第070話 クズれ人

 日本では、会社を設立する為には面倒な手続きが必要だった。定款(事業目的など基本的な規則)認証の手続きを省略できる合同会社でも、出資する社員および役員の決定、商号や印鑑の作成と登録、定款の作成、資本金の決定と払い込み、登記申請などは当然必須。税金や社会保険の届け出も必要だ。


 こう並べるとすぐにでも出来そうな項目ばっかなんだけど、実際には各種届出に手間も金もかかる。大体2週間前後で設立出来るとは言われてるけど、初心者が一からやる場合はそう上手くはいかないらしい。違う警備会社の社員が上司から聞いた話では、一ヶ月以上かかる事もあるとか。独立されるのが嫌で盛られてる可能性も否定出来ないけど……


 資本金自体は1円からでも良いとされてる。でもこれは1円詐欺。資本金1円の会社なんて誰が信用するんだって話な訳よ。だから実際に資本金を1円に設定する奴はいない。1円パチンコもオークションの1円商品もネットショップの1円商品も個人的には胡散臭いと思ってるけど、起業における1円は罠でしかない。


 じゃあ現実的に幾らなら良いのかっていうと、300万円以上に設定しないと社会から相手にされないとの事。逆に言えば、一般社会から相手にされなくても問題なく活動出来る業種なら300万未満で始めても全然問題ない。特にソシャゲの開発や運営を行うゲーム制作会社なんて最初は100万くらいから始めるところがわんさかある。そして大半が早々に潰れていく。夢とか希望は誘蛾灯みたいなもので、その根元には無数の死屍が山積みされてる……なんて、どの業界にも当てはまる話だ。


 警備会社の資本金も基本、300万円以上に設定するのが妥当。その上で設立する為には都道府県公安委員会の認定を受ける必要があって、それには警備員指導教育責任者の資格が必須。自分で取得するか、資格を持っている人間を採用しなくちゃいけない。ただし後者の場合、万が一有資格者が辞めたらアウト。余りに短期間でそうなった場合、業界内において信頼を失うのは言うまでもない。


 次に人員確保。当然、業務を行う上で一定数の人員は必要だ。彼らに支払う給料も確保しておかなくちゃいけない。なのに設立早々、給料未払いが発生する会社は何気に多いらしい。最初からブラック前提で作った会社……言うなれば奴隷メーカー。なんか18歳未満お断りのゲームのタイトルみたいだけど、そっちの方がよっぽど健全というね。恐るべき社会の闇。


 あと、警備業法第3条各号に引っかからない事も必要だけど、これについては健全にさえ生きていればまず問題ない。


 要するに、警備会社を設立するのに必要なのは、手続き等の経費も含め数百万の資金と、最低限の人脈と、資格。他はともかく人脈はハードル高過ぎの無理ゲーだったから早々に諦めたっけ……


 それに対し、この異世界では――――


「バカ言ってんじゃないよ。そんなの作れる訳ねーって、この街じゃ。まず国が許さねーだろうよ」


 設立以前の問題だった。


 いや……そりゃ会社とか法人化とか、そういう概念自体がないとは思ってたし、だから『組織』なんて言葉を使ったんだけど、国が許さないってどういう事なのさ。


「それって、組織を新しく作るのがダメって事ですか? それとも警備業自体が国の逆鱗に触れるとか?」


「後者だな。国は原則として、このアインシュレイル城下町に警備兵を配置しない方針を徹底してんだよ。昔、ちーとばかし面倒事が起こってな」


「その件、詳しく伺いたいんですが。何があったんですか?」


 商業ギルドの応接室は案の定、ヤクザの事務所みたいな物々しい雰囲気で、ボディーガード役と思しきガタイの良い角刈りの部下がバングッフさんの隣に立っている。俺が身を乗り出して質問すると、そのガード役の男は露骨に顔をしかめたが、幸いバングッフさんが手で彼を制してくれた。この街血気盛んな奴多過ぎでしょ……献血とかしてないからかな。センパイ! まだ献血未経験なんスか? ひょっとして……注射が怖いんスか?


