第073話 大胆な発案は女の子の特権
「私聞きました。トモさんが武器屋を譲り受けて、そこで新しく商売を始めるって。トモさんは武器屋の主人にジョブチェンジしたのですね。なれば、これからは商売敵です。悲しき宿命ですが、私はトモさんの選択を受け入れます。でも私達は負けません! 必ずトモさんの武器屋を倒してみせます!」
頭に血が上っているのか、突然現れたルウェリアさんは次々と捲し立て、俺の方を指差し開戦を宣言してきた。
大胆な告白は女の子の特権と言うけど、大胆な宣戦布告はどちらかと言うと髭面のオッサンの専売特許じゃないですかね。
「申し訳ない、ルウェリアさん……恩を仇で返すような真似をしてしまって。でも縁あって手に入れたこの武器屋、そのまま遊ばせておくのは勿体なさ過ぎたんです……! 俺は借金もある身だし、商売を始めるしかなかったんです! 許してくれなんて、言えませんが……」
でも面白そうなのでノッてみました。
「はっ、そうでした……トモさんには膨大な借金があるんでした。すみません、私トモさんの内情を理解していませんでした。もっと心の内側を捲ってギロギロ見るべきでした」
オノマトペおかしくない? 内臓まで覗き見されそうで嫌なんですけど。
「トモさん、これから私達は敵同士ですが、同じ武器屋を営む仲間でもあります。正々堂々蹴落とし合いましょう」
「表現良くないですよ!? もう少しなんとかなりませんか!?」
「綺麗事で武器屋は続けられません! 商売敵が崖っぷちでギリギリ耐えているのを、私は助けちゃいけないんです! 腕力のある大人の男の人を呼ぶくらいしか出来ません!」
普通に最善策だよ! 非情に徹しきれてないどころか命の恩人レベルの事しようとしちゃってるよこの人!
相当無理して虚勢張ってるんだろな……根っからの善人なのはこれまでの付き合いでわかりきってるし。流石に胸が痛んできた。そろそろ種明かしを――――
「てめぇトモこのクソ野郎!! 俺達を裏切って武器屋始めたって本当かコラボケカスコラ!!!」
うげ、御主人まで来ちゃったかー……っていうか我忘れ過ぎだろ。顔面が復讐に取り憑かれた時の黒い剣士みたいにバキバキだよ。ドラゴン殺しの方ね。
「あ、その話は超嘘です」
「嘘なんですか!? だったら私との会話は一体なんだったんですか!?」
ごめんルウェリアさん、前職で会話した女性連中が揃いも揃って酷い奴等だったんで、リハビリ兼ねて会話引き延ばしちゃいました。だって心が洗われるんだもの。
「ンだよ嘘かよ、キレ損じゃねーか……わざわざディノーに店任せてまで乗り込んで来たってのに」
「ルウェリアさんを一人で外出させたくないのはわかりますけど、だったらディノーさんをこっちに向かわせればいいんじゃ……店を警備員に預けてどうするんですか」
「それくらい信用してるってこった。お前の紹介してくれたあの野郎、真面目だしまともだし、なんつっても強ぇし、店を任せても良いってくらいの安心感があんだよ」
「だったら――――」
「だからルウェリアと二人きりになんてさせられねーよ! 絶対に嫌だね!!」
ああ、そういう事か。だから俺はルウェリアさんと二人で外出しても良かったんだな。要するに俺は、男として警戒にすら値しなかったと……そこそこ傷付きますね、これ。
「つーか、ならどうして武器屋なんて貰い受けたんだよ? それ自体もガセか?」
「いえ。ここを譲って貰ったのは本当です、過保護み御主人」
「……その変な呼び方、なんか含みねぇか?」
「いえいえ何も。過保護みがあるなあと思っただけです。ゴミとは思ってません」
「含みありまくりじゃねぇか! いや頭ごなしにキレちまったのは悪かったけどよ……んで、どういう経緯でここを貰い受けたんだ?」
