第076話 強制賢者タイム

 ティシエラのギルマス初日の仕事は、ソーサラーギルドの破壊だったらしい。

 とはいえ、自らが所属するギルドに対してそんな無茶な事は……


「いやーあの時は本当スゴかったよ。グランドパーティの一員がギルドマスターになるってんで、良くも悪くも注目されてたんだけどー、就任初日にいきなりだよ? 魔法専のトップをはじめ差別発言が多かったギルド員全員に解雇通告を叩き付けたんだよねー。その日の修羅場ったらなかったよ」


 想像以上に無茶だった! なんというクラッシャー!

 そりゃ大騒動にもなるでしょ……あんな涼しい顔して随分強引なんだな、ティシエラさん。なんかもう気さくに呼び捨て出来ないでしょこんなん。


 例えるなら、ガンが転移して全身に悪性腫瘍がある状態の患者に対し、たった一日で体中にメス入れて全ての腫瘍を切除するようなもの。それがどれだけ危険かは想像に難くない。というか普通は死ぬ。ゴッドブローより死ぬ。


「それで、その後どうなったの?」


「ふっふーん♪ 聞きたい? 答えはですねー、魔法専と教育専の垣根がなくなってギルドが一つになった!」


 いやいやいやいや……そんなバカな。絶対にあり得ない。


 それだけ多くのギルド員を一斉に解雇すれば弱体化は免れない。まして魔法専とやらのトップを追い出してる訳だから、ギルド内でもかなり有名な人物を失ったと思われる。


 その結果待っているのは、魔法専の深刻なモチベーション低下、そして大混乱。対外的にもエース級のギルド員が何人も辞めた時点で信頼を大きく失うし、当然『あそこはもう終わった』と思われる。問題の一つを根絶したからといって、その後順調に行くとは到底思えない。


「その翌日ね、ティシエラは魔法専向けのお仕事と教育専向けのお仕事、どっちも平等に、しかも大量に取ってきたんだ。グランドパーティ時代の人脈をフル活用してね」


「な……」


 絶句。いやマジで。なんという力業……


 周囲に雑草が生い茂っていた廃屋を、大鉈を振るって一日で平地にし、その翌日に重機を入れて温泉と徳川埋蔵金を同時に発掘したようなものだ。自分でも何言ってるかよくわかんないけど、他に形容しようがない。


「当たり前だけど、仕事に関しては全部事前に水面下で交渉済み。でも重要なのはそこじゃなくてね、そのお仕事の中にはティシエラを前からバカにしてた連中や、ティシエラが忌み嫌ってた人達から取って来たものも沢山含まれてた事。ティシエラはその全員に頭を下げて、罵詈雑言を浴びて、イヤらしい目で見られて、一切妥協しない適正報酬の仕事をもぎ取ってきたんだよ。このギルドにいれば絶対に仕事には困らない。新しいギルドマスターはギルドの為に身を削れる人だって、思って貰えるように」


 ずっと軽妙だったイリスの声が、次第に熱を帯びる。恐らくその時のティシエラを一番近くでサポートしていたのが彼女。きっと壮絶な覚悟を見せつけられたんだろう。


 それは有名人だからこそ出来る手段だけど、有名人だからこそ受ける屈辱も人一倍だったに違いない。ネット上で芸能人などの目立つ人々が執拗に叩かれるように。イリスは罵詈雑言とかイヤらしい目なんてサラッと言ってたけど、とてもそんな程度のものじゃなかっただろう。


 ティシエラはそれでも、その戦略を選択した。最短でギルドを結束させる為、まずは自分を犠牲にしてみせた。そして同時に、ギルマスとしての能力と覚悟、方針を全部見せた。



 身内同士で争ってる暇があったら仕事しろ。その仕事は幾らでも用意してやるから。



 その強烈なメッセージに心を打たれなかった奴は、誰一人いなかっただろう。そしてそれを粋に感じた連中が仕事をして、仕事をしまくって、仕事をこなしにこなして、今のソーサラーギルドがある。仕事が多い職場には、自然と良い人材が集まるし、育つ。


「ティシエラの名誉の為に言っておくけど、枕営業は一切してないからね? 勝手にその気になって契約結んだエロオヤジに、後日プライマルノヴァで強制賢者タイムにしたとかはあるけど」


 あの魔法って感情だけじゃなく性欲もリセット出来るのか……つーか強制賢者タイムって何気にエグいな! やっぱ洗脳レベルじゃねーか!


