第071話 棺桶から這い出る
ユマの父親がかつて営んでいた武器屋ラーマを譲り受けて二日目の朝――――
「くぁ……」
欠伸を噛み殺し、棺桶から這い出る。
……今の自分を客観的に見たら相当シュールなんだろうけど、別に死んでも生き返ってもいない。単に昨日、帰る間際にソーサラーギルドで貰った物を寝床として使っただけだ。
以前ギルドを来訪した際、ティシエラとの会話の中で棺桶を譲ると言われ快諾していたのは一応覚えていた。でも、まさかお土産のノリで渡されるとは思わなかった。調整スキルでは重さを変更する事は出来ないし、ここまで引きずるの超大変だったな……
とはいえ、この新たな拠点はベッドすらない真っ新な空間だったから、寝床を確保出来たのは純粋にありがたい。床の上で雑魚寝ってどうも寝付き悪いんだよね。基本夜勤だった生前の警備員時代には寝袋を使ってたけど、あれも正直微妙だった。キャンプとかなら良いけど、普段使いだと寝袋の非日常感って邪魔なんだよね。
さて、今日はどうしようか。
バングッフさんの話だと、ギルド設立には五大ギルドのギルマス数人から承認を得ていれば申請がほぼ通るって事だったよな。だったらあと一人くらい話を通しておいた方が良さそうだ。
残る顔見知りは――――
「久々に顔を見たと思えば、新ギルド設立とはな……だがヒーラーに借金してしまった以上、それくらいの思い切りがあった方が良かろう。オレは支持するッ!」
冒険者ギルドのギルマスは、単独だと割とマトモだった。受付のお仕事中のマルガリータにはこのまま応接室に近付かないで貰うとしよう。
「ありがとうございます。新設の折には承認をお願い出来ればと」
「それは一向に構わぬが、オレとしても曖昧な形で後押しはしたくない。特に君に対しては、そのような態度を取ってしまったら『いい加減な気持ちでコレットを推薦した』と受け止められかねぬのでな」
……上手いですね。コレットを引き合いに出して、俺の説明責任を半ば義務化しましたか。まあ、説明自体は最初からするつもりだったから良いんだけど。
「ギルドを新設する上での必須条件は『拠点となる建物の長期的保持』と『最低限の運営資金の提示』くらいだが、余所のギルドマスターから承認を得るつもりなら、基本方針くらいは固めておいた方が良かろう。実質的には警備業を中心としたギルドとの事だが、具体的にはどのような仕事を何処から得るつもりでいるのかね?」
割とガッツリ踏み込んで来たな。仕事内容だけならまだしも、どんな連中と取引するつもりかなんて普通聞かないだろう。
逆に言えば、大して関心がないのならそこまでは聞かない。どんな取引先を俺が想定しているかによって、俺がどれだけギルド経営に本気なのか、現実を見据えているのかを推し量り、忠告なり叱咤激励なりしてくれる腹づもりと見た。なんとなく面倒見良さそうな人だし。
「そうですね……まず取引先ですが、具体的に話をしている相手は現在いません。今考えているのは、大口と小口の取引先を確保する事です。借金返済とギルド運営を両立させるには大口契約が必須ですし、市民や各組織から信頼を得るには細かい仕事こそが重要になってきますから。ギルドに体力が付けば、中口の取引先も見つけていきたいですけど、まずは大と小ですね」
「新設したばかりのギルドが大口契約など、絵空事ではないかね?」
「このタイミングじゃなかったら仰る通りです。でも、今は大きな契約を取れるチャンスがあります」
「……」
ギルマスは怪訝そうな顔をしつつ、なんか俺に催促しているような顔をしている。
……攻撃か!? 攻撃をしろということか、ギルマスっ!!
何で俺がそんな事を……でも世話になる以上はある程度相手を気持ち良くさせないと……いやでも流石に……それでも……
仕方ない。やるか。
「わかりませんか? まさか本気でわからないんですか? その剛毛は飾りですか? それとも脳が余りに発達しないものだから哀れんだ毛が過保護に守っているだけですか?」
「うゆぅん……フッ。マルガリータ様に比べたらまだまだキレ不足は否めぬな」
いや『うゆぅん』とかおちょぼ口で言っといて何勝ち誇ってんのこの人。ご褒美あげたんだから見返り下さいよ? こっちは魂が汚された気になるくらい嫌なのを無理して責めたんですからね?