ユマを助けた見返りに――――って説明だとまた妙な誤解を生みそうだから、ユマ父がこの店をどんな形でも存続させたいって希望を持っているのだけ伝える事にした。
「……成程な。まあ気持ちはわからなくもねぇな。ウチの店が取り壊されちまったり廃墟になったりしたら、俺だって辛ぇわ」
「建物って人が住まないと空気が動かないから、すぐ汚れて痛むんですよね。俺がここに住む事で、この武器屋が生き続けるって感じなんだと思います」
肺を病んで呼吸が浅くなった人間が徐々に弱っていくのと似ている。建物も同じ。細胞にエネルギーが行き届かないように、建物内の至るところが停滞し、その結果汚れが溜まり、微生物が増え、大きな虫が寄ってきて、木材を食い潰してしまう。科学的なメカニズムなんて知らなくても、そういうのはきっと感覚的にわかるんだろう。
「私もわかります。思い出の家がなくなるのは寂しいです。武器屋じゃなくなっても、そこに人がいて、明るい日常があれば、それは喜ばしい事です」
ああ、脳が回復する……
ザクザクのパーティに加入して以降、一時は女性恐怖症になりそうなくらい精神的に追い詰められていたけど、コレットやルウェリアさんのおかげで無事元に戻れそうだ。あらためて、異世界に来た直後の俺は出会いに恵まれていたんだなと実感した。
「問題は、その明るい日常ってやつを実際に送れるかどうかだな。ギルド経営は武器屋とは違う意味で簡単じゃねぇぞ」
「はい。覚悟はしてます」
武器屋は人と武器とを繋ぐ店。それに対し、ギルドは人と人とを繋ぐ斡旋所だ。人的なトラブルの量は単純に見ても倍、現実的には数倍に膨れあがるだろう。
「それで相談なんですが、ギルド名をどうすれば良いか考えてみてくれませんか? さっき話した通り、警備ギルドってストレートな名前は使えないんですよ」
「わかりました。誤解したお詫びにお手伝いします。私、こう見えてネーミングには自信があります。何を隠そう、当店のオリジナル武器の名前は私が付けているのです! えっへん!」
「俺も、ベリアルザ武器商会の名前を考えた時にはかなり悩んだもんだ。その苦悩を知る仲間として、一肌脱いでやるぜ」
頼んでおいて失礼極まりないけど、二人の過去の実績を見る限り、洗練されたセンスの塊のような名前が出て来る事はないだろう。
でもそんな名前は最初から求めていない。俺が自分のギルドに付けたいと思っているのは、この城下町の住民に親しみを持たれそうな名前だ。そういう意味では、この二人は主戦力たり得る。少なくとも俺よりずっと。
「警備業を表に出しちゃダメなんですよね。でしたら、表向きは何のお仕事を斡旋するギルドにする予定なんですか?」
「そうですね。『副業的な仕事として警備もしますよ』みたいなスタンスがベストだと思うんで、取り敢えずこの街で起こっている問題を調査するギルド、という名目にしようと考えています」
そうすれば怪盗メアロの捕縛やルウェリア親衛隊の撲滅、そして聖噴水の効果消失についての調査を全て業務内容に含められるし、警備も『調査の為の現場保持』って口実で行える。
「でも探偵ギルドとか検査ギルドみたいな名前だと、ちょっと逸脱し過ぎだと思うんで、出来れば『守る』って意味をほんのり持たせた感じの名前が好ましいです」
「難しいです……むむむ……」
ルウェリアさんが長考に入りました。実際、俺も中々これって名前を思いつけずにいる。ハードルはかなり高い。警備、調査、そして親しみやすさを全て内包した名前となると――――
「良いの思い付いたぞ! 壁ギルドってのはどうだ? 守ってる感じが出てるし、パッと見じゃ警備ギルドってわからねぇだろ?」
最初の案が親しみと真逆なの出ちゃったよ! 壁作ってどうすんのさ!
