第074話 素性不明なギルドマスターが運営する新米ギルドが怪し過ぎる

 ギルド名が決定した事を受け、ギルド設立申請の手続きを行う為あらためて商業ギルドを訪れたところ――――


「……」


「……」


 そこに何故かザクザクがいた。


 っていうか……ザクザクだよな? パーティから抜けてまだ一週間も経ってない筈なんだけど、なんか人相が違い過ぎて確信が持てない。爽やかな顔立ちと鍛え抜かれた肉体のギャップが売りだったのに、全く覇気がない……とかいう次元じゃなく、まるで人生を賭けた3000連ガチャで爆死した低所得者のように煤けている。 

 

「あー、悪いな。先にコイツと話をさせてくれや。ちょっと色々あって面倒な事になっちまっててな」


「は、はあ……」


 ザクザクは俺に気付いているのかいないのか、何の反応も示さず明後日の方を見ながら応接室に入って行く。 大丈夫なのかあれ……? 自我ちゃんと残ってる?


 記録子さんが言うには、スキル【自爆】を発動させて、冒険者ギルドを出禁になってるって話だったけど……その割には身体の方は問題なさそうだった。精神の方が砕け散るタイプのメガンテなんだろうか。それともヒーラーから蘇生されてしまって、ギルドや酒場の弁償も重なって借金地獄とか? なんかもうソウルジェムが穢れきってるというか、人格が荒廃してるようにしか見えないんだけど……


 それに、取り巻きの女三人の姿も見えない。あんな状態のザクザクを放っておく奴等じゃないし、記録子さんの証言通り永久追放になったのかもしれない。


 でもなんか、それだけじゃないって雰囲気だったよな、さっきのザクザク。もっと悲惨な目に遭っているとしか思えない。


 結果的には悪い方向に行ってしまったけど、窮地に追い込まれていた俺にザクザクが救いの手を差し伸べてくれたのは忘れてない。今度はこっちが助けてあげたいところだけど……正直他人に構ってる余裕がないのも事実。それに、自主的にパーティを追放された手前、あんまり込み入った事を聞くのもな。悩ましいところだ。



 それから体感で二十分ほど経過し――――



「おう、待たせたな。中入れ」


 応接室から出て来たのは、バングッフさん一人だけだった。


「あれ? ザクザク……アイザックはどうしました?」


「奴の事は何も聞くな。ここで見た事も口外するな」


 ……。


 いやいやいやいやいやいや!!


 ちょっと待ってくれよ、何その『奴の事は忘れろ』みたいな物言い! 始末したの!? 始末してもう二度と自力で外に出られない身体にしたの!?


 ヤクザ怖っわ! 幾ら自爆して冒険者ギルドや酒場に迷惑かけたとはいえ、レベル60の冒険者相手にそんな……


「何か誤解してるみてーだが……ちょっと裏口の方から特殊な病院に運んでやっただけだよ。色々話を聞きたかったんだが、そんな事より暫く静養が必要だったみてーだからよ」


「そ、そうでしたか。後で病院の名前と場所を教えてください。後日面会に行くんで」


 この世界にも精神科があるのかどうかは兎も角、恐らく似たような感じの施設に運ばれたんだろう。あのザクザクの様子を見る限りは妥当な判断だ。


 ……でも、冷静に考えたら応接室に裏口があるっておかしくない? 日常的に客を病院送りにしてるとしか思えないんだが……


「で、五大ギルドのギルマスとは話付けてきたのかい?」


 ゾッとしながら応接室に入って裏口の扉を確認して椅子に腰掛けている間、バングッフさんは別室から書類を取ってきて、それを俺の方から文字が読めるようにしてテーブルの上に置いた。どうやらこれが申請書らしい。


 この世界の言葉は基本、単純な形状の文字を複数組み合わせる事で単語を成し、それを特定の文法によって配置して文章を作っている。要するに英語と同じだ。文字自体の種類も決して多くはなく、日本語みたいに平仮名、カタカナ、漢字といった区別もない。


 恐らく、この身体の元持ち主が知らない単語は俺もわからないんだろうけど、書類に書かれている文章は全て理解出来る。実際、それほど難解な言葉は使われていない。


 この手の書類は無駄に古臭い言い回しで格調高くしようとするのが日本の常識だったけど、簡易な言葉で無駄なく記した書類の方が余程洗練されていて品格を感じる。やはりバングッフさんは只者じゃない。


「ティシエラさんと冒険者ギルドのギルマスに許可を貰っています」


「了解。俺も加えて三人の名前を付けとけば間違いなく通るだろうよ。後は必要事項を記入してくれ。ここに設立する日付、ここにギルド名、そして代表者の名前とサイン。あと、ギルドの目的と所在地だけ書いてくれれば、残りはこっちで適当に処理しておくから」


