第045話 マ?

 開いた扉の隙間から、爽やかな一迅の微風がベリアルザ武器商会を駆け抜ける。それが、客の容姿と見事にマッチしていた。

 その清涼感のある顔立ち、そしてあどけなさの残る表情。いずれにも見覚えがあった。


 名前は確か――――


「……ザクザク? ザクザクなのか?」


「ザクザク?」


 しまった、それは俺が心の中で呼んでいるソウルネームだ。でも正直本名は覚えてない。覚えているのは……肩書きくらいだな。


「失礼しました。確かレベル60の冒険者の方ですよね?」


「はい。僕はレベル60の冒険者です」


 何故繰り返すし。まあ自分の努力でそこまで成長したんだろうから、誇りに思うのはわかるけどさ。


「このビラで宣伝している武器を見せて欲しくて……」


「どうぞどうぞ! こちらです!」


 警備員の俺は本来接客業を担当しないので、慌ててルウェリアさんが案内を買って出た。

 一応御主人に目配せして、どうすべきか確認を促す。彼は何も言わず親指で二人の背中を指した。『二人から目を離すな。怪しい動きをしたら容赦なく殺れ』と、そう目で語っている。

 俺の記憶が正しければ、あの冒険者はハーレムパーティを形成していた筈。つまりは天然の女たらしだ。御主人が警戒するのも頷ける。警備員の常識の範疇で見守るとしよう。


「あの……僕もそこまでキャリアが長くはありませんけど、魔法防御に特化した武器は初めてで。疑っている訳じゃないんですが、事前に試す事は出来ます?」


「申し訳ありません。商品が汚れてしまう恐れがありますので、購入前の試行は原則禁止とさせて頂いています。こちらの商品はソーサラーギルドご協力のもとにテストを重ねておりますので、品質に問題はないと考えています」


 ルウェリアさんの事務的な説明は、事前に話し合って決めた事。本来なら試して貰うのが一番手っ取り早いんだけど、頻繁に魔法を試し打ちされると流石に剣も痛んでしまう。なるべくそれは避けたい。


「そうですか……正直、昔見た事がある蛇骨剣と何の違いもないように見えるんですよね……」


 まあ、そこは疑って当然だな。実際見た目は何一つ変わってないんだし。

 つまり、彼の発言は全て想定内。当然、ここからの流れも事前に打ち合わせ済みだ。


「もし、どうしてもご購入頂く前にお試ししたいと仰るのでしたら、ソーサラーギルドの運営する魔法訓練所か、ギルド内の指導室で行う事は可能です」


 重要なのは、原則として購入前の試行を禁止しているとしっかり告げる事。これをしていないと、面白半分で試そうとする冷やかしが何人も湧いてくる恐れがあるからな。


 そして一度断りつつ『特別ですよ』というニュアンスで限定的に試行を許可する事によって、テストをした以上は買わないといけないという心理に持っていく。デパ地下の試食で食うだけ食って何にも買わず去って行く人いるけど、俺あれダメなんだよな。絶対無理。出来ない。そんな俺と同じ心理に客を追い込めば、必然的に購入確率は上がるってもんだ。


 加えて、安全管理がちゃんとしているのをアピールする事で、健全な商品であるという印象を持って貰う。ただでさえ胡散臭い武器屋なのに、他にないような武器を売るとなれば、胡散臭さで鼻が曲がる。少しでもその臭いを払拭する努力をしないと。


 ちなみに、街中で攻撃魔法をぶっ放すのは原則条例違反らしい。刃物を振り回すより遥かに危険なんだから当然だな。攻撃魔法が使えるのは、ソーサラーギルドが許可を出している場所、人の命の危険が差し迫った場合の防衛、そして許可証を持っている人物のみ。ソーサラーギルド所属であっても、許可証を得るには試験に合格する必要があるそうな。


「一応僕は許可証を持っているんだけど……それじゃダメかな?」


 なんと、ソーサラーでもないのに魔法が使える上に許可証まで所持しているのか。レベル60は伊達じゃない。


 ルウェリアさんが困った顔でこっちにヘルプを求めている。まさか許可証持ちとはな……さてどうしたものか。


 こっちとしては、この有名冒険者に購入して貰えるのなら願ったり叶ったり。抜群の宣伝効果になるし、絶対に逃したくない上客だ。ここで無碍に断るのは得策じゃない。ルウェリアさんもそう考えているからこそ困惑しているんだろう。


 ……よし。


「了解致しました。許可証の提示をお願い頂けますか?」


 ここからは俺が対応。本来接客は業務外だけど、ルウェリアさんを守るのが俺の役目なんだから、彼女が困った時に手助けするのも仕事の範疇だ。


「ええ。確か荷物の中に……あ、あった。これです」


 この世界には写真なんて物はないから、本人証明は記名と拇印のみ。とはいえ、これをいちいち疑っていたらキリがない。


「ありがとうございます。では、店の前でテストをしましょう」


 ザクザクは一つ頷き、先に店を出て行く。御主人に視線を向けると、拳を握りながら無気味に微笑んでいた。それは……売れるかもしれないって手応えに対する反応で良いんですよね? ルウェリアに近付く男は皆殺しの精神でぶん殴ろうとしてる訳じゃないですよね?


