第075話 いともたやすく行われるえげつない行為
元々、コミュニケーションや人付き合いに苦手意識はなかった。他人に積極的に話しかける事こそなかったけど、高校を卒業するまで友達の数が5人を割る事はなかったし、高校時代にはイジられ役に過ぎないとはいえ女子と雑談する日常すらあった。
輪の中に入ってそれらしく振る舞う事に何の抵抗もなかったし、そつなく会話をこなしている自負はあった。その為の下準備――――話題性のあるネタの収集やシミュレーションにも余念がなかった。高校までの俺は、良くも悪くも小器用だった。
だから、中学生の時に委員長に抜擢されたのも、そういうところを買われて……いや、そういうところを突かれての事だったと思う。こいつなら普通に会話出来るから良いや、くらいの印象を俺に持っていた人が多かったんだろう。成績もそれなりに良かったし、なんとなく委員長という型にハマっているような錯覚を抱かれていたような気がする。今振り返ると。
結果的に、その時の委員長が生前で唯一経験した『集団を代表する役職』となった。勿論、中学生の委員長なんて特段誇れるようなものでもない。でも、当時の俺はそれなりの得意げというか、特権意識に近い痛さ全開の好感触を得ていたように思える。自分の号令でクラス全員が頭を下げて挨拶する光景には、ちょっとした感動を覚えたりもした。
その時の経験が、この異世界で――――
「あ、マスターおっはろー♪ 今日も元気にお仕事頑張ろーね!」
活かせる気が一切しない。
唯一の従業員であるイリスは本来ソーサラーギルドの所属だから、向こうのギルドで受けた本職が終わった後でウチのギルドに足を運ぶ。朝っぽくもあり昼っぽくもある挨拶をしていたけど、今はもう夕暮れだ。
派遣ではあるけど、ギルドの格は向こうが断然上。一応立場上ではギルマスである俺の方が上なんだけど、とてもそんな気がしない。彼女はRPGやSLGで言うところの『現パーティの平均レベルより遥かに上の強さのゲストキャラ』って感じだ。パーティ内で経験値などの戦果を共有出来るRPGならともかく、SLGだと経験値を与えちゃダメなジェイガンポジションだな。こんな美人さん捕まえて老兵で例えるのは抵抗あるけど……
「で、取引先との交渉はどうだったー? 上手くいった?」
「はい、お陰様で……」
今日の日中は、先日声をかけたものの全く相手にされなかった権門勢家の皆様方にもう一度交渉を持ちかけに行く営業で忙殺された。イリスが手伝ってくれている事を伝える為だ。
結論から言うと、見事に態度が急変しましたね。流石に即契約って訳にはいかなかったけど、検討したいという返事を半数の有力者から頂いたし、少なくとも門前払いを食らう事はなくなった。それだけ五大ギルドの影響力は絶大なんだろう。
でも、どうもそれだけじゃない。
「その割には浮かない顔だねえ。何があったかお姉さんに話してごらん?」
先輩だのお姉さんだの言っているけど、イリスさんの見た目はどう考えても20歳前後でこの肉体と同世代。つまり俺にとっては確実に年下だ。年下にお姉さんぶられるとか、どんなご褒美だよ。甘んじて受けるに決まってるだろ。
「あと話し方堅くない? 私にもティシエラに話す感じで話してよー。私は普通に丁寧語使う間柄の方が距離遠く感じるタイプだし? 大体、ギルドマスターが従業員に畏まるとかおかしくない?」
「それもそうか。それじゃイリス、あらためてお疲れ様。仕事終わったばっかりで駆けつけて貰って悪いね」
「あはは! 急にマスターっぽくなったね! いー感じいー感じ♪」
イリスはティシエラとは対照的に良く笑う。あと服装も装飾品も派手。特にアクセサリー類は、薄緑の宝石が眩しいネックレスや銀色のイヤリングなど、色んな所に付けている。赤毛という事もあって全体を華やかにする方がバランスが良いんだろう。容姿も派手なタイプの美人さんだし。
「で、さっきはなんで暗くなってたの?」
「なんというか、ソーサラーギルドの巨大さとイリスの顔の広さを思い知らされて、今後扱いに困るなあと思って」
そう。今日交渉した面々の反応を見るに、単にソーサラーギルドとの関わりがあるから無碍に出来ないって感じじゃなかった。男性連中は総じて、イリスの名前が出た途端に態度を軟化させていたし、中には露骨に目尻を下げる中年もいた。
