第一部04:競争と狂騒の章

第047話 クリティカルなアイディア

 ベリアルザ武器商会の売上を上昇させる為には、この店のイメージそのものを大幅に改善させる必要がある。そう判明したのは昨日の事。今のままだと、どんな有用な武器でも『呪われているヤベーやつ』って先入観で全部スルーされてしまう。寧ろ性能の良さに比例して呪いの強さが増している『呪インフレ武器屋』とか影で呼ばれてそう。


 ここが街唯一の武器屋ならそんな事態にはならないんだけど、他に四つの店ある上にここが最下位だもんな……負の要素があると、どうしても忌避対象になっちゃう。


 かといって、この根深い問題を簡単に解消する事も出来そうにない。何しろ御主人とルウェリアさんは、暗黒系の武器以外が売れても全然嬉しくないという残念な拘りを持った人達。でもそれらの武器を置いている限り、ダークなイメージは決して払拭出来ないだろう。ドとレとミとファとソとラとシの音が出ないクラリネットくらいどうしようもない。


 そんな苦悩で悶々としていると――――


「トモ~~! なんとかして~~! 魔王城侵攻レースの開催が決まっちゃったよ~~~!」


 俺達の窮状を知る由もないコレットが、泣きながら武器屋を訪れて来た。貴族のお嬢様に気に入られてもまだ俺を頼ってくるのか。ウザ可愛い奴め。


「なんでそんな事になるんだよ。霧の件、説明しなかったのか?」


 ティシエラ命名【冥府魔界の霧海】が魔王城を覆っていて、この霧の中に入ると人間は死ぬ、っていう現状は当然コレットも知っているだろう。そして、この事を説明すればフレンデリア嬢も考え直す筈。てっきりそういう流れになるとばかり思っていたのに……


「勿論話したよ! フレンちゃん様は考え直すって言ってくれたんだけど、もう準備始めてたフレンちゃん様のお父様とお母様が張り切っちゃって、絶対に開催するって言って聞かなくて……」


 友情とか身分とかの事情で色々と押し問答があった末の妥協案だったんだろうなと、その過程の情景がありありと浮かぶ『フレンちゃん様』という呼び方はこの際スルーするとして……そうか、御両親の事は頭になかったな。これまた迂闊だった。


 豹変前のフレンデリア嬢の性格は、両親から受け継いだか、両親の育成によるものと考えるのが自然。なら、親もまた唯我独尊系の人物に決まってる。若しくは娘を溺愛していて、娘の発案を絶対に否定しないマン&ウーマンなのかもしれない。悲しみのため息。


 いずれにしてもコレットにとっては最悪の事態だ。勝つ為には嫌でも命を賭けなくちゃならない。尤も――――


「最悪、出場しなきゃ良いんじゃないの? 体裁が悪いようだったら仮病でも使えば良いし」


 当然、シレクス家からの心証は悪くなるだろう。大々的にギルマス選挙勝利のお膳立てしたにも拘らず、当の本人が欠席じゃ立つ瀬がない。顔を潰されたとキレられるかもしれない。そうなれば選挙は敗北必至だ。


 でも、コレットはレベル78の冒険者。仮に選挙に負けても、その道に戻れば良いだけだ。引退を覚悟したとは言え、復帰しちゃいけない理由はない訳だし。貴族との縁が切れるのだって、冒険者にとって大した傷手にはならないだろう。


「……」


 そんな俺の楽観的な見解とは裏腹に、コレットの顔は青ざめている。って言うか、ここに来てからずっと幽鬼みたいなツラだ。心なしか頬も痩けている気がする。あとずっとジト目のまま。相変わらず顔芸が得意な奴だ。嫌いじゃないよ、そういう女子。なんか親近感湧くし。


「あのね……フレンちゃん様の御父上が、私の両親を支援してるパトロンのお兄様なんだって……」


 ……マ?


「だからね? レースを棄権したらね? 私ね? 社会的に死ぬんだー。あと親からも勘当されるの! アハハ! それってもう人生終わってるよね? ねー?」


 凄ぇ。疑問系の度に首がカクカク動くから、なんか悪霊に取り憑かれたシャーマンみたいになってる。ここまで来ると逆に怖くない。もうヤンデレでも何でもないけど。


「だからお願い助けてトモ! あの霧消して! それか誰も怒らせない方法で棄権させて!!」


「コレットさんや。そんな都合の良い方法、ある訳がないんじゃよ」


「だよね……」


 コレットだって現実は見えている。本気で懇願した訳じゃなく、願望をそのまま吐露しただけなんだろう。誰だって本心をそのまま口走りたい日くらいある。相当弱ってる時限定だけど。


 つまりコレットは今、相当参ってる。実際、両親の面子を潰さない事を第一に考えていた彼女にとって、この偶然の縁は最悪としか言いようのない紅い糸だ。勿論『赤い糸』なんていうメルヘン系じゃない。血塗られた方の縁だ。


