第046話 青春の一篇



 ――――昔、凄く好きなゲームがあった。それはソシャゲじゃなくコンシューマゲームで、最後の最後に主人公が犠牲になって世界を救うという展開がたまらなくツボだった。


 でもこの展開は賛否両論だったらしく、ゲーム発売から十年経っても『主人公には死んで欲しくなかった』って声がまとめサイト等では主流だった。きっと各々、色んな考えや価値観があって、正解なんてないんだろう。


 俺は、ゲームの主人公に理想の自分を投影していた。自分がこうありたいという願望をそのキャラに託していた。当時、ちょうど大学生になったばかりで、友達が出来ず孤立して新生活に失敗した頃だったから、作中で仲間が増えていく主人公の生活に理想を重ねていた。そして最後、人知れず死んでいく主人公のいじらしさに感動を覚えた。


 高校時代までは順調な人生だった。成績は良かったし、大学もストレートで合格したし、特別多くはなかったけど友達もいた。学校にいる間は会話に困る事はなかったし、退屈な時間なんて殆どなかった。


 それが――――たった数ヶ月で完全に崩れ去った。


 だから、心の何処かに『こんなのは自分の人生じゃない』と嘆く自分がいて、破滅願望に近いものを持っていた。現実逃避以外の何物でもないけど、あの頃の俺は別に死んでしまっても良いと自分自身の色んな感情に向かって吹聴していた。本当は死にたくなんてなかった筈なのにな。


 そんな俺にとって、自分の命と引き替えに世界を救う主人公は純粋に眩しかった。もし自分の命で世界が救えるのなら、喜んでそうしたいと毎日考えていた。そこまで壮大じゃなくてもいい。誰かを助ける為に自分が犠牲になる、例えば子供や女の子を庇って車に轢かれたり、救命浮輪を譲って海に沈んだり……そんな人生の終焉を夢見ていた。どうせこれから何十年と生きていたって、ドラマチックでエモーショナルな瞬間なんてもう俺の人生には訪れない。だったら見せ場を作って終えたい。そんな諦観が芽生えた時期だった。


 それから14年。虚無に限りなく近い時間を過ごし続けて……


 俺はひっそりと死んだ。





『お前と相打ちなら悪くない。これで世界が救われるのなら――――』





「……?」


 聞いた事があるような、ないような、不思議な声。頭の中からなのか、心の中からなのか、それすらもわからない。少なくともあんなセリフ、ゲームの中にはなかった。一体なんだったんだ……?


 そもそも俺はなんでこんな回想を? 別に気絶した訳じゃないし、勿論走馬燈でもない。衝撃で脳が揺れた所為で白昼夢でも見たんだろうか。


 でも……予期しないタイミングで魔法が飛んできたのは確かだ。おかげで後ろにひっくり返っちまった。背中から落ちたおかげで後頭部を打たなかったのは幸いだったな。ちょっとした頭部への衝撃に死の恐怖を感じるお年頃。昔はそんな事なかったのに。不思議なもんだ。


 空が青い。生前と同じ青さだ。大気中に含まれている成分もきっと地球と同じなんだろう。


「トモさん! どうしようお父さん、トモさんが、トモさんがお亡くなりに!」


 何故すぐ殺すし。ルウェリアさん、もしかして俺の調整スキルあんまり信用してなくね?


「いやー……死んじゃいねえと思うけどな……おーいトモ! 大丈夫か?」


「大丈夫でーす」


 仰向けに寝ていた上体を起こし、魔除けの蛇骨剣を掲げてみせる。あらためて見るとキモい武器だけど、ザクザクの放った魔法はキッチリ封じてくれた。どんな魔法だったのかはハッキリ見えなかったけど、多分閃光系だろう。


「よくぞ御無事で……! 確実に御臨終だと思ってました……」


 俺の生命力をやたら軽視しているルウェリアさんと、苦笑しながら『悪気はないから許してやってくれ』って目で訴えている御主人に軽く手を振り、前へ進む。行き先は勿論、俺に向かって魔法を放ったザクザクの所。既に一度視界に収めていたから、彼が放心状態なのは把握していた。


「……僕は……なんて事を……保身に走る余り衝動的に一般人へ上級魔法を撃つなんて……」


 一応これでも元冒険者なんですけどね。所詮レベル18じゃ、遥か高みにいる彼にとっては一般人と大差ないのかもしれないけど。


「どうして僕はこうなんだ……周りの目ばかり気にして……どれだけ強くなっても心はずっと昔のままじゃないか……僕は変われないのか……?」


 俺が無傷なのはわかっている筈。それでも自責の念を抑えられずにいる。まあ気持ちはわかるよ。考え事してて歩行者を轢きそうになったドライバーみたいな心境なんだろう。俺も経験ある。あれマジで一日中引きずるよな。


