第072話 戯れの時





「本当にしつこい奴だな貴様は」





 ――――聞き覚えのある、聞いた事のない声。


 知ってる。この現象、夢の中でよくあるやつだ。





「いい加減投げ出したくはならないか? 何故そこまで追いすがろうとする?」


「うるさい黙れ」


「戦闘中の会話は馴れ合いのようで嫌いか? 確かに数十分、数時間の戦いなら同意しよう。だが100日だ。合戦を始めて100日目、ではない。一対一で真正面から戦いを始めて100日。既に言葉を交わさずともお互いを知り尽くした頃合いだが……これだけの時間を共有すれば、話をしたくもなるのが自然だろう?」





 ――――100日? 


 陣営同士が戦争を始めて100日とかじゃなく、タイマンで100日ずっと戦い続けていたの? 暇だな君達。





「いずれにしても、休憩だ。お互い決め手に欠けるのが実状だろう。マギの尽きた貴様の攻撃では我にダメージは通らん。我の攻撃も貴様の【虚無結界】を貫通する術を持たぬ。100日が1000日になろうと、決着は付きそうにない」


「1000日が10000日になろうと、お前を倒す目的は変わらない」


「フッ……随分嫌われたものだな。何故そこまで我を滅ぼそうと躍起になる? 心から我の消滅を願っている人間など、意外に少ないのだぞ? 貴様とて知っているだろう。我とあの人間共との癒着を」





 ――――発言から察するに、奴はどうやら魔王か、それに近い存在らしい。


 言葉の節々に偉そうな感じが出ている。その割に、妙にフレンドリーでもあるけど。





「そうだな。お前を倒したところで、腐った人間は腐ったまま寄る辺を失って放逐される。共通の敵を失い同種同士で争う分、今より更にタチが悪くなりそうだ」


「それがわかってて尚、我を倒す為にその無敵の結界を手に入れたか。鍛え抜いた肉体、レベル、そして魂の半分を犠牲にして。手放すのが惜しいとは思わなかったのか?」


「お前と互角に戦うにはこの結界が必要だった。なら他に選択肢はない」


「あるではないか。我と戦おうとしなければ、貴様は身に付けた実力をそのまま保持出来たのだから」





 ――――魔王と戦わない選択肢。


 確かにそうだ。魔王だから倒さなきゃならない、なんて決まりはない。少なくとも俺はそう思う。





「不思議なものよ。人間だから、という理由だけで人間の敵を討ち滅ぼそうとするなど。我が何故、人間を滅ぼそうとしているかを理解しようともせず。我がただ加虐心の赴くままに殺戮を命じているとでも思っているのか? 人間が正しく我が誤っていると何故断定出来る? 我の話を聞き、思惑を知り、理解を深めれば、我に賛同出来るかもしれないとは思わないのか? 種族が違い、人間を殺す力と意思を持っているのなら、その全ては敵だというのか?」


「いや」


「……長々と喋ったというのに、随分淡白な受け答えだな。貴様の戦い方そのものだ。リスクを背負い長い時間をかけ積み上げてきた戦略が瓦解しても、意にも介さず次の戦略を練る。良くも悪くも拘りがない」


「あるさ。信念をもって作りあげたものに愛着が湧かない奴なんていないだろ? でも、全て自分の思い通りにいく訳じゃない。何かを捨てないといけない。それは当たり前の事なんだから、未練も失望もない」


「成程。貴様が我を倒そうとしている理由の本質はそれか」





 ――――大事なものを捨て、犠牲にしてまで辿り着いた最終決戦。


 もう後には引けない。そう物語っている。





 ……誰が?





「これでようやく貴様を完全に理解した。虚無結界で攻撃を完全に防ぎ、消耗戦に引き込む。先に相手の心を折れば勝機は見えてくる。そんなところか」


「そんな陳腐な戦略で倒せる相手なら、もっと早くに世界平和が訪れていそうだけどな」


「だが貴様の狙いはそれだった。事実、我は既に100日もの間、貴様に付き合わされている。そして今、こうして心理戦に臨んでいる。貴様の望み通りにな」


「俺が心からそう望んでいると確信したから、誘いに乗ったんだろ? そういう性格の悪いところが人間に嫌われてるんだよ。魔王さん」


「愚かな。我が嫌われているだと? 我は恐れられているだけだ。畏怖は時に嫌悪のように見えるもの。だが実際には似て非なるものだ」


「少なくとも、俺はお前の事が嫌いだけどな。話が長い奴は大抵ロクな奴じゃない」


「……貴様とて随分喋るようになったではないか。最初は『うるさい黙れ』で会話を止めていた癖に」


「いいんだよ、俺もロクな奴じゃないし、自分が嫌いだから」


「自分が嫌い? 奇っ怪な事を言う。そんな者がこの世にいるというのか?」


「人間には割といるよ。理想とする自分と現実の自分に差を感じた時、人は自分を嫌いになる。他の種族にこういう考えはないのか?」


「理解し難いな。己がまるで見えていない。人間とはそこまで未熟だったのか」


「そうだな。でもだからこそ発展途上とも言える。まだまだ人間は伸びるよ。お前らはどうか知らないけどな」


「未完の種族……か。我は今、その代表と戦っているのだな」


「戦う気が失せたかい?」


「ああ、失せた。実に失せた。貴様を見ていると、人間という生き物が我とは全く別物だと良くわかる。得体の知れない存在は無気味だ」


「人間が怖くなったか」


「自惚れるな。人間如きを我が恐れる道理はない。だが……」





 戯れの時が終わる。

 


 


「もう少し見ていたくなった」





 夜明けは果たして、どちらにとっての朝になるのか――――






「……」


 棺桶で眠ると、以前この中で安置されていたご遺体の残留思念とシンクロしたりするんだろうか?