「俺から出来るアドバイスは、こういう時は最良を目指しても絶対上手くいかないから、傷口を最小限に抑えた方が良い……ってくらいだな。平凡過ぎて申し訳ないけど」


「具体的には?」


「レースに参加はする。でも霧が出たら直ぐに逃げる。それだとレースには勝てないだろうけど、最低限の責任は果たせるんじゃないか? そこまでやれば、お嬢様が庇ってくれるさ」


 少なくとも、俺が二度見かけたフレンデリア嬢はそういう性格だ。また豹変しない限り、真面目にレースに取り組めば結果はどうあれ健闘を称えてくれそうな人に見える。


「まあ、レースに負けて申し訳なさそうに謝罪するお前の顔に突然唾を吐きかけて『やだ汚ーい面汚しがツラ汚してるー』ってネットリ罵倒される可能性もなくはないけど」


「……そんな目に遭ったら、私ストレスで死ぬと思う」


 キラーストレスってやつか。苦しんで死ぬんじゃなく、苦しみで死ぬ。想像したくもないな、そんな人生の終焉。余りにも救いがなさ過ぎる。


「あの……コレットさん」


 カウンターの傍でずっと沈黙したままだったルウェリアさんが、見かねて近寄ってきた。


「今からでも、もっと安全に競えるように変えて貰っては如何ですか? 例えばですけど、魔王城に近付いた人が勝ちじゃなくて、魔王城の一番近くまで石を投げた人が勝ち、とか。えいやーって」


 何そのペタンクみたいなルール。それなら俺もちょっと参加してみたい。結構楽しそう。あと『えいやー』って掛け声可愛い。


 っていうか……意外とクリティカルなアイディアじゃないかこれ。投石の距離に自信がある人なら、安全な場所から投げられる。そうでない人でも、霧にギリギリまで近付けば勝機がある。戦略性もあるし、競技としての面白さもある。少なくとも魔王城に接近するだけのレースよりは全然見応えあるよ。これならお嬢様の御両親を説得出来るかもしれない。コレットにも十分勝機があるし。


「でも、その投げた石を測定するのって難しくない? 霧の中に入ったら死ぬんだし」


 とはいえ、コレットの言うような問題点はある。測定が難しい、というか不可能に近い。空撮出来るドローンみたいな物があればいいけど、生憎この世界にはないからな……


「……いや、出来なくもないかも」


 ふと思い付いた。

 このルウェリアさん発案の競技、ルール自体はペタンクみたいだけど、実質的には『魔王城に近い方が勝ち』というより『より遠くに投げた方が勝ち』になるよな。前にティシエラから聞いた冒険者とヒーラーの合同クエストの話からして、霧が立ちこめている範囲は相当広い。その霧を飛び越えて更に魔王城をも越える投擲なんて絶対に無理だ。

 だったら、この競技はペタンクよりも寧ろ、槍投げや砲丸投げに近い。


 槍。砲丸。すなわち――――武器。


「石じゃなくて武器を投げるなら、武器の位置を外から観測出来るかも」


「……どうやって?」


 二人ともピンと来てないって顔だ。無理もない。俺にしたって確証なんてない。まだ思いつきの段階だ。


「例えばだけど、武器を感知出来るアイテムや魔法があれば、投擲した武器の位置がわかる。位置情報がわかれば、誰が投げたどの武器が魔王城に一番近いかはわかる筈だろ?」


 ほら、RPGやSLGで宝箱とか特定のアイテムの位置を教えてくれる魔法だの道具だのがたまにあるじゃん。要はアレ。石ころの位置を探る方法に需要はないけど、お宝(武器)の位置を探る方法ならメリットはあるし、開発されているかもしれない。


