第041話 大人の中二病

 俺が訪れたこのギルドは、ソーサラーギルドのアインシュレイル城下町本部。つまり、この街に幾つかあるソーサラーギルドの中心となる施設だ。恐らくここにギルマスのティシエラもいると思われる。


 前にティシエラが言っていたけど、ソーサラーギルドはソーサラーの魔王討伐後のセカンドキャリアを支援する為に設立されたという。つまり、それだけ潰しの効かない職業。だとしたら、ソーサラーの居場所は必然的に冒険者ギルドかこのソーサラーギルドの二択になる。あのユーフゥルって奴の事をコレットは知らなかったから、後者の可能性が高そうだ。


 魔法を使ったからソーサラーと確定するのは短絡的かもしれないが、取り敢えず問い合わせてみる価値は十分にあるだろう。


「ユーフゥル……ですか。少々お待ち下さい。名簿を確認致します」


 受付の女性は恐らく、ギルドに所属している人間全員の名前を記憶しているんだろう。明らかに『そんな奴確かいなかったけどな』って顔だった。それでもこうして確認してくれるのはありがたい。教育も担うギルドだけあって、受付の教育も行き届いているって訳か。


 いやね、偶にいるんだよ。謎の門前払いする奴。前世の警備員時代にも何度か体験した。


 機械警備している施設の警報システムが作動して警報を発したら、警備会社に待機してる警備員は施設の管理者に鍵を開けて貰うよう連絡しなくちゃならない。そうしないと中を確認出来ないからね。勿論事前にそれは伝えてある。深夜だろうとちゃんと鍵を開けて貰うように手筈は整ってる。


 なのに……なぁ~にが『こんな夜中に非常識じゃないのかね』だボケ! こんな夜中に警報が鳴ったからこちとら仮眠中だってのに叩き起こされてテメーらの職場が無事かどうか車走らせて見に行くんだろーがドアホ!


 しかもその後にスマホの電源切りやがったからなあいつ……マジあの時は発狂しかけた。他の関係者の連絡先は知らないし、公式ホームページとかない施設だったし。


 結局、その施設が関わっていた事業のプレスリリースから代表者の名前を調べて、その人がやってる別の会社の公式ホームページの会社概要に『代表電話番号』って欄があったから一か八かそこに連絡してみたら奇跡的に夜勤の人が電話に出てくれて、その人から施設の別の人に連絡して貰って、その人から管理者に連絡して貰って、ようやく鍵を開けられたんだよな……なんだよこの深夜の数珠つなぎ。


 あの時はマジで修羅場だったわ。人生で一番焦ったかも知れない。で、結局警報システムが鳴った原因は超デカい蜘蛛がセンサーに引っかかっただけってオチだった。『どうせそんな事だろうと思ったよHAHAHA!』……じゃねーよ呪い殺すぞ! テメーが素直に鍵開けてれば一時間で終わった話なんだよ阿部!


「あ、あの……」


 あ……しまった。つい当時の事を思い出して顔面が酷い事になってしまった。これじゃただの危険人物だ。


「申し訳ありません。今のは待っている間に顔の体操していただけなんでお気になさらず。それで……」


「はい。ユーフゥルという人物は、ソーサラーギルド所属ではないようです。ただ、他の支部に最近入った方でしたら、まだ名簿に名前が載っていない事も考えられます」


 その可能性は低そうだ。あれだけ強力な魔法を使えるソーサラーがつい最近ギルドに入ったとは思えない。少年少女って感じでもなかったしな。


 どうやらアテが外れたらしい。仕方ない、ティシエラに挨拶して帰るか。


「ありがとうございました。あの、代表のティシエラ……さんに一言挨拶をしたいんですが、今いらっしゃいますか?」


「……」


 あれ、なんか警戒された。それもそうか。ちょっと脈絡がなかったもんな。短絡的だった。


「大変失礼ですが、ティシエラとはどのようなご関係でしょうか?」


「つい先日知り合ったばかりで。申し遅れました、わたくしベリアルザ武器商会に勤めているトモと言います。あの、お忙しいようでしたら出直しますので」


「いえ、トモ様でいらっしゃいますね。只今確認致しますので、今暫くお待ち下さい」

 

 今度はティシエラに確認しに行ったみたいだ。何度もバタバタさせてしまって申し訳ない気持ちになる。無理に挨拶する必要なかったかな……


 ――――と、もう戻って来た。


「こちらへどうぞ。応接室でお待ち下さい」


「え? いや、一言挨拶するだけのつもりで……」


「ティシエラも直ぐに伺いますので」


 強引に案内されてしまった。なんか大事になっちまったな……あんまり堅苦しいの得意じゃないんだけど。


 そして、通された応接室は――――


「どうぞおかけしてお待ち下さい」


 パステルカラーの幾何学模様の壁紙に囲まれた、明らかにヤバい部屋だった。


 ……何これ、洗脳部屋?


