第48.5話 パン以外に食べる必要あります?

 この世界は基本、地球と酷似している。人間はもちろん、馬や鳥などの動物も見かけるし、街路樹も名前こそ知らないけど多分広葉樹だ。だから、異次元の世界に迷い込んだような疎外感はない。


 そして何より馴染める要因になったのは――――食事。


 動植物が大体同じなんだから当たり前だけど、食材も地球と変わらない。肉類、魚介類、卵類、野菜、果実、キノコ、豆、穀物、芋……これ全部ある。


 ただし、生前にお馴染みだった全ての食材がある訳じゃない。牛はいるけど豚はいないし、ニワトリっぽい飛べない鳥はいるけどトサカはないし鳴き声は『グェーシンダンゴ』と聞こえる。肉としてはニワトリと同じくらい美味いけど、なんかこの鳴き声聞くと食欲湧かないよね。


 あと米もないしキュウリもない。キュウリはともかく米がないのは寂しい。だって日本人だもの。


 でも大丈夫。米がないならパンを食べればいいじゃない。米があってもパンを食べるけど。だって米祭りはないけどパン祭りはあるじゃない。パンがー、食卓にー、来るー。


 個人的に一番驚いたのは、パンの主原料が小麦粉でもライ麦粉でもなかった点だ。これも地球にはない穀物で、名前は『熟穀』との事。熟すと種子がキラキラ輝き、脱落しない為、夜になると壮観らしい。蛍が飛び交う河原みたいな風景なんだろう。


 で、その熟穀を挽いて作った熟穀粉を主原料として焼かれたパンなんだけど……これがもう! もうたまらんの! 


 中に何にも入ってない、コーティングもされていないごく平凡なパンですら、適度にモチモチした食感と仄かで爽やかな甘みが楽しめるし、何より香りが最高。何て言えば良いんだろう。香ばしいとも芳醇とも違う、地球にはなかった香りだ。嗅ぐだけで脳内麻薬がドバーですよ。


 ただし値段は高い。宿の最寄りのパン屋、拳くらいの大きさのパン一個で3G取られる。言うなればバターロール1個で300円。他の店も大差はない。おやつにはちょっと厳しい値段だ。


 だから主食にしてやった。


「いやー、今日もパンがうまいっ」


 ガスも電気もないこの世界で自炊するのはハードルが高いから、店で食うか、出来合いの物を買って帰るかの二択。弁当なんて気の利いたものはないし、基本この街に住む連中は金持ってるから、外食が圧倒的に多いらしいけど……俺は毎日パンばかり食ってる。寧ろ俺がパンに食べられていると言っても過言じゃない。バイト断られた店に客として入るのは勇気が要ったけど、今じゃすっかり各店の店員と雑談する仲だ。


 ありがたい事に総菜パンもある。ハンバーガーほど洗練はされていないけど、パンに肉を挟んで酸味の利いたフルーツ系のソースをかけた『肉パン』、半熟のゆで卵を輪切りにしてソーセージっぽいのと一緒に挟んだ『卵パン』は特に絶品なり。しっかり栄養を取れるのもイイネ! 野菜は別途補充する必要があるけど、キャベツっぽい味でレタスっぽい食感の『シャック』って葉物類が美味いから重宝してる。たまに青虫みたいなのが付着してるのはアレだけど……


 飲み物は普通に水だ。このアインシュレイル城下町は聖噴水が湧いているけど、流石にそれは飲み水としては使っていないらしく、共用の井戸水を汲んで樽に入れ保管するのが一般的な飲料水の保存方法との事。幸い、俺の泊まっている宿は近くに井戸があり、業者が毎朝樽に水を入れてロビーに運び入れてて、それを利用客が自由に持って行っても良いようになっている。大抵は水筒に入れて部屋に置いていたり、冒険者だったら冒険に持ち出したりしているらしい。俺も既に水筒は所有済みだ。


 多少の不便はある。今まで普通に出来た事が出来ないストレスは否定出来ないし、かつての生活が恋しくなる瞬間は確かにある。


 でも、俺にはパンがあるよ。


「……お前、ホントにパンが好きなんだな。パン以外食ってるの見た事ねぇぞ」


「パン以外に食べる必要あります?」


「いやそいつは……ま、まあ他人の食生活に口を挟むのは野暮ってもんだよな」


 何故か御主人は可哀相な奴を見るような目で俺から遠ざかっていった。不本意だ。パンより優れた食べ物などこの世にはないというのに。


「私もパンは好きです。果実パンは何もかも美味しいです。この世の天国が凝縮されています」


「美味しいですよね。パンはどんな具材でも優しく包込んでくれるけど、果実とは特に相性が良いですね。ジュエルベリージャムパンもモーモクプパンも最高です!」


「素敵なラインナップです。私はそこにガランジェパンを加えたいです」


 ガランジェパン……レモンっぽい柑橘系の果実『ガランジェ』をスライスして、それを『黄金蜜』っていう蜂蜜みたいなやつに漬けて、それをパンの上に乗せた一品。黄金蜜がパンに染み込んでいて、しっとりと甘い。ガランジェの酸味との相性も抜群だ。


「素晴らしい。素晴らしいチョイスですよルウェリアさん。明日今言ったの全部買ってきましょう」


「わあ、嬉しいです。明日のお昼はお茶会をしましょう。暗黒系武器を眺めながら食べるパンは最高に美味しいのです」


 それには同意しないけど、ルウェリアさんがパン大好き看板娘だったのは幸いだった。こうして好きな物を共有出来る喜びに浸れる。こんなの高校生以来だよ、なんか泣けてきた。


「ったく、男だったら肉丸囓りだろ。パンなんて軟弱者の食べ物じゃねーか」


「何か言いました?」


「ただの独り言だよ。つーかそのガンギマリの目で睨むの止めてくれや。お前ってたまーに常軌を逸するよな」


 ちょっと何言ってるのかわからない。

 どうも、食については御主人とは気が合いそうにないみたいだ。こればっかりは仕方ないか……


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