 そして、それだけじゃない。彼の気持ちは本当に痛いほどわかる。


 人は変われない。一度死んで別の世界に転生して、全く違う肉体で生きているこんな俺でも、心は結局生前の俺のまま。だから……他人に何かを説くほど大層な人生を送っちゃいない俺でも、彼にだけは伝えられる。


「一つ教えてくれ。アンタさ、レベルを上げてる最中の事ってどれくらい覚えてる?」


「……え?」


「60になるまでレベルを上げ続けたんだ。長い間戦い続けて来たんだろ? その戦いの日々をどれくらい覚えてるか聞きたいんだ」


「それは……」


 俺の質問の意図がわからずザクザクは困惑した様子で目を泳がせていたけど、次第にその視線が地面に固定された。こいつも下ばかり見る系男子か。俺もそうだったな。


「……覚えてるよ。色々覚えてる。ヴァルキルムル鉱山って所にマンティコアってモンスターが大量発生した時の事とか。あの時は十体くらい出没したって話だったのに、実際に行ってみるとその十倍はいてさ。明らかに準備不足だったから引き返そうってメイメイは主張したけど、敵前逃亡なんて嫌だってミッチャが聞かなくて……なるべく魔法を温存しながら戦うハメになって、凄く疲れた。でも無事全滅させて、その日の打ち上げは盛り上がったな。普段内気なチッチが突然脱ぎ出して……」


「OKもういいだろ黙れよ」


「聞きたいって言うから答えたのにその言い草……!?」


 確かにそうだけど、ラッキースケベを口頭で説明されそうになったこっちの身にもなれ。気分悪いわ。


「まあ、結構詳細まで覚えてるのはわかったよ。つまり、楽しい日々だったって事だよな」


「……そうだね。楽しかったよ」


 俺は――――大学生になってから死ぬまでの14年を殆ど覚えていない。断片的に何をしたとか、何があったかは記憶にある。でも、大学の卒論発表会で話した内容も、警備員の会社で面接を受けた時に目の前にいた人達の顔も、全然覚えていない。


 記憶に残っているのは……嫌な事ばっかりだ。無理してサークルに入ろうとしたけど『飲み会で一発芸出来ないならウチじゃ厳しいよ』と言われて断念した時の事も、駐車場に停めた車のライトを付けっぱなしにしていて散々小言を言われた時の内容も、全部覚えている。


 そういう事ばっかりだった訳じゃない。細々とした失望や挫折感は沢山あったけど、心が折れるくらいの出来事は稀だ。きっと楽しいと思う事の一つや二つもあった筈なんだ。それでも、俺の心は辛苦や悲壮感ばかりを残した。


 楽しい人生だと思いたくなかったんだ。


 こんな無様な生活を、何の成果も何の繋がりも得られなかった半生を送る自分を、肯定したくなかったんだ。認めたくなかったんだ。満足していないと、そう思いたかったんだ。


 でも、そんなのはただの強がりだ。いや、強がりにすらなっていない。単なる身の程知らずだ。


「だったら、その楽しい時間を大切にした方が良いと思う。いつまで辛かった時の事に拘ってるんだ?」


「……っ」


 諸刃の剣だ。このセリフは俺に効く。寧ろ特効だ。即死まである。


 でも、説得力はあるだろう。死ぬ寸前も、死んだ後も、ずっとそこに縛られている人間の言葉だ。重くはないかもしれないけど、軽くもない筈だ。14年分の虚無は。


「確かに僕は……昔イジメられていた頃の感覚を今も引きずっている。どれだけレベルが上がって強くなっても、笑われるとカッとなるし、煽られると我を忘れてしまう。レベル60にもなって、そこからどうしても抜け出せない……こんな自分、もう殺してしまいたいくらいだ……」


