第050話 この青空が、生前のあの世界と繋がっている事はない
投擲に適した武器といえば、真っ先に思い付くのが槍だ。槍投げのイメージがどうしても強いし、武器としての知名度も高い。ベリアルザ武器商会にもブラッドスピアコク深めをはじめ何種類も置いてある。
実際、槍投げの世界記録は確か100mくらいで、ハンマー投げや円盤投げより上だったような……オリンピック熱心に見てたから多分間違いない。投擲系は記録云々より投げた直後の雄叫びが楽しいよね。あれ聞くだけで気持ちが上がる。一時期録音して持ち歩いていたくらいだ。それくらい追い込まれてたんだよ大学時代は。
兎に角、槍は投擲に適した武器。これは間違いない。
でも、それはあくまで技術を追究し続けた結果だ。武器を投げる事に慣れていない連中が、たったの数日で距離を出せる武器となると一考の余地がある。素人でも簡単に記録を伸ばせる武器の方が望ましいのは確定的に明らか。
よって――――
「これってモーニングスター?」
「ああ。これが一番飛距離出しやすいと思うんだ」
早朝、店を開ける前に俺、御主人、ルウェリアさん、そしてコレットの四人で郊外の広い草原に集まり、投擲武器の検証を行う事にした。投げるのは勿論コレット。投げた武器が他人に直撃しないよう、通行人を見張るのが俺の役目だ。
バングッフさんに頼んで、荷馬車を貸して貰いここまで武器を運搬する大がかりな検証。これを二日も三日もやる訳にはいかないから、今日で結論を出さないといけない。
「モーニングスターは難しいんじゃねぇか? こんなデカい鉄球飛ばないだろ」
「しかもただのモーニングスターじゃありません。【粉砕骨折の鉄球】です」
……本来ならもっと小さい鉄球のモーニングスターで試したかったんだけど、生憎ベリアルザ武器商会には棘鉄球部分がデカい上に黒光りしていて、中央に目が描かれていてバックベアードみたいになってるこの粉砕骨折の鉄球しかない。とはいえ、鎖で繋がれている『フレイル型』なのは幸いだった。しかも鎖が結構長い。
「普通に投げたら難しいと思うけど……」
「私に任せて! 良い考えがあるの!」
説明しようとした俺の言葉が落雷したかのように途中で機能停止。四人しかいない筈の青天の下の草原に、やたら良く通る女声が響き渡った。
俺達が借りた物より遥かに高級そうな馬車に乗ったフレンデリア嬢が、勝ち気な笑顔でこっちを見つめている。なんか凄い楽しそう。好奇心の塊って感じだ。
「コレット、お嬢様に今日の事話した?」
「え? ダメだった? 昨日の会食の時に話しちゃったけど……」
やっぱりか……口止めしてなかったから文句も言えない。出来るだけ彼女とは接点を持たないようにしてきたんだけど、この際仕方ないか。
「いや、良いんだ。それよりフレンデリア様、良い考えとは?」
「ええ。その武器をチョイスするのはとても良いアイディアよ。でも投げ方が問題。釣り竿みたいに投げるのは余り良くないと思うの」
コレットの構えを一瞥し、フレンデリア嬢は早々にフォーム改造に着手し始めた。
彼女が示したのは――――
「こういうふうに、その場でグルグルグルグル回って……回って……目が回ら~~~~~」
「フレンちゃん様!?」
……途中で目を回してブッ倒れたから奇行としか思われなかったかもしれないけど、明らかにハンマー投げの要領で投げようとしていた。
こんな投擲方法がこの世界にあるとは思えない。
そして、一目見ただけで思い付く筈もない。
これはもう間違いない。
フレンデリア嬢は転生者。それも地球からの転生者だ。ハンマー投げが存在する他の世界からの転生かもしれないけど、それよりは地球の方がずっと可能性は高いだろう。
ただ、彼女には隠す気が一切なさそうに見える。って事は、俺とは違って口止めはされてないっぽいな。
となると、ますますヤバいな。仮に『現地民への転生者バレはアウトだけど他の転生者ならセーフ』ってルールがあったとしても、彼女にバレたら悪気なく『貴方も転生者だったのね!』って叫びそうだ。当然周囲にもバレて俺だけアウト。これだけは阻止しないといけない。ペナルティの有無は聞かされてないから、バレたらどうなるのかは不明だけど、危ない橋を渡る必要はないからな。
「うう……失敗失敗……えっとね、こうやってグルグル……うえぇ」
「フレンちゃん様!? えっ、なんで自ら目を回すような事を……もしかして武器に呪われて……!?」
「そ、そんな筈ありません! 粉砕骨折の鉄球は無骨だけど善い武器なんです! 装備した人に謎のダンスを踊らせる悪い子じゃありません!」
ハンマー投げを知らないコレットら他の面々には、お嬢様が呪われているように見えるのも無理はない。通行人のいない早朝の郊外で良かった。人に見られたらまた誤解を招くところだよ……
本来なら手を貸してあげるべきなんだろうけど、この時点でハンマー投げの要領を俺が示したら、お嬢様に同じ世界からの転生者だとバレる。フレンデリア嬢…………ここで頭のおかしい子と思われるのも貴女の運命だ…………俺はあえて…………助けない…
「今度はちゃんと……グルグルグルグル……グル……グル……ふきゅ~……」
何度目かの試行の末、フレンデリア嬢は目を回し過ぎて気絶した。まあ、そうなるな。俺はキメ顔でそう言った。
「ど、どうしよう……やっぱりこれ呪いだよ。フレンちゃん様、その場で回り続ける呪いにかかっちゃった」
「まさか……粉砕骨折の鉄球ちゃんがそんな悪いことする筈が……」
「いやわかんねぇぞ。そいつ、たまに目ぇ血走ってる時あるからなあ。なんかヤバいの取り憑いてるかも」
