第057話 レベル78界の面汚し

 全てを吸い寄せるかのような求心力。強者でもない俺でさえ、その特異な存在感は肌で感じ取れる。


「ベルドラックさん……!」


「アイザックか。少しマシな面構えになったみてェだな。まだまだ足りねェが」


 身体の厚みが、他の冒険者達とはまるで違う。そして目付きも。例えるなら……修羅だ。

 何体のモンスターを狩れば、こんな顔になるのやら。生前の世界にこんな生き物はいなかった。サバンナにでも行けば出会えたのかもしれないけど。


 そんな野生の動物みたいな獰猛さを漂わせるベルドラックが不意に足を止める。目の前の――――


「コレット」


「な、何……でございましょうか?」


 ビビり過ぎて顔が引きつるレベル78さん。なんというレベル78。レベル78界の面汚しめ。

 でも気持ちはわかる。さっきティシエラと一緒に会話した時とはまるで別人だ。この少しの時間で随分と仕上げて来たな……


「宜しくな」


 唯一、コレットだけを敵と見なしているかのような発言を残し、ベルドラックはそのまま通り過ぎていった。

 存在感ヤバい。絶対王者って感じ。同じレベル60台の三人すら呑まれてたんじゃないか?


「相変わらず暗いっすね、ベルドラックの旦那。ワケあり感の押しつけハンパねーっす」


 ……あ、そうでもなかった。

 いけ好かない奴だけど、このメカクレ野郎の怖いものなしなメンタルは素直に感心する。

 フォロー係のディノーって白髪の人は気の毒なくらい大変そうだけど。今もかなり焦ってたし。この人の髪、地毛じゃないとしたらストレスでこうなったのかもしれない。


「まあ……彼とコレットさんがどっちも三日目なのは幸いだったな。正直、同じ日だと意識してしまいそうだ」


 ベルドラックも三日目かよ!

 いよいよコレットに不利な条件になってきたな……


「相変わらずニクイ野郎め。話の腰を折られちまったが、まあいい。俺の投擲で蘇生魔法に説得力を持たせる方が今は大事だ!」


「楽しみだぜ……現在のオレのこのパワーをもってすれば、あのベルドラックにだって勝てる!」


 一足先に高笑いしながらメデオが去り、マスターも吼えながら別方向に消える。強者同士の共演は早々に幕引きらしい。途中まではこっそりワクワクしてたけど、思いの外盛り上がらなかった。まあ大抵、こういうオールスター的な集いって集まるまでがピークで、いざ全員集合すると微妙なんだよね。


「恐らく、今集まった中の誰かが優勝するだろうな。大変な戦いになりそうだ」


「先輩は選挙が懸かってますもんね。ボクは関係ないけど」


 何?

 ディノーまで選挙に出るのかよ。いよいよ前哨戦の様相を呈してきたな。


「コレットさん。貴女がこのギルド、いや世界中の冒険者の中でトップなのは事実だ。でもそれが選挙の結果に結びつくとは限らない。食らいつかせて貰うよ」


 他の候補者にとっては、レベルで上回るコレットを叩く絶好の機会って訳か。直接選挙には関係ないとはいえ、市民へのアピールにもなるしな。


 っていうか、さっきからコレットに重圧がのし掛かるような出来事ばかり起こってるんだけど……大丈夫か?


「おてやわらかぬ」


 あー、ダメですね。これ死んでますね。パッと見は普通だけど、心はヒューズ飛んだみたいになってるって顔だ。あとその訛り方何?


「プッ。先輩、この人完全にビビっちゃってますよ。幾らレベルが高くても、こんな薄ら禿げみたいなメンタルだったら本番ポンコツなんじゃないっすかね」



 !?



 こ、こいつマジか……! 超えちゃいけないライン考えろよメカクレ野郎! 周辺には隙間産業営んでる冒険者も結構いるんだぞ!?


