第042話 モブ落ち

 焦燥感が全身を駆け巡って、自律神経をガタガタ言わせ――――そんな心持ちで微笑のティシエラと向き合う。


「逃げようとは思わない事ね。この応接室は"とても大事な"お客様を迎える時にだけ使う専用の部屋よ。相応の細工はしてあるわ」


 ゲッ!! やっぱりこの壁紙や絨毯の独特過ぎる紋様風コーディネートには意味があったのか! 部屋の出入りを封じる術式的な!


 うーーーわちょっと待て! 監禁はマズいよぉ! ちょっとダメだ! 監禁は俺ダメだ! ホントこの気持ちのまんま監禁は無理だよ! 監禁するのか!? 本当に!?


「顔色が悪いわね。ヒーラーを呼んだ方が良いのかしら。でもソーラーギルドにヒーラーを呼ぶと毎回騒動になるのよね。そして被害者はいつもソーサラー。魔法による攻撃が建物や周囲の人々を巻き込むから使えないのを良いことに好き放題……度し難いわ」


 なんか俺と全然関係ないところでティシエラの機嫌がみるみる悪くなってるんですけど!? まともだと思ってたのに、この人もキレたら病むタイプなの!? そっち系の女子はコレットで間に合ってるからもういいんだって!


 これは本当にマズい。迂闊だった。誘い出された訳じゃなく、こっちからギルドに出向いたってのに、まさか罠にハマるなんて想像もしていなかった。


 もし彼女が本当に『ある日突然人格が激変した人物』を探しているのなら、転生が行われている事実を知っていて、尚且つ転生した人間を探している可能性がある。

 理由はわからない。わからないが……もし今それを指摘されてしまったら、完璧に素っ惚けられる自信は俺にはない!


 そして転生者である事が彼女にバレたら、口止め料代わりに受け取った転生特典を失いかねない。俺にとって心の拠り所でもある調整能力が奪われてしまったら……普通に働けばいいだけかもしれないけど、なんか一気にモブ落ちする感が否めない! だって他に取り柄ないもん俺! 

 

 どうする……どうする?

 いざとなったら、奥の手を使うか?


 これは今まで敢えて禁じ手にしてきたけど、俺の調整能力は人や武器を最適化するだけの力じゃない。

 無力化、或いはポンコツ化させる事も可能だ。


 例えば、ティシエラに触れて『抵抗値極振り!』と叫ぶ。すると彼女は途端に抵抗値(魔法防御)が突出し、他のパラメータは初期値、すなわちレベル1の水準にまで落ちる。当然、魔法の威力もガタ落ちするだろう。

 そうなれば、魔法を使えない俺にとって魔法防御が高かろうが全く脅威にはならず、十分に勝機が生まれるって寸法だ。


 相手に触れる事さえ出来れば一気に形勢逆転。

 そういう意味ではかなりチートだ。


 でも、仮にその方法でこの場を切り抜けたとしても、俺はたちまち危険人物として街の連中から目を付けられ、場合によっては暗殺されてしまいかねない。

 だからこの手は出来る限り使いたくない、というか使えない。

 このアインシュレイル城下町で生活していく以上、住民に脅威と思わせてはいけないんだ。


 そしてこの能力、壁や家具には流石に使えないらしい。

 その辺に落ちている石ころで試しても同じだった。

 石なんて武器に使われる事も多いのに、剣と一体何が違うのか……まだその全容は俺自身掴めていない。


 だから、壁の耐久性を最低値まで落として破壊し脱出するという手段は使えない。

 つまりは八方塞がりだ。


 畜生、一体どうすれば……


「貴方の事は調べさせて貰ったわ」


 ティシエラの追及の魔の手が忍び寄ってくる。

 俺が転生者かどうか、既に目星が付いているのか?

 でも、その事は一度も口外していないし、そう簡単にバレるとは……


「ルウェリアの武器屋の前に倒れていたそうだけど……一体何処から来たの?」


 ぐぅぅっ! そこを突かれるとキツい!

 懸念していた事がついに起こってしまった……!


 架空の故郷と架空の生育歴を適当に定めて、嘘で押し通すつもりでいたけど……まだその設定は作りきれていないし、そもそも本格的に調べられたら簡単に嘘だとバレる。

 そうなると誤魔化しようがなくなってしまう。


 これはもしかして……詰みかけてるんじゃないか?

 俺の異世界生活は、こんなところで終わるのか?


 まだ何一つ成し得ていないのに……


 俺はまた、生きた証を刻めないまま消えるのか――――


「不可解なのよ。行き倒れる前の貴方の目撃証言が一切ないの。この街に入って来た貴方を見た者が誰一人としていない。こんな怪しい話がある?」


 ……え?