『魔王に届け』で解説やってた時もそんな雰囲気はあったけど、どうやら彼女はこの街の人気者らしい。まさに今ウチのギルドが最も欲していた人材。単発ガチャでSSRを引き当てた気分だ。尚そんな経験はない。ある奴がいたら運営との癒着を疑う。いやマジで。
「そんなの気にしなくて良いって! ティシエラは監視の為に私を派遣してるんだから、トモっぴも私達をどんどん利用しちゃってしちゃって!」
「その申し出は嬉しいけど、トモっぴって何」
「あれ? ハマんなかった? なんかマスターって呼ばれるの嫌なタイプかなって思って」
別に嫌ではないですよ。感情のない戦闘用アンドロイドとかが使いそうな呼び名だとは思うけど、全然嫌じゃないですね。
「とにかく、私に遠慮は一切無用! あ、でもお触りはなしの方向でお願いね」
「そんなのしたら、俺一瞬で消し炭にされるんだけど」
「私そこまで強くないってば。せいぜい黒焦げくらいだよー」
逆に生々しくなってしまった……そもそもセクハラして黒焦げは絶対ダメだ。それ1980年代のノリだ。
「それでさ、営業以外には何するの? 派遣されておいて何だけど、ギルドの新設には関わった事ないから要領とか全然わかんないんだよねー」
それはそうだろう。彼女の所属するソーサラーギルドは五大ギルドに数えられる名門だし、ここ数年で設立されたばっかりとは思えない。
というか、なんで派遣されたのがイリスだったのかは結構謎だ。そりゃ一応顔見知りではあったけど、彼女って結構高レベルのソーサラーだった筈。自分のギルドをあんま悪し様に言いたくないけど、こんなぺーぺーの所に差し向ける人材とは到底思えないんだけどな……当人にしたって、こんな役割で本業に支障出たら不本意だろうに。
「俺も今回が初めてだから確証はないけど、後はやっぱり宣伝じゃないかな。こういうギルド作りました、こういうお仕事を取り扱うんでよろしく、みたいな」
「それ面白そう! 私やりたい!」
……その割に、不満めいた感情を一切出さないどころか喜々として首突っ込もうとしているように見える。本業暇なんだろうか?
「宣伝についてはおいおい考えるとして……ちょっと聞きたいんだけど、ソーサラーギルドって普段どんな仕事斡旋してんの?」
以前、ティシエラは『ソーサラーのセカンドキャリアを支援する為に作られたギルド』と言っていた。教育者の卵を支援する組織とも。でも、こう言ってはなんだけどイリスは教師の卵には見えない。家庭教師のバイトやってる女子大生には見えるけど。
「あー……ウチのギルドってその辺りちょーっと複雑でさ。あんまり参考にはならないと思うよ?」
「いや、参考にするってよりはイリスが普段どんな仕事をしてるのかが気になって」
「えー? 何何? 私の事がそんなに気になるの? マスターってもしかして、冒険者ギルドのアイザックみたいなタイプ?」
ザクザクのハーレムっぷりは他のギルドにまで行き届いているらしい。あいつ多分この街に来るまでにも色んな所でフラグ立てて現地妻作ってたんだろな。
ハーレム作るような奴は大抵そうだ。鈍感なのを良い事に、身を挺して庇ったり真剣に説教したり手を取り合って協力したりと、知り合った可愛い女の子をその気にさせるようなムーブを平気で行うよね。それでいて責任は一切取らず、本妻とイチャイチャするのを見せつける始末。いともたやすく行われるえげつない行為と断ずるのに一切の躊躇は要らない。
「あれ? もしかしてアイザック嫌いだった? ゴメンゴメン、そんなに怒るって思わなかったから」
「……俺そんなに険しい顔してた?」
「してたしてた。超ヤバかった! 今のは親の敵を見る目だったねー」
そんなにか。理性では恩人と思っていても、嫉妬とか先の件とかが入り交じってザクザクへの感情が自分でも制御出来なくなってきたな。とはいえ根拠のない想像で他人を揶揄するのは、例え心の中でも良くない。猛省しないと。
「ま、別に隠しても仕方ないし、お詫びも兼ねて教えてあげるね。私の専門は、宝石の加熱処理なんだー♪」
……全く予想してない仕事来ましたねコレ。宝石の加熱処理? そういうのって職人の仕事なんじゃないの?