「ってか薄らってレベルじゃないっすね。もう完全に禿げですよ禿げ。ツルツルメンタル。毛根ガッツリ逝っちゃってますって。心の毛根死に過ぎ! 心臓ツルツルシワシワじゃないっすか! アハハハハハ!」


 途中まではどうにか止めようとしていたディノーだったけど、完全に諦めて制裁の邪魔にならないようメカクレ野郎から離れていく。

 ケタケタ笑っている超えちゃいけないライン超え男の周りには、殺気立った一部の冒険者が全員真顔で集っていた。


「え? な、なんすか? ちょっ、なんすか!? ちょっ、何すっ、アーーーーーーーーーーーーーッ!!!」


 幾ら十人程度しかいないとされるレベル60台の一角であろうと、他人の身体的特徴を揶揄するような発言をしたら、悲惨な末路を迎える。

 ある意味この世界の健全さを見た気がした。制裁方法はとても口に出しては言えないけど。放心状態で良かったなコレット、こんなの目にしたら別の意味でメンタルが死ぬ。男の俺ですら見てるだけでゾワゾワするもの。


「これで少しは懲りてくれれば良いんだがな……」


「あの、余計なお世話なのは重々承知してるんですけど、あの前髪切った方が良いですよ? 選挙出るのなら尚更」


「忠告ありがとう。本気で考えておくよ。明日はコレットさんにプレッシャーをかけられるよう、全力を尽くすと伝えておいてくれ」


 つまりは宣戦布告。選挙の事も踏まえた上で、自分はこういう戦い方をするという意思表示でもある。多分。


 俺の返事を待たず、ディノーは人混みを掻き分けギルドから出て行った。彼は二日目か。後で他の主要なメンツの投擲順も確認しておこう。


「僕も二日目なんだ。恐らくは昼頃になる。よければ君にも見て欲しい。待ってるよ」


 ザクザクも言うだけ言って背を向けた。

 ……返事聞かずに去って行くの、冒険者の間で流行ってんの? これカッコ良いの? ンな事ないよな? お前ら絶対ベルドラックの真似してるだろ。


 何にせよ、前哨戦はこれで終わりだな。後は本番を待つのみ。


 連中は知らない。コレットが投擲に最適なパラメータ配分になっている事を。そして、投擲に最適な武器に生まれ変わったバックベアード様の圧倒的ポテンシャルを。どれだけパワーがあろうと、あの飛距離を超えるのは無理な筈だ。きっと度肝を抜く事になるだろう。


 だからもっと堂々としてれば良いのに……とは言えない。コレットの背負うものはそんなに軽くない。何も背負っていない俺が彼女に呆れる権利はないし、そのつもりもない。


「コレット。帰ろう」


「……」


 完全にナイーブモードのコレットは、返事もせず先にフラフラ歩いて言ってしまった。冒険者らしいと言えばらしいけどさ……ホントこいつら揃いも揃ってマイペースだな。この冒険者ギルド、フリーダム量産し過ぎだろ。ザフトかよ。


 まあいいや。

 俺が寄り添う事で、彼女の負担をどの程度軽減出来るのかはわからないけど、やれる事をやろう。


 本来こういうのは苦手分野だし、やりたくないけど仕方ねーな。


 ――――友達だからな。





「……という訳でコレットは最終競技者になり、プレッシャーに押し潰されて今は宿の自室で寝込んでます」


 折角寄り添おうと思ったのに『一人にして』とか言われた俺のやるせなさよ。絶対に許さない。顔も見たくない。絶交だ絶交。


「よりによって最後か……観客はちゃんと注目してくれるのかね」


「大会の盛り上がり次第でしょうね。初日の今日は物珍しさもあって大丈夫でしょうけど、明日もし中弛みするようなら……」


「三日目は地獄だな」


 御主人の懸念は尤もだ。この武器屋にとっては、コレットの試技がある三日目まで大会への注目度がどれだけ持続しているかが鍵となる。『呪われた武器屋』払拭の為、優勝っていう結果が最も重要なのは言うまでもないけど、イベント自体が微妙だと効果も限定的だ。