「ま、要するに……私の知ってるギルドマスターって、それくらいの事が出来る人なんだよね。キミに出来るかな?」


 イリスの顔が小悪魔っぽく微笑む。中々手厳しい事を言ってくれる。


 勿論、同じ事をやれと言われて出来る人脈も能力も胆力も俺にはない。


 でも――――


「すぐ肩を並べるのは到底無理だけど、今の話は参考になったよ。お陰で次にやるべき事が見えてきた」


「なら良かったよー。私も手伝える事があったら……」


「勿論、主力として働いて貰うよ。寧ろイリスが主役まである」


「……あれー? なんかイヤーな予感がするなー……私、もしかしてエロオヤジの標的にされるような事されちゃう?」


 勘の良いガキは嫌いだけど、勘の良い綺麗なお姉さんは嫌いじゃないです。


 ここは日本のビジネスを参考に宣伝方法を考えるとしよう。偶には生前の世界の知識を参考にしないと、異世界にいる実感湧かないからね。





 そんな訳で、翌日――――


「現在、アインシュレイル城下町ギルドはギルド員の事前登録を受付中でーす! ギルド員になってくれた人はソーサラーギルド所属の人気者、イリスチュアと二人きりでトーク出来ます! 事前登録者数が10名、20名と増えれば更なる特典も付く予定でーす!」


 混ぜたら危険な商法を敢えて混ぜてみました。幸い、異世界では前例のない宣伝だったらしく、効果は抜群。イリスに釣られた元冒険者の男達を中心に、午前中だけで8名の登録者が集まった。


 事前登録なのは、まだ仕事を取れていない現状では営業開始って訳にはいかないからだ。とはいえ、いつ始められるかはまだ決まっていない。見切り発車といえばそれまでだけど、そうしなくちゃいけない理由もある。


 幾らイリスがいても、ギルド員のいない現状のままじゃ仕事を発注する側だって全面的に信用は出来ないだろう。エロオヤジとはいっても金持ちは金持ち。ビジネスにはシビアな目を持っている筈。実際にどんな人間が仕事に当たるのかを確認して、ようやく本格的に検討するに違いない。つまり、営業より先に人材確保をしなきゃいけなかった訳だ。


 遠回りだった気もするけど、この商法に打って出る事が出来たのは、イリスの名前が多くの人を惹き付けるのを営業で実感出来たからこそ。そういう意味では、偶然ではあるけど順番は間違っていなかった。一番の近道は遠回りだった。遠回りこそが俺の最短の道だった。


 間違っていたのは……


「あのさー、私達をどんどん利用しちゃってとは言ったけど……お触りは禁止とも言ったよね? 登録した人が20名越えたら握手する事になってるんだけど、これどういう事かなー?」


 イリスが思いの外、身持ちが堅かった事。


 今日の本業は午前中だけだったらしく、昼から出勤してくれた。そして笑顔でキレていた。


「あー、それはホラ、俺の接触がダメなのかなと」


「別にマスターが生理的にダメとかじゃなくて、接触全般が嫌なの! 握手ダメ! 絶対!」


「わ、わかりました! ソシャデ厳守ですね。追加特典の内容はまだ公表してないから、変更はすぐ出来るんで」


 まあ八割方そうじゃないかなーとは思ってたから、敢えて伏せてはいたんだ。公表しなくて正解だったな……危うくセクハラ詐欺師になるところだった。セクハラ詐欺師ってヤバいよな。この世の小悪党を凝縮した史上最悪の生ゴミ野郎って感じだ。


「……やっぱ私って、軽い感じに見える?」


 自己嫌悪に浸っていると、イリスの顔が俺以上に沈んでいた。


「ティシエラと違って、私ってば簡単にヤレそうとか思われてるっぽいんだよねー……」


「いや全然そんなんじゃないですから! 本当に申し訳ありませんでした!」


 軽薄なのは安易に接触商法をさせようとした俺の思考なのです。感覚が麻痺してたというか、あっちの世界に染まり過ぎていたというか……


「肌の露出は抑えてるつもりなんだけど、やっぱりもっと地味な色にした方が良いのかな」


「いやいや! 超絶似合ってるから!」


 これ以上俺の罪悪感を刺激しないで! コレットの時もそうだったけど、人を傷付けた時の対処方がド下手なんだから俺!


「……そ、そう? ホントに?」


「その鮮やかな髪に地味な色合いの服は合わないって。派手な方が絶対合うよ。全体のバランスがおかしな事になっちゃうし」


 必死で取り繕うとした結果、何故かファッションチェックみたいな事を言ってしまった。ファッションセンスなんて皆無だというのに……


「なんつーかさ、男は綺麗な人に気さくに話しかけられると、それだけでイケるって思っちゃう単純な生き物なんだよ。軽いとかじゃなくて、アホな男が多いだけというか……俺もその一員なんだけど、要するにイリスは全然悪くないから」


「……」


 え? なんで無言?