「先日、モンスターが街の中に侵入した事件があったじゃないですか。あれで恐らく、危機意識を高めた人達がいると思うんです。もし近日中に何か大きな事業をしようとしている富豪や大手の結社がいて、安全面に不安を抱いているなら、取り敢えず一時的に警備員を常駐させてその不安を取り除く。そんな感じで大口契約を狙おうと思っています」
今まで何年も外部からの襲撃なんて受けていなかったこの街に、ほんの一時とはいえモンスターが出現した。このインパクトはかなり大きい。安全確保に対する意識はかなり高まっているだろう。
にも拘らず、この街には警備兵も自警団も存在しない。今なら、安全を高く売れる。そういうチャンスが転がっている。
とはいえ、今ギルドには俺以外誰もいない。ギルドに対する信頼も皆無。それでも契約を勝ち取る為には、人材と信頼の確保が急務だ。
「ほう。着眼点は悪くない。ならば残る課題は、如何に知名度のあるギルド員を確保出来るかだな」
まさにその通り。俺の信頼がないのなら、既に街で信頼を得ている人に来て貰えば良い。要は資格を持った人に社員になって貰うのと同じだ。
「モンスター襲撃の際、引退した冒険者の人達が大勢出て来て、モンスターから街を守る為に無償で戦ってました。ああいった人達の中から見つけようと思ってます」
「出来るのかな? 引退したという事は、もう十分な蓄えがあると見なすべきだが」
「家庭の経済事情は流動的ですからね。それに、このアインシュレイル城下町を守りたがっている人はきっといる筈ですから」
まだ住んで一ヶ月半程度だけど、この街はとても個性的だ。良い街かどうかは兎も角、思い入れを持ちたくなる街だと思う。怪盗メアロが気に入るのも納得だ。
だから、同じようにこの街を愛している人がきっといる。そういう人達なら手を貸してくれるかもしれない。勝算はある。
「将来的には冒険者ギルドとも連携を持ちたいですね。街の外に出る冒険者と、街中を守るウチのギルドなら棲み分け出来ますし」
「それもまた一興。その頃は、オレはもうここにはいないだろうがな」
「残ればいいじゃないですか。ギルマスの上の役職を作って。ギルドチェアマン、とかどうです?」
「ふんむ。悪くない響きではあるな」
そんな軽い会話で場を占めようとした、その時――――
「失礼します。ギルドマスター、選挙の宣伝に使う馬車の規定について確認を……」
会う予定のない、出来れば今は会いたくなかった人物が部屋の中に入って来た。
「……トモ?」
コレット……!
き、気まずー……何この感情。付き合ってもいないのに、まるで元カノと偶然バッタリ出会ったかのよう。いや元カノいた事ないから知らんけど。
「――――久し振り。元気だった? なんか噂で、アイザックのパーティに加入してすぐ脱退したって聞いたよ。おかしいよねー? 私が散々冒険者に復帰するようお願いしたけど全然聞き入れて貰えなかったよねー? どういう事なのかな? 不思議ー」
本場の狂気を体験したから、今更コレットのヤンデレ発作なんてどうって事ない……って思ってたんだけど、まだちょっと怖いな!
罪悪感の所為か? 確かにこれは明らかな矛盾だし、キレられても仕方ない。
ただ、そんな事より……
「コレット、少し痩せたか?」
痩せたというより、ちょっとやつれて見える。頬が痩けてるって程じゃないけど、全体的に顔のラインがほっそりしているような……あと顔が疲れてる。俺に対する恨みで曇ってるだけかも知れないけど。
「選挙活動で歩き回ってるから、その所為だよ。ダイエットになって良い感じ」
「無理してるんじゃないか? あんまり思い詰めない方が――――」
「関係ないじゃん。捨てた女の心配とか要らないし」
人聞き悪っ! やっぱ根に持たれてたよ。っていうか、完全に拗ねてるだろこれ。
「その件ならちゃんと説明しただろ? 俺は今借金持ちなんだよ。選挙の邪魔になるだけだから、離れて正解だったんだよ。ティシエラも昨日そう言ってたし」
「……」
う……ティシエラの名前出したのマズかったか? なんか俺を見る目が更にキツくなった気が……
「トモが私の為を思ってそうしたのはわかってるけど、なんかさ……なんか、ちょっと……ね……」
納得出来ない。あんな一方的に宣言されて突き放されても釈然としない。そんな感じか。
やっぱり懸念通りだった。俺はコレットを、友達を傷付けていたんだ。
こういう時、どうすれば良いのか……情けないけどわからない。大学生以降は極力他人と関わらないよう生きてきたから、他人を傷付けたりはしなかったけど、傷付けた時の対処方を学ぶ機会も得られなかった。
コレットの意思を確認しないで、俺の意向だけで決めたのは良くなかった。そう言って謝るのがベストだろうか?