「わかりました。ギルド名は……」


 アインシュレイル城下町ギルド。昨日ルウェリアさんが命名してくれた名前を堂々と書き記す。それを見たバングッフさんは、驚くでもなく笑うでもなく、腕組みしながら椅子の背もたれに寄りかかった。


「こいつは……また随分と挑発的な名前を選んだもんだ。敵作るぜ?」


「それくらい目立たないと、スタートラインにすら立てないですから」


「ま、その通りだけどよ。俺は嫌いじゃねーぜ、正面から殴り込むみてーなこの名前。けど焚き付けた手前、もう一つ助言っつーか、お節介を焼くとしたら……」


 人情ヤクザのような物言いで、バングッフさんは身を乗り出し、顎に手を当てながら片目を瞑る。真面目に考えてくれているのが何となく伝わってくる。


「あんま堂々と名乗るのは止めとけ。聞かれたら答える、くらいのスタンスだ。それくらいで丁度良い」


「ありがとうございます。それでいきます」


 実際、異論はない。既に名前が強い訳だから、主張まで強くしたらクド過ぎて反感を買うのは当然。元々、ギルドの看板を大きく作るだけの費用もないし、全体的に謙虚で行こう。


「で、軍資金は今も5000Gなのかい? その半分をこっちで預かるとして、残りは2500G。最終的には返すけどよ、それは実績作って街に定着してからの話だ。2500じゃ人件費を最小限に抑えるにしたって、ちと心許ないぜ?」


「それが、今は15800Gになりまして」


「マジか! 急に増えたな。どうした?」


「実は――――」


 昨日ルウェリアさんと共に来た武器屋の御主人が、帰る直前にわざとらしく『おっと忘れてた。怒鳴り込むついでに、こいつを渡すつもりだったんだ』と言いながら、大量の金貨が入った革袋を手渡してきた。御主人曰く、昨日までに魔除けの蛇骨剣が3本、天翔黒閃の鉄球が8本売れたらしく、そのロイヤリティを俺に届けに来たという。


 当然、そんな契約は一切交わしていない。でも俺が生成した武器だから、儲けの一部を俺に支払うのが当然というのが彼の考えであり、ルウェリアさんも同意見との事。そうなるとこの二人はやたら頑固で、こっちが幾ら断っても聞く耳を持たず、結局金貨を置いていってしまった。中身は合計で10500G。警備員として働いてた時の日給が50Gだったから、210日分って事になる。


 俺としては、このチートみたいなスキルで作った武器に愛着はないし、まして自分の力で作った意識なんて欠片もないから、正直戸惑った。借り物みたいな能力で成果を得ても、なんだかちっともピンと来ない。無駄にプライド高いんだよな俺……こんなんだから生前は要領の悪い人生を歩んだんだ。


 正直未だに葛藤はあるけど、御主人とルウェリアさんの厚意を安い拘りで台無しにする訳にはいかないし、そもそも今の俺にプライドを最優先する余裕なんてない。ありがたく頂戴し、ギルドの資金にさせて貰う事にした。


 大金ではあるけど、借金の返済に充てたところで焼け石に水。だったら、ギルドを少しでも繁盛させる為に使った方が良い。


「ったく……あの武器屋、そんな余裕ねーだろうによ。相変わらず商売っ気がねーなあ」


 そうボヤきながらも、バングッフさんの顔は柔らかい。最初に武器屋に怒鳴り込んで来た時からその片鱗は見せていたけど、どうやらこの人、ベリアルザ武器商会が嫌いじゃないらしい。


「預ける金額は2500Gで変更なしだ。残りの金はギルドに使え。そんだけありゃ、取り敢えず一人くらいは従業員雇えるだろ。ギルド発足当初は設備投資よりも受注の為の人脈作りと営業で手一杯だ。仕事が取れなきゃギルドもクソもねーからな」


 つまり、既にこの街で人脈を持っている人間、若しくは営業に長けた人間を雇えというアドバイスだ。


 実際、人脈のある人は街の中で一定の信頼も得ている。元よりそういう人を雇うつもりではいた。尤も、当初は5000Gしかなかったから、雇うにしても給料は格安に抑えて、その代わりギルドに住み込みで働いて貰うなどの条件を付加するつもりだったんだけど……現状の資金ならもう少しまともな条件で雇える。