 必死にフォローしたつもりだったけど、もしかしてドン引きされてる?


「あ、ゴメン。なんかいきなり綺麗な人とか言われてビックリしちゃって」


 いやいや……言われ慣れてるでしょ、どう考えても。イヤミか貴様ッッ! 営業の時も『彼女綺麗だよね』って散々言われたわ!


「そっかー。私ってばマスターの好みドストライクだったんだねー。やー参ったね。罪な女だなー私」


 いえ、客観的に見て美人ってだけの話で、好みとなるとまたちょっと違うんだけど……なんとなく機嫌直った気もするし、余計な事は言わないでおくか。そろそろ午後の受付も始まるし……


 お、早速新たな登録者がやって来たっぽい。幸先良いね。


 ……ん?


 なんか被り物被ってる?


「……」


 カウンターの前まで近付いて来る少し前に、その異様な姿には気が付いた。


 山羊の悪魔。ってか、これバフォメットマスクじゃん! ルウェリアさんが持ってたやつだ。


 でも、被っているのは明らかにルウェリアさんじゃない。彼女はもっと小柄だし、全体的にぽわぽわした雰囲気だ。それに対し、山羊の悪魔の被り物を被っているこの怪しい人物は、明らかに剣呑とした空気を漂わせている。腰に剣を下げているし、剣士なのは間違いなさそうだ。素顔を晒したくないんだろうか……?


「えっと……ギルド登録希望でしょうか?」


「マスター、顔引きつってるってば。笑顔笑顔」


 イリスがそう耳打ちしてくれたけど、正直今無理に笑顔になっても究極の作り笑いを生成してしまいそうで逆効果だと思う。ここはもう真顔で対応するしかない。


 ……だって山羊の悪魔の被り物を被っている人と自然な笑顔で話せる自信ないもの! ある奴がいるなら是非代わってくれ。


「マスターほら頑張ってっ。諦めないでっ」


「いや、そうは言っても……」





 ギリッ……





 ん? 何の音だ?


 なんか固い物を擦り合わせたような、恐怖心を煽る不穏な音が聞こえたような……


「……」


 集中力を欠いた俺の現状を見透かすように、バフォメットさんは登録用の書類を指でトントン叩き、意思表示してきた。早くしろと。


「と、登録ですね。承りました。こちらに必要事項をご記入頂けますか?」


「……」


 無言で頷き、バフォメットさんはスラスラと羽根ペンを走らせていく。意外にも視界は問題ないらしい。


 名前は……エスカ。女性名っぽいな。身体付きも鍛えられているとはいえ、女性特有の線の細さを感じさせるし、恐らく女性で間違いないだろう。黒ずくめなのはマスクに合わせてだろうか。


「ありがとうございます。これで登録は完了です。営業開始日が決まりましたらギルドの扉に張り紙をして告知しますので、こまめにチェックしておいて下さい」


 再び無言のまま頷いたエスカという名のバフォメットさんは、暫く俺とイリスを交互に眺め、何か訴えたい事がありそうな間を取ったものの、特に何をするでもなく出て行った。


 ……世の中、色んな人がいるよな。


「な、なんか私、睨まれてた気がするんだけど……おっかしーなー、山羊にも悪魔にも恨み買った記憶ないけどなー」


「イリスが綺麗だから嫉妬したんじゃないの」


「えぇー? 何何ー? さっきからマスター、私の事口説いてる? 残念でしたー! そんな見え透いたお世辞じゃ私のハートはピクっとしか動かないからねー?」


 ピクっとは動くのかよ。いやこっちとしては嫌な思いさせた分を今日中に挽回したい一心で、苦手な社交辞令を頑張っただけなんだけどね。


 ま、心にもない事を言ってる訳でもないけど――――





 ギリギリギリギリ……





 !?




 一瞬、背筋が凍るような感覚が走った。その直後、今度は全身が痺れるような悪寒に襲われる。うわっ、心臓がヤバっ! 動悸が収まらない!


 おかしいな……今の俺は殺されるって危機感を持てない致命的欠陥を抱えてる筈なんだけど、今のは確実に殺気を感じた。ガチで殺されると思ったもん。


 慣れない事をし過ぎて、感情回路が誤作動を起こしてるのかもしれない。気分転換しよう。


 窓から身を乗り出せば、景観はともかく風が当たって気持ちが落ち付く――――



「……」


「……」



 うわああああああああああ山羊と目が合ったあああああああああああああああ!!!!


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