第049話 なお。

「あ、美味しそうなパン食べてるー。一個ちょーだい」


 シレクス家との交渉が成立した翌日――――

 この日もコレットは武器屋にやって来た。今や常連並の来訪頻度だと言うのに、商品を買おうとする気配が一向にないのは頂けない。冷やかしもいいとこだ。


「あげてもいいけど、その代わり何か買って行って」


「えっ、その交換条件はちょっと……なんか悪魔に魂売るみたいで気が引けるっていうか……」


「私たちの武器屋は魔界の支店じゃないです!」


 ルウェリアさんが涙目で異を唱えるも、コレットには全く響いていない様子。確かに、今の条件はちょっと酷だったか。


「なら代わりに暗黒系とか闇の武器を好きそうな冒険者紹介して」


「それを私に乞う? 冒険者仲間なんてただの一人もいないこの私に?」


 ただの冗談だからガンギマリの目で睨むの止めて……


「それより、ついに正式決定したよ。魔王討伐キャンペーン!」


「……キャンペーンになったの?」


「うん。その中の目玉企画が、魔王城目掛けて武器を投げて距離を競うイベント。大会名は『魔王に届け』だって」


 何そのラブコメみたいなタイトル。参加者は魔王に何届けるんだよ。気持ちとか想いとかそんなん? あと魔王が貞子みたいな髪型してそうなんですけど。


「他にも、出店とか一杯出してお祭りみたいになるんだって。冒険者ギルドとも話付けたみたい。なんか思ってたのよりずっと大規模になっちゃったよ」


「その割に、いつもみたくテンパってはいないな」


「いつも取り乱してる訳じゃないもん! ちょくちょく失礼だよねトモって!」


 怒られてしまった。俺視点だとほぼほぼテンパってるんだけど……


「ルールはどうなりました?」


「あ、うん。ルウェリアの発案をなるべく生かしたいってフレンちゃん様パパのご要望だから、大分シンプルに纏まったみたい」


 なんだよフレンちゃん様パパって。親の支援者の身内を娘のバーターみたく言うなよ。魔法の国の王女の御父上じゃないんだから、ちゃんと名前で呼んであげて。


「投擲は一人一回まで。投げる武器は各人で用意、ただし霧の中に入った武器の回収は諦める事。武器はなんでも良いけど、拾ってクン六号がナノマギを感知できなかったら失格。あと『霧に深入りし過ぎて死んでも文句は言いません』って書いてある契約書にサインしないと大会には参加出来ないって」


「妥当だな。それじゃ今晩にでも商業ギルドに行って来る」


「そっちにも話はもう通してるよ。拾ってクン六号はシレクス家が買い取ったって」


 ……は?


「いや、そんなサラッと言われても……108万Gだよ?」


「凄いよねー」


 そんなアッサリ……ああそうか、こいつはこいつで運極振り時代に金運エグかったから宝石拾って荒稼ぎしてたんだっけ。この感じだと、108万G以上貯金ありそうだな。


 っていうか、この世界は金を預け入れ出来る金融機関ってあるんだろうか。商業ギルドが営んでそうだけど、ATMないんじゃ利用価値微妙だな。この街には怪盗メアロ以外の泥棒いなさそうだし。


「だったら、俺がギルドに行く必要はな――――」


「へぇ、ここが噂の武器屋か。結構長い事この街にいるけど、入ったのは初めてだな」


 突然の来客。しかも一人じゃない。二人組だ。

 先に入って来て感慨深げに話しているのは、真っ白な髪の男。でも年齢は若そうだから、そういう地毛なんだろう多分。鋭い目付きで店内を見回しているけど、表情は温和だ。


「確かここ、売上最下位の武器屋ですからね……回転率悪い店って商品管理に問題ありそうだから、入る気しないんですよね」


 もう一人は、黒い前髪で両目を隠しているメカクレ野郎。どっちも軽装で、鎧は身につけていない。だけど見るからに冒険者って感じの動きやすそうな服装だ。ブーツとか明らかに年季入ってるし。


「……」


 コレットが俺の後ろにコソコソと隠れた。この時点で同じ冒険者ギルドの連中なんだろうなと想像はつく。大学時代の夏休みに故郷へ帰省した時、街中で昔のクラスメイトを偶然見かけた時の俺の挙動不審な反応とそっくりなんだもの。


