第053話 食材のキセキの世代
今まで選挙の対抗馬については余り考えてなかったけど……まさかこんな大物が出馬するとは。
ギルマス選挙は、ギルドに所属している冒険者全員が投票権を持っているらしい。よって、ギルド内で如何に慕われているかが重要になる。コレットの場合、その点はかなり不利だ。他の冒険者とロクに会話すらしてないソロ専人生だからな。生前の俺と同類。
それでも、レベル78という圧倒的なセールスポイントがあって、現ギルマスの恋人かつ受付嬢が推薦人となれば、最有力候補なのは間違いない。今まではそう思っていた。
「ガラじゃねェのはわかってるが……頼まれちまってな」
でも、このレベル69の強者が相手となると話は変わってくる。こっちの方が貫禄あるし、多分ギルド内でも慕われてるんだろう。コレットご愁傷様。水面下で残念会の準備を始めておいた方が良さそうだ。
「そう。相変わらずなのね」
「……」
ティシエラさんの視線が厳しい。批難しているような、諦めているような、哀れんでいるような、不思議な目だ。
この二人の間に何かがあったのは容易に想像出来る。でも俺には関係のない話だ。そこに首を突っ込むつもりもない。だから解放してくれませんかね……空気重いし居心地悪いし正直もう離れたいんですけど。自分、こういうのが嫌でソロ専やってたんで……
「彼は貴方の政敵になるコレットの参謀よ。挨拶くらいしたら?」
飛び火来ちゃったよ……だから嫌なんだ知人の知人と絡むの。
そもそも……
「勝手にコレットのブレーンみたいな紹介されても困る」
「違うの?」
全っ然違う。寧ろ便利屋のポジションだ。そもそも誰かの参謀が出来るような上等な頭持ってたらですね、生前もう少しちゃんとした人生送れてましたよ。独立して警備会社設立するとか。
「ベルドラックだ」
不本意な認識に辟易して溜息を落としたタイミングで最低語数の自己紹介をされた。醸し出す雰囲気の通り、寡黙な人らしい。
「トモと言います。ベリアルザ武器商会の警備員をやっています」
「……」
俺のベリアルザ武器商会の名前に反応し、ティシエラの方に『そういう繋がりか』と言わんばかりの表情を向ける。俺とティシエラの関係が気になっていたのかもしれない。
うーん、やっぱり痴情のもつれなんだろうか? グランドパーティとやらが解散したのって。いや解散したとは聞いてないけど、既に二人とも所属してないんだからその認識で間違いない筈。
……やめよう。これ以上はゲスの勘ぐりになる。
「こう見えて負けず嫌いでな。敵と馴れ合う気もねェよ」
一方的にそう言い残し、ベルドラックは一足先に一階へと下りていった。ヤダ、迫力と哀愁が入り交じった背中に思わずウットリしちゃう! 男って結構同性にトキめく瞬間ってあるよね。イケメンに優しくされた時とか、ゴツイ身体の兄ちゃんに肩組まれた時とか。後者は恐怖もあるけど。
にしても、急に敵認定されたのは選挙で相対する敵と見なされたからだろうか。それとも――――
「彼も大会に参加するのかな」
「でしょうね。コレットに選挙で勝つつもりなら、そうするしかないもの」
「……?」
確かに、レベルだけならコレットの方が大分上だ。彼には自分がコレットよりも上だとこの大会で証明する必要があるのかもしれない。
でも、レベル69だって立派な実績だし、グランドパーティの一員だったんだから、まともに魔王討伐なんて目指した事もないコレットよりは余程ギルマスに相応しそうな人材だよな。普通に考えたら。
何故『そうするしかない』なんだろうか?
