第048話 拾ってクン六号

 商業ギルドは、この城下町で商いを営んでいる商人達の同業者組合で、貨物の生産と供給および相場価格を安定させる事で不公平感なく自由競争を行えるように……との目的で設立されたらしい。物流にも携わっていて、この街の馬車は全て商業ギルドの所有物との事。乗合馬車や辻馬車も商業ギルドが民間に委託して営業を行っているそうな。


 だから、彼等は定期的に城下町の各店舗を回り、不公平感のある状況が生まれていないかを監視しているという。例えば、ベリアルザ武器商会が冒険者ギルドと独占契約して、冒険者全員がウチの武器屋を利用するように仕向けた場合、商業ギルドが契約を解消するよう要求する事になる。もしこの要求をベリアルザ武器商会が受け入れなければ、商品を卸す為の流通全般が使用出来なくなる。当然ながら致命的だ。


 そういう性質のギルドだから、基本的に冒険者ギルドとは比較的良好な関係を築いている。冒険者と商人は切っても切れない関係だから当然だ。お互いに利用価値があり過ぎる。


 一方で、ソーサラーギルドとは接点自体が少なく、お互いの存在があまりメリットにならない。持ちつ持たれつの関係じゃないから、不満があれば遠慮なく言うし、問題行動に対しては容赦なく突き合う。結果、この両ギルドは犬猿の仲になったとの事。仲良くしろよ全く……


「これが、武器の所在地点を測定出来るアイテム【拾ってクン六号】だ。昔は人気あったらしいけどなあ……今は全く売れなくなっちまった」


 バングッフさんの号令で部下達が一斉に商業ギルドへと戻り、荷馬車を手配して持ってきたのが――――その【拾ってクン六号】と呼ばれたクソデカい机だった。


 形状そのものはマギソートに脚が付いただけって感じなんだけど、小型のノートパソコンくらいの大きさだったマギソートとは違って、こっちは会議室の机くらいある。


「マギソートをベースに開発されたアイテムでな。武器に含有されているナノマギの反応を感知して、このアイテムからの距離と方角を測定するらしい。詳しい原理はオレも知らん」


「ナノマギ……って?」


「人間に宿ってるマギより遥かに少ないけどよ、武器にもマギは宿ってんだ。鍛冶師が武器を打つ時に入り込むんだってよ。魂込めるってやつか? その武器に宿った微量のマギをナノマギっつーんだ」


 ほうほう。初耳だ。マギって勝手に魔力みたいなものって解釈してたけど、あらゆる武器に宿ってるのならちょっと違うのかもしれないな。それこそ魂なのかもしれない。


「マギを測定するって事は、人間の居場所も測定出来るんですか?」


「いや。こいつはあくまでナノマギのみの測定しか出来ねぇ。だから武器専門だ。人間専門のアイテムは【指名手配シリーズ】だな」


 ……用途が一発でわかる名前ですね。おつとめご苦労様です。


「って、そんなのがあるんなら怪盗メアロの居場所だってわかるじゃないですか」


「解析可能なのはあくまでマギの総量とパラメータだから、そのデータが手元になけりゃ個人の特定は出来ねぇのよ」


 ああ、そういう事か。戦闘力を測定するスカウターで個人を探すみたいなものだな。


「拾ってクンシリーズは元々、武器持ったままくたばった冒険者の遺体を探す為のアイテムでな。死んだ人間はマギが消失するから、指名手配シリーズじゃ探せねぇんだわ」


「そういう用途だったんですか」


 てっきり、ダンジョンに落ちてる非売品のレア武器を見付ける為のアイテムだと思っていたけど……よく考えたらゲームじゃないんだから、そんな物が都合良く落ちてる訳ないか。武器は武器屋にしかないのが普通だよな。


「ここ最近は、あの死ぬ霧が発生した所為で魔王討伐が全然進展してねぇ。その分、死者も出なくなったからお役御免状態って訳だ。最初にあの霧が出た時が最後の輝きだったな。こいつがなかったら霧の中の遺体を全部収容するのは無理だったろうよ」


 バングッフさんは何処か愛おしげに、拾ってクン六号の表面を優しく撫でている。商業ギルドのギルマスだけあって、名品に対しては敬意を抱いているらしい。


「まあ、そんな訳だから、こいつに見せ場を作ってくれるっつーのなら安くしとくぜ。このままじゃどうせ倉庫に眠らせとくだけだ。定価の半額で良いぞ」


「ちなみに定価は?」


「1,080,000Gだ」


 ……億?


 ま、待て。計算間違いかもしれない。早合点しちゃいけない。

 落ち着け……心を平静にして考えるんだ……こんな時どうするか……

 1、2、4、6、12、24……落ち着くんだ……『高度合成数』を数えて落ち着くんだ……『高度合成数』は自然数であり尚且つそれ未満のどの自然数よりも約数の個数が多いもの……言うなれば年下にばかり偉ぶる野球部OBみたいな恥知らずな数字……俺に勇気を与えてくれる。下には下がいると。


 よし落ち着いた。


 108万Gっつったよな今。

 108万って事は、円換算だとその百倍だから……1億800万円か。


 なんだよ、合ってんじゃん。ンだよ、ビビらすなよもう。



 ……いやいやいやいや!!