 それは一体――――


「……どういう事だ?」


「こっちが聞いているのよ。武器屋から出て来た貴方を見た住民は大勢いるわ。でも、武器屋に来る前の貴方を誰も見ていない。郊外にあるお店でもないのに。貴方、テレポーテーションが使えるの?」


 使える訳ない。それどころか魔法なんて一切使えない筈。マギソートで自分のステータスは確認済みだ。


 だったら、この身体の元持ち主は一体、どうやってこの街に来たんだ?


「本当に、俺がこの街に入ったのを見た住民はいないのか?」


「……ええ」


 俺の反応が想定外だったのか、向こうも若干戸惑っているように見える。だとしたら、彼女は俺を転生者だと疑っていた訳じゃない……?


 なら、もう正直に話してしまった方が良さそうだ。ただし転生者という事実を除いて。


「信じて貰えないかもしれないけど……俺は武器屋の前で倒れる以前の記憶がない。トモっていうのも、とっさに思い付いた仮の名前だ。だから、目撃者がいない理由は俺にもわからない」


 嘘は言っていない。事実、この世界での記憶は俺にはない。あるのはあくまで生前の、別の世界での記憶だ。


「記憶がない? だったら何故、貴方は武器屋から出て直ぐ冒険者ギルドに向かったの? 冒険者としての記憶があったからではないの?」


 この世界に来てからの俺の行動は全て調査済み……って訳か。なら寧ろ都合が良い。本当の事を話せば納得して貰える筈だ。


「ギルドに向かったのは、自分が冒険者だったかどうかを調べる為だ。魔法は使えないし、身体はそこそこ鍛えられている。なら冒険者が一番可能性高いだろ? でも、生憎顔見知りはいなかったし、自分が何者なのかはわからなかった。だから次は俺を知っている人間がいないか酒場に行ってみたけど……結果は同じだった」


 動機は嘘だけど、行動そのものは本当だ。辻褄も合っている。問題はない――――


「でも貴方は冒険者の装備なんて一切所持していなかった筈よ。その後、宝石を売って装備品を購入しているわね。一体何処で宝石なんて手に入れたの? 仮に記憶喪失の寸前に貴方が何者かに襲われて装備品を奪われていたとしたら、宝石だって盗まれている筈よ」


 おのれ、厄介なところを突いてきおってからに……!


 ならば――――


「武器や防具は……多分最初から装備していなかったと思う。そもそも追いはぎにあったのなら、目撃証言がないのはどう考えてもおかしい」


「そうね。私も同意見よ」


「そして、だからこそ真っ先にギルドに向かった。装備品があれば、自分が冒険者だとほぼ確信出来る。そうじゃないから行ったんだ」


 ティシエラは沈黙したまま反論しない。なら、こっちが話を進めよう。


「宝石は……たまたまポケットの中に入ってた。入手手段は記憶にないから俺にもわからない。だから、一つだけ手元に残しておいた。何かの手がかりになるかもしれないから」


 証拠とばかりに、唯一売らずに取っておいた赤い宝石を荷物から取り出し、机の上に置く。万が一大金が必要になったらって持ち歩いていたのが奏功したな。


「これが、その時の宝石だという証拠は?」


「ビルバニッシュ鑑定所に持っていって、あのお婆さんに鑑定して貰えば良い。一度鑑定した宝石なら覚えているんじゃないのか? たかが数日前だし、俺の事も記憶に残ってるだろう」


 ……結構お年を召した方だったから、そうとは限らないけど。


「その必要はないわ。証言と一致するし、貴方の話には一応筋が通っているし。信じるわ」


 ようやく釈放。そしてここに来てやっと、これが取り調べだったと気付く。

 そうか、そういう事か。


「宝石を売った事が怪しまれてたんだな」 


「当然でしょう? 街の住人でもない、見た事のない人間が誰からの紹介もなくいきなり複数の宝石を持って来店してきたら、誰だって警戒するわ。鑑定士、かなり怯えていたわよ」


 ……言われてみれば、プルプル震えてたっけ。

 そうだ。ここは交易が盛んな街でもないし、人の行き来が多い場所でもない。魔王城に最も近い、最果ての街。ここまで辿り着く人間自体がそう多くない訳で、新顔はそれだけで目立つんだ。


「相談されて調べてみれば、素性は全くわからない謎の人物。しかもルウェリアの武器屋に雇われている……ですって? あのお店に人を雇う余裕なんてあると思う? 何らかの陰謀が蠢いているとしか思えないじゃない。私が今まで見てきた全ての人間の中で、貴方は誰よりも怪しい男よ。誇りなさい警備員さん。私も貴方を誇りに思うわ」


