第054話 究極のデバフ
さて……このならず者をどう成敗してくれよう。
ここで重要なポイントは二つ。一つは、このメスガキが俺から簡単に逃げられる能力を持ってるって事だ。前回は不意を突かれたとはいえ、仮に用心していたとしても為す術なく逃げられていただろう。あの短距離瞬間移動スキルを発動させてはいけない。
もう一つの重要事項は、このクソガキが俺のパンを人質に取った点。これは良くない。いけませんね。俺が買ったパンは俺の胃袋に収められるべきだ。俺が味わい尽くす為に彼等は生まれてきた。そんな彼等が他の奴に食されるなど、決してあってはならない。パラドックスだパラドックス。
この二つを総合的に考えた結果、俺は一つの決断に至った。デンプシーロール並に封印していたあの手を使う。
調整スキルの他害運用だ。
これまで俺は、調整スキルをコレットや武器にのみ使用してきた。つまり、自軍の効率化・改善だけを目的としてきた。
でもこのスキル、それだけの利用価値に留まらない。
敵の弱体化にも使用出来る。
それも、単なるデバフじゃない。究極のデバフだ。
今このメスガキの手を掴んで『抵抗力全振り』と俺が口にすれば、奴は魔法防御こそ大幅にアップするが、それ以外の能力はほぼ最低値になる。こいつの大きな武器である敏捷性も例外じゃない。魔法の使えない俺にとって魔法防御の数値は何の影響も及ぼさないから、大幅な弱体化を実現出来る訳だ。
スキルの使用自体を封じる事は出来ないが、自分の能力が極端に落ちた状況で逃げの一手は打てないだろう。まずは自分を元に戻す方法を吐かせようと躍起になる筈。
調整スキルを使う事が出来れば、パンの奪取と奴の死はほぼ確定。あくまで使えればの話だが。
怪盗メアロの敏捷性を甘く見る訳にはいかない。俺が奴に触れるのは決して容易じゃないだろう。
尚、俺自身に調整スキルを使うのは無理。残念ながら、自分のステータスは弄れないらしい。だからこの場でこっそり敏捷極振り状態にも出来ない。仮にしたとしても、レベル18の俺のパラメータじゃタカが知れてるしな……
「そ、それ以上近寄るな! 近寄ったら逃げるからな! お前の大事なパンは我が預かってるんだからな!」
幸い、怪盗メアロは逃げる気なしか。そりゃそうだ。俺に用があったからわざわざ接近してきたのは間違いない。俺が一人になるのを見計らっていたんだろう。
なら、自然の成り行きに任せて奴に触れるチャンスを窺うのが吉か……
「いいか。そのパン達は大事に扱うんだ。親友の赤ちゃんを抱いてあやすように丁重にだ。万が一落とそうものなら、この身朽ちるまで貴様を追い詰めるぞ。もし俺が滅びても俺の子供が、孫が、子孫が必ずお前を奈落の底に叩き落とす」
「そういうセリフは魔王とかに言え! っていうかお前が魔王なんじゃないのか!? なんだよ『滅びても』って!」
勿論俺は魔王じゃないが、気分はほぼ魔王だ。俺のパンが笑ってくれるなら俺は悪にでもなる。
「もっとフツーの奴だって思ってたのに……わーかったよ! もうパン返すからフツーにして! フツーにしてくれればそれでいいから! 他に何も要求しないから、一旦フツーになって!」
「よくわからないけど、パン質を解放するのなら用件は聞こう」
「パン質って何……もうヤダこいつ……」
怪盗メアロがパンを返す為に、俺に近付いて来た。
千載一遇のチャンス!
「ホラよ」
無言で受け取るフリをして、奴の手を掴む。落ち着け。重要なのは、焦って奴を刺激してパンを落させてしまわない事だ。それだけは絶対に守らねば。
「抵抗力全振り」
「……え、何? なんで我の手を握るの? もしかしてお前、我にホレたの?」
よっしゃ完璧! しっかり触れたし、小声とはいえスキルは発動した筈!
これでこのメスガキはただの魔法防御特化メスガキになった!