違う気がする。悪くはないし、一応丸く収まるかもしれないけど、そんな型にはまったような謝罪の言葉では、上辺をなぞるだけになりそうで怖い。
コレットが怒ってるのはきっと、そういう事じゃないんだ。
俺と似ていて、でもやっぱり違う、そんな彼女の思っている事は――――
「あー……あの時はさ、俺も切羽詰まってたんだ。急に借金が出来て、このままじゃ足手まといになるって思ったら、うわヤバっ、早く離れなきゃって思って……」
普通なら、こんな言い訳は嫌われるだけだ。自分勝手な意見だけを言って、相手を思いやってない。最低の発言とさえ思う。
でも……
「やっぱり! 絶対それだと思った。トモ、地味にプライド高いとこあるよね。私の心配より、私の足を引っ張る自分が嫌だったんでしょー?」
「まあ、それは否定出来ない……かな」
「わーサイテー」
言葉ほど最低感はないジト目。どうやらこれで正解だったらしい。
作為的にならず、醜さを隠さず、本心だけをお届け。この接し方が一番、コレットに対しては誠意になる。ようやくわかった。
俺がコレットを理解しているように、コレットも俺を理解している。俺が何を考えて発言したのか、きっと筒抜けだったんだろう。齟齬があればモヤモヤするくらいに。
言葉を選んで謝るのが大事な時もある。その方がずっと多い。でも、謝るより言い訳する方が正解ってレアケースもある。言い訳して『バーカ』って罵られるのがベストな時もあるんだ。
理屈だけじゃ決してわからない。経験してようやく手に入れられる定番以外の解答。30年以上の時を重ねて、やっと抵抗なく受け入れられるようになった。これは果たして成長なんだろうか。
「でも、最低はお互い様かな。私も自分のやり方押しつけて、トモのプライドを傷付けようとしてたし」
「それな。幾ら弱くても、施しを受けるような真似は絶対御免だから」
「わかってるってば。もうしないから」
これで蟠りは完全になくなった……かな。いや最初からそんな大げさな事態になってる自覚もなかったんだけど。いざ本人を目の当たりにすると、結構危機的状況だったんだなと自覚してしまう。実際、こんな感じで疎遠になる友達も多いだろう。今日偶然会えたのは――――
……待てよ。今俺がここでギルマスと話をしてるのは受付も当然把握してる。なのに部屋に通すか? 幾らコレットが高レベルの冒険者でも、先客がいる応接室に自由に出入りしていい訳がない。
「コレット、俺がここにいるって事前に聞いてなかった……よな?」
「うん。マルガリータにギルドマスター何処って聞いたら、ここにいるって答えてくれたけど、トモの事は全然」
やっぱりかい! 余計な気を回しやがって……いや助かったけど。後でお礼言わなきゃいけないのは地味にストレスだ。
「で、トモ。なんでここにいるの?」
にこやかにコレットが問いかけてくる。一体何処から話したものか――――
「彼はこれから新しいギルドを作るそうだ。彼の方が先にギルドマスターになるとはな。驚きだ」
あれ、ちょっとギルマス?
そういう微妙にコレットを刺激するような発言は……
「え? ギルド? トモが? どういう……」
「きっと彼は、事前にギルドマスターを体験し、その経験談をコレットに伝える事で力になろうとしているのだ。美しい友情、美しい相互理解……素晴らしき哉人生」
いやちょっと待って違うから全然そんなつもりじゃないから!
「えー……?」
そんな目で見ないでコレットさん! ギルマスの深読みだから! 俺そこまで考えてギルド立ち上げてないから!
「私に嫌われそうになったからって、ちょっと頑張り過ぎじゃない? そこまでしなくても……そ、それじゃ私、これから用事あるから!」
なんか照れてるっぽい顔を隠すようにして、コレットは応接室から出て行った。ギルマスに選挙の件で何か話あったんじゃなかったの?
あれ、完全に誤解してる顔だよな……
『友達に嫌われるのが怖くて必死に機嫌取ろうとしてました!』程度の誤解ならまだしも、『気がある相手に振り向いて貰う為に頑張ってみました!』とか思われてたら最悪だ。マジそんなんじゃないからね?
「可愛いものだな、胸いっぱいの愛と情熱を受け止めきれず身悶える女性は」
「うるさい黙れ」
「オウフッ」
暫くこのギルドには立ち寄らないようにしよう。そう誓った。
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