第051話 第三の爆弾

 それから八日が経ち――――大会当日。


「コレットさんの応援に行きます! 絶対に行きます! 行くもん! 行っちゃりますもん!」


「ダメだ! 絶対に許さん! 絶対絶対絶対、ぜーったいに許さんからな!」


 ……俺がこのベリアルザ武器商会のお世話になってから初めての親子ゲンカが勃発していた。


「普段なら外出くらい構わんが今日はダメだ! まして人混みの中に行くなんぞ論外ッ! いいか、この武器屋にですら毎日のようにお前目当てにやって来る野郎共が大勢いるんだぞ? 祭りで開放的になってる飢えた野郎共の巣窟に飛び込むなんざ自殺行為なんだよ!」


「そんな事ありません! お店に来る人達だってみんな優しくて親切です! 同じ街の住民が集まるお祭りなんだからきっと大丈夫です!」


「かーっ! 何にもわかっちゃいねーな! おいトモ! このアホ娘に言ってやれ! 軽い気持ちでついて来られるのは迷惑だってハッキリ言ってやれ!」


「……」


 ルウェリアさんが涙目で仲間になりたそうにこちらを見ている!

 仲間にしてあげますか?


 うーん……御主人の心配はご尤もだし、自分達の希望を背負って大会に臨むコレットを直接応援したいルウェリアさんの気持ちもわかる。何とか折衷案はないものか。


「変装するってのはどうですか? 何か顔に被るとか」


「それです! 私たちの武器屋には【バフォメットマスク】があります! これ幸い!」


 なんで武器屋に山羊の悪魔の被り物が……?

 防具と言われてもピンとは来ないけれども。


「残念だがルウェリア、それを被ったところで連中はお前をアッサリ特定しちまう。忘れたのか? 奴等はお前の匂いを嗅ぎ分ける事が出来るんだ」


「は……?」


 思わず血の気が引いた。いや普通にドン引きなんだけど。何それ怖過ぎだろ……そりゃお金なくてもボディーガード付けたくもなるわ。


「そ、それは……でも、コレットさんは私たちのために頑張ってくれるのに……」


「ここから祈ってやれ。そして一位になった暁には、最敬礼で迎えてやるんだ。それも立派な応援だろ?」


 まあ……実際のところ、ルウェリアさんを人混みの中で完璧に警備出来る自信は俺にはない。御主人も俺にそこまでの万能性は求めていないだろう。だからこそ、娘に嫌われる覚悟でこうやって危機回避しようとしてくれているんだ。


「ルウェリアさん。コレットの応援は俺が三倍気さくにやっておくから。ここで期待して待ってて下さい」


「……わかりました」


 悔しそうな顔のまま、ルウェリアさんは渋々頷いた。


「では、このバフォメットマスクはトモさんに託します。大事に使ってあげてください」


「要りますまい」


「なんか変な断られ方した!」


 そもそも俺に変装の必要ないからね。というか目立ち過ぎて変装にも向いてないけど。


 額に五芒星を記し、禍々しい角を伸ばしたバフォメットの被り物が仲間になりたそうにこちらを見ている。グッバイ、君の運命の人は俺じゃない。辛くないのも否めない。あと離れ難くもない。数分後には存在自体忘れているのさ。


「まあ、応援にはいけねぇがコレットには頑張って貰いたいよな。俺の分も応援、宜しく頼むわ」


「了解しました」


 御主人の切実な願いの理由は、新商品のコーナーを占領している【天翔黒閃の鉄球】、通称バックベアード様が雄弁に語っている。

 粉砕骨折の鉄球を投擲用にカスタマイズしたこのバックベアード様、一応商品として売り出してはみたけど、今日まで全く売れていない。思わず赤ワインを飲ませたくなる。


 ただし、これは予想通り。ベリアルザ武器商会の評判は全く改善されていないし、そもそも触手みたいなトゲトゲと巨大な一眼を模した鉄球なんて誰も触れたがらないだろう。俺だって目も合わせたくないし普通に怖い。


 よって、結局ベリアルザ武器商会の未来はコレットに託される事になった。彼女が優勝する事で、呪いの武器屋の汚名を返上する事だけが唯一の希望だ。

 コレットとは何度も打ち合わせと試技を重ね、入念にパラメータ調整を行っている。恐らく、投擲に最も適したステータスになった筈だ。

 


