第056話 武器さびれ 春の夕暮れ いとわびし
「怪盗メアロを追い詰めてたの……?」
幸い、目撃者の少女は俺の話に聞く耳を持ってくれた。正直この状況じゃ問答無用で通報されても文句は言えない。
とはいえ、このこのアインシュレイル城下町に警察やそれに近い組織は存在しない。って事は、ついさっきまでボロカスに言っていた街の防衛意識の低さに救われちゃった訳だ。なんてこったい。まさか掌グリングリンマンになってしまうとは。手首をドリルに付け替えたい気分だ。第三次ドリルブーム、あると思います。
「あの……」
「あっ、うん。そうそう。実は前に一回、奴を追い詰めた事があってさ。その時に顔を目撃してたから、見覚えのある奴がこの家の中にいるなって思って、つい……」
嘘は言ってないよ。先にこの建物に入ったのも奴だし!
……昔、集団で夜のグラウンドに無断侵入した半グレっぽい連中が似たような言い訳してた事あったなあ。『なんか幽霊見ちゃったんスよ。チョー気になるじゃん? だからつい入っちゃったんスよね。別にいいだろ(豹変)』みたいな。俺、あの時の奴等と同類になっちゃったか……
「それって、割と最近じゃなかった? ベリアルザ武器商会に予告状が出された時の……」
「そうそう。俺、今そこで警備員として雇われてるトモって奴」
「思い出した! 確かそんな名前!」
良かった……あの一件、ちゃんと浸透してたんだ。御主人が俺を雇用する理由をそう言ってたけど、あんま実感なかったからな……この世界SNSないから拡散速度にムラありそうだし。
「ま、もう盗まれるような物は何も残っていないし、今更ドロボーに入られるワケないけどね。予告状とか届いてないし」
「やっぱりここって……」
「うん、私のお家。ラーマっていう名前の武器屋だったの。今はもう潰れちゃって、ずっとこのままにしてるんだけど……お父さん、未だに諦めきれなくて」
……切ない話を聞いてしまった。
もし今の状況が続けば、ベリアルザ武器商会もそう遠くない将来、こんな抜け殻みたいな空き家になってしまう訳だ。
突然だけど、ここで一句。
武器さびれ 春の夕暮れ いとわびし
武器屋が寂れて武器もサビて、明るくて楽しい時間が終わりに近付いている情景が憐れで、見ていてとても辛い……という意味だ。
ポイントは『さび』と『わび』で韻を踏んで、かつどっちもダブルミーニングにしている点だ。我ながら名句を読んでしまった。しかしこの世界にプレバトはない。残念!
恐らく借金を背負っている筈なのに、店を売りに出さないのは、いつか再開出来ると信じているからなんだろうか。
いや……本当はこの子の父親もそれが無理なのはわかっているんだろう。それでも諦めきれずに、敗戦処理が出来ずにいる。だからといって、失敗した証でもあるこの場所を綺麗に片付ける事も出来ない。
目を逸らしたいのに、手放せない。未練があるから。きっとそんなところだ。
ただ、一つ解せない事がある。
「ちょっと気になってたんだけど、ここに積まれた鞘は何なのか聞いてもいいかな。在庫だったら得物の方も残ってる筈だよね」
「……盗まれたの。中身だけ」
中身だけ……?
