第043話 孫悟空式メソッド

「魔王討伐レースって、一体何?」


 あの……ティシエラさん? そんな人生に疲れたイシツブテみたいな顔で聞かれても困るんですけど。俺詳細とか全然知らないし。


「正確には魔王城侵攻レース……だったかな。魔王城まで誰が最初に辿り付けるか競争するってイベントらしい。それでコレットが1位になって、大衆から支持を得れば選挙に勝てるって寸法」


「それを冒険者ギルドは受理したの?」


「正式にはしてなかったけど、冒険者ギルドの中でお嬢様が思い付いた案だから、もうギルドには知れ渡ってるよ」


「そう。人格は変わっても、周囲を振り回すところは同じなのね」


 心底呆れたと言わんばかりに、ティシエラは片手で前髪の生え際を鷲掴みにしている。これまで常に余裕の姿勢を崩さなかった彼女にしては珍しい姿だ。


「ここ数年の間、魔王城に到達した冒険者は一人もいないって話だけど……魔王討伐ってそんなに捗ってないの?」


「そのようね。魔王討伐は冒険者ギルドの領分だから私も詳しい事は知らないけど、魔王城の近くに濃霧が発生して以来、そこを突破出来ていないみたい」


「霧の中に強いモンスターがいるとか?」


「いえ。その霧に囲まれて一定時間が経過すると死ぬのよ。私達は【冥府魔界の霧海】と呼んでいるわ」


 ……普通に死の霧とかで良くない? この名前、絶対この人が付けたよね。名称の前後に隅付きカッコつけてそう。

 

 にしても即死トラップとはエグいな魔王。幾ら魔王城周辺でも、ゲームならせいぜい幻覚見せるとか無限ループとか、それくらいで抑えてるのに。

 この世界の魔王ってもしかしてガチ勢なのか? ザコモンスターを序盤や中盤のボスに据えて、段階を踏んでこっちを成長させてくれる嘗めプ魔王とは一味違いそうだ。

 

 でも、その割に魔王軍の侵攻みたいな話は聞かないな。

 聖噴水があるからモンスターは街に入れない、ってのは知ってるけど、他の街が滅ぼされたとか、魔王超怖いとか、そんな会話は街中で聞いたためしがない。そもそも魔王討伐の話題自体がない。みんな普通に暮らしてる。


「こちらは聖噴水、向こうは冥府魔界の霧海。どちらも絶対的な防衛手段を確立させたから、拮抗状態が長らく続いているのよね」


「魔王軍は何か仕掛けて来たりはしないの? 全軍出撃して物量で聖水の効果をねじ伏せる、みたいな」


「向こうもそこまで勝負をかけるほど焦ってはいないのでしょうね。実際、ここ数年はモンスターに殺される数より乗合馬車に轢かれたり馬に蹴られたりして死ぬ人数の方が遥かに多いわ」


 何その馬車馬……ヤバくない? 前田慶次乗せてた奴が転生したの?


「冒険者ギルドも、どうにかして冥府魔界の霧海を攻略する為にヒーラーギルドと協力して大々的な派遣クエストを発注した事があったわ。蘇生魔法が使えるヒーラーを総動員して、誰かが死んだら最寄りのヒーラーが生き返らせ、ヒーラーが死んだら別のヒーラーが生き返らせ……って作戦ね」


 何その地獄絵図……と思ったけど、割とゲームで見かける光景だな。主にレイドボスバトルで。人の命がコピー紙より軽い、人間全員殺されようと地球が破壊されようとドラゴボで生き返らせるからでえじょうぶな孫悟空式メソッド。まさに色即是空の境地だ。


「で、作戦は成功しなかったと」


「ええ。蘇生魔法はかなり多くのMPを消費するから、どれだけ人数を増やしたところで長距離の侵攻は不可能よ。冒険者の数が増えれば増えるだけ、蘇生魔法の頻度も増える。少なければ、仮に魔王城に着いても簡単に全滅。ヒーラーばかりのバランス悪いパーティでも同じ。初めから勝算なんてない作戦だったのよ」


「魔王城の影だけでも見えれば上出来、くらいの感じだったのかな。大体の距離を掴むくらいの」


「そうかもしれないわね。いずれにしても影すら見えず撤退する事になって、作戦は失敗。直後の会議で冒険者が先に逃げた、ヒーラーが先に逃げたとチキンレースの敗者を擦り付け合う下らないやり取りを丸二日聞かされた日には、殺意が湧き過ぎて少しだけ世界征服に興味を持ったわ」