「行きましょう。これ以上ここにいても意味がないわ」
「……了解」
なんかスッキリしないまま、レンガのような見た目の階段を爪先から降りていった。
魔王討伐キャンペーンのメインイベントとして開催される投擲大会『魔王に届け』、通称"まお届"は、当初の予想より長く三日間かけて行われる。
その原因は、エントリー人数が63名とかなり増えたからだ。
ザクザクのように、シレクス家主催の大会に及び腰だった連中もかなりいたらしいが、ギルドが本腰を入れて協力すると表明した結果、参加者が一気に増えたらしい。
ルールは事前に聞いていた通り、かなりシンプル。
城下町の出入り口の一つである西門を開放し、そこを出発点として、魔王城まで徒歩で近付き、自分の好きな地点から武器の投擲を行う。
それを各人が一回ずつ行い、投げた武器が魔王城まで一番近い地点にあった者が優勝となる。
武器の位置の測定は、シレクス家が買い取った拾ってクン六号によって行われる。
拾ってクン六号が反応しなかった武器は問答無用で失格。
一億円するだけあって精度は抜群だから、測定不能って事にはまずならないみたいだけど。
移動中はモンスターに襲われると考えられる為、護衛を一人二名まで付けられる。
護衛は参加者以外なら誰でもOK。
悪徳ヒーラーギルド所属のヒーラーを選んだ場合、回復料はシレクス家が全額負担するらしい。
最大のネックは、やはり冥府魔界の霧海だ。
原理は不明だけど、魔王城の周辺に常時発生している霧で、この霧の中に一定時間いると死んでしまう。
よって、魔王城に近付き過ぎると落命するチキンレースの要素がある。
この霧を克服するのが、魔王討伐への第一歩に繋がるのは間違いない。今大会の意義はまさにそこ。参加者の何人かが優勝を目指す為に霧を研究・分析し、その中の一人でも成果をあげられれば、魔王討伐は一気に進展する。
仮にそこまで進まなかったとしても、この試みが魔王討伐への気運を高めるのは確か。停滞していた冒険者ギルドを活性化させるだけでも、やる価値は大いにある。
ギルマス達もそう判断したからこそ、全面的に協力しているんだろう。
そして肝心の優勝賞金は――――
「今大会で優勝した人には、シレクス家から300万Gと馬車一年分が贈呈されます!」
開会式のスピーチをしているフレンデリア嬢が高らかに宣言したように、3億円。ウインブルドンの優勝賞金と同じくらいだ。
こんな額を単独スポンサーでポンと出すんだから、もう金持ちってレベルじゃねーぞ。まあこの街、物価が極端に高いってのもあるけど。
あと馬車一年分ってどういう事? 乗車券じゃなくて馬車そのものを一年分? まさか馬車三台とか付いてくんの? それ邪魔じゃね?
何にせよ、この街に住む冒険者は総じて高レベルであり、既に巨万の富を築いている上流階級の皆々様。賞金や賞品は眼中にないだろう。ギルドやシレクス家の顔を立てる為、若しくはギルド内での地位向上を目指して参加している連中が大半だと思われる。
「魔王を討伐したいかー! 魔王城に乗り込みたいかー!! だったらまずは宣戦布告! 挨拶代わりにお城に武器を投げ込んで、私たち人類が冥……冥……冥なんとか霧に負けないって、みんなで証明するぞーっ!」
カウンターの上に立ってやたらハイテンションで煽るお嬢様。それを眺める冒険者たちの目は、困惑に満ちている。この反応を見ても、彼女が元々こんな事を言うタイプじゃなかったのは明白だ。
「……私たちシレクス家は、今までちょっと偉そうにし過ぎでした。私も、両親も、行き過ぎた言動があったと聞い……反省しています。今回の大会は、私たちシレクス家がみんなと共存している事、一緒に平和な時代を迎えたいと願っている意思の現れだって思って貰えると嬉しいです」
最後は深々と頭を下げ、カウンターから降りる。そのフレンデリア嬢の様子に戸惑いが更に深まる中、手を叩く一音がギルド内に響いた。
これが出来るのは、彼女と親しい間柄の人間だけ。つまり――――コレットだ。
コレットの拍手に追随する者はいない。そして、フレンデリア嬢も納得しているらしく、寂しそうにしながらも穏やかに口元を緩め、最前列のコレットに向かって目を細めていた。
……もう機嫌直ってるのかなコレット。ティシエラがしっかりフォローしてくれていれば良いんだけど。
「では、これから投擲の順番を決める抽選会を行います。エントリーしている方は、カウンターに数字を書いた紙を入れた箱を置きますので、そこから一枚引いて下さい」
勝負はここから既に始まっている。投擲順は極めて重要だ。最悪なのは一人目。というか、一日目の範囲は出来るだけ避けたい。特に一日目になるか二日目になるかのギリギリの順番は気持ちの整理が付き難いから避けたいところだ。
「コレット、コレット」
取り敢えず呼んでみる。俺の声が聞こえたらしく、まだちょっと拗ねた顔をしながらも近付いて来た。良い、全然良いよ。そういうの可愛いよ。
「何?」
「抽選の時は運極振りで行こう」
そう告げた瞬間、コレットの顔が露骨に曇った。
「えー。それってなんかズルくないかな?」
あ、カッチーン。
「それ、俺の調整スキルがズルって意味?」
「え……違……」
実のところ、そこまでイラッとした訳じゃない。でもさっき理不尽な理由で拗ねられたから仕返しはしとかないと。
「そっか。コレット、俺のスキルをそんなふうに思ってたのか……」
「いや、だから、その……」
「寂しいな。良かれと思ってやってたんだけどな」
演技なんて小学生の時の劇以来だ。自分で笑ってしまいそうになる。大根もいいとこだ。
流石にこれはコレットでも騙せそうに――――
「……」
……あれ? まさか……泣かせた?