 生命力100 攻撃4500 敏捷1500 器用さ2500 知覚力100 抵抗力100 運349



 生命力は体力に直結する数値だから、一回しか投擲しない今回の大会では最低値で十分。知覚力、抵抗力も同様だ。

 最重要パラメータはやっぱり筋力に直結する攻撃力。全数値の50%をここに集中させた。

 その次に重視したのは器用さ。回転中の全身のバランスを保つテクニック、投擲の際に指先まで力を伝えるテクニックは器用さが補ってくれるだろう。


 試技で最も難航したのが敏捷性をどうするかだった。

 回転速度を上げるには敏捷が高ければ高いほど良いんだけど、速度を上げ過ぎるとコレットの三半規管がもたない。

 試行錯誤の末、1500くらいが一番適度な速度という結論に達した。


 運も重要で、この数値が低いと投擲の方向が何故か真上になったり、回転中にクシャミしてしまったり、不意のトラブルに見舞われる事が多くなる。

 取り敢えず300あれば、そういった不運は滅多に起きない。フラグじゃないよ。フラグじゃないからね。


 たった一投の勝負。失敗は許されない。


 この八日間、コレットには毎日早起きして貰い、練習を重ねてきた。

 街の近くだと流石に落下音と地響きで迷惑かけるから、モンスターがいるフィールドまで遠征して投擲を続けた。


 当初はモンスターも襲いかかってきたけど、コレットの渾身のバックベアード様を食らった黒光りゴーレム(ヘマタイトゴーレムという名前らしい)が一撃で四散して以降は近寄らなくなった。多分この一帯のモンスターで一番堅い奴だったろうから、ビビるのも無理はない。

 幸い、あのベヒーモスも姿を現わさなかったし、予定通り快適なトレーニングを行えた。

 コレットも大分仕上がっていたし、今日は最高のコンディションで挑める筈だ。


「でも……そのコレットさんが来ません」


 確かに、もういい時間なのに全然来ない。一旦ここに集合するよう言っておいた筈なのに。

 暫く一人で集中したいって言うから置いてきたのがマズかった。無理にでも引きずって来れば良かったかな。


「ご気分が優れないのでしょうか。真面目な方ですから、私たちの為にと気負い過ぎていなければ良いんですが……」


 ルウェリアさんの言葉は、恐らく的を射ている。気負い過ぎてプレッシャーに押し潰されそうになっているのが容易に想像出来る。


 何しろ、俺達だけの問題じゃない。ギルマス選挙、シレクス家の沽券の合計三つがコレットの肩にのし掛かっている。そりゃ気負うなって言ったって無理な相談だ。


 コレット自身、メンタルが余り強くないのは自覚してるから、この八日間は出来るだけ色々と考え込まないよう練習に没頭していた。俺が仕事の間は少しでも気を紛らす為に、剣の素振りを繰り返していたらしい。我流だから正しいフォームが身に付くとは限らないけど、目的はそれじゃないから口を挟む理由もない。


「多分、気負い過ぎてるでしょうね。でもそれがコレットですから」


 大丈夫、失敗したって誰も責めないし何も失わない――――そんな甘い気休めの言葉をかける事はいつだって出来た。でもそれは、俺達や他の色んな人の為に頑張っているコレットの価値を下げてしまうような気がして、どうしても言えなかった。


 俺に出来るのは信じて待つ事。出た結果がどうあれ、心から讃える事。


 そして……


「万が一ヘタレて時間までに来なかったら、奴を殺して俺は生きる。俺に出来るのはそれくらいです」


「心中ですらありませんよ!? それは普通の殺人予告です! いけません!」


 怒られてしまった。 

 ま、大丈夫とは思ってるけどね。なんだかんだ真面目だから。


「開会式は参加必須じゃないし、エントリーは前日に済ませてあるから、それほど急ぎって訳じゃないけど……一応迎えに行ってきます。そこから直接冒険者ギルドに行きますね」


「おう。勇気付けてやれ」


「あの、私もご一緒……」


「お前が行っても重圧が増えるだけだ。自重しろ、ルウェリア」


 背中越しに聞く御主人の娘に向けた声は、内容とは裏腹に優しかった。


 親か……今頃どうしてるんだろうな、親父と母さん。

 東京の街中で猪に殺される不肖の息子で申し訳ない。レアな死因だからニュースにくらいなったかも。肩身の狭い思いをしてなきゃ良いけど。


 今ふと思ったけど、生前の世界でよく言われてた『あの世』って、もしかして異世界の事だったのかな。

 天国でも地獄でもなく『あの世』って呼び方が、なんとなくそう思わせる。

 そんなどうでもいい事を考えながら、宿へと戻った。





「お願いトモ! 運の数値をもっと上げて! 1000くらいにして! じゃないと絶対失敗するから!」


 ……と、案の定ヘタレてネガティブモンスターと化していたコレットを外に連れ出すまで体感で一時間くらいかかったけど、なんとか開会式前に会場の冒険者ギルドに引っ張って来る事が出来た。俺はこいつのマネージャーかよ。余談だけど俺はマネジャーよりマネージャー派だ。理由は特にない。