 一目では何角形かもわからない複雑ゥな模様がシームレスで天井にまで広がっている。床は絨毯だけど、この絨毯もまた凄い。何らかの回路みたいな入り組んだ線が無数に入っている。


 テーブルはまだマシで、良くある格子柄の……うわ、よく見たら脚の形状がヤバい。なんで螺旋なんだよ。なんか床にドリルで穴空けて固定してるみたいになってんじゃん。何これボーリング調査?


 そして最も目を背けたかったソファ。自分が座るから余計にキツい。


 ……まさかの花柄! 大小様々なサイズの花が赤、青、紫、黄と色とりどりに咲き誇っている。いやいやいや……応接室のソファだよ? どういうセンス? TPOバグってんじゃん。

 

 これ、全部ティシエラの趣味って訳じゃないよな? きっと新進気鋭のデザイナーに丸投げしたんだよな……?


 でも偶にあるんだよね……尖った社風を見せつけたいのか、露骨に奇抜なオブジェや絵画を応接室に置いてる会社。しかも統一性なく。社長の思いつきとしか思えないやつ。


 いやでも、そんな自分の経験だけで決め付けるのは短絡的過ぎるよな。それはもう、感動した映画はと聞かれて『君の名は。』と答えるくらいのベタベタな短絡さだ。っていうか短絡に短絡を重ねまくってるな今日の俺。これで三度目だよ。短短短絡だ。むしろゼロからまた異世界生活を始めたくなってきた。ここが異世界か、興奮してきたな。


 でもね、そんな事言ったってしょうがないじゃないか。アカペラで『二人の間通り過ぎた風は~』って聴こえて来たら、それがモノマネの人だろうと素人のカラオケだろうと無条件でジワって来ちゃうんだもん。もう自分の中で真理になっちゃってるんだよ。


 それと同じで、短絡だろうが直感的にそう思ったって事は、俺の中でもう既に『ティシエラ=ちょっと変わった人』の構図が成り立っている証拠。実際、あの親子の武器屋の常連って時点で相当個性的な感性だし……でも、そう考えたらこの部屋の模様はまだ大人しい方かもしれない。いやでも洗脳系だからどっちにしてもヤバいか……?


「待たせたわね」


 そんな事考えている間に御本人登場。武器屋に来た時より派手な服を着ている。ゴシック系なのは同じだけど。


 この世界のフォーマルはどっちなんだろう。日本だとフォーマルは地味系が基本なのに対し、中世ヨーロッパだと派手派手。多分後者寄りの気がするんだけど……


「ユーフゥルという人物を訪ねて来たって話だけど」


「あ、はい。そういう名前の魔法を使う奴に絡まれまして、素性を調べたくて」


「ここには私しかいないから、友人と喋るように話してくれて構わないわ。ギルド員がいる時だけ遠慮して貰えれば」


 ……だったら気安いわねとか冗談でも言わないでよ。ああいうのすっごいグサってくるガガンボメンタルなんだから俺。


「いや、そんな面倒臭い切り替えしたくないんでこのままでいいです」


「面倒臭くても切り替えてくれると嬉しいわ」


「強引だな……別に良いけどさ」


 どうせ名前と同じ理由で、『敵と同じように生意気な話し方をしてくれた方が親しくない感が出て良い』って謎理論なんだろう。理解している時点で謎でもないけど。 


「それは兎も角、貴方の探しているその名前の人物、何処で見かけたの?」


「郊外の泉。聖噴水と同じ成分の水の」


「メルエレシムトロイルーナの泉ね。ありがとう」


 名前長っ。でも声にしてツッコむほどではないという微妙さ……いや観光名所とかになりそうな泉なんだから、もっと覚えやすい名前にすればいいのに。なんだよメルエレシムトロイルーナって……あれ一発で覚えてるよ俺。何これ何これ。語呂の問題?


 いかん、思考が脱線してきた。時を戻そう。


「もしかして知り合い? ギルド所属じゃないって話だけど」


「……そうね。本来は秘密事項だけど、情報提供に感謝して要点だけ答えるわ」


 随分と勿体振るな。何かあるのか……?