 思わずそんな事を考えてしまうくらい、妙にリアルな夢だった。もしかしたらこの棺桶、魔王に惜敗した名のある冒険者の屍が入っていたのかもしれない。そう思うと少し興奮して来た。


 にしても……目覚めた瞬間目の前が真っ黒なの、中々慣れないな。何か暗闇に押し潰されそうに感じて若干パニックになる。暗所恐怖症になりそうだ。


 いや、棺桶だからって律儀に蓋閉めて眠る必要ないんだけどさ。なんとなく閉めちゃうよね。閉めないと棺桶って気がしないし。あと手もつい胸の上に置きたくなるよね。



 新しい朝が来た。希望の朝だ。


 喜びに胸を開き大空仰ごうにも空は見えないしラジオなんて何処にもない。この身体の持ち主がタバコ吸ってなけりゃ健やかな胸だろうけど、どの道香る風なんて吹いていないから開いても仕方ない。


 ……そんな天の邪鬼な事を思いながらも、ガキの頃夏休みの早朝に集められてムリヤリやらされてたラジオ体操を自主的にやる今日この頃。中年になると、何故かそんな心理になっちゃうんだよ。実際、血行良くなるし。一日が始まったーって気にもなるよね。


 身体をグリグリ回しながら、あらためて室内を眺める。


 ご厚意によって頂いた武器屋ラーマは、以前働いていたベリアルザ武器商会と比べると若干売り場が狭い。けれど、恐らく陳列していた商品はこっちの方が多かったんだろう。武器を立て掛けていたと思われる留め具の跡がかなり多い。


 あくまで推測だけど、陳列していた武器はかなり密集していて、ゴチャゴチャした印象を与えていたんじゃないだろうか。強い拘りを持って商品を仕入れた結果、どうしても並べたい武器が多くなり過ぎて、却って入り難い店になったんじゃないかと思う。


 立地条件も決して良くはない。出入り口が面している通りはメインストリートからは外れた裏通りだし、周囲の店も食材店が多く関連性が薄い。パン屋があるのは嬉しいけど。しかも中々良い感じのパン屋だ。店内は明るく売り場の中央に大きなテーブルを置いて、そこにパンを陳列しているんだけど、その並べ方が絶妙で、香りの豊かなパンを外側にする事で匂いが混ざらないようにしている。パンの陳列はどうしても見た目を重視しがちだけど、本来は匂いにこそ気を配るべきで、そこで粗雑な印象を受けるとどうしても心が離れてしまう。特に総菜パンの油の匂いが強く出ている店はお粗末と言わざるを得ない。あの匂いは確かに食欲を誘う効果はあるかもしれないけど、パンそのものの香りを消してしまうからな。気の利いたパン屋はできるだけ匂いが広がらないような工夫をしている。総菜パンだけビニールに包むとか。この世界にはビニール袋なんて物はないから、奥の方に独立させて配置するのが妥当だろう。実際、その店はそういう配置をしていた。長い付き合いになりそうだ。


 兎に角、この建物の立地は良くない。けど、警備ギルドに立地条件なんて大して関係ない。建物内が狭いのも、現時点では特にマイナスにはならないだろう。寧ろ最低規模からのスタートって意味では身の丈に合っている。


 問題は、この武器屋が店舗併用住宅じゃないってところだ。まあ、もし住宅も兼ねているのならユマ一家が手放す筈もない訳で、必然的な仕様なんだけど……売り場以外には倉庫とトイレしかない。よって、倉庫を応接室 兼 居住エリアにするしか選択肢はなかった。


 つまり、このギルドは応接室に棺桶がある。


 これでもうソーサラーギルドの応接室を非難出来る立場じゃなくなったな……


 倉庫だから当然、窓はない。窓があるのはロビー(元武器売り場)だけだ。俺が怪盗メアロと一緒に初めてこの建物の中に入った、あの路地裏に面した窓だな。明らかに採光の役割は大して担えないから、風通しを良くする為だけの窓なんだろう。何気に俺とこの店を結びつけてくれた窓だから、こうして眺めていると感慨深い。向こうの壁しか見えないけど。景観って観点だとマジ最悪だなこの窓の位置。


 さて。取り敢えず今日はこの元武器屋をギルドっぽくする事が目標だ。差し当たって必要なのは、依頼を張り出す掲示板と依頼票用の安い紙とペン、応接室用の机と椅子、それっぽく見せる為の観葉植物くらいか。それくらいなら商業ギルドで見繕って貰えば午前中でどうにか揃えられるだろう。


 後は、ギルドの名前と人材。まずはギルド名だな。


 通常は冒険者ギルドやソーサラーギルドのように、職業を冠としたシンプルな名前で良いんだけど、このアインシュレイル城下町に複数の同種ギルドがある場合は区別する為にヒーラーギルド【ラヴィヴィオ】みたく別途ギルド名が必要になる。俺のギルドは他に被ってる所はないから、○○ギルドでOKだ。ただし『警備ギルド』みたいな警備業だとわかってしまう名前はNG。申請を通すには一工夫する必要がある。


 警備業だとバレず、かつ自分達がこの街の警備の仕事を担っていると自負出来るような名前……いや普通にハードル高いな! 全然思い付かねーよそんなの。ただでさえネーミングセンスないのに。


 誰か知り合いに相談した方が良いかもな――――


「トモさん! 私達を裏切って別の武器屋を立ち上げたって本当ですか!?」


 そんな事を考えていたら、この上なく都合の良いタイミングで、この上なく面倒な誤解をしていそうな知り合いが現れた。


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