「ピンと来ない? 結構大変な仕事なんだよー。宝石の原石をバッキバキに砕いてね、圧縮して燃やすの。で、それを何時間、何日もかけてやって、やっとみんなが知ってる宝石のキラキラが出来上がり。加熱処理の方法も色々あって、高加熱とか低加熱とか温度の加減で全然仕上がりが違うし、どれだけ綺麗に出来るかは結構腕の見せ所なんだよね」
宝石の事を語るイリスは目をキラキラさせている。まさかこんなところにコレットと同じ趣味の人がいるとは。コレットは収集家でこっちは加工業者だけど。
「そういう仕事って職人ギルドの範疇だと思ってたけど……」
「宝石を使ってアクセサリーを作るのは職人の仕事。でもその前の段階、宝石をキラキラさせるのは私達みたいなソーサラーがやってるよ。最後の熱処理はソーサラーの炎じゃないと微調整が難しいから」
成程。生前の世界なら最新の機器と技術が使えるけど、この世界じゃそういう訳にはいかない。人工的に加熱処理を行うなら、火を操るソーサラーが適任って訳か。
「ソーサラーの仕事って、そういうクリエイティブなのも結構多いの?」
「んー……多いってほどじゃないかも。寧ろ破壊の方が多いんじゃないかな。建物の解体とか燃えるゴミの熱処理とか」
なんか便利屋みたいな扱いだな、この世界のソーサラー。ちょっとイメージと違う。
でも確かに、攻撃魔法のスキルを社会に組み込むなら、そういう仕事になるよな。魔王を倒した後のセカンドキャリアなんだから、モンスター退治以外で魔法を有効利用する方法がないと持ち味が活かせないし。
「ソーサラーギルドって教育者を育成する組織って聞いてたんだけど、そういう仕事もある?」
「もっちろん! 子供に言葉や計算を教えるのも、考古学を専攻して国や街の歴史を繙くのも、ソーサラーの大事なお仕事でーっす! ただ、ちょっとねー……」
今まで快活に話していたイリスが、急に歯切れが悪くなった。
「何か言い難い事でもあるの? 教育の仕事は報酬が安いとか」
「ううん、違う違う! あー、でも格差って意味では割といいトコ突いてるかも……実はさ、ソーサラーギルドって昔、職業差別があったんだよね」
また物騒な言葉が出て来たな。でもなんとなく想像がつく。
「なんだかんだで、ソーサラーギルドってくらいだから、ソーサラーらしいお仕事が相応しいってなるじゃん? だから、魔法を必要としない教育のお仕事をバカにする人が結構いてさー……一時期、ギルド内が魔法専と教育専とで真っ二つに割れてた時代があったんだよね」
カーストが誕生したって訳か。伝聞口調じゃないって事は、イリスがギルドに加入した後の話だろう。だとしたら割と最近だ。そういうマウントを取りたがる連中って何処にでもいるとは思っていたけど、異世界だろうと事情は変わらないんだな。
っていうか、俺自身そうじゃないとも言い切れない。無駄にプライド高いし、知らず知らずの内に他者を見下す気持ちが生じてて、無自覚で態度に出していても不思議じゃない。
そんな真似は絶対にしたくないし、反吐が出るとさえ思っている。でも、自分の中に『優位に立ちたい』『自分が上でありたい』って欲求がないとは思えないし、それを完全に押さえ込めている保証もない。
最初は誰だって、そういう欲求は恥ずかしいと思い隠す。でも、周囲の人達が恥ずかしげもなく上から目線の発言をしていたら、ついその中に自分を紛れ込ませ、心から漏れ出た感情を言葉にしてしまう。次第にそれは正当化され、日常化し、慢性化し、やがて当たり前になる。『このコミュニティの中でだけ』『ネットでだけ』と限定していた自制心を気付かないうちに破壊し、人格そのものを歪ませてしまう。
俺もその負の流れに飲み込まれそうになっているのかもしれない。気をつけないとな……
「でも、過去形って事は今は違うんだよね?」
「そーだよ。ティシエラがそういうの全部ぶっ壊しちゃったからね♪」
……身近なところに自制心どころか名門ギルドを破壊してるヤバい人がいた。
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