「そんな事を誇り誇られても……」


「そして、この時点で私は貴方を無条件で抹殺する計画を立てていたわ。棺桶も手配してあるからもう直ぐ届くけど、いる?」


「俺殺されかけてたの!? ……まあそれはそれとして、貰える物は貰っておきます」


「……貰うの?」


 呆れられてしまった。

 いや棺桶ってかなり高価だからね? 蘇生魔法があるこの世界、あって困る物じゃないし。


「っていうか、前に朝一でベリアルザ武器商会に来たのって、商業ギルドだけじゃなくて俺を見張る為でもあったんだな」


「単純にルウェリアと武器屋が心配だったのよ。御主人も、武器の事をちょっと褒められたら簡単に心を開くし……これまで何度水面下で騙されかけたか」


 どうやらティシエラは本当にあの武器屋の事が好きみたいだ。そんな武器屋に俺みたいな素性不明の男が突然就職したとなれば、そりゃ警戒もするわな。

 

「でも、貴方は怪しい行動は特にしないし、宝石が盗まれたという話も出てこない。それどころか怪盗メアロから武器屋を守ろうとした。それでも念には念を入れて監禁してみたけど……問題はないようね」


 そんな指差し確認みたいなノリで監禁される身にもなって欲しい。


 にしても……助かった。

 どうやら俺は無害な人間だと判定されたらしい。

 

「さっき貴方が言ったように、私はカインのように突然変わってしまった人間を調査しているの。貴方の場合は変わる前が不明だったけれど、突如出現した謎の不穏因子という意味では共通していたから、原因調査も兼ねて貴方の事を秘密裏に調べさせて貰ったわ。不快な思いをさせてしまってごめんなさい」


「俺の行動もちょっと軽率だったし、謝る必要はないよ。それより、その突然人格が変化した人って何人くらいいるの?」


「私の知る限りでは五名。一年以内に五名よ」


 五人か……その全員が転生者って事も考えられるな。

 だとしたら、なるべく関わらないようにしないと。転生って発想がある分、俺もそうだとバレ易いのは間違いない。


「ここまで話した以上、貴方には捜査に協力して貰うわ」


 ……へ?


「それにさっきの質問、まだ答えて貰ってないわね。フレンデリア様の件」


「いや、ちょっと話勝手に進めないで! 何で俺が協力しなきゃなんないの!? ギルマスなんだから部下使えば良くない!?」


「ソーサラーギルドの領分じゃないもの。私的に動いているのに、部下を使うなんて公私混同も甚だしいわ。そのような人使いの荒い上司、貴方ならどう思う?」


「……早く辞職しねぇかな」


「そう思われたくないから無関係の貴方をこき使うのよ」


 さも当然ですと言わんばかりに颯爽と言われても……


「勿論、相応の見返りは用意するつもりよ。貴方の職場を人知れず支援するなんてどうかしら」


「最初からそうするつもりだったって気しかしない……」


「どうかしらね」


 それさっきも聞いた!

 苦手だ……この人一番苦手なタイプだ。


 物事を論理的に捉えられるのに、いざとなったら力業で解決しようとするタイプ。

 強引に迫られると断れない小心者には相性最悪。つまり俺にとっては天敵だ。

 

「……フレンデリア様だったら、つい先日驚きの発言をしてたよ」


「それは了承と受け取っていいのね」


 力なく、カクンと頭を垂れてしまう。

 何しろ俺は今、この謎の部屋に監禁されている身。

 どの道断りようがないのだ。


「ありがとう。助かるわ」


 ……ここで屈託のない笑顔とか反則だろ!!


 男たらしだ。この人絶対男たらしだ。でもなんだろう、ビッチ感は全くない。寧ろ神聖寄りだ。つまり――――女王様タイプ。

 これ絶対深入りしちゃダメな女性だ。髄液まで搾り取られるぞ。


 そこまでわかってるのに……ああ畜生、笑顔可愛い! 超可愛い! 物凄く良い笑顔! ずっと見ていたい! 思う壺じゃん!


 はぁ……美女相手でもドキドキしない男ってこの世に存在するのかな。サウイフモノニワタシハナリタイ。


「それで、フレンデリア様が何を言ったの?」


「なんか魔王討伐レースを開催して、コレットを冒険者ギルドのギルマスにするっつってたな」


「……」


 先程まで宝石のような笑顔を見せていたティシエラが、あっという間に花崗岩みたいな真顔に戻った瞬間だった。


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