盗むにしても、わざわざ鞘だけ置いていくメリットはないような……
「ウチの武器屋、鞘にお店のロゴを刻んでたんだ。繁盛したら、そのロゴが入ってるだけで価値が出るようになるぞって、お父さんがね……」
あー……鞘書って言うんだっけ? 御主人から武器の説明されてる時に聞いた気がする。
一つ拾ってマジマジ眺めてみると、確かに『ラーマ』って文字が刻まれていた。しかも結構目立ってる。
これダメですね。意図はわからなくもないけど、他の店じゃ引き取って貰えなくなるから却って買い辛くなる。サイン本みたいなもんだ。サイン本は返品不可で、書店の買取になるらしい。その作家が知名度あれば売れるだろうけど、無名だとそうもいかない。それどころか落書き扱いされ、中古本屋じゃ買い取り拒否の対象になる事もあるらしい。
気の毒だけど、この子の父親は商才がなかったんだろう。きっと情熱だけでやっていたに違いない。
気持ちはわかる。上位に食い込める展望もないのに、やり込んだスマホゲーって中々やめられないもんな。一緒にするなって怒鳴られそうだけど。
「この無残に積まれた盗む価値ナシの鞘が、ウチの武器屋の象徴……フフ……フフフ……」
ああっ! こんな推定10代前半の女の子ですら精神が……終盤の街の洗礼ヤバいな。ヤンデレ量産街じゃないか。サイコパスの蜘蛛が大量に湧くぞ。
「ベリアルザ武器商会にはこっそり偵察に行った事あるの。品揃えは怖かったけど、接客してくれたお姉さんはとっても良い人だったな。多分私がお客じゃないって見抜いてたと思うけど、ずっと普通に……普通じゃなかったけど、熱心に武器の説明をしてくれたし」
その時の情景がありありと思い浮かぶ。共に微妙な武器屋の娘同士の共有感……と油断させておいてからの暗黒武器解説責め。プレイが高度過ぎる。二秒でKOされそうだ。
「あの店員さんに伝えて。こうなったらダメだよ。私たちみたくならないでって。そうしたら、ここに入ったの許してあげる」
「わかった。でもそれだったら、名前を聞いておいた方が良いかな」
名前は大事だ。例え知らない名前でも、名前が添えられるだけで言葉は生きる。
「ユマ」
「ありがとう。ルウェリアさんには確かに伝えるよ、ユマ」
そう言い残し、ユマの年齢にそぐわない諦観の笑顔を見ない振りして、少し無理して窓から颯爽と飛び降りた。
助かったっていう安堵は全然ない。明日は我が身……ってのとも少し違う。
商才のない人間が、それでも自分の好きな事に向かって努力して、店を持つ。
それは幸せの絶頂だったんだろうか。それとも、上手くいきっこないって絶望感を胸に隠して、空元気で営んでいたんだろうか。
わからない。ユマの父親を知らない俺には、どっちなのかはわかりっこない。
仮に後者だとして――――自分の才能のなさに気付いていながら、いつか壊れる夢だと知っていながら、それでも夢に縋るのは滑稽なんだろうか?
一縷の望みを残して、店をそのままにしておくのは、無様なんだろうか?
きっと滑稽で無様なんだろう。俺がどれだけ擁護しようと、否定しようと、客観的に見ればそう受け止めざるを得ない。
その事が、とてつもなく切ない。
死んだ筈なのに生まれ変わって、第二の人生を送っている今の俺は、夢に縋るのと同じように、人生に縋っている状態なのかもしれない。
また何も成し遂げられない人生を送ると半ばわかっていながら、それでも望みを……自分への期待を捨てられずにいる。
フフ……なんて滑稽……なんて無様……フフフ……
……おおう!
いつの間にか俺までヤンデレ化しそうになっちまったよ。移るんだなこれ。感応精神病ってやつか。
危っぶねー……可愛い女の子だから許せる属性であって、男のヤンデレなんて駆逐対象の狂人でしかない。危うくタフなストーカーになり果てるところだった。
はい! もうネガティブモード終わり! 切り替え大事!
定期的にやって来るんだよね……心の薄っすい闇みたいなの。まー誰にでもある事よ。いつも明るく楽しくなんて、そんなの嘘臭いだけだ。大体、いつもニコニコしてる奴って胡散臭いんだよね。詐欺師とか大体そうじゃん。たまに暗くなるくらいで丁度良いんだよ人間は。
「急げって! 大会始まっちまうよ!」
「ワクワクするよなっ! こんなイベント最近全然なかったもんな」
そんな下らない言い訳で自己啓発セミナーの真似事をしていたら、いつの間にか本通りに出ていた。
無邪気に騒ぐ子供達の姿がやけに眩しい。俺にもあんな時代があったんだよなあ……
勿論、それを取り戻すなんて無理だ。自分らしくってのはそういうこっちゃない。過去に囚われず、自意識に抑圧されず、今やりたい事、やるべきだと思ってる事をやる。それが出来るかもしれないから、俺はこの第二の人生に期待してるんだ。何も恥ずべき事じゃない。堂々と前を向こう。
取り敢えず、今したい事……コレットの順番を聞きに行くとするか。ルウェリアさんへの伝言はその後でも良いだろう。