 でしょうね。でしょうね。

 例えばだよ、魔王討伐に成功した英雄があまりにも簡単に魔王倒し過ぎて『何これチュートリアル? マジつまんね。白けるわー』って仲間から罵倒されて、市民からは『あいつ魔王よりヤベーじゃん怖すぎ』って恐れられ、誰もがその英雄を大魔王と呼ぶようになった……とかだったらまだ同情も出来るよ。なんか例え話でも泣けてきた。超かわいそう。

 でも、魔王討伐に失敗した上にギスギス会議を二日連チャンでやって、ストレスで魔王が誕生しかけるとか……何か聞いてるだけで具合悪くなってくるレベルでキッツいわ。マッチポンプにすらなっていない。


 思い留まってくれて本当に良かった。ありがとうティシエラ、ナイスメンタル。俺、貴女が魔王になった世界で生きていく自信ないです。俺の就職先とか全部圧迫面接されそう。


 ともあれ、そんな事が過去にあったのなら冒険者ギルドとヒーラーギルドは特に仲悪そうだな。そりゃ魔王討伐も捗らないわ。DPSおよびタンクと回復役の連携が取れてないんじゃ、どんな世界も救えはしない。

 それに、魔王軍の侵攻がない状況が長らく続いて切迫感もないのなら尚更。道理で自警団もない訳だ。魔王城の近くの街なのに平和ボケし過ぎだろ……いや殺伐としてるよりは暮らしやすくて良いけどさ。


「こういう事情もあるから、フレンデリア様が魔王城侵攻レースとやらを提案したとなると、冒険者ギルドにとって厄介極まりないでしょうね。予定や現状の計画は全部台無しになるし、対策本部の設置も必須。最悪、私達にまで火の粉が飛びかねない事態になるわ」


「事情知らずに発案したっぽいし、普通に『死の霧でコレット死んじゃうから止めときましょう』って言えば取り下げてくれるんじゃないの?」


「冥府魔界の霧海よ。そんな陳腐な呼び方しないで。命名した身として看過出来ないわ」


 面倒臭いな。つーかやっぱその名前貴女が考えたんかい。


「人格が変わったとは言っても、あのフレンデリア様が一度口走った戯言を撤回するとは思えないわ。余計な摩擦を生むだけよ」


「そこまで頑なな人じゃなかったぞ? 最初はコレットを賄賂で当選させようとしてたのをやんわり諭したら、アッサリと取り下げたし」


「……」


 ティシエラの挙動が完全に停止した。瞬きすらしない。これは多分、最上級の驚愕なんだろう。いやもうだったら普通に驚いた顔してくれよ。


「そもそも貴女、ちょっと前に人格変わったお嬢様を任意同行してたでしょ。あの時の印象はどうだったのさ」


「ええ。貴方が言うように、以前の彼女とは別人のように素直だったわ。話は全く要領を得なかったけど」


「だったら――――」


「それが演技ではない保証など何処にもない。何を企んでいるのかはわからずとも、彼女が素直になるよりその方がずっと現実的だわ」


 どういう理屈だよ……そこまで疑心暗鬼になるレベルで以前のフレンデリア嬢は性格悪かったのか?

 マルガリータさんの話だと、傍若無人でワガママなテンプレ悪徳令嬢って感じだったけど、どうもそんな生易しいレベルじゃなさそうだ。


「いやでも、ティシエラも俺も今の彼女は素直だって判断してるんだから、客観性のある事実として受け入れた方が……」


「申し訳ないけど、到底受け入れられないわね。貴方と私がフレンデリア様に洗脳されているか、フレンデリア様に雇われた寄生虫に身体を乗っ取られている可能性の方が遥かに高いと判断するわ」


「前者は兎も角後者は無理があり過ぎるだろ! 寄生虫ってどうやって買収するんだよ!?」


「それくらいあり得ないと言いたいのよ」


 ……まだ知り合って間もないけど、このティシエラという人物が変人なのは既に把握済みだ。それでも、常識を弁えた範疇で敢えて逸脱しているってのが彼女のスタイル。まして伝説のパーティのソーサラーで現ギルマスの肩書き持ち。立派な社会人だ。

 そんなティシエラがここまで非常識な判断にならざるを得ないとは……おそるべし悪役令嬢。


「とは言え……確かに思考停止していても仕方がないのも事実ね。拒絶反応が酷すぎて心から死臭がするけど、ここは一旦貴方の言う事を信じるわ。そういう事なら、貴方には引き続きフレンデリア様の動向を監視して貰うとして……」