とはいえ、厚意で考えてくれた案を却下なんて出来ない。候補としてストックするしかない。
「良い感じです。どんどん思い付いたの出しちゃって下さい」
「おうよ! そうだな、他には――――」
その後、御主人は俺の壁ギルドへの好意的な返答を真に受けた結果、『石ギルド』だの『煉瓦ギルド』だの次から次に壁から連想した案ばっかり出すbotと化してしまった。
「絶壁ギルド……崖ギルド……おお、崖ギルドってなんかよくないか?」
「なんで新設と同時に崖っぷちを示唆しなきゃならんのですか」
「おいおい、崖っぷちの方じゃなくて崖下の方だよ。正確には崖下ギルドって事になるな」
いやそれもう崖から転落して粉々になってるよ! 若しくは崖崩れに巻き込まれてボロボロになった姿しか想像出来ない。そんな縁起悪い名前付けられたら台風とかで物理的に潰されそう……
「んー、これも駄目か。つーかルウェリア、お前さっきから一つも案出してねぇけど、ちゃんと考えてんのか?」
「一生懸命考えています。今『煉獄夜行ギルド』と『堅牢地神ギルド』のどっちを第一候補にするか悩んでいるところです」
どっちも意味がわからない……絶対付けたくねーです……
なんかもう、一周回って壁ギルドで良い気がしてきた。壁サークルみたいだし、コミケだったら天下取ってるじゃん。この世界コミケないけど。
「あ、ゴールデンゴーレムギルドなんてどうでしょうか? ゴールデンゴーレムはとっても硬い堅守のモンスターですし、出会ったら幸運って言われてる縁起の良いモンスターでもあるので」
「お、それいいじゃねぇかルウェリア! 若しくは金塊ギルド! 金塊も堅ぇぞ!」
お二方、もう面倒臭くなってません? アイディア出してくれるのは本当にありがたいんだけど、こうも適当に付けられると……なんだよ金塊ギルドって、金の事しか考えてない最悪なギルドじゃねーか。
「……どれもお気に召しませんか?」
顔に出てしまっていたらしい。ルウェリアさんが申し訳なさそうにそう聞いてくる。
「あ、いや。すいません、ちょっと行き詰まったというか、どういう名前が良いのか自分の中でも整理出来なくなって」
「わかるぜ。俺も店の名前考える時かなり迷走したからな。途中で『荒ぶる鷹の武器商会』とか『空と大地と海と武器商会』とか付けようとしてたしな。ハハハ!」
ハハハじゃないです。迷走って怖いな。ベリアルザ武器商会が相当マシな名前に思えてくる。でも後者はある意味正解だよな。長らく呪われし武器屋だったんだし。
「あの、私思ったんですけど……」
いよいよ袋小路に迷い込んだ感が出て来たところで、ルウェリアさんがおずおずと挙手してきた。
「調査するにしても警備するにしても、この街の為のギルドって感じですよね。だったら『アインシュレイル城下町ギルド』って如何でしょうか?」
――――大胆な発案は女の子の特権
思わずそんな造語が頭に浮かぶくらい、ルウェリアさんの案は大胆不敵だった。まさか街の名前を冠にしてしまうとは。
いやでも流石にそれは無理なんじゃないだろうか……
「一応、不可能じゃねぇと思うぜ。アインシュレイル武器商会って名前の武器屋があるくらいだからな」
「……そういえば、そうでしたね」
あれ? 意外といけちゃう?
実際、街の名前が付いたギルドなら親しみを持たれる事にも繋がるし、何より目立てる。ギルド員を集める上ではかなりのアドバンテージになる事が期待出来る。
反面、反感を買う恐れもかなりある。新参者の分際で、この街を代表するギルドと言わんばかりの名前だしな……
とはいえ、自分のを含めたこれまでの候補の中で最もしっくり来てるのも事実。壁ギルドも悪くはないけど、どうにも石工のギルドっぽい。警備業からは遠ざけられるけど、同時に紛らわしい名前にもなってしまっている。その点、アインシュレイル城下町ギルドだと曖昧ではあるけど誤解は生み辛い。
問題は山積している。デメリットも少なくない。
けど――――
「ルウェリアさん。その案、採用させて貰ってもいいですか?」
「おいおい。マジかよお前。随分思い切るじゃねぇか」
当然、御主人もこの無謀さを理解し、警告のような声を発する。でもそれは声だけで、顔はニヤリと笑っていた。面白そうだからやってみろ、と言わんばかりに。
結局、武器屋だのギルドだのを運営しようって人間は、こういうノリが好きなんだ。大きい事をしたい、大きなプロジェクトを立ち上げたい。そういう無謀さにワクワクする人種だ。
俺は……生前は真逆の人生だった。極力大事を避け、波風を立てない人生を歩んできた。
その反動なんだろうか。それとも、元々根っこはそういう性格だったんだろうか。
アインシュレイル城下町ギルド――――その名前の持つ魔力にひどく惹かれてしまう自分がいる。
「採用して貰えると嬉しいです。きっと、素敵なギルドになると思います」
ルウェリアさんはいつもの蕩けそうな笑顔でそう答えてくれた。
その瞬間、俺のギルドの名前は【アインシュレイル城下町ギルド】に決定した。
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