第052話 ハーレム天国だと思ったらヤンデレ地獄だった異世界

 冒険者ギルドとソーサラーギルドの関係は良好と聞いていたけど、やっぱり突然ギルマスがギルドを訪れたとなれば異分子的な反応になるものらしい。少なくとも歓迎ムードという感じはしない。


「あの酒場のマスター、いつ頃から豹変したのかしら。出来れば具体的に聞きたいのだけど」


 でも、そんな周囲の空気なんて気にも留めていないのか、マイペースなティシエラは泰然とした態度でザクザクに詳細を問う。そうか、彼女はある日を境に性格が激変した人間を調べてるんだったな。


「んー……確か僕が彼を調査しに行ったのは春期遠月19日だったと思うけど、その三、四日前から噂にはなっていたよ。マスターが急に怪力になったって」


 立場の割に、あんまり丁寧語を使われないなティシエラ。まあ彼女の価値観では『タメ口=親しくない人』だから、当然といえば当然か。

 でも幼なじみの赤髪ソーサラーの女性……イリスチュアさんだっけ、あの人もタメ口だったよな。ルウェリアさんは丁寧語だけど、あの人誰にでもそうだもんな。


 もしかして誰にも心を開いていない系? 暗黒系武器が好みな人だし、心に闇を抱えているのかも……?

 ヤンデレ路線はコレットで間に合ってるんだけどな。何このハーレム天国だと思ったらヤンデレ地獄だった異世界。ハーレム味わってないのにヤンデレだけ押しつけられるとかマジ勘弁。


「なら30日ほど前ね。貴重な情報をありがとう。で、そこの警備員さんはなんで若干引いてるの?」


 バレてた! いやね、闇属性の女子ってどう話していいかわからないので……


「そんな事より、ユーフゥルって奴は見つかった?」


「露骨に話を逸らしたわね。まあいいわ。残念だけど、簡単には尻尾を掴ませてくれないみたい」


「そっか……」


 あの野郎……か女性かは微妙だけど、奴を野放しにしておくのは危険な気がする。主に俺が。


「どうして彼の事を貴方が気にするの? コレットの為? 以前私を訪ねて来たのも、確かそうだったわよね」


「いやっ、それは……」


 余計な事を……!

 こんなのコレットに聞かれたら――――


「へぇー、そっかー。トモが私の為に……そうだったんだー。へぇー」


 案の定ニヤニヤし始めた。

 ああもう、だから知られたくなかったのに……!


「普段は素っ気ないのに、裏ではそういう事してたんだー。へぇー」


「うるさいな……そんなんじゃねーよ」


 不覚だ。なんか弱味を握られたっていうか、主導権を奪われた気がする。今後軽くあしらおうとしても、このネタでひっくり返されかねない。ヤだなあ……


「まるで子供の愛情表現ね」


「……」


 心底呆れたような顔のティシエラに、コレットは反論もせず俯いてしまった。

 照れてるのか? これツッコめば主導権奪い返せるか? でもなんかドツボにハマりそうな気もするな……どっちへの指摘なのかもわかんないし。


「冗談はさておき、コレットにも感謝しているわ。貴女のおかげで、今のフレンデリア様の事が少しわかった気がする」


「……?」


「ピンと来ていない顔ね。警備員さんが貴女とフレンデリア様のやり取りを私に逐一報告していたんだけど、聞いてない?」


「聞いてない……」


 そりゃ言ってないしな。 


「何それ……私のプライベートを勝手にソーサラーギルドのギルドマスターに売ってたの……?」


「人聞き悪い事言うな。売ってねーよ。話して欲しいっつーから話しただけだ」


「ナニソレナニソレ」


 怖っわ! 生気のない目で棒読み怖いって!


「いや……別にお前を利用してお嬢様の事を探れとか言われた訳じゃないからな? お嬢様が以前と別人みたいになったから、その調査してるティシエラに俺の知ってる情報を喋ったってだけだよ。今回のキャンペーンや大会の事とか」


