第058話 爆弾発言

 魔王城に武器を投げ込む『魔王に届け』、略してまお届の試技は、観客の目の届かない場所で行われる。当然ながら魔王城の近くまで観客が行ける筈もなく、競技者は街中で観客に見送られ、参加していない戦士やソーサラー、ヒーラーに護衛されながら投擲用の武器を引っさげ短い旅に出る。


 よって、本来なら競技者がフィールドに出て戻って来るまで街中は暇な筈なんだけど――――


「今スタートした冒険者のシュナイケルさんは、レベル54のソードマスターです! 爽やかな顔とサラサラな金髪で女性人気が高く、今年行われた冒険者人気投票では7位にランクイン! あ、でも思ったより低いよね」


「戦っている最中の顔が悪霊に取り憑かれているみたいって噂だから、それが原因かも知れないわ」


「ティシエラの言うように、彼は戦いの最中にスゴい顔になるって話があるそーです! 中継先のアメリーちゃん、今はどんな感じ? ……うん、うん、まだイケメン? まだイケメンだそうでーす。いつまで続くかなー?」


 解説を務めているソーサラーギルドの二人、イリスチュアとティシエラのトークによって、観客は寧ろ終始盛り上がっている。声に関する魔法のお陰だ。


 自分の声を、ボリュームアップせず自然な音量で広範囲に伝えられる【ブルホーン】。

 離れた場所にいるソーサラーに自分の声を伝達する【トランスファ】。


 この二つの魔法を駆使する事で、護衛に付いているソーサラーから現状報告を受け、それを観客に伝えている。しかも競技者のプチ情報まで付けて。スマホやテレビカメラみたいな文明の利器が全くない世界だけど、それならそれで別の方向に進化した文明の力が存在するらしい。だから、一概にこの世界が生前の世界より文明レベルで劣っているとは言えない。俺の知らないところで、驚くような最先端技術が導入されているのかもしれないし。実際、拾ってクン六号は十分それに該当するアイテムだろう。


「あ、そろそろ投擲準備に入るみたいです。シュナイケル選手が選んだ武器は円月輪。ソードマスターなのに円月輪! プライドもへったくれもないけどまーいーか! 中継先のアメリーちゃん、顔はどんな感じ? あー、あーいいですね! 投擲の瞬間の顔、すっごくヤバいそうです! 鼻の穴が普段の十倍になってるって!」


「十倍は言い過ぎじゃないかしら。恐らく三倍くらいだと思うわ」


 ティシエラの無粋なツッコミは兎も角、イリスチュアは結構盛り上げ上手だ。彼女が頑張ってくれれば、二日目も、そして三日目も大会の盛り上がりが持続するかも。これはありがたい。後で差し入れでも持っていくか。


 初日に気になる参加者は……謎の怪力に目覚めたマスターくらいだな。他にもそれなりに有力な奴はいるんだろうけど、知らないから注目しようがない。


 最低限、場の雰囲気は確認出来た事だし、今日はもう帰るか。コレットの様子も見ておきたいし。変にプレッシャーと戦おうとしないで素直に寝込んでればいいんだけど。寝れば大抵リフレッシュ出来る。睡眠は最高の薬だ。


 寝る子は育つって言うけど、あれって寝る事でストレスを適度に軽減させた結果、脳に成長を阻害する疲労物質が溜まらないからスクスク育つんだよな。嘘だけど。


 実際のところ、睡眠は万能じゃない。寝るだけで成長出来るなら人間苦労はしない。うまい食事と適度な運動でS級妖怪になれる訳がない。コレットはきっと、そういう考え方だ。特別な環境で育って、特別な存在で在り続けているから、物事をシンプルに受け止めきれない。結果、自分を追い込んで耐えきれなくなり逃げ出してしまう。俺とは真逆の逃げ癖だ。


 似ているようで違う。だから自分の経験談をそのまま伝えるのは危険だし、俺の正しいと思う考えがコレットに響くとも限らない。かといって、何もしないんじゃ只の薄情者。悩ましい限りだ。


 何かないものかね。責任感とか重圧とかを忘れさせるくらい、コレットをやる気にさせる何か……

 月並みだけど、ライバルの存在とか。

 でもレベル2位のベルドラックも、他の60代の面々も、あんまそんな感じじゃないんだよな。


 やっぱり同性の方がライバル感はあるよな。

 今回の参加者、コレット以外に何人くらい女性がいるのか調べてみるか。





「女性の参加者ですか? ちょっと待って下さい、名簿を見てみますね」


 参加申請は冒険者ギルドで行われていたから、参加者の情報は当然ギルドが握っている。案の定、マルガリータさんに聞いたら即座に答えは出た。


「確認しました。コレット一人です」


「……はい?」


「間違いないです。私も、コレット以外に女性から申請を受けた記憶ありませんし」


 いやいやいやいや!