 億て!!


 幾ら代用が利かないアイテムとは言っても、億はないわ億は!

 無駄遣いしない前提だけど、1億あったら40年は暮らしていけるぞ。ジジイになるまでの最低限の生活が保障される額だ。ほぼ一生安泰じゃん。この石板が俺の半生の値段だって言うのか……?


「なんか心折れたんで、この話なかった事にして貰って良いですか」


「目がリアルタイムで死んでいくの初めて見たよオレ……まあ、流石に半額でも高ぇわな。ならレンタルでどうだ? 一日1,000Gで貸すぜ」


 それでも高けぇよ! レンタカーでベンツを一日借りてもそんなしないだろ!


 いやでも……大会の規模にもよるけど、準備日も含めて借りるのは最大で三日くらいだろうし、払えない額でもない……か?

 っていうか、よくよく考えたら何で俺が払う前提で交渉してんだよ! 俺この件完全に部外者じゃん! コレット何処行った!?


「こんなアイテムがあったのか……そこそこ長く生きて来たつもりだが、初めて知ったぞ。まあその値段じゃ一般市場には出ないわな」


「世界は広いです。きっとまだ私達の知らない暗黒系武器も沢山あります。なんだか生きる希望がメラメラ湧いてきた!」


「私も初めて。遺体捜索のクエスト受けた事なかったし。未知のアイテムってワクワクするよねー……」


 武器屋の二人が拾ってクン六号に興味津々なのは良い。彼等も部外者だし。

 ただしコレット、テメーはダメだ。


「なーに他人事みたいな顔してんだよ。当事者なんだから交渉するのはお前の仕事だろ。話聞いとけよコラ」


「痛たたたたたたたた! お前って言わないでよーっ!」


 こめかみグリグリされたのより呼ばれ方が気になるのか……つーか俺だって女性をお前呼ばわりしたくねーよ、見下してるみたいで気分悪い。でも『アンタ』とか名前呼びじゃ、この沸々と込み上げてくる怒りが伝わらないから仕方ないだろ。


「ううう……わかったよ、レンタル料私が払えば良いんでしょ? 払うから話進めておいてよ……私そういうの苦手だし」


 俺だって別に得意じゃないんだけど、流石にコレットより要領よく話せる自信はある。仕方ない、やるか。


「まだ日程とか全然決まってないんで、詳細が決定したらあらためて連絡します。どうせ在庫で眠らせてるアイテムなんだから、誰かに貸し出す予定もないでしょ?」


「まあな。キープ料金も要らん。そんじゃ大会の詳細が決まったらギルドに顔出してくれや。またな、あんちゃん」


 よっぽどこの店から逃げ出したかったのか、交渉らしい交渉もしないまま、バングッフさんは部下を引き連れて去って行った。荷馬車がゴトゴト拾ってクン六号を乗せて行く。売られて行く訳じゃないけど、なんか微妙に悲哀みたいなものを感じるな。かつて一世を風靡して落ち目になったアイテムとか武器って、なんか切なくて良い。


「取り敢えず、一歩前進だな。後はお嬢様の両親の説得を……」


 その先を言おうとした俺の両手を、コレットがサッと握る。


「トーモ君♪ 私達、親友だよね?」


「……こういう時に臆面もなくそんな事言ってると、マジで友達なくすからな。具体的に言うと俺を」


「なんで!? 私達の友情ってそんな簡単に消えるものだったの!?」


 友達いない系女子のコレットにはわからないのかもしれないけど、友情ってそんなもんだからね。高校卒業と同時に人間関係スッて消えるから。洗剤のCMの汚れみたいに。


「兎に角、人付き合いが苦手だからって何でもかんでも頼るのはよせ。利用してるみたいで印象良くない」


「……わかった。ここからは自分で頑張る」


 一応、俺の忠告が本気だったのはコレットに伝わったらしい。それがわかった途端、生真面目になるあたりがコレットらしいと言うか。

 何にせよ、俺はあのフレンデリア嬢と深く関わる訳にはいかない。ここから先はコレットが自分で切り開いていくしかない。俺には武器屋とルウェリアさんの警備っていう大事な仕事があるし――――


「あの、トモさん。よろしければコレットさんのお手伝いをしてあげて下さい。お店は大丈夫ですので」


 その警備対象が厄介な事を言い出した。折角話が纏まりかけてたのに。良い人過ぎるよルウェリアさんよー。


「いや待てルウェリア。またいつあの変態親衛隊どもが現れるかわからないからトモは必要だ。簡単に貸し出す訳にはいかん」


 御主人……!