「ちょっちょっちょっ! ドサクサに紛れて何やらせようとしてんの!?」


「協力するって言ったじゃない。人格変化の原因や仕組みを知るには、彼女の監視は不可欠。でも私は正直あのお嬢様に関わりたくないの。関わったら負けかなと思ってるわ。お願いだからここは折れて頂戴」


 ……貴女の人格も少し変わってきてませんかね。話せば話すほど外見のイメージとかけ離れていくんだが。


「とは言っても、俺も仕事があるんで……コレットに話を聞くくらいしか出来ないけど」


「それで構わないわ。コレットが貴方にデレデレでただならぬ関係なのは調査済みだから、貴方に嘘の報告はしないでしょう」


「ちょっと人聞き悪いよ!? デレデレされてないし普通の友達だからね!?」


 俺の行動を完璧に把握していたティシエラの調査力でそんな認識をされていたのは何気にショック。別にコレットが嫌とかじゃないけど、事実に反する関係性を吹聴されたら堪ったもんじゃない。偏向報道にキレる芸能人の感情が今頃理解出来たわ。もう二度と必要ないエンパシーだけど。


「やってくれる?」


「……まあ、それくらいなら」


「そう。助かるわ」


 今度はさっきのような屈託ない笑顔じゃなく、少しだけ口元を弛ませた微笑み。畜生、わかってやがる。この美女ギルマス、緩急ってのをわかってやがる……! なんだこのキレキレのチェンジアップ。もしくはループシュート。微動だに出来ず見逃しだ。手も足も出ない。


 はぁ……また厄介ごとが一つ増えるのか。それでも生きた心地がする分、前世よりはずっとマシだけどさ。

 何にせよ、直接悪役令嬢と絡むのだけは避けないとな。転生者なのがバレたらシャレになんないし。


 っていうか……


「そこまで俺を信じて良いの? 素性も不明な記憶喪失の男なんて普通信じないでしょ?」


 まして、俺はまだこの街で何の信用も得ていない身。俺が言うのもなんだが、リスクがデカい気がするんだけど。


「言ったでしょう? 貴方の事は調べさせて貰ったって」


「いや、だから……」


「当然、ルウェリアや御主人からも話は聞いているわ。貴方が恩義の為に鬼魔人のこんぼうを寄贈したのも、それを怪盗メアロに狙われたと知って直ぐに駆けつけたのも。貴方は常に怪しさと表裏一体の行動を取っているわね」


 それを言われると何も言い返せない。実際、俺のして来た事の多くは紙一重だ。冒険者だった一日目で死んでいてもおかしくなかったし、メアロの関係者だと疑われても不思議じゃなかった。新天地で浮ついていたとはいえ、少し慎重さが足りなかったかもしれない。


「だから貴方を信用したのよ。トモ」


「……なんで?」


「本当に怪しい人間は、自分を安全圏に避難させたがるものよ。貴方の不器用さは信用に値するわ」


 褒められてる気が全然しないですね……

 成程。どうやら言葉とは裏腹に俺は全く信用されていないらしい。これ多分、俺の事も監視対象なんだろな。だからこうして関わりを持っている。監視対象に監視対象を監視させる事で両者の動向を手中に収め、問題行動にいち早く対処出来るようにする。どうせそんなとこだろう。


「少し似てるし……ね」


 ……?

 誰に似てるって?

 まさか自分とか言わないよな。似てませんよー? 俺貴女みたいな凄い肩書き一回も手にしてないから。真逆だよ真逆。


「ティシエラ、話終わった? お茶とお菓子持ってきたんだけど」


「ええ、大体終わったわ」


「はいはーい。それじゃお邪魔しまーっす」


 ……はい?

 なんか赤毛のギルド員らしき女性が、すんなり、あっさり、しれっと、部屋の中に入って来たんだけど……


「ちょっと待って! この部屋、封鎖されてたんじゃなかったの!?」


「私はそんな事、一言も言っていないわよ」


 ……確かに。


「いやでも相応の細工はしてるって……」


「ええ。大事なお客様の為に美しい模様を壁一面に書いておいたわ。細かい作業は得意なのよ」

 

 一体いつから――――模様が市販の壁紙だと錯覚していた?


 って、そっちの細工かよ!!

 手書き!? この部屋の壁の幾何学模様って手書きなの!? っていうか天井までビッシリ書かれてるんだけど!?


「ティシエラ、こういう模様好きだよねー。徹夜して書いてもケロッてしてたよね」


「当然よ。寧ろ心が洗われるわ。この応接室に入る度に生きている実感が湧くもの」


 何その写経みたいなノリ。俺にはもう呪いの紋様にしか見えない……



 結局その後、普通にお茶して帰った。



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