「結論から言えば、ユーフゥルはかつてこのギルドに所属していたのよ。ただし別名で」


「……偽名? どっちが?」


「さあ。両方かもしれないわね。素性については私も知らないし。と言うより、わからなくなった……の方が正しいわね」


 元々知っていた素性がデタラメと判明した、って事か?


「今はユーフゥルと名乗っているけど、当時の名前はカイン。陽気で雄弁な青年だったわ」


「……え?」


 陽気? 雄弁? 知らない人ですね。まるで真逆の人物像だ。


 しかも男と断定されているし、こっちが持っている情報とは全て違う。別人としか思えない。


「呼び慣れているカインの方で呼ばせて頂戴。カインはギルドの中でも優秀なソーサラーだったわ。でもある日、突然――――別人のようになってしまった。陰気で寡黙、何を考えているのかわからない……女性に」


「……女性?」


「正確には、そう自称するようになった、と言うべきでしょうね。身体的な変化は何もないのだから」


 えー……つまり何か?


 そのカインという好青年のソーサラーは、ある日を境に性格どころか性別まで反転したと? ンなバカな。


「記憶の混乱も見られたし、病院で診て貰うように言ったんだけど……結局あの子はギルドを辞めてしまったわ。風の噂でユーフゥルと名乗っているとは聞いていたけど……一体その泉で何をしていたのかしら」


「ルウェリアさんを見張っていたみたいだけど。ルウェリア親衛隊の一員みたいだし」


「……」


 表情は変わっていないけど、今のティシエラは多分驚いている……ような気がする。なんとなく。そういう間だった。


「……厄介な事になったわね」


「そうなの? 事情は良くわからないけど」


「色々あるのよ。もし貴方が私の為に命を投げ出す覚悟があるなら教えてあげるけど」


「結構です」


 興味がない訳じゃないけど、今のは実質話す気はないって事だしな。それくらいはわかる。


 それより――――


「でも、知り合いだったのなら話は早い。出来ればソーサラーギルド総出でルウェリア親衛隊を殲滅して欲しいんだけど。ユーフゥルの身柄を確保するって名目とかで出来ない?」


「突然穏やかでないわね。噂で変態の巣窟とは聞いているけど、殲滅戦は出来ないわ。変態という理由だけで壊滅させていたらキリがないもの」


 この街、どれだけ変態がいるんだよ……


「貴重な情報をありがとう。このお礼はさせて貰うわ」


 こっちも相応の情報を貰っているから、そんな必要はないんだけど……貰えるものは貰っておくか。その代わり、これ以上この件については話さないって事なんだろうけど。おおう、なんか『沈黙の交渉』って感じだな。悪くないね。なんか大人の中二病って感じだよね。言葉としては支離滅裂もいいところだけど。


 どうやらティシエラはユーフゥルを追っているらしい。そして、ユーフゥルについてギルド内で情報を共有していない。彼女個人の事情なのか、別の理由があるのか。


 何にしても――――コレットの裸を見た奴が男なのか女なのか問題は、結局ハッキリしないままだ。これモヤモヤするだろなあ……俺には関係ない話だけど。


 ただ、その人格変化は正直気になる。幾らなんでも唐突に変わり過ぎだ。それこそ『人が変わったみたい』じゃなく、実際に変わったのだとしたら――――転生の可能性も否定出来ない。


 とはいえ、ただでさえフレンデリア嬢もその線が濃厚なのに、三人となるといよいよ異常だよな。転生者同士が引かれ合って一つの街に密集してるとか、それどんな杜王町だよ。


 もしそうなら、ユーフゥルに転生したのは元女性って事になるけど、ちょっと腑に落ちないところもある。女性が男性に転生したとして、周囲に女性だと言うだろうか。転生じゃないけど、瀧くんin三葉だってその辺は慎重だったような……


「話は変わるけど、フレンデリア様についてコレットが何か言っていなかったかしら。随分親しくなっているみたいだけど」


 何そのピンポイントな話題転換。この世界の魔法使いって超能力も使えるの?


 あ。そういえば彼女、初対面時にフレンデリア嬢を連行していたっけ。


 待てよ。


 まさか……


「急に人が変わった人物を調べているのか……?」


 冷や汗が滲むような感覚。実際に汗腺が潤っている訳じゃないけど、それくらい動揺している自分を自覚した。


 ティシエラは……この女性は……


「どうかしらね」


 その薄い微笑みの裏に、一体何を隠しているんだ……?


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