それ、ルウェリアさんを口説こうとした男を貴方が成敗した時についた返り血なんじゃないですかね。
それよりこの状況をどうにかしないと。このまま放置してたら話がややこしい方向に行ってしまう。ちょうど今、フレンデリア嬢は気絶してるっぽいし。
「あくまで予想なんだけど、お嬢様はこんな感じで投げれば良いって言いたかったんじゃないか?」
粉砕骨折の鉄球のグリップを両手で握りそれを頭上に掲げ、軽く三回転ほど回して、遠心力が働いたと感じた程よいタイミングで自分自身も回り――――離す。筋力ないから距離は大して伸びなかったけど、形は一応示せた筈だ。
「……そうかも。今の、結構力伝わってた気がする」
コレットが納得してくれたお陰で、俺へ奇異の視線が向けられる事はなさそうだ。正直助かった。
「でも今の投げ方だと、すっぽ抜けるかも」
「ならグリップを掴みやすくすれば良いんじゃねぇか? ナックルガードみたいなのを付ければ……」
流石は武器のプロフェッショナル達。そこに気付くのが早い。
「トモ。取り敢えず今の条件で一回投げてみたいから、投擲用に力全振りにして貰っていい?」
「ああ。武器の重さも調整出来れば良かったんだけど」
生憎、重量を変化させる事は出来なかった。ステータスの範疇じゃないんだろう。
代わりに射程全振りにしてみる。元々投擲用の武器じゃないから、射程ってパラメータが存在しているかどうかは謎だけど……ま、物は試しだ。この調整スキルに回数制限はなさそうだし、デメリットは何もない。
「それじゃ、今の投げ方でやってみるね」
心なしか、コレットの声が弾んでいるように聞こえた。彼女も期待しているのかもしれない。この投擲に、自分の未来を乗せられるんじゃないのかと。
「……ふーっ」
「あんま気負うな。ただの練習だ」
「そうだね。でも……」
コレットの視線を追うと、これから投げようとしている彼女の姿を、ルウェリアさんが遠くから前のめりになって食い入るように凝視している。
期待を持つ事は大事だけど、ここまで過剰なのは……
「可愛いよね、ルウェリア」
「ん? そりゃまあ、あれだけ男が群がる訳だし」
「そういう事じゃなくて。自分の好きな事に一生懸命で、嫌な事言われたら素直に悲しんで、良い事があったら素直に喜んで」
「……ああ。そうだな」
可愛い、と言うより眩しい。俺達にはそれは出来ない。どうしても裏道に迷ってしまう。暗がりの方が、自分の醜い部分が隠れてくれるから。
「私もあんなふうになってみたいな。なれるかどうかはわからないけど」
その言葉を言い終わると同時に、コレットは粉砕骨折の鉄球を回し始めた。
俺は……別に真似しなくても良い気がするけどな。正直、今のコレットの方が気が合いそうだ。
そんな事を思っている間に、コレットの身体が回転を始めていた。グルグル、グルグルと高速で回って――――
「えいっ!」
オリンピックの中継とは全然違う、そんな短い掛け声と共に、鎖付きの鉄球は宙を舞った。
ああ……なんて胸のすくような投擲なんだ。鉄球は一瞬で小さくなり、青空に吸い込まれていく。
俺も、駆け寄ってきたルウェリアさんと御主人も、そして投げたコレットさえも、思わず顔を見合わせて笑ってしまうくらい、とんでもない飛距離だ。
「これ……もう改良の必要なくねぇか?」
御主人がそう呟くのも無理はない。負けるのが想像つかないくらい、凄まじい投擲だった。恐らく射程のパラメータは存在しているんだろう。幾ら力に全振りしたとはいえ、それだけでこの飛距離は出ない。
この青空が、生前のあの世界と繋がっている事はない。でも、どうしてだろう。普段見上げる事のないこの空が、何故だかとても懐かしく思える。まるで――――小学生の頃に見た、無限に広がっていくあの夏空みたいに。
「それよコレット! その投げ方を私は教えたかったの! やっぱりコレットは凄い! あれだけで私の伝えたかった事を完璧に実践するなんて!」
いつの間にか目覚めていたフレンデリア嬢が、興奮した様子でコレットに抱きつく。スキンシップに慣れている筈もないコレットは為すがままにされていた。手の強張りがなんかエロい。
「コレットは絶対冒険者のトップに立つべきよ! 私、全力で応援するからね!」
「あ、ありがとうございます……」
二人の女性が手を取り合ってはしゃぐ姿は微笑ましい。朝から良いものを見せて貰っ――――
「……っ!?」「きゃあああああああ!」 「ひあああああああっ!?」「うおっ」
な、なんだ!? 地震か!? 今確かに『ズゥゥゥゥゥゥゥゥゥン……』って感じのエグい轟音と地響きが聞こえて……!
「……あ」
思わず顔が青ざめる。隣のコレットも全く同じタイミングでそれに気付いた。
鉄球が落ちてきた音だ、あれ。あのデカい鉄球があの飛距離で地面に落ちれば、それはもうちょっとした隕石だもの。そりゃこうなる。
「……下に人、いなかったよね?」
「いないと思うけど……」
それをケアするのは俺の役目だったんだけど、流石に目視も出来ない遠方までチェックするのは無理。
ルウェリアさんとフレンデリア嬢が抱き合って怖がる中、俺とコレットは血相を変えて轟音のした方へと直行した。
――――幸い、墜落現場に人はいなかったが、草原の地形をかなり大胆に変えてしまった。
あとこの日、街では謎の地響きについて各所に問い合わせが殺到したとか。
本日の教訓。
バックベアード様マジバックベアード。
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