 兎に角、これから俺がすべきなのは仕事を得る事と、強力な仲間を得る事。この二つを同時に達成出来ないようなら、アインシュレイル城下町ギルドに未来はない。


「ま、頑張んな。簡単じゃねーだろうが、せいぜいこの街に新風を吹き込んでくれや」


「やってやるです」


 頭部から手が生えてきそうな返答をしつつ、握手を交わす。その時、ようやく本当の意味で実感が湧いた。


 独立して会社を興すのと同じような事を、これからするんだと。


 日本では、起業した会社の60%が1年以内に潰れるという現実があった。5年生き残る会社は20%程度。10年となると6%くらいしか残っていない。


 多分、ギルドも似たようなものだろう。街の中で生まれる仕事には限度があって、それを斡旋するギルドの数もまた限界がある。生き残るのは容易じゃない。幾ら前例のない業種のギルドでも、需要がなければ簡単に手詰まりになってしまうだろう。


 望むところだ。


 借金返済の為の苦肉の策とはいえ、一国一城の主になったんだからな。もう後には引けない。


 必ずギルドを軌道に乗せてみせるさ――――





「――――苦労して始めた念願のギルドだが……経営が軌道に乗らんのう……」


 そんな十日前の誓いが霞んで見える今日この頃。心はすっかり老いさらばえてしまった。


 嗚呼空はこんなに青いのに、風は、こんなに温かいのに太陽は、とっても明るいのにどうして、こんなに眠いの……パトラッシュ……俺はもう疲れたよ……なんだかとても眠いんだ……


 幸い、ギルド設立申請はすんなり通って、アインシュレイル城下町ギルドは無事活動を開始した。最低限とはいえ建物内はギルドらしく模様替えし、扉の傍の壁には『アインシュレイル城下町ギルド』と書いた看板を設置。ギルドとしての第一歩を踏み出す事は出来た。


 なのに……従業員が見つからない。ギルド員が集まらない。そもそも仕事が取れない。つまり、何一つ順調に事が運んでいない。目標としていた事が何も達成出来ていないどころか、その目処すら立っていない現実がここにある。


 大きな仕事として掲げた『怪盗メアロの捕縛』と『ルウェリア親衛隊の撲滅』を報酬ありのクエストにするよう国に売り込んでみたけど、完全に無視されてしまった。とはいえ、これは想定内。城下町の治安に関心のない国が、新米ギルドの要求に応えるとも思えない。


 だから、今度は城下町内に住む貴族や富豪に片っ端から『街に害をなす連中の退治に出資してくれたら名誉が得られる』と声をかけてみたものの……信用のなさがネックになり、大半のクライアント候補には相手にすらされなかった。多少縁のあるシレクス家にすら簡単に断られてしまった。金持ちってこういうところはシビアだよね。だから金持ちなんだろうけど。


 その一方で、ギルド周辺の住民に挨拶がてら、人脈を持っていそうな人に対しては従業員になって欲しいと頼んでもみた。でも返事は総じて芳しくなかった。給与の問題じゃなく、得体の知れないギルドで働きたくないというのが断られた理由の大半だった。


 仕事がなけりゃギルド員になるという人間も当然現れない。まさに八方塞がりだ。


 いや……まだだ。


 俺自身の人脈をまだ使い切っていない。


 恥を忍んで、ティシエラに『有料で調査を協力させて欲しい』と頭を下げに行く。このカードがまだ残っている。ティシエラとの関係性を依頼実績として示せれば、多少は周囲の目も変わってくる筈だ。

 

 けどなあ……このカードを切るのは気が進まない。ティシエラから失望されるような気がしてならない。消去法で仕方なく、っていうこっちの事情を彼女は確実に察するだろうし。


 でも背に腹は代えられない。憐れみの視線を浴びようと、罵倒されようと、他に手がないのなら――――


「すいませーん。アインシュレイル城下町ギルドってここで合ってるー?」


 不意に、気さくな声が入り口の方から聞こえて来た。その声の時点で、誰がやって来たのかは直ぐにわかった。頻繁に会っている人じゃないけど、大人っぽくも子供っぽくもあるその声は、妙に耳に残っている。


「イリスチュア……さん? どうしてここに?」


「イリスでいーよー。これから当分お世話になる事だし」


 ……へ?


「ソーサラーギルドから派遣されたイリスチュアでーす。素性不明なギルドマスターが運営する新米ギルドが怪し過ぎるんで、監視も兼ねてちょっとだけお手伝いなんかしちゃったりする役を仰せつかって来ちゃった。暫くの間よろしくゥ!」


「……えっと、それって決定事項?」


「うん、決定事項」


 監視とかいう不穏な単語発しておきながら随分と良い笑顔ですね…… 


 これはティシエラの厚意なんだろうか? それとも悪意なんだろうか。何にしても、俺にとっては渡りに船だ。乗るしかねぇこのビッグウェーブに!


「一応ギルドの人間としては私が先輩だから、イリス先輩って呼んで呼んで♪」


「それは遠慮します」


 こうして――――こちらの意思とは無関係に、派遣の従業員を一名ギルドに置く事になった。


 そして同時に、アインシュレイル城下町ギルド激動の日々が幕を開けた。


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