「いらっしゃいませ」


 ルウェリアさんが対応すると、二人は同時に目を見開き、彼女の顔を凝視していた。


「噂には聞いていたが……」


「ええ。想像以上ですね。ヤバいです」


「?」


 ポカーンとするルウェリアさんとは対照的に、御主人は俺の方にガンギマリの目で『近付いた瞬間殺せ』と訴えている。この店キマり過ぎでしょ……


「何かお探しでしょうか?」


 仕方ないので、客とルウェリアさんの間に割って入る。彼等が何をした訳じゃないけど、これも雇用主のご意向だ。


「ああ。実は……って、そっちの女性、もしかしてコレットさんじゃ?」


「あっはい」


 俺が移動したからコレットの姿が露呈してしまった。名前を呼ばれ、対応するしかなくなったコレットは半笑いを浮かべ、ヘコヘコと頭を下げている。何この下っ端みたいなリアクション。どんだけ対人スキル低いんだよレベル78さん。


「先輩、あんま話しかけない方がいいんじゃないすか。あの人いつもコソコソしてるし、ギルドでも受付嬢としか会話してないし、それ以外の人と仲良くしてるのなんて見た事ないし、そっとしてあげるのが優しさですよ」


「そういう事を本人の前で言うな! あー……コレットさん、突然話しかけて悪かったな。俺達の事は気にしないでくれ」


「……はあ」


 本人は会話しなくて良いとわかり微妙に安堵してるけど……俺としては、コレットがここまで嘗められているのを見ると若干イラッとする。全く目も合わせようとしないコレットサイドにも問題あるとはいえ。


「話の途中で失礼した。俺達は投擲に向いている武器を探しているんだが、幾つか紹介して貰えないだろうか」


 白髪の冒険者は苦笑しながら話を戻した。こっちはまともな性格みたいだ。


 にしても、このタイミングで投擲用武器か。なら……


「『魔王に届け』に使う武器ですね」


「そうそう。まお届」


 ……この世界にも略称って概念あるのね。にしたって略されるの早過ぎだろ! 公式がそう煽ってんのか?


「御主人。投擲に適した武器を見繕って貰えます?」


「わかった。背中から心臓にグッサリ刺せる奴を見せてやるよ」


 彼等がルウェリアさんに色目使って帰るところを後ろから殺る気満々ですね……


 にしても、昨日の今日でもう大会の事が知れ渡ってるのか。ネットもないこの世界でもそれくらいのスピードで宣伝出来るんだな。流石は貴族。


「せ、先輩! なんすかこの店! 取り憑いた悪霊が逆に苦しみ悶えてるような武器しかないですよ! 呪いの武器屋って話はやっぱり本当だったんだ!」


「落ち着け。確かに見た目は暗黒系だが邪悪なオーラは感じない。こういう見た目だから、噂が先行しているだけだ」


 ……にしても、そこそこ前からある武器屋の筈なのに、一度も来た事ない冒険者がいるってのは考えものだな。最初から全く眼中にないって事だもんな。


「コレット。彼等はこの街に来たばかりの冒険者なの?」


「……ううん。来てから一年以上は経ってると思う。レベルはどっちも60台だし、世界で十指に入る冒険者だよ」


 えー……そんな人達に今までスルーされて来たの? いやまあ、それくらい強いからこそ一番良い武器置いてる店だけ利用してたんだろうけどさ。


 でもそんな連中が大会をきっかけに一応こうして足を運んでくれたのは朗報だ。客層を広げるチャンスかもしれない。フレンちゃん様パパも言ってたけど、コレットがこの武器屋の武器を投擲して優勝すれば、大きな宣伝になる。ただの宣伝じゃない。『呪いの武器屋』の汚名を返上出来る可能性さえある。本当に呪われてたら優勝なんて無理だからな。


 ただ、優勝者がコレットである必要もないんだよな。他に優勝候補がいるのなら、その人物にもベリアルザ武器商会の武器を使って貰えれば、より成果を得られる確率が高まるって訳だ。コレットには悪いけど。