 確か参加人数63名って話だったよね……何その男女比率。きらファンかよ。


「もしかして、この街の女性冒険者って極端に少ないんですか?」


「そうでもないと思うけど……やっぱり今回みたいな投擲の距離を競う大会って、パワーが明確になるでしょ? 幾ら着痩せしてても実は背筋ムッキムキで腹筋バッキバキだって知られるのは、乙女心的に微妙だから参加を見合わせているんだと思います」


 あー、確かに。ハイレベルな冒険者となると、マギにばかり頼らず筋肉も鍛えてるだろうしな。

 この世界の人間に宿ってるマギってのは相当凄い力みたいで、パワーに直結する『攻撃力』のパラメータが36しかない俺でも、鎧を装備して巨大こんぼうを振り回す事が出来た。

 大した筋力がなくても、マギによって戦闘に必要なパワーが得られる訳だ。


 でもそれは、あくまでも基礎的な部分であって、筋力がなければ高度な動きは出来ない。

 華麗なダンスを舞う為に体幹の強さが必要なように、戦闘時における複雑な動きを支えるのは、結局自分自身の肉体だ。


 投擲に関しても同様。

 重い武器を持つだけならマギさえあれば可能だけど、それをテクニカルにより遠くへ飛ばすには、ある程度の筋力は必要なんだろう。

 つまり、コレットもああ見えて鍛えてる所はしっかり鍛えてる筈だ。


「……妙な事聞きますけど、コレットって腹筋割れてます?」


 前に泉でチラッと裸が見えた気がするけど、あんな一瞬じゃ判別出来ないし、意識はまず胸に行くよね。当方お腹フェチじゃないもので。


「本当に妙な事ですね。そこまで極端じゃなかったと思います。力を思いっきり込めたら腹筋が少し自己主張するかなー、程度ですね」


 そうなのか。何となくホッとした。別に腹筋女子だからって付き合い方が変わる訳じゃないけど、あの童顔でバッキバキだと違和感あるからな……


「コレット、塞ぎ込んでるんですよね? 力になってあげて下さい。最後の競技者って事で相当プレッシャーを感じているみたいでしたから」


 コレットの性格からその後の精神状態まで見抜くとは……なんでもお見通しだな。俺も大分コレットの事を理解してきたつもりだけど、彼女にはまだ及ばない。コレット鑑定士二級といったところだ。


「紅一点となると余計に注目集まりそうですし、尚更ですね」


「そうですね。でもコレットならきっと、奮起して頑張ってくれると思います」


 優しい笑顔。この部分だけを切り取れば、とても良い友人関係を築いているように見えるし、マルガリータさんも善人に思える。


 でも俺は、それに対し否定的な立場を取らざるを得ない"ある疑念"を抱いていた。


「その件についても質問、良いですか?」


「はい。なんでしょう」


「……やりましたよね?」


 その俺の曖昧な問い掛けに対し、マルガリータさんは笑顔のまま固まり、そのまま露骨に目を逸らす。あー、やっぱりこれ、やってますね。やった人間の顔ですわ。


「何の事でしょうか? 質問が抽象的過ぎてわかりませんね」


「では具体的に聞こえやすい音量で――――」


 クリアな音源を届けようとした結果、白面の者みたいな顔をされた!

 ヤベェよヤベェよ……俺殺されるんじゃないか?


 まあでも、この反応を見る限り、どうやら推測は当たりらしい。


 その推測とは……順番やらせ疑惑!


 おかしいというか、都合が良過ぎるとは思ってたんだよ。盛り上がり的に問題ない初日には有力な出場者は殆どいなくて、中弛みが懸念される二日目にはレベル60代の二人や変態ヒーラーといったそこそこ注目がいて、三日目に優勝候補の二人。その中でも唯一の女性参加者でかつ最高レベルのコレットが最後に控えるとなれば、大会的に盛り上げやすい。音楽フェスのタイムテーブルを見てる気分だ。


 もし俺の想像通り、この順番が全て冒険者ギルドスタッフの細工によって仕組まれたのだとしたら、コレットの強運が発揮出来なかったのも納得だ。最初から順番が決まっていたのなら、それは運でどうこう出来る問題じゃない。


 にしても、随分とセコい真似を……


「ン! ンン! その件については現在調査中ですので回答は控えさせて頂きます」


「いや。調査って……仮にそれやってるとしても、調査機関が名ばかりの第三者委員会じゃ意味ないですよ?」


「勿論です。この件はフレンデリア様が絡んでいますから、公明正大に……あ」


 マルガリータさんは思わずフレンデリア様の名前を出してしまい、顔面を蒼白に――――な訳ない。ついうっかりで『実はスポンサーの命令でした』なんて暴露する訳あるかい! 絶対わざとだろ! 自分達の企みじゃないんですよフレンデリア様のご意向ですよと示す事で、俺に無言の圧力かけて口止めしようって寸法だな!?