「まあ簡単に言えば内戦だ」


 ボディーガードの角刈りを心の中で弄ってたら、急に物騒な単語出て来ました。


 勿論、ビジネスを戦争に例えるのが大好きな意識高い系の経営者が口走る謎ワードとは訳が違う。リアルガチの方の戦争だろう。


「20年くらい前まではな、この城下町には自警団がちゃんとあったし、王宮からも警備兵が派遣されてたんだよ。街中で問題があれば自警団が対応したし、反王制組織が動けば警備兵が鎮圧するって具合にな。棲み分けも出来てたんだが……治安を守る組織ってのはどうしたって権力が要るし、権力が肥大すれば組織ごと腐敗するのもお約束でな。こっちとしても、自分らの庭で国家権力に好き勝手されるのをいつまでも見過ごしちゃおけねぇってんで……」


「え、当事者だったんですか?」


「俺は違うからな!? 先代だよ先代! 20年前の五大ギルドのギルドマスター達がブチ切れちまってさ、俺らのシマ荒らす奴等は例え国家の犬だろうと容赦しねぇって話になったんだよ。聖噴水のおかげでモンスターが街中に攻め入る事もなくなってたし、腕の見せ所ってのに飢えてたのもあったんだろな」


 一体何処のヤクザだよ……あと警備兵の連中何したんだよ? ノリがその筋過ぎて30代にはついて行けないって! 仁義なき戦い世代の管轄でしょこの系統は。


「まあ、他にも細かい事で色々あって、積もりに積もった挙げ句が国軍とギルドのドンパチって訳だ。勿論一般市民にはわからねーよう、水面下でバチバチやり合ったんだがな」


「で、その結果、五大ギルドが勝利して警備兵を撤退させたと」


「この街の現状を見れば一目瞭然だな。ま、そういうこった。何しろこの街の連中は最強だからな。国家の犬共にどうこう出来る連中じゃねーよ」


 何そのパワーバランス。やっぱ終盤の街って異常だわ。


「で、軍を管轄する国と王様は城下町での影響力を失って、五大ギルドが治める事になった訳だが……自警団をそのままにしておくのも、これ見よがしっつーか、軍人や王様を挑発してるみたいで気が引けるから、そういう組織は置かないようにしようってなったんだよ」


 一応理屈はわかったけど……本当にそれでいいのか?


 確かに、引退した冒険者の人達がいれば、有事の際には対応出来るだろう。現役の高レベルな冒険者達が目を光らせていれば、テロ組織や妙な宗教団体が力を付ける事もないだろう。


 それでも、彼らは一般人の小さないざこざやトラブルをいちいち解決するほど小回りは利かない。この街には『庶民の味方』が不在なんだ。モスグリーンのコートを着たあの人みたいな。


 とはいえ……俺は別に慈善事業がしたい訳じゃない。問題は、その空席に金脈があるか否か。金にならないのなら、ぶっちゃけやっても仕方ないんだよなあ。


「ま、そういう歴史がある街だから、警備業を前面に出すような組織は作らない方が良いだろうな。一般市民はともかく、腕のある連中なら大抵知ってる事だからよ。まず人が集まらねぇよ。新参者のお前さんには信用もねぇしな」


 痛い所を突かれてしまった。結局ここに来ても信用がネックになるのか。調整のスキルを商業利用するにしろ、会社を興すにしろ、信用がなくちゃ出来ない。その信用を得ようと色々やった結果が15万Gの借金。悪循環にも程がある。


「そうだな……どうしても警備業をやりたいっつーんなら、違う看板のギルドを設立するってのはどうだ? 警備ギルドみたいな露骨な名前じゃバレバレだろうが、例えばこいつらみてぇなボディーガードを派遣するギルドって名目なら、多分通ると思うぞ。元々武器屋だった建物なら、特に改造しなくてもギルドっぽく出来るだろうしな」