「んー……そういうのはちょっと知らないかも。ルウェリアは?」


「私も記憶にないです。お力になれなくて申し訳ありません……」


「そっか……」


 まあ、そう都合良くはいかないわな。でも方向性自体が潰えた訳じゃない。


 重要なのは『何らかの位置情報を探れる魔法やアイテムがあるかどうか』だ。それがあれば、その何らかを投擲用の道具にすれば良い。


 こういうのに詳しそうなのは……やっぱりティシエラかな。でも、何度も彼女を頼るのは気が引けるんだよな……


「よう、調子はどうだ? 様子を見に来たぜ」


 思案中の頭に、聞き覚えのある男の声が響いた。粗っぽいようで人の良さを隠せない、そんな声。これは確か――――


「商業ギルドのギルマス!」


「おーよ。久々だな警備員のあんちゃん」


 名前は……確かバングッフさんだったっけ。割と好印象だからか、ちゃんと覚えてた。背後には相変わらず強面の部下を引き連れている。


「風の噂で聞いたんだけどよ、なんか魔法を防げる武器を売り始めたらしいじゃねーか。スゲェ胡散臭ぇって話題になってたぜ」


 チッ、うるさいですね……


「あの、その件はもう過去の事なんで掘り起こさないで貰えますか? 折角立ち直ったばっかりなんですよこっちは」


 既にルウェリアさんはコレットの隣で光を失った目を虚空に向けていた。多分カウンターの奥の御主人も同じ顔だ。


「そ、そっか……まあお前等を凹ませても得にはならねぇし、これ以上は言わないでおくけどよ。それで、どうなんだい? 売上の方は」


「なんだかんだで売れてはいます。単価が大きいから、一つ売れればそれなりに利益は出ますし」


「そこはこの街の良い所だよな。薄利多売だと武器はキツいからな……って、そんな世間話をしに来たんじゃねぇんだよオレは!」


 つい今の今まで和やかムードだったのに、バングッフさんは何故か青筋を立てて俺を睨み始めた。情緒不安定な人だな。


「今日はあんちゃんに用があって来たんだよ。ちょっとツラ貸して貰おうか」


「良いですよ。俺も聞きたい事があるんで、それに答えてくれるなら」


 幸い、今はコレットがいるから俺の代わりに警備をして貰える。持ち場を離れても問題はない。


「中々良い度胸してるじゃねぇか。おうお前等! この勇敢なあんちゃんを事務所までご案内しろ!」


 事務所て……やっぱヤクザじゃんこの人達!

 ヤクザは嫌だなあ……この辺に海とかなさそうだし、最悪地面に埋められそう。前言撤回。このまま付いていくのは危険だ。


「御主人、護身用に武器持っていって良いですか?」


「おうよ。売り物以外なら好きなの持っていきな」


「それじゃ、ちょっと失敬」


 背中越しにバングッフさんの『ちょっ、待てよ!』的な声が聞こえて来たけど、気にせず倉庫へ直行。そして十秒で戻って来る。最初から持っていく武器は決めていた。


「それじゃ、この八つ裂きの剣借りていきまーす」


「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 コウモリとサソリとムカデが絡み合って蠢動してる最中に押し潰されて死んだような形状の剣を目の当たりにした商業ギルドの面々は、蜘蛛の子を散らすように店から出て行った。


「ちょっ、おまっ、なんちゅう気持ち悪ぃモン持ってきやが……うわあああああああああああああああああああ!!!!」 


 フフッ。八つ裂きの剣凄いな。ちょっと動かしただけで全員ガチビビリだよ。


 まあ下手なグロ画像よりよっぽど気持ち悪いからな、この武器。でも何気にベリアルザ武器商会の中ではトップ5に入る売れ線らしい。ここまでキモいと逆に売れるんだろうな。そっちの趣味の人に。


 ちなみにこれは御主人が運送の途中で落としてしまい、若干ムカデの足の部分が欠けてしまった不良品だ。普通の武器より形状が複雑だから、細かい部分はどうしても耐久性に問題がある。っていうか、普通に武器としては使えないと思うんだけど……


「な、なあ、あんちゃん。なんか警戒させちまったみてぇで悪かったよ。別にアンタをどうこうする気はねぇんだ。ちょっとだけ話を聞かせて欲しくてな。だからその……そのヤベー武器しまってくんない? オレ、マジで直視出来ねぇっつーか、うえぇ……ぶっちゃけ吐きそうなんだわ」


 割と弱味を見せるバングッフさんの正直さに敬意を表して、八つ裂きの剣を倉庫にしまう。その代わり――――


「話はここでさせて貰います。それで良いですね?」


「わかったよ……はぁ……マジ胃と心臓に悪ぃんだよここ……出来れば長居したくねぇのに……」


 俺を事務所に連れて行こうとした理由はそんな事だったんかい。グロ耐性低い連中だな。まあ冒険者と違ってそういうの見る機会もないだろうしな。


「あんちゃん、最近ソーサラーギルドの連中、つーかあのいけ好かねぇ仏頂面の女とつるんでるらしいじゃねぇか」


 仏頂面……ティシエラの事か。


「つるんでるって言うか、さっきの話に戻りますけど、魔法防御用の武器をテストするのに協力して貰っただけです」


「なら良いんだけどよ。連中、なんか怪しい動きとかしてなかった?」


「いや全然。怪しい応接室なら散々見ましたけど」

 

「……マジかよ。お前、よくあそこに入れたな。オレはダメだ、あーいう気色悪い模様もダメなんだ。なんか具合悪くなってよぉ……うえぇ、思い出したら目が回ってきた」


 割と弱点多いよなこの人。全体的に耐久性低い。


「話がそれだけなら、今度はこっちが質問する番ですけど」


「あぁもういいよ。聞く聞く。何?」


 一刻も早くこの店から脱出したいらしく、バングッフさんは青ざめたまま投げやりに受け入れ体勢に入った。つーか、この武器屋顔色悪い人多過ぎ問題。そりゃ、傍から見たら呪いの武器屋だよ。呪われてないなら逆になんなんだよ、とキレられても反論出来ない。


「実は――――」


 武器の位置を外から観測出来るアイテムがないか聞いてみた。魔法ならソーサラーギルドが専門だけど、アイテムなら商業ギルドが専門だろう。多分。


「あるぜ」


 バングッフさんは、胃を抑えながらニヤリと微笑んでみせた。


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