第044話 ダイジェスト

 ソーサラーギルドのギルマスさんの監禁ごっこに付き合わされた翌日以降、日々はダイジェストのように忙しなく流れていった。


 既にルウェリアさんにも話していたけど、ベリアルザ武器商会の御主人に俺の能力を説明し、武器を大胆にカスタマイズして売る事を提案。半信半疑だった御主人を信じさせる為、ソーサラーギルドから魔法使いを一人派遣して貰い、魔法防御に特化した武器に向かって攻撃魔法を放って貰ったところ――――


「むう……なんと……しかしこれは邪道……邪道ではないか……」


 武器屋の御主人、二回目の考慮時間に入りました。


 実際、老舗の和菓子店の商品にタピオカ盛りまくって売るようなものだしな。気持ちの良いものじゃないってのは俺にも理解出来る。


「お父さん。トモさんのこのお力は、トモさんご自身のスキルなんです。誰かに借りたお力じゃありません。これを認めないのは、トモさんを認めないのと同じです。それは人として間違ってると思います」


「む……確かに!」


 フォローしてくれるのは嬉しいけど、ぶっちゃけ神サマに借りた力なんで、内心複雑だ。まあ、生まれ持った才能なんて全部親か神サマに借りたものと言えなくもないし、そこは気にしても仕方ないとは思うんだけど……

 やっぱり自分で努力して得たものじゃないから、どうしても誇示出来ない自分がいる。


「わかった、わかったぜルウェリア。俺が間違っていた。トモは大事な従業員だ。仲間だ。そのこいつを認められなくてどうするよ」


「お父さん……! わかってくれて嬉しいです。トモさんのご尽力を無駄にしないよう、頑張って売りましょう!」


 そんな親子の温かい絆が決め手となり、カスタマイズ武器の販売が決定した。


 まずは予定通り、魔法防御を高めた武器の販売に着手する事になった。パラメータが確認出来ない分、調整は俺の匙加減一つ。在庫には限度があるから、実験もそう何度も行えない。そこで、取り敢えず上級魔法を最低一つでも防げるぐらいの抵抗値に設定し、攻撃力と耐久力もある程度の水準を満たすような武器を作る事にした。


「はーい。それじゃ行っくよー」


「お願いします」


『お礼はする』とティシエラから言質を取っていたのを思い出し、ソーサラーギルドから魔法使いを一人拝借。ティシエラが派遣したのは、応接室に来た赤毛の女性だった。


 彼女の名はイリスチュア。親しい人はイリスと呼んでいるらしい。ソーサラーギルドの一員で、ティシエラとは幼なじみとの事。彼女ほど優れた力はないと謙遜しているけど、この街にいるソーサラーが二流三流の筈もなく、しっかり上級魔法が使える高レベルの魔法使いだった。


「紅蓮を喰らいし大気の子らよ、今ここに汝の緋色を示せ!【カタストロフィックイラプション】!」


 テストとはいえ、実戦に使えなければ話にならないので、魔法を使えるモンスターがガチで撃ってくるレベルの魔法をお願いしたところ、爆発で地面が抉れるほどの超強力な奴をぶっ放してくれた。

 勿論、武器を持って突っ立ってる……等という危ない橋は渡っていない。武器は地面に置いたままで、それに向かって魔法を撃って貰っている。郊外の空き地で。


「ところで、その詠唱みたいなのは……」


「うん、ティシエラの趣味だよー。別に唱えなくても普通に魔法は使えるし」


「ですよね」


 なんでも、全ての魔法の詠唱を彼女が考案しているとの事。何その情熱。ヤバいですね☆


 とはいえ詠唱を義務付けている訳じゃなく、あくまで推奨に留めているらしい。その結果、ソーサラーギルドの約二割の魔法使いが詠唱を使用するようになったとか。これをたった二割と取るか、二割もと取るか。俺は断然後者を選ぶ。凄ぇ影響力だよ。アレを二割も真似してくれるなんて教祖レベルだよ。