 一抹の不安を抱きつつ、魔除けの蛇骨剣を手に外に出た。

 すると――――


「お、あれってアイザックだよな。呪いの武器屋で何やってんだ?」


「なんか試し斬りするみてーだ。面白そうだから観ていこーぜ」


 いつの間にか、店の周りには野次馬が群がっていた。どうせルウェリアさん目当ての連中なんだろう。幸い、親衛隊の姿は見えないけど。


「……」


 野次馬の存在を視界に入れたザクザクの顔色が露骨に変わった。っていうか、生唾飲み込む音がここまで聞こえて来る。露骨にメンタルがグラついているのが傍目にもわかる。


「大丈夫ですか? 顔色良くないですけど」


「え!? し、心配いらないですよ? 僕を知っているんですよね? レベル60ありますから。この世界の冒険者で十本の指に入るんだもん。心配ないない!」


 ……後半明らかに動揺が言葉に表れてたな。

 そういえば彼、煽りや不測の事態に弱いんだったな。っていうか、あの酒場の一件がトラウマになってるっぽいけど本当に大丈夫か……?


「えっと、それじゃ俺に向かって攻撃魔法を撃って下さい。上級魔法でも大丈夫ですけど、万が一逸れたら大変な事になるので、初級や中級の方が良いかも……」


「いや、上級を試させて欲しい。本当にそのレベルの魔法を防げるかどうか見てみたい」


 ザクザクの顔は真剣だ。単に興味本位って訳じゃなさそうだな。そこまでこの武器に関心を持ってくれたのなら、こちらも全力で応えよう。


「わかりました。では、建物のない場所まで移動しましょうか」


「心配ないよ。その武器に向かって撃てば無効化してくれるんだろう? なら何も問題はない。僕は絶対に外さないからね。もしその武器に不安があるのなら、それを置いて離れると良いよ」


 煽りに弱い人間に限って、下らない事で煽ろうとするよね。どうやらそういう性格らしい。まあ、負けん気が強いといえば聞こえはいいけどさ……


「なんだなんだ? 試し斬りじゃないのか?」


「あの剣に向かって魔法を撃つって言ってるぜ。武器で魔法を斬るつもりか?」


「何それ、決闘みたいなノリ? 俺の魔法が貫くか、お前の剣が斬り裂くか勝負だ、みたいな」


「いいね! スッゲー燃えるじゃん!」


 ……なんか勝手に変な解釈をされてしまった。酒場でも思ったけど、この街の野次馬ってみんな刺激に飢えてるよな。


「よっしゃ! 武器屋の兄ーちゃん、アイザックの鼻っ柱を折ってやれ!」


「つーか殺せ! 魔法斬った後に突っ込んでアイザックも斬ってやれ!」


「殺せ! 殺せよ!」


 そして漏れなく口が悪い。つーか死ねとか殺せばっかだな本当。ヤクザの飲み会でもここまで酷くないだろ……どんだけ血気盛んなんだよ。


「な、何だよ……何で僕ばっかり悪く言うんだ。知ってるよ? みんな僕に嫉妬してるんだろ? 僕が強くなったから……信じられないくらい強くなった僕を羨んでいるんだ。大体、こんな野次馬連中何人いたって僕の敵じゃない。簡単に捻り殺せるんだ。なのにどうして怯えもせずに僕を罵るんだろう。理解が出来ないよ。意味がわからない」


 そして案の定、煽られたザクザクは精神を病み始めた。コレットもそうだけど、高レベルの冒険者はメンタルに難を抱える呪いでもあるんか?


「おいおい、アイザックの野郎ビビッてるぜ! これ外すんじゃね? その辺の建物に魔法ぶつけて大惨事になりそうじゃね?」


「かもな! それはそれで面白そうだな。あいつクソザコメンタルだから普通にそうなりそうだ」


「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」

 

 いや笑い過ぎでしょ。顎外れてるし目がイってるし。地上最強の生物かよ。


「……」


 マズいな。ザクザクすっかり『ん゛ん゛~っ』ってツラだ。このままだとまた自爆とか言い出すぞあいつ。なんとかメンタルを立て直して貰わないと。世間話でもして気を紛らすか。


「そう言えば、今日は仲間の方々とは一緒じゃないんですね」


「えっ!? あ、うん。この剣の事は一人で検討したくて」


「もしかしてプレゼントですか? 皆さんお綺麗でしたよね」


 勿論、こんな蛇の骨みたいな剣を女性にプレゼントする男はいない。場を和ます為のジョークだ。


「う、うん……そうなんだ。魔法除けになるし、気に入って貰えるかなって」


 ……マ?


 いやいやいや! 無茶でしょ!

 それはない。売る方がこんな事思うのなんだけど、これをプレゼントにする感性がわからない。


「素敵です。他の武器と違って白いので、女の子へのプレゼントにはピッタリですね。お目が高い」


「フン、いけ好かない野郎と思ってたが、中々見る目あるんじゃねーの」


 ……まあ、武器屋の二人はそう言うとは思ったけどさ。でも数だけで考えると三対一の惨敗。俺の感性がおかしいのかと自分を疑いたくなる。案外、あのハーレムパーティの中にスカル趣味のパンク少女がいるかもしれないし。


「僕だけじゃなく仲間の事も知っていたんだね」


 こっちの動揺とは対照的に、ザクザクは大分落ち着いたみたいだ。野次馬の声に耳を傾けなくなっている。

 声かけは不審者対応の基本。生前の警備員としての経験がこんなところで活かされるとは……


「ええ。この前酒場で見かけて……」


 あ。しまった。


「…………酒場? じゃあ君、アレを見ていたの? 僕のアレを? あの現場を?」


 マズったな。トラウマスイッチ入っちゃった?

 でもこれ誤魔化したところで、執拗に追及されてボロが出て信用失うパターンだよな。だったら素直に答えるしかない。


「ええと……はい」


「うわあ。なら口止めしないと」


 え?

 いやちょっと、今なんか不穏過ぎる言葉が聞こえて来たような――――



 次の瞬間。

 俺の目の前は真っ白になった。


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