「んー……形状が複雑だから、飛距離を出すのに向いている武器はないかもしれませんね」


「そう言われると言い返せねぇな。投げるのを前提にした武器は置いてねぇからな」


 予想はしていたけど、そういう結論になったらしい。御主人も嘘がつけない性格だから、営業トークする気ゼロ。このままじゃ折角の好機を活かせない。


「これ以上は他のお客さんに迷惑だからもう帰りましょうよ先輩。ボク、ここにいると精神病みそうで怖いんですよ」


「お前は少し黙ってろ! ……すいません。この男はヘタレで怖がりの癖に遠慮を知らないもので……」


「いえいえ、良いんですよ。皆さん似たような事を仰いますから。なぁルウェリア」


「はい。入って二秒で逃げ出したお客様もいらっしゃいました」


 め、目が死んでる……二人とも瞳から魂が抜けてる。自らトラウマを掘り起こさなくても。


 あのメカクレ野郎の意見は確かに正論なんだろう。でもこうもハッキリ言われるとなんかムカつく。この店が嘗められているみたいで。


「ご説明ありがとうございました。失礼します――――お前はいい加減ああいうの卒業しろ! カッコ良いとでも思ってるのか?」


「痛っ! すいません……なんか言っちゃうんすよ……」


 結局、購入の検討にすら至らず二人は店を後にした。

 メカクレが割とガチ目に鉄拳制裁受けてたんで若干溜飲は下がったけど、店内の雰囲気は悪い。折角の初来店がこの感触だとリピートは望めないだろう。


 コレットも嘗められ、店も嘗められ、唾液まみれになった挙げ句、なんの手応えも得られなかった。やっぱり一朝一夕でどうにかなるものでもない。魔法防御用の武器を作った時もそうだった。

 これがこのベリアルザ武器商会の現状。かといって、今更暗黒系武器を捨てて売れ線に走ったところで、他の武器屋の常連がこっちを向いてくれるとも思えない。


 こんな有様じゃ、例え『まお届』でこの店の武器を使った誰かが優勝したとしても、何も変わらないんじゃないか?

 そんな不安が押し寄せてくる。


 いや、重要なのはそこじゃない。大事なのは期待する事、期待出来る何かをする事だ。

 ガチャを回さなきゃSSRは手に入らない……とは限らない。特典やイベントでゲットする事もある。でも回して得たSSRじゃなきゃ嬉しさはない。SSR確定ガチャチケットなんてロマンも何もない。

 手に入るかどうかわらかないから嬉しいんだ。期待して、その期待通りになるから痺れるんだ。生きている事の喜びを得られるんだ。


 生前はそれをゲームにばかり求めていた。でも、今俺が生きるこの世界にゲームはない。なら、自分自身とその周囲に期待しなくちゃな。


「御主人、俺に十日下さい。それまでに投擲に適した武器を用意します」


 店の評判を守るのも警備員の仕事。違うとは言わせない。それが今の俺のやるべき事だ。


「トモ……」


「コレットにも手伝って貰いたいんだけど、時間貰えるか?」


「あ、うん。それはいいんだけど……」


 妙に歯切れが悪い。何か堪えているように見える。本当は嫌なんじゃ……


「大会、八日後なんだよね」


 ……。


 んん????


「ン、ンン、あ、えっと、んじゃ、あ、んーと……五日で」


「お、おう。五日な。五日」


 念を押さないで!


 うっわぁ……


 やっちまったな!


 大会の開催日聞いてなかったのに勝手に十日とか言っちゃった! キメ顔で! それはもうキメ顔で!

 声もセリフも全体的にすっごいカッコつけて……!


「御主人、俺に十日下さい。フフッ」


 コレットにイジられた!? あのポンコツレベル78に!?


「……っ」


 ルウェリアさんが笑うのメッチャ堪えてる!? 他人のミスとか絶対笑いそうにないあのルウェリアさんが!?


 あーもう全部やだ。死にたーい。


 でも大丈夫! 経験上、この系統のミスはそんなに後を引かないから。今晩だけ、今日の夜だけ寝る時に思い出さなきゃ大丈夫だから……





「……うわああああああああああああああああああああああああ!!」


 なお。


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