 なんかちょっと目頭熱くなってきた。雇用主に必要とされるって泣けるよな。生前では考えられなかった。っていうか雇用主と会う機会ほぼなかったし。


「それなら、お店を閉めてから……」


「その時間帯に貴族の家を訪ねるのは失礼だろ」


 友達の家に飲みに行こうと誘いに行くのとは訳が違う。貴族との交渉なんだから、御主人の言うように夜間は流石に無理だ。


「だ、だったら私も一緒に行きます!」


 ……何!?


「私がトモさんと一緒なら、お父さん的にも問題ありませんよね?」


「まあ……そりゃなあ……いやでも、貴族の家に娘を行かせるのは……」


 予想もしなかったルウェリアさんの申し出に、御主人は困惑している。とはいえ、彼女の同行は実のところ、そこまで的外れでもない。

 今回のレース内容の変更について、具体案を示したのはルウェリアさんだ。彼女の発案で話がここまで進んだ。言うなれば当事者だ。なら、発案者であるルウェリアさんが同席するのは、少なくとも部外者の俺が行くよりは筋が通っている。


「……ま、仕方ねぇか。娘がここまで赤の他人の為に言うんなら、親としちゃ行かせてやらない訳にはいかねぇ」


 快諾されてしまうのはこの際仕方ないとして……赤の他人ってわざわざ言わなくても良くない? まさか俺の事もルウェリアさんの回りを飛び交う蝿みたいに思ってるんじゃないでしょうね御主人。さっきの感動の涙返して。返して!


「ただし条件がある。ウチの武器屋を必ず宣伝する事。良いな?」


「はい! 任せて下さい! この命に代えてでもベリアルザ武器商会の爪痕をシレクス家に残してきます! なんかメラメラ燃えてきた!」


 別の意味で爪痕残す予感しかしない……超高い壺を割って、弁償のため暫く屋敷でメイドとして働くとか。それはそれで見てみたいけど。


「ルウェリア、ありがとう。とっても心強いよ」


「いえ、私なんてお役に立てるかどうか……」


「そんな事ない、嬉しいよ」


 ……この二人、普通に友達みたいな関係っぽいのに、コレットはそういう認識じゃないのかな。女同士の友情は良くわからんね。はいそーですよ経験不足ですよ女子のそういう微妙な心理とか機微とか欠片も知り得ませんよ。少女漫画とか読んでも全然わかんねーし。何冊か読んだけど、なんか心の中で罪悪感とか葛藤抱いとけば何やっても許されるとか思ってそうなキャラばっかだった気がする。結構みんな、苦悩を免罪符にエグい事するよね。


「では、いつにしましょう。シレクス家の皆さんのご都合の宜しい日は……」


「今、とかダメかな? さっきまで私とお茶会してたし、この後の予定は特になさそうだったんだけど……」


 大胆な子! 気が重い事を早めに片付けたい気持ちはわかるけど、こっちにだって心の準備ってものが――――


「私は大丈夫です。外出着に着替えればすぐ行けます」


「良かった! それじゃ早速お願い出来る?」


「はい! 暫しお待ちを!」


 ……なんか俺完全に蚊帳の外なんだけど、これ俺も行くんだよね? 警備対象のルウェリアさんが行くんだし。


「女が外出する時はよ、男の都合なんざあってないようなモンなんだよ」


 御主人が俺の肩に手を乗せて呟いた言葉に、妙な重みを感じた。そして同時に、聞くべきか悩む。


 奥さんとはお別れになったのか、と。


 この武器屋に世話になって以降、一度も奥さんと会った事はない。話題に出た事さえない。普通に考えたら離婚か死別だろう。


 でも、向こうから何も言ってこない以上、こっちからは聞けない。ただ、今の御主人の言葉は、聞いても良い流れを作っているような気がしないでもない。『御主人もそうだったんですか?』と。


 俺は――――


「お待たせしました!」


 結局、ルウェリアさんが着替えてくるまで聞かずじまいだった。雇って貰っているとはいえ身内じゃないし、他人の分際でそこまで踏み込むのはやっぱり礼儀知らずだ。この結論に悔いはない。だってルウェリアさんの外出着が超可愛いんだもの。派手じゃないけどシックな色合いが似合ってる。守りたい、この笑顔。


「それじゃ、トモとルウェリアさんをお借りしますね」


「おう。こっちの事は気にするな」


 白い歯を見せる御主人に見送られ、俺達はシレクス家へと向かった。



 そして……



「素晴らしい案だ! 採用! コレット君、投擲する武器は是非彼女の武器屋の物を使いなさい! 優勝すれば宣伝効果抜群だよ!」



 シレクス家の主人、フレンデリア嬢の御父上がルウェリアさんを一瞬で気に入り、交渉は一分とかからず纏まった。


 本日の教訓。

 可愛いは正義、超可愛いは大正義。


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