「……え? そんなんでいけるんですか?」


「五大ギルドの所為でやたら仰々しくなっちゃいるけどよ、元々ギルドってのは弱い業種を存続させる為、そういう職業で働いてる市民を守る為のモンだからな。その設立に一々難癖付けるほど国もアホじゃねーし暇でもねー。それに、ギルドだったら割と頻繁に設立と解体を繰り返してるから、向こうも流れ作業で確認してるだろうよ」


 流石ヤクザ、もとい商業ギルドのギルマス。この世界ならではの抜け道を熟知してるらしい。

 

 ギルドか……考えた事もなかったな。でも実際、警備対象に人員を派遣する警備会社と、仕事を取ってギルド員に回すギルドとではやる事は殆ど変わらない。全く問題はない訳だ。


 後は、そのギルドを設立してどれだけ稼げるかだよな。ぶっちゃけ俺個人が15万G稼ぐのは無理だろうけど、ギルドの資金が20万Gくらいになれば、そこから返済に充てれば良い。前世の世界なら資金流用で逮捕案件だけど、この街には逮捕する警察そのものがいない。犯罪者を粛正するのは、その辺にいる強者達だ。だから、彼らが街の平和を乱す行為だと思わなければ、それは犯罪にはならない。多分。いや知らんけど。


「本気でギルドを作る気があるなら、その用意はしてやるぞ。最低人員数とかも特にない。一応、担保として俺達商業ギルドが1万Gを預かるルールになってるけど、そこまで厳密にはやってねぇ。今手持ちはどれくらいある?」


「5000Gくらいですかね」


 質素な生活をして来たから、ベリアルザ武器商会にいた頃は給料だけで十分やっていけていた。ただ、ザクザクのパーティに入ってからは収入がほぼ途絶えてた為、若干目減りしてしまった。


「じゃ、その半分でいいや。俺に預けてくれ。五大ギルドの代表者が何人か名前入れとけば、間違いなく申請は通るだろうよ」


「ありがとうございます。なら、早めに根回ししてた方が良さそうですね」


「おう。やる気はあるみたいだな」


 やる気どころか、俺の中では既に結論が出ていた。


 警備ギルド(仮)を作る。それが今の俺に出来る最善策だろう。


 とはいえ、ギルド運営なんてド素人もいいところ。根回しがてら、有識者から話を聞いて回るとしよう。





 ――――と言う訳で。





「……ギルドを作る?」


 やって来ましたソーサラーギルド。これで二度目の来訪だ。幸い、今回もティシエラはギルドにいてくれたからすんなり対面出来た。応接室の内装は相変わらずヤバいけど。気の所為か、前来た時と若干模様が違ってるような……書き直してないよね?


「本気?」


「ああ。警備業を営むギルドを作ろうと思ってて。表向きは別の仕事になると思うけど」


「事情は察しているみたいね。でもその前に――――貴方には私との取引がある筈だけど。そっちを疎かにして、自分の都合だけ一方的に押しつけるのは感心しないわね」


 偉い人特有の圧力が襲ってくる!

 でもティシエラが相手だと全然怯まない自分がいる。なんでだろう……よくわからん。


「前回はそっちの都合を一方的に押しつけてなかったか?」


「見解に齟齬があるようね。私は貴方がこの街で孤立しないよう、率先して聞き取り調査を行っただけよ。その後の依頼は、私のお願いを貴方が快諾しただけ。強要など一切していないでしょう?」


 まるで『監禁されたと誤解したそっちの落ち度』と言わんばかりの物言い。いや実際そうなんだけど……こんな呪いの部屋みたいなヤバい所に送り込まれたら誤解するなって方が無理だって。


「それじゃ、先にフレンデリアお嬢様に関しての報告をしておくよ。コレットと最近会ってないから全然話聞いてない。申し訳ないです」


「破局したの?」


「だから付き合ってないっつってんでしょ! ちょっとその……ケンカはしたけど」


「そう」


 ……何その薄味のリアクション。ケンカした理由とか聞くのが礼儀じゃないの? そんで俺から相談受けて気の利いた回答するまでが話題振った方の責任でしょうが!