 そんなこんなで、イリスチュアさんの協力のもと、実験は無事終了。ちなみに彼女には俺の調整スキルは話していない。あくまで『独自のルートで入手した魔法防御用の武具』として、予め調整済みの武器で実験をして貰った。本当は逐一微調整出来ればベストだけど、世の中そう思い通りにはいかないものだ。


 結果、多少余分なコストはかかったものの、上級魔法を防げて攻撃力と耐久力もある程度は確保した武器が完成した。


 その名も――――


「これが【魔除けの蛇骨剣】なんですね……ご立派になって……」


 成長した我が子を見るような万感の表情で、ルウェリアさんはそれを見ていた。


 元々は蛇骨剣という蛇の骨のような形状をしたなんとも香ばしい剣で、攻撃力は高いものの禍々しさが中途半端だった為に愛好家の受けもイマイチで、これまで一本も売れた事のないという不人気極まりない商品だった。だからこそ在庫の山でテストもし易かったんだけど、それを俺の調整スキルによって魔法防御の高い武器として蘇らせた。


 取り敢えず五本作ってみたけど……問題は値段だ。


「この蛇骨剣は製造自体は難しくなくてな。職人もそれほど吹っ掛けてこなかったから、8000Gで売ってた訳だが」


「その値段だと、逆に買い手が付かないでしょうね。思い切って15000Gくらいにしてみましょう」


 何しろここは終盤の街。終盤に訪れる街に微妙な値段の武器が売っていても、まるで食指が動かない。高いからこそ高性能と期待するのが普通の心理だ。実際、それだけの価値はあると思う。魔法防御が高い防具自体、稀だって言うし。


「15000Gで売れたら、元手を引いても9000Gの儲けになります。良いんでしょうか……罪悪感で手が震えてしまいます。どうしよう震えが止まらないいいいいいいいい」


 魔除けの蛇骨剣を持ちながら、ルウェリアさんは痙攣し続けている。これ傍から見たら呪いの武器を装備してしまった人にしか見えないな……


「私、実はこの子たちをあまり好きになれなかったんです。この子たちが売れなかったのは、私が愛せなかったからなんじゃないかって、ずっと思っていました。もっと気にかけていたら違う未来があったのかもって。だから、トモさんがくれたこのチャンスは絶対に活かしたいです」


 ……嬉しい事を言ってくれているんだけど、武器の事を『この子』とナチュラルに呼んでいるルウェリアさんに若干引いている自分を偽る事が出来ない。普通の武器なら百歩譲ってまだわかるけど、見た目が蛇の骨だしなあ……


「よーし。展示スペースはこれで良いな。店を開けるぜ」


 構想から十日くらいは経っただろうか。試行錯誤を繰り返して、ようやく販売まで漕ぎ着けた。大学の卒論テーマを決める時くらい難航したよ。


 ……あれ、卒論のテーマってなんだったっけ?


 まあいいや。兎に角、新たな第一歩だ。この魔除けの蛇骨剣が売れるかどうかでベリアルザ武器商会の明日が決まる。

 ティシエラさんも言っていたけど、本来俺を雇う余裕はこの武器屋にはないからな……ルウェリアさんの為とはいえ、かなり無理しているのは間違いない。


「さあ開店だ!」


 店前に『新商品入りました』の看板を出し、扉にぶら下げたプレートも『準備中』から『営業中』に変えて、準備は完了。


「それではお父さん、宣伝活動に行ってきます!」


「おう! トモ頼むぜ、ルウェリアが変な男にジロジロ見られないかしっかり見張ってくれよ。近付いて来たら躊躇なく殴れ。こめかみだ、こめかみを狙え!」


 御主人の戯れは無視しつつ、護身用のこんぼうを持っていざ出陣。

 幾ら新商品が入ったとはいえ、その事が住民に伝わらないと売れる物も売れないからな。ビラ配りから始めないといけない。


 この世界の印刷技術は意外と進んでいて、プリンターなんて便利な物はないけど、鉄製の印刷機は存在していて、レバーを使ってプレスを行い紙に文字を印刷することが可能。日本みたいに平仮名、カタカナ、漢字、アルファベットといった複雑な文字文化はないから、印刷機の文字盤は至ってシンプルだ。