それはちょっとシャレになんねーよ!
「ゴメン冗談! 全然傷付いてない! 怒ってもいないから――――」
「うっそー」
うわ素で騙された! 最悪だ!
女性ビギナー勢に嘘泣きはダメだろ! 反則だよ反則! 悪質な反則だ!
「さ、早く運極振りにして」
「……へいへい」
腹立つわーこいつ……もし生前同級生として出会ってたら絶対勘違いするやつだろこれ。マジで良くないよそういうの。こんな感じのやり取りしておいてバレンタインチョコ掠りもしないとかホント止めて。期待させないで。期待させるだけさせておいて奈落に突き落とすのマジ最悪だから。立ち直るのに何日かかったと思ってるの。ビンタ喰らうような衝撃じゃなくて真綿で首締められる系の苦しみだからガチでしんどいんですよ。締められた首はね、真っ青になって中々元に戻らないんだからね!
「さ、引いてこい。暫く時間かかるだろうから、俺はちょっと外の様子見てくる」
「はーい」
取り敢えず機嫌は完全に直ったらしい。今はそれで良しとしておこう。
コレットがくじ引きの行列に並んだのを確認して、一旦ギルドの外に出る。そこには、予想以上の熱気が充満していた。普段の数倍もの通行人が行き来している。まるでお祭りだ。
投擲はモンスターのいるフィールドで行われるから、試技の瞬間は見学出来ない。それでもこれだけ盛り上がっているのは、出店やイベントを各所で行っているからだ。
何しろここは終盤の街。大道芸人のレベルもかなり高く、身体能力がエグい。火吹き芸も火炎放射器レベルだ。
歌とダンスも総じて質が高く、広場で行われているダンスショーではスケートリンクでもないのにスイスイ移動して空中で百回転くらいするダンサーもいる。うっかり一日中見入ってしまいそうだ。
とはいえ、俺にとって大本命は……パンの出店!
多幸感の具現化とでも言うべき芳醇な香りが漂うそのエリアには、普段店頭には並ばないスペシャルメニューが目白押しですよ!
虹の実とかオゾン草とか、食材のキセキの世代かよとツッコみたくなる系のやつじゃなく、ありふれた普通の材料で知恵を絞って作られたパン。それこそが究極。それこそが至高。
ああ……このサツマイモを更にすっきりさせたような味の甘芋で作った芋餡とバターをパン生地で包込んだ『あまバタ』……堪らん。負けてないよ、生地負けてないよ。凄いよ。
他にも買っておきたいパンは山ほどある。冷凍保存できないのが恨めしい。幸い、この世界……というかこの国は湿気は日本より断然ないし、この季節の気温はそんなに高くない。一般的にパンは賞味期限2日、消費期限5日くらいだけど、一週間はいけるな。
その前に残金チェックだ。持ち合わせがなきゃ欲しいパン全部は買えないからな。一旦表通りを抜けて、人気のない路地裏へ行こう。考え事の最中に金や買ったパンを盗まれたらシャレにならない。
よし、ここなら大丈夫。以前コレットに肩胛骨ドンされてメデオに襲撃された思い出深い路地裏だ。
向こうから一人、小さい子供がやって来ている。紫色のデカいツインテールが遠くからでも目立つな。この辺りはスリやってるストリートチルドレンはいなかったと思うけど、念の為いなくなってから……
――――!
今……すれ違った奴、まさか……
慌てて振り向くと、そいつは立ち止まり、こっちを見てニヤついていた。
俺にとっては、まさに因縁の相手。
こんな所で出くわすとはな。
ふぅ……
見なかった事にしよう。今はそれどころじゃない。総菜パンは日持ちしないから、今日は菓子パンを中心に……
「なんで無視すんの!? 我だよ我!? お前、我にコケにされたの覚えてないの!?」
覚えてるけど、今日はメスガキに構っている暇はないんだ。せっかくだから、俺はこのパン天国を選ぶぜ!
「むーしーすーんーなー! そうか、そのパンが原因だな! ならこうしてやる!」
ん……?
な、何ィィィィィィィィ!?
パンが……俺の買ったパンが消えただと!?
俺のパンが奴の手に……バカな……
「これ返して欲しかったら我に付いて来い! バーカバーカ!」
略奪スキル……そうか……こいつはパン泥棒もやるのか……そうか……そうか……
「わかった。地の果てまで追い詰めて殺してやる。パンに溺れて溺死しろ」
「何それ怖っ! うわーっ! こいつヤベー奴だ!」
俺は生まれて初めて芽生えた純粋な殺意を、怪盗メアロへと向けた。
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