 ドSな上に腹黒なのか……少女漫画に出て来る王子系のキャラみたいだな。王子系って大体ドSで腹黒なイメージだ。なのにモテモテ。こんなの絶対おかしいよ、とは言えない。現実もそうだしな。


「すいません、今のは聞かなかった事にして頂けますか? 魔王討伐キャンペーンがフレンデリア様、引いてはシレクス家の主催である事は事実ですけど、それと貴方の仰っていた件は無関係ですから」


「無関係なら今の話丸ごと要らないんじゃないですか……?」


「あらぬ誤解を招いてはいけませんから」


 しれっとまあ、良くここまですっトボけられるもんだ。大した人だよここまで来ると。


「お願いします、トモさん。コレットの力になってあげて下さい」


「……はあ」


 露骨に話を逸らしやがった。これ以上この件に言及するようなら潰すぞと言わんばかりのプレッシャーを与える笑顔。何が怖いって、全然嘘臭くないところだ。嘘臭い笑顔は違和感が生じるけど、彼女にはそれがない。脈絡から感じ取らなければ、ごく普通の優しいスマイルにしか見えない。


 この人と会話するのホント疲れる。出来れば関わりたくない。

 とはいえ、ライバルの出現が望めないとわかった今、コレットを手っ取り早く立ち直らせる方法は彼女以外知り得ないのも確か。俺を除く唯一の友達だからな……


 仕方ない。直球勝負だ。


「あの、コレットの好物って知ってます?」


「焼き甘芋です。調達しましょうか?」


「……お願いします」


 これで手を打てって事だろう。俺も汚れっちまった悲しみに痛々しくも怖じ気づく大人だ、この際不正には目を瞑ろう。

 にしてもあのお嬢様、ピュアっぽい感じかと思ってたけど、したたかな面も持ってるんだな。今後更に気を付けないと……


 尚、焼き甘芋を持っていったらコレットのメンタルは結構持ち直した。





 そして翌日――――大会二日目。


 コレットは夕方から最終調整を行う為に一人で準備運動中。その間、やる事ない俺は有力選手の試技を見にやって来たんだが――――


「さあ皆さん、注目の選手がやって来ましたよ! レベル63、"白髪の苦労人"といえばこの人! ディノーさんです!」


「彼はギルドマスター選挙にも立候補しているわね。この投擲の結果次第では、選挙戦に影響が出るかもしれないわ」


「そーなんですよティシエラさん! やっぱりこういう緊張感のある場面でしっかり結果を残せる人じゃないと、ギルドのトップは任せられないもんね。私達のトップはその点、何処に出しても恥ずかしくないけどねー」


「私の機嫌を取っても収入は伸びないわよ」


「そんな堅い事言わないでよー。私さー、今買いたい服があるんだよねー」


「買えば良いじゃない。貴女の収入なら、大抵の服は生活に支障ない範囲で買えるでしょう」


「甘い! 甘いねティシエラ。貴女だって身に覚えがあるでしょ? 一つ欲しい服が見つかったら、そのお店には五着、いや十着は自分に合った服があるのよ。防御力高くて自分の趣味に合うデザインの服なんて簡単には見つからないから、タイミング逃すと一生後悔しちゃうよ? 私に後悔させたいの? ティシエラはそんな薄情な子だったのかなー?」


「知らないわよ」


「で・た! 出ましたよティシエラの『知らないわよ』。みなさーん、私これ、子供の頃から何回も何回も聞かされてきたんですよー。私がソーサラーギルドに加入しようかどうか迷って相談した時も、最初はこれ。『知らないわよ、私には関係ないでしょ?』みたいな。薄情って思うでしょ? 思いますよね? でも違うんだなーこれが。彼女なりの試練っていうか、そこで遠慮するような人には興味ありません、でも食い下がってくるのなら向き合ってあげます、的な? みんな誤解しないであげてね、ティシエラって本当はとっても良い子なんだから! あんまり話しかけ辛い人扱いしないで、もっと遠慮なく接してあげて。ティシエラだって本当はそれを望んでるから!」


「一切望んでないから真に受けてはダメよ。礼儀知らずの輩には躊躇なく上級魔法をお見舞いするわ」


「またまたー! 照れちゃってもー」


「照れてもいないわ。どうでもいい話しないで」


 いや本当にどうでもいい事長々と喋ってるなあの二人! 実況が謎のプライベートトークを延々としてるからディノーが全然出発できなくてソワソワしてるじゃん。しかも見物人がそっちのトークに興味津々だからツッコミもクレームも一切入れないし。

 問題なのは、ティシエラだけじゃなくイリスチュアも結構な美人さんってところだ。華がある容姿も赤い髪も、陽キャっぽいノリと合ってる。静のティシエラ、動のイリスチュアって感じだ。そんな対照的な美人二人の私生活が垣間見えるお喋りなんて、止められる男は滅多にいないだろう。


 もしここにディノーの腰巾着ことメカクレ野郎がいれば、空気を読まない正論で流れを断ち切れたかもしれないけど、昨日奴は薄い集団に嬲られて暫く再起不能。肝心なところで役に立たない。白髪の苦労人、こんなところでも苦労する運命なんだな……

 

「あ、でもティシエラ最近親しくなった人いたよね。珍しくない? ティシエラが男と仲良くなるって。もしかして付き合ってたりするの?」



 ――――これまでと何ら変わらないトーンで軽快に発せられたイリスチュアの爆弾発言に、周囲の空気が一変した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る