 実際、コレットとはあれ以来会ってない。選挙の件があるから、借金持ちの俺が彼女と親しくするのはデメリットになると俺自身がそう提案した訳で、全くもって予定通りだ。


 でも、正直モヤモヤしてるのも否定出来ない。当時の判断に後悔はないけど、もうちょっと言い方はあったかなと反省はしている。友達から一方的に一時絶縁を言い渡されたコレットの気持ちを考えてなかったかもしれない。それこそ、一方的な気持ちの押し付けだったんじゃないかって思う。


 長年友達がいないとね、ソーシャルディスタンスとか言われてもわかんないんですよ。心の距離感ってメジャーじゃ測れないしさ。


「冒険者ギルドの選挙戦は順調そのものよ。このまま何事もなければコレットの圧勝。貴方が彼女から離れたのは賢明な判断だったわね。男性票を確保する上でも、親しい異性が近くにいない方が有利に働くでしょうし」


「そっか。なら良かった」


「コレットにとっては、どっちが良かったのかしらね」


 そんなの決まってるでしょ。友達と多少気まずい関係になったところで、そんなの大した問題じゃない。目標に近付く方がよっぽど大事だ。


「それと、私にとっては……」


「わかったってば。悪かったよ。フレンデリアお嬢様の情報はどうにかして入手するから」


「……そういうつもりで言った訳じゃないんだけど。まあいいわ」


 だったら、どういうつもりだったんだ?

 相変わらず人を混乱させるのが好きな人だ。そして俺が困っている顔を見て冷笑を浮かべる。厄介な事に、その顔は嫌いじゃないんだよなあ。


「警備業のギルドを作る、って話だったわね。具体的な方針はあるの?」


 ようやく本題に入ってくれた。ここまで長かったな……


「基本的には、この街の治安を守る為の仕事をしたい人を募って、そういう仕事をして貰う為のギルドにしたいと思ってる。ただし直近の目的は俺のヒーラーギルドへの借金を返す事だけど」


「そういえば、モンスター襲来の日にヒーラーから助けられてしまったのよね。でも、その動機をバカ正直に話すのはどうなの?」


「ティシエラには現場を見られていたし、俺がギルドを作るって言った時点で連想したかもって思ってさ。隠すくらいなら正直に話した方が心証は良いだろうって判断だよ」


「……呆れるほど素直ね。そもそも、そんな連想はしていないわ。まるで私が一日中貴方の事を考えているかのような物言いだけど、思い上がりも甚だしい。警備員さんではなくなった事だし、貴方の事は今から自惚れ人と呼んであげる」


 何その夢追い人みたいな呼び方! いつまでも自惚れ続けている痛い人みたいに言わないで!


 もしかして怒ってる? そんな怒らせるような発言だったかな……さっきの。


「とにかく、街の治安を守るのと自分の借金を返済する為に、ある程度は派手な案件も扱うつもりでいる。怪盗メアロを捕まえるとか、ルウェリア親衛隊の撲滅とか、あと――――先日のモンスター襲来の件、とか」


 最後に挙げたのは、ティシエラが現在行っている調査。その手伝いを有料でする、と暗に伝えたつもりだ。果たして乗ってくるか否か……


「……」


 暫く沈黙したのち、ティシエラの顔が妖艶に口の端を吊り上げる。ニヒルな笑みもサマになる女性だ。


 そんな彼女の答えは――――


「全て読めたわ。私に協力するフリをして取り入って、怪盗メアロに私の愛用ロッドを盗ませた挙げ句、娼館の息子に私を売る代わりにルウェリア親衛隊を解散させるよう交渉する手筈なのね。それで借金を返そうだなんて外道だわ。鬼畜の所業よ。最早クズれ人と呼ぶしかないわね」


「解釈の自由度高過ぎない!?」


 クズでもないし崩れてもいない俺は、その後謎の釈明に結構な時間を費やした後、イリスチュアも交え普通にお茶して帰った。 


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