 印刷屋に委託して作って貰ったビラ300枚にかかった費用は500G。正直高すぎると思うんだけど、それはあくまで日本の相場と比較しての事だから文句を言える筈もない。

  

「ベリアルザ武器商会、新商品入りました! 世にも珍しい、上級魔法を防げる剣です! よろしくお願いします!」


 先日の市場調査で、剣を欲している人はある程度把握しているから、そこに集中してビラ配り。

 配るだけじゃなく、施設に一定期間貼らせて貰う為の交渉も行う。


「あのスキル、武器にも使えたんですね。わかりました、目立つ場所に貼っておきますね」


 幸い、マルガリータさんは俺のスキルを知っていた為話が簡単に通り、ギルマスからも快諾して貰えた為、掲示板を間借りさせて貰える事になった。

 ただ――――当然と言えば当然なんだけど、通りすがりの冒険者の反応はイマイチ。半信半疑というより、霊感商法や開運グッズの宣伝を見るような目で見られていた。


 コレットがいないか探してみたけど、どうやら彼女、毎日のようにフレンデリア嬢に連れ回されているらしい。随分と気に入られたもんだ。その内、泣きつく相手が俺じゃなくてあのお嬢様になるかもしれないな。

 ……なんだろうこの気持ち。ちょっぴり複雑。



 その後も貼ってくれる施設を探したものの、交渉は難航。

 結局、ビラは半分くらい余ってしまった。


「お客さん、来てくれているでしょうか」


 俺は正直予想していたから落胆はしなかったけど、ルウェリアさんは明らかに意気消沈って感じで、背中を丸めての帰宅となった。

 そして店の方も魔除けの蛇骨剣を買い求める客はゼロ。

 御主人は意にも介していなかったけど、ルウェリアさんの笑顔は少しぎこちなかった。


 翌日、ルウェリアさんは体調を崩し、休む事になった。

 昨日の疲れが響いたのかもしれない。

 その結果、客の入りは普段よりも大きく減った。


 俺はこの日も店の警備は行わず、ビラ配りと宣伝を一人で行った。

 昨日は笑顔で貰ってくれる人が多かったのに、ルウェリアさんがいない今日は素通りされてしまう。

 俺はまだまだ街から信用されていないと痛感せざるを得なかった。


 無駄に期待させて、結局何の成果も得られない。

 そんなバッドエンドが頭の中でみるみる膨らんでいく。


 でも不思議と、ネガティブ思考に囚われる事はなかった。

 まだまだ改善すべきところがあるし、やれる事も残っている。

 落ち込んでいる暇があったら、次の手を考えよう――――そんな、生前では考えられない自分がここにいる。


 俺は生まれ変わった。

 ようやくそれを実感した気がした。





 その翌日。


「ルウェリアさん、もう体調は良いんですか?」


「はい! 昨日はご迷惑をおかけしました。もう大丈夫です。キリキリ働きます! やるならやらねば!」


 幸い、ルウェリアさんは精神的にも立ち直っていた。身体は弱いかもしれないけど、心が強い。見習わないといけないな。


「よっしゃ! 今日もお客様に誠心誠意尽くすぞ!」


「おーっ!」


 流石に三日連続ルウェリアさん不在だとマズいって事で、今日はビラ配りはなし。

 正直、そろそろ手応えが欲しいところだけど――――


「あの、このビラを見て来たんですけど……」


 そんな想いが天に通じたのか、本日最初のお客さんは印刷したビラを片手にやって来た。

 そして、その人物に俺は見覚えがあった。


 こいつは――――


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