さて、運極振りの成果は如何に――――
「……最後?」
ギルドに戻った俺を待ち構えていたのは、喧噪賑わう参加者達の悲喜交々と、顔面蒼白のコレットだった。
そりゃ一番手よりはマシだけど、最後は最後で待つのキツいしプレッシャーかかる時間長いし、決して良い順番とは言えない。これは予想外だ。
「なんで? 今の私って運最大値なんじゃないの? 運だけが取柄なんじゃなかったの……?」
「んー……いやでも、終わってみたらこの順番っで良かったね、って可能性だってあるし。二日目と三日目の午前中が悪天候で、最後の最後にカラッと晴れて、そこに満を持してバックベアード様を担いだコレットが! みたいな」
「ある訳ないよそんなの! トモ、他人事だと思ってテキトー言ってるよね!?」
「いやいやちゃんと考えてるって。俺よりコレットの事考えてる奴この世にいないってくらい考えてるって」
「……嘘ばっか」
ジト目で睨まれてしまったけど、割とマジだと思う。フレンデリア嬢くらいしか対抗馬いなさそうだし。
にしても――――
「最後が君とはな。麗しい最強冒険者がラストを飾る。大会の盛り上がりにはこれ以上ないほど相応しい配役だ」
同じ事を思っていた奴が他にもいたらしい。俺が言いたい事を全部言って颯爽と登場したこの白髪の冒険者は……名前聞いてなかったな、そう言えば。
「でも最後ってプレッシャーヤバいっすよ。っていうか、こういう大会って最後の方は観客もダレてきちゃってるから微妙な空気になるし、あんま旨味もないですよね。結局のところ、やっちゃったって感じ? ハハハ」
「なんだァ? てめェ……」
「え!? 先輩、ボクなんでホラー武器屋の警備員にキレられてるんすか!?」
「空気を読まないからだろ」
相変わらずウザいメカクレ野郎も一緒か。まあこいつらは投擲用の武器を探してた時点で参加は確定してたからな。当然いるだろう。
「まさか君達が参加するなんてな。ディノーさん。フレンデル」
今度はザクザクが寄ってきた。どうやらディノーってのが白髪の彼で、フレンデルってのがメカクレ野郎の名前らしい。
「アイザック君か。それはこっちのセリフだ。緊張感を伴う場面では力を発揮出来ないタイプだと思うが」
「それを克服したから参加する事にしたんだ。生まれ変わった僕を見て貰う為にね」
そういえば、事前の話じゃレベル60台の参加者は三人って話だったけど、レベル69の冒険者……ベルドラックだっけ、確かあの人も参加するんだよな? なら計算が合わないけど……
「フレンデルは参加しないのかい? ディノーさんの腰巾着って印象をそろそろ払拭すべきだと思うけど」
「そんな印象ある? そもそもボク、この手の熱血要素含んだヤツって苦手なんだよね。こういうのは先輩や何処かのヘタレ自爆野郎の出番でしょ」
「何だよ参加しないのかよヘタレなのはどっちだ陰湿前髪が偉そうにほざきやがって」
「い……そ、それちょっとヒドくないか!? せめて野郎を付けろって! 最低限のマナーだろ!? ボク前髪だけになっちゃってるじゃん!」
「いや、僕は言ってないけど……」
何かを察したザクザクがこっちに熱視線を向けてくる。やめろ、お前を庇った訳じゃない。終始イラッとするあのメカクレ野郎に一言言いたかっただけなんだ。
あとお前、さっきも『生まれ変わった僕を見て貰う為にね』ってセリフ言いながらこっち見てたよな。マジやめて。なんか周囲に妙な勘違いされそうだ。
「やめておけ。お前にゃ優勝どころか入賞も無理だ」
「マスター……もう当時の僕じゃないと、貴方にも証明するよ」
今度はコンプライアンスのマスターまで来ちゃった! コレットの回りに有力な選手がどんどん集まってくる。
「冒険者連中の最近の増長は目に余るんでな。オレが優勝して、お前等にお灸を据えてやるよ」
「アンタなんかに二回もザックが負けるワケないじゃない!」
「そーだそーだ! やっちゃえザック! そんなポッと出、サクッとリベンジしちゃえ!」
「ザック……負けないで……」
ザクザクの取り巻き、もとい仲間達も入って来て人口密度が更にヤバいんだが……
「話は聞かせて貰った!」
えぇぇ……この声ってまさか……
「俺の名はメデオ! 蛮勇にして蘇生魔法をこよなく愛する真のヒーラー! 蘇生魔法は良いぞ! 俺にも話をさせろ!」
最早、競技者である事など一切関係ない話題で割り込んで来たメデオに対し、全員が露骨に顔を曇らせた。冒険者共通の天敵らしい。ある意味最強だな……
にしても、この有力勢が次々に揃ってくる感じ、なんか燃えてくるな。部外者だけど。あと当事者のコレットは怯えまくってるけど。
「そもそも蘇生魔法の生い立ちは、冒険者に対しての敬意から――――」
「悪ィな。退いてくれ」
そんな混沌とした空気が、一人の男の登場で一変した。
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