「っていうか、今の『抵抗力全振り』って何だ? まさかお前……我に何か呪いでもかけたのか?」
チッ、察しの良いガキめ。だがもう遅い。
「呪いじゃない。俺は他人のステータスを自由に調整するスキルを持ってる。それでお前のパラメータを抵抗力に偏らせた。つまり、今のお前は魔法防御以外何の取柄もなくなったって訳だ!」
わざわざ自分のスキルの説明を敵にする必要はない。そう思っていた時期が俺にもありました。
でも、自分が固有スキルを持つ立場になっていざ聞かれると、つい言いたくなっちゃう。それに、自分の思惑通りに事が運んだら自慢したいよね……生前そういう経験ほとんどなかったし。
そうか、世の漫画やゲームで戦闘中に自分の能力を解説するキャラが溢れているのは、こういう心理が原因だったのか。実際にその立場になってみないとわかんないもんだな。
現状、俺のこの調整スキルは余り大勢には知られたくない。今の俺は『ある日忽然とこの街に現れた素性不明の男』『冒険者ギルドを初日でバックれた根性なし男』『呪いの武器屋で働く意味不明な男』の三重苦。信用どころか怪しさしかない。こんな奴がパラメータ調整出来ると知られた日には『呪いでステータスをメチャクチャにするヤベー奴』としか思われないだろう。実際このメスガキもそう言ってたし。
とはいえ、知人の何人かにはもう話してるし、絶対に隠さなきゃいけないって程でもない。怪盗メアロがこの調整スキルの存在を言いふらしたところで、信じる奴はそういないだろうし。
「はぁ? そんなスキル聞いた事ないんだけど? なんて名前のスキルだよ」
そして、こういう反応になるのも予想済みだ。マルガリータさんすら知らない、世界で一つだけのスキルだからな。多分。
それはともかく、名前か……ずっと保留のままだったけど、この機会に決めてしまおう。奇を衒わずシンプルなのがいいよな。
「【リライト】だ。俺しか使わないスキルだから、俺が命名した」
「お前だけぇ……? ハッ、そんなしょーもないハッタリ……あれ、なんで我の動きこんな鈍いの。え? マジ?」
よっしゃ成功! にしても、肩を竦めるだけの動作でも普段との違いがわかるの何気に凄いな。
「何だこれ? マギへの直接干渉? こんなの人間が使えるスキルじゃないし、そもそも我に効く筈が……あっそっか! 今は人間のマギをまとってるから……!」
……マギへの直接干渉?
適当な事を言ってるとは思えないし……こいつ、俺本人も知らない【リライト】の本質を見抜いたのか?
後半は小声で何言ってるのか聴き取れなかったけど、やっぱりこいつ只者じゃない。
「まあ良い。今度こそ捕まえてやるから覚悟しろ」
「ままままままま待て! えっと、えっと、えっと……あーーーーもう! お前の愛しいパンがどうなっても良いのか!? 幾ら鈍くなったって言っても、捕まる前に地面に落すくらいワケないぞ!」
な……何ィィィィィィィィィィィィィィィィ!?
なんて卑劣な……!! 悪魔だ、こいつ悪魔の中の悪魔だ!
迂闊だった。スキル発動させた瞬間に奪い返すべきだったか?
いやでも強引に取り返そうとしても、パンだし千切れちゃうよな……
「わかった。元に戻すからパンを解放してくれ。捕まえるのも諦める」
「……脅した我が言うのもなんだけど、我ってパンと同等の価値なの? この我が? 何この屈辱……フツーに捕まった方がマシだったんじゃ……大体、愛しいパンって何……なんで我そんな事言ったの……?」
怪盗メアロが精神的に追い込まれていく。勝手に。
「はぁ……まーいーや。パン返すから元に戻して」
「交渉成立だな」
ふぅ……よく戻って来てくれた。俺のあまバタと三蜜パン……後でゆっくり食べてあげるからね。
あとはこいつのステータスを戻すだけ。コレットの嘘泣きを非難した手前、『うっそー! 戻してやらなーい!』は流石に出来ないな。美意識的に。
「調整前のパラメータ配分に戻す」
試した事ないけど、多分これで大丈夫だろう。
「おーっ、戻った戻った。お前ガチでヤベー奴だったんだな。こんなエグいスキル持ってたなんて……やっぱ我、見る目あるじゃん!」
勝手に納得して勝手に精神状態回復したらしい。自作自演が好きなメスガキだな。
「で、俺に何の用? 一応、こっちは屈辱を受けた身だし、仲良く話すつもりはないんだけど」
「やーっと本題に入れるなー。取り敢えず、我について来い。ここは人目につくかもしれないから、あんまいたくない」
そう言われてホイホイ付いて行く理由は既にない。パンは俺の手元に戻ってるし、あのメスガキは敵だ。敵の誘いに無防備に乗るほど人生イージーモードじゃないんで。
とはいえ、純粋な好奇心が芽生えているのも確か。もうお互いこれから戦り合おうって感じの空気でもないし……
「別にお前なんかを罠にハメようとか思ってないから、警戒とかしなくていーし。早く来いってば」
「……わかったよ」
実際、鬼魔人のこんぼうの一件で既に俺を貶める事には成功してる訳だし、わざわざ追い打ちしに来る理由もないだろう。他の用事も想像出来ないけど。
「ここなら人は入ってこないから、落ち着いて話せるぞー」
「……空き家?」
路地裏を奥に進んだ怪盗メアロが立ち止まったのは、顔の高さに窓があるボロボロの建物の前。路地裏に面しているその建物を窓から覗くと、中には剣の鞘と思しき物が散乱していた。
人が住む気配はなく、カウンターらしき物が見える。そして間取りが少しベリアルザ武器商会に似ている。
ここは……
「元々は武器屋だったんだ。潰れちゃったけどな」
そう説明しながら、怪盗メアロは窓の桟に手を置きもせず、跳躍だけで中に入って行った。
中からすまし顔で手招きしている。後に続けって事なんだろう。
まあ明らかに罠じゃなさそうだし、誰も素顔を知らない怪盗メアロがこんな場所をアジトにしているとも思えないから、ここは一つ誘いに乗ってみるとしますか――――
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