 大勢に関心を持たれている大会で優勝する。それによって宣伝効果は累乗的に増加する。出来れば満点回答が欲しいところだろう。


「でも、コレットさんの精神状態を考えたら、三日目で良かったかもしれません。もし今日だったら……」


「優勝すら危うかったかも、ですね」


 幾ら投擲の為に身体も武器も最適化したとはいえ、メンタルがグラ付いてたら良い結果は生まれない。心技体って言うしな。この普通の単語を三つ並べただけの言葉が何十年何百年経っても、別の世界であってもカチッてハマる偉大さよ。こういうのを真理って言うんだろうな。語呂の良さが決め手って気もするけど。


「ところでお二人、ラーマって武器屋知ってます? もう潰れちゃってるんですけど」


「知ってるに決まってるだろ。商売敵っつっても、同じフィールドで競い合う戦友みたいなもんだからな」


 そういう認識なのか。俺は同業者を戦友なんて思った事は一回もなかったな。というか完全に他人だった。それだけ仕事に誇りを持っていなかったんだろうな……


「私も知っています。そこの娘さん、一度ここに来た事がありました。私の拙い説明を嫌な顔一つしないで聞いてくれた、とても優しい子でした」 


「その優しい子から伝言を預かって来たんですよ」


「え? トモさん、あの子と知り合いだったんですか?」


「どうせナンパだろナンパ。潰れた店の前で未練抱えて佇んでる女の子によ、『俺も武器屋勤めなんですよ。気が合いますね』みたいな感じで声かけたんだろ? かーっ、若いって良いねえ!」


 いや全然良くない。俺が知り得る上で最低の声のかけ方だよ。嫌味にしか聞こえないし、嫌味じゃなかったとしたら普通にヤバい奴じゃん。

 こんな事言うのなんだけど、よく結婚出来たよな御主人。

 ……全然似てない親子だし、実は血の繋がりはないってオチだったりして。


「あの、もしかして本当に……」


「違います。ちょっとした成り行きです」


 本当の事を言うと怪盗メアロの件まで説明する必要があるし、俺の不法侵入まで明るみに出る。ここはお茶を濁す方向で。


「それよか、言付かった伝言を話しても良いですかね」


「あ、はい。お願いします。もしかして、近い内にお見えになるのでしょうか? はっ! まさかまさか、あの時ご説明した武器を気に入ってくれて――――」

「私たちみたいにはなるな、だそうです」


 つい食い気味に言ってしまった!

 いやだってさ、あれ以上言わせられないでしょ……まさかそんな期待を膨らませるなんて思いもしないんだもんよ。居たたまれないって!


「……がんばります」


 ああっ、ルウェリアさんの目から夢と希望とハイライトが失われてしまった!

 伝言承った時のやり取りはあんなに爽やかだったのに……何故こうなった。


「んでトモ、今日はどうすんだ? 大会中は客も来ないだろうし、ルウェリアは奥に引っ込めておくから警備は不要だぞ」


「あ、はい。偵察ってほどじゃないですけど、どんな感じで進行してるのかをチェックしておこうと思ってます。本人寝込んでるんで」


「開き直ってくれりゃいいけどな」


 ここでコレットを無理矢理どうにかしようとしないところが、この親子の素晴らしいところだ。自分達の運命が懸かっているって言っても過言じゃないのに。

 今日のところは俺も見習おう。コレットの事は一旦置いといて、競技を見学しに行くとするか。その後にパンの屋台全制覇だ。まだまだある筈だ。待っていろよまだ見ぬパン達。どんなに目立たない場所でひっそりと出されていようと、必ず突き止めて食らい尽くしてくれる。


「お父さん! トモさんのお顔が大変な事になってます! 修羅ってる!」


「見るな。あいつがパンの事を考えている時の顔面は見ちゃいけねえ。時が過ぎるのをじっと待つんだ」


 なんか天災扱いされてしまった。


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