はもう捕まえる気はなかったし、身軽なのは知ってたから驚きはないけど……疲れたって何だ疲れたって! それはこっちのセリフだろうが! 人様の大事なパンを盗もうとしやがって……
でも、あのメスガキの問題提起には正直納得せざるを得ない点が幾つかあった。ベリアルザ武器商会が街の景観を損ねてる事とか。商業ギルドの連中も問題視してるし、せめて外観だけでもホワイトにすべきかもしれない。
そして――――裏切り者を見張れ……か。
だったら名指ししろって話だよな。名前も何もわからないのにどうやってなんとかするんだよ……意味深に存在だけチラつかせやがって。そういう勿体振る奴一番嫌。自分の話を印象付けたいのかエモくしたいのか知らないけど、聞いてる方はイライラしかしない。
結論。
気にしないようにしよう。
こっちは今日、それどころじゃないし。
さて、そろそろギルドに戻るか。
コレットの投擲順も決まってる頃だろう。
運極振りにしてたから今日の試技はないと思うけど、わかんないしな。明日明後日が大雨とかコンディション不良になるんだったら今日投げる方が断然有利だし、強運状態ならそのクジを引く事になるだろう。そういうパターンもあり得る。
いつまでも空き家にいる訳にもいかないし、さっさと――――
「……」
窓の外に誰かいる。怪盗メロウよりは年上だけど、ルウェリアさんやコレットよりは多分下の女の子。多分一般市民の方だ。
っていうかこっちを凝視してるんだけど……
「ドロボー!! 知らない人がお家に入ってる!!」
「ええええええええええええ!?」
魔王討伐キャンペーン初日は、前科一犯の危機に瀕するという衝撃の幕開けとなった。
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