「でもそれ私聞いてない。そういうの良くないよ? ダメだよ? 裏切りだよ?」


 またヤンデレモードに突入しやがった……大会当日だってのに。

 そもそも裏切りってなんだよ。こっちから探り入れたのなら不快に思われても仕方ないけど、日常会話で聞いた内容をティシエラに教えるくらいでキレられる謂われはないぞ。


「なら、そっちは俺の事をお嬢様に会話のネタとして話したりはしてないんだな?」


「……そういうのとは違うもん」


 理屈は良くわからないけど、コレットの中ではそういう線引きらしい。すっかり拗ねてしまった。んー、拗ねるコレットちょっと可愛いよ。本人には言わないけど。


「おい、なんか痴話ゲンカしてるぜ」


「え? あれって確かレベル78の……」


「男と話してるのなんて初めて見たよ。なんだよ彼氏いんのかよ。密かに狙ってたのによー」


 ……好奇の目に晒されている。そりゃそうだ。今このギルド内は大会にエントリーした連中で犇めき合ってるんだから。


「すっかり目立ってしまったわね」


「問答無用で貴女の所為なんだけど、そんな他人事みたく言われても」


「彼女に私とのやり取りを話した上で情報を提供してくれていると思っていたんだから、仕方ないじゃない。不可抗力よ」


 なんか妙な誤解されてそうだけど、何でも報告し合う仲じゃないしなあ……

 別に、コレットとティシエラを天秤にかけた訳でもない。コレットから聞いたフレンデリア嬢の話をティシエラに伝えたからって、コレットは何の不利益も被らない訳だから、ティシエラの依頼に応えただけだ。まさかそれが地雷とは思いもしなかった。何が気に入らなかったんだ……?


「私、ちょっと風に当たってくる。探さないでよ、絶対探さないでよ!」


 構ってちゃんの常套句みたいなセリフを吐いて、コレットはギルドから出ていった。っていうか、風に当たりに行った奴をいちいち探しには行かないですよね。


「あの様子だと、仮に話を通してたら私への情報提供は拒否されていたでしょうね。なら、貴方の判断は正しかったと言っておくわ。私にとっては」


 相変わらず表情は乏しいけど、完全に無表情って訳でもない。ティシエラは何故か少し楽しそうにしていた。こっちは割とハラハラドキドキなんですけどね。もしこの件が原因でコレットが優勝出来なかったら大戦犯じゃん俺。気が気じゃねーよ。


「そんな顔しなくても、投擲に支障のないよう後でフォローしておくわ。正直、罪悪感もあるのよ。少しからかいたいって気持ちもあったから」


 でしょうね。若干煽り気味でしたよね貴女。意外とお茶目さんなんだから。


 はぁ……ま、過ぎた事は仕方ない。罪悪感が生きてる内にもう少し話を聞こう。

 とはいえ、ここは幾らなんでも人目に立ち過ぎる。二階なら今は人気もないだろう。


「ティシエラ。ちょっと」


「何? 女性を人気のない所に誘ってどうするつもり?」


「普通に話をするだけだから……」


「冗談よ。身の危険を感じたら躊躇なく上級魔法を唱えるつもりではいるけど。その際のギルドの修理費は全て貴方持ちでいいわね」


 そう言いつつ、ティシエラは淡々と付いてきた。にしても、どういう脅し文句だよ……あっさり命を奪うよりジワジワ追い詰めるタイプなの?


 二階の通路には既に人の気配がない。もうここでいいや。下手に部屋に入ると変な勘ぐりされそうだ。


「ティシエラって、コレットとは知り合いなんだよな? 友達って仲じゃないだろうし、どういう関係?」


「私が一方的に気にかけているだけよ。レベル78の冒険者なのに、全然他人と組まずに淡々とクエストをこなしてる変な子だったから。まさかギルドマスターになりたがってるなんて思いもしなかったけど……貴方の差し金?」


「まさか。現ギルマスの恋人の要請。ギルマスも乗り気だった」


「……その話を私にする事の意味がわからないほど、考えなしに生きているとは思えないのだけど」


 当たり前だ。幾ら冒険者は引退したとはいえ、冒険者ギルドの内情を他ギルドのギルマスにペラペラ話すのは不義理と罵られるような愚行。それくらいわかってる。


「気にかけてるのなら、コレットがギルマスになる方が貴女には都合が良いんじゃないかと思ってさ」


 コレットは実質、現ギルマスから推薦されているようなもの。よって、他にどんな候補がいたとしても本命はコレット。例え彼女を猛烈に推しているのが、貴女が胡散臭く思っている貴族令嬢だったとしてもだ。


「私に、彼女を勝たせるような力はないけど?」


「肩を持ってくれればそれでいいよ。コレットには心強い筈だし」


 ティシエラにとって、誰が選挙で勝つのが好ましいのか。誰が勝つ確率が高いのか。この二つが一致すれば、少なくとも他の候補者の肩を持つ事はしないだろう。


「そんなに、あの娘にギルドマスターになって欲しいの?」


「いや。大会には勝って欲しいけど、選挙に関しては正直、コレットが勝っても負けてもどっちでも良いと俺は思ってるよ。でも、本人がスッキリしない、悔いの残るような選挙にはなって欲しくないってだけ」