 

「いい加減腹括れって。つーかな、失敗を怖がるのは自惚れてる証拠だぞ? 俺はコレットが失敗しても何も驚かないし寧ろ当然、なんならその方がしっくり来るまである。だから方々には俺から、コレットに期待する事がいかに的外れだったかをしっかりと解説するつもりでいる。アフターフォローは俺に任せて、気楽に挑め。な?」


「プレッシャーを感じさせないように言ってるだけだよね!? 本心じゃないよね!?」


 勿論本心じゃない。というか、そこまでコレットの事をわかってもいない。付き合い短いし。こいつが本番に強いのか弱いのかなんて、俺には知る術がない。


 でも予想は出来る。恥が怖くて、真相が言えなくて、ずっと逃げてきた奴だ。そういうタイプは――――案外、開き直ると強い。俺がそうだったから。足が速い訳でもないのに運動会では一位になったり、弁論大会で全然噛まず何かの賞を貰ったり。後半の十四年はどうしようもない人生だったけど、それまでは割と上手くやれていた。


 人間、一旦負のスパイラルに囚われると開き直る事さえ出来なくなる。そうなると、静かに沈んでいく。俺は才能も能力もなかったけど、仮にあったとしても、浮上するのは難しかっただろう。そこが暗い海の底なら、死の恐怖に抗ってもがいてでも上がろうとしたかもしれない。でも俺が沈んだのは海でも沼でもなく、呼吸も出来るし生活も出来る、地下牢のような居場所だった。


 コレットにはそうはなって欲しくない。これはエゴかもしれないけど……


「や。コレットさんの応援かい?」


 そんなつまらない事を考えていると、軽装のザクザクが話しかけてきた。人見知りのコレットじゃなく俺に声をかけたのは、彼なりの配慮なんだろう。


「そんなところ。そっちは参加するんだよな?」


「ああ。ここだけの話、シレクス家主催の大会だから、あんまり出たくなかったんだけどね……」


 やっぱりシレクス家って評判悪いんだな。転生前の悪役令嬢とその育ての親だし、推して知るべしってやつか。ある意味、この大会はシレクス家にとっても分水嶺なのかもしれない。


「最初は勝たなくちゃって気負ってたけど、君に言われた言葉を毎日思い出して、今は優勝に拘らず楽しもうって思ってるよ。負けて死ぬ訳じゃないしね」


 そう言われて悪い気はしないけど……今コイツ『毎日』っつったか? ある意味以前よりヤバい奴になってないか……? 急に第三の爆弾が発現しそうになったんだけど、俺道を踏み外してないよな?


「ところで、アンタ以外にも有力な参加者っているの?」


「勿論コレットさんは優勝候補だよ。彼女に勝つのを目標に参加した冒険者も多いんじゃないかな。僕を含めてレベル60代は三人参加してるけど、みんなコレットさんを意識してるよ」


 三人……恐らくその中の二人は、武器屋に来た真面目白髪と腐れメカクレだろう。ゴツイ体型じゃなかったし、あの連中に負ける事はないと思う。


「冒険者以外だと、ヒーラーギルドのメデオが強敵だろうね。凄い筋肉だよ、あの人」


 メデオ。


 他人の名前を覚えるのがそんなに得意じゃない俺でも、この名前は脳にガッツリ刻まれている。

 蘇生魔法について話をさせろと凄んできた生粋の変態だ。


 奴も出るのか。

 絶対に関わらんとこ。


 あとコレット何か喋れ。爪を見るな爪を。一旦視線を景色に向けてまた爪を見るな。爪興味ないだろ本当は。話しかけるなオーラ出したい時のやつじゃんそれ。

 あいつ、この世界にスマホがあったらずっとスマホの画面見てるんだろな。バッテリー切れても黒い画面ずーっと見てそう。そして『私の心の中を映してるんだね』とか話しかけそう。


「それと……コンプライアンスのマスター。僕に腕相撲で勝った」


「え? あのマスターも参加すんの?」


「優勝して酒場を増築するって息巻いてるよ。以前はあんなに強欲じゃなかったんだけど……」


「その話、詳しく聞かせて貰って良いかしら」


 その声に――――話しかけられたザクザクだけでなく、周囲の冒険者が会話を止め視線を向ける。


 ソーサラーギルドのギルマス、ティシエラの姿がそこにはあった。


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