 変わりたいと願って、世界で十本の指に入る冒険者になった。でも変われなかった。それは確かにキツい。紛れもなく絶望だ。


 でもね……


「贅沢言うなよな」


「ぜ、贅沢……?」


「俺は楽しい事なんて何一つ覚えちゃいねーよ。無の人生だ。楽しい記憶があるって事は、アンタは良い出会いに恵まれて、良い人生を送ってるんだよ。羨ましい限りだ」


「羨ましい……僕が……」


 特にこれって手応えがあって言った訳じゃない。でも、ザクザクの顔が少し晴れた気がした。


「今まで何度も言われたけど、そういう羨ましがられ方は初めてだな。大抵、可愛い子達を連れているとか、レベルとか、顔とか、そんな表面的な事ばっかりだったから」


 これは自慢ですか? はい、自嘲風自慢です。一番ダメなやつです。


「そうか……僕は、君みたいな奴を求めてたのか……はは」


 一体何を言って……はっ! なんですかもしかして今俺のこと誑かしてましたか一回アドバイスしたくらいでもう友達面とか図々しいにもほどがあるので何回か友達料払ってからにしてもらっていいですかごめんなさい。


「つくづく小者だ僕は。こんな事で自尊心を満たすなんて。でも、確かに君の言うように、僕はもっと楽しいと思う事に目を向けるべきかもしれない」


 微妙に納得いかないけど、なんとかメンタルが持ち直したらしい。なら俺のすべき事は一つだ。


「さっきの不意打ちは、事前に撃つように言ってあったから問題なし。それより、その不意打ちすら完璧に防いでみせたこの武器を褒めて欲しいね」


「勿論。喜んで買わせて貰うよ」


 商談成立。ルウェリアさんと御主人もさぞ喜んでいるだろう。その顔が見たくて目を向けてみると――――何故かルウェリアさんは顔を真っ赤にして俯いていた。え? なんで?


「青春です……青春の一篇があそこにあります」


「若いって良いなあ。やっぱ男なら戦って友情に芽生えるのが王道だよな。なんか俺、泣きそうになっちまったよ」


 戦ってないし芽生えてもいないけど、一番の誤解は若くないって点だ。青春? 俺は今、傍から見てそんな感じだったの? 32歳で? 青春? 嘘だろ……? 中二病とかそういう次元じゃないぞ……?


「ありがとう。君には大事なことを教えて貰った気がする」


 握手を求めるな握手を!

 ここでこれを握ったら、二人の発言を認めてしまう気がして、どうにも手が伸びない。

 ああ、もう……


「お買い上げありがとうございます」


 最終的に、ビジネス握手と自分に言い聞かせながらギュッと握ってやった。


「フフッ」


 爽やかに笑うな!





 ――――なんて事があった日の五日後。


「売れません……」


「売れねえな……」


 あれ以来、ベリアルザ武器商会の一角に立て掛けてある魔除けの蛇骨剣は四本のまま。

 レベル60の冒険者が、その魔法防御効果を認めて購入し、しかも周囲には大勢の証人までいたというのに、一向に売れる気配はない。


 これはどういう事かと流石に納得がいかず、俺は警備の仕事を終えた昨日の夜に再び市場調査を行った。

 すると、重大な事実が判明した。


「売れない理由が判明しました。意見の多かった上位三つを発表します」


 そのレポートを紙に纏め、調査結果と題して二人の前に突きつける。


「おっ来たか! やっぱり毒々しさとか禍々しさが中途半端なのが良くなかったのか?」


「私もそう思います。根本的にデザインを見直しましょう。コンセプトから練り直します。もっと蛇の獰猛さを前面に出さないと」


 ここに来ても尚、自分達の趣味と感性が超絶マイノリティだと認められない二人の意見は無視して、現実を読もう。


「第三位。『あの呪いの武器屋、本格的に魔王と結託して魔法無効化の武器を作りやがった』。第二位。『あの呪いの武器屋、とうとう邪神に力を借りて魔法無効化の武器を作りやがった』。そして堂々の第一位。『あの呪いの武器屋、呪いに磨きがかかって魔法無効化の武器まで作りやがった』。要するに、邪悪な闇の力を使って魔法を無効化していると思われています」


「……………………」「……………………」


 沈黙が長い。無理もないけど。


「まあ冷静に考えて、暗黒系の武器ばっかり扱っている店が突然得体の知れない効果の武器を売り出したら、魔王や邪神に魂売ったと思われますよね。迂闊でした。でもそれらを抑えて『呪いの力』が一位なのは意味深長ですよ。つまり、この武器屋が呪われているって認識が思った以上に浸透してたんです。それはもう常識レベルで」


「……そんなにか?」


「ヤバいです。道理でルウェリアさんがいない時は殆ど客が寄りつかない訳ですよ。意識調査の結果、このお店に一番近いタイプの店は『お化け屋敷』と判明しました」


「馬鹿なあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 断末魔のような叫び声を上げて床をガンガン殴っている御主人と、それを泣きながら必死で止めるルウェリアさんを眺めながら、俺は割と真面目にこの親子に転職の道を勧めるべきか迷っていた。

 

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