 それが俺の偽らざる本心だ。


 現ギルマスから五大ギルド会議の話を聞いた際、一つの懸念が俺の中に生じていた。

 各ギルドのギルマスがより自分達に有利なように会議を進めたいと願うなら、冒険者ギルドの新たなギルマスは手玉に取れるような人物が好ましい訳で、裏でそういう無能を勝たせようと暗躍するんじゃないか……と。


 陰謀渦巻く選挙になってしまったら、金魚掬いのポイの和紙並に脆いコレットのポイメンタルはズタボロにされてしまう。だから、それを事前に防げるなら防いでおきたい。そういう気持ちはずっとあった。


「お優しい事」


「……数少ない友達の一人だからな」


 自分以外の誰かに優しくしたい。生前果たせなかったその願いを叶える為だ。優しいからじゃない。ただのエゴ。親切心の押しつけだ。


「善処するわ。貴方のそういうところ、少し気に入らないけど」


「それはどうも」


 交渉は成立。なんか朝っぱらから酷く疲れたな。まだ応援の前だっていうのに。


「戻りましょうか。あまり長居していると、逢瀬を楽しんでいると誤解されるかもしれないわ」


「意外とそういう冗談好きなんだな」


「……」


 前方を歩くティシエラが急に押し黙った。あれ、また地雷踏んだ? いやでもこれは先に向こうが振ってきたんだから俺に非は……



「ククク……茹る。茹るぞ脳が。今日は絶好の回復日和だ! 貴様ら冒険者に回復の鉄槌をお見舞いしてやるわ!! とくと味わうが良い!!!」



 ……一階の入り口の方から、やたらけたたましい声が聞こえて来る。


 うーん……どうにも聞き覚えある声だなあ……記憶から消したいなあ……消えてくれないかなあ……


「……」


 隣を見ると、珍しくティシエラが全力で嫌そうな顔をしていた。

 恐るべしメデオ。ミステリアス美女も奴にかかれば問答無用でキャラ崩壊か。


「そう言えばあの男も参加者だったわね……憂鬱」


「憂鬱? 鬱陶しいのはわかるけど、なんでまた」


「私達ソーサラーギルドは、今回の大会に全面協力を要請されているのよ。競技者にモンスターを近付けないように」


 ああ、なるほどなー。投擲は基本、魔王城周辺に発生する霧の傍まで近付いてから行う訳で、当然そこはモンスターの蔓延るフィールド。投擲する最中にモンスターが近くにいたら集中出来ないもんな。


「魔王討伐促進キャンペーンと銘打たれた以上、手伝わない訳にもいかないし……まさか私達が変態ヒーラーを支援する日が来るなんてね。控えめに言って自我が崩壊しそうだわ」


 とてつもない嫌われようだな。当然だけど。回復料を請求するヒーラーとかマジ無理。


「やれやれ。今日は千客万来だな」


 不意に――――ギルド二階の一室から出て来た男が静かにそう呟いた。


 黒髪の短髪は煤けたような色合いで、アップにしている為ツンツン頭になっているが、元気な感じは全くしない。落ち着き払った表情と、悟ったような目付きがそう思わせるのかもしれない。


 身体はかなり大きい。俺より一回り……いやそれ以上だ。身長も高いけど、筋肉の量がハンパない。上腕筋が俺の腰くらいあるんじゃないか?


 全身黒ずくめで、漆黒の鎧を黒のマントで覆っている。その背に担いでいるのは、巨大な――――鋏。


 ……ハサミ? あれが武器なのか……?


「いたのね。ベルドラック」


「随分と久し振りじゃねェか。ティシエラ」


 知り合いらしき空気は、彼が視界に入った瞬間から醸し出していた。それも、ただの知り合いじゃないような、そんな意味深な空気。


 まさか彼氏?

 いやでも久し振りっつってたし、丁寧口調でもないから、一定の距離を置いている相手か。


 ……元カレだったりして。


「何か不愉快な妄想をされている気がするけど、あの男は以前同じパーティに所属していた元仲間。レベル69の冒険者よ」


 69……!?

 って事は、コレットに次いで第2位か。

 道理で貫禄がある訳だ。


 そして、ティシエラと同じパーティって事は……


「グランドパーティの一員……?」


「昔の話さ。今はただの冒険者だ。魔王にも政治にも興味のねェただの……な」


 かつて、魔王討伐に最も近付いた『グランドパーティ』の2人が並び立つ。見る人が見れば壮観なんだろうけど、この世界に来て間もない俺には何の感慨もない。昔大ヒットしたミュージシャン同士のコラボレーションを見せられてもピンと来ないあの感じに似ている。


「その貴方が、ギルドマスター選挙に立候補したそうね」


 え……!?


「この話は本当なの?」


「……まァな」


 ベルドラックという名の伝説の冒険者は、寂しげな表情でティシエラから目を逸らし、短く肯定した。


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