第069話 贈与税って結構ヤバい

 何を隠そうこの俺、小中高時代には女子と話す機会がそれなりにあったのです。


 ……とはいえ、別にモテたとかそういうのじゃないんだよなあ。やる事がなくて、なんとなく放課後ボーッと教室に残っていたら、グループで駄弁っている女子達に弄られるようになっただけの話。特に実のある会話なんてなく、当時はまだネットよりテレビの方がかろうじて一般性があったから、好きな番組やタレント、あとミュージシャンなんかの芸能の話題に参加させられるくらいのものだった。


 でも、当時の俺にとってはその時間はとてもとても貴重で、半ばバカにされているとはわかっていながら、心の何処かでモテるかもって期待もあって、必死になって最先端の話題を予習したりもした。誰にだってそういう純真なお年頃ってあるよね。まあ結局彼女を作るどころか、これといったイベント一つ起こせなかった訳だけど。


 とはいえ、結果的に女子と話す事への苦手意識を持たずに済み、自分なりに女性に対するスタンスというか、接し方というか、そういうのを確立出来たのは大きい。虚無の14年の間、殆ど女性とまともに会話して来なかったのに、異世界でコレット達と普通にコミュニケーションが取れているのは当時の経験あってこそだ。


 

 ただし、女性の部屋にあがった経験は一度もなかった。現実は非情である。



「お、お邪魔します……」



 まあ仮にそんな好機が訪れていたとしても、俺のメンタルじゃプレッシャーで嗚咽するなどの醜態晒して即撤退していたに違いない。そう自覚せざるを得ないほど、ユマの家にお呼ばれした今の俺は極度の緊張に襲われていた。


 おかしいな……コレットの部屋に入った時はここまでの重圧はなかったんだけどな。やっぱ宿と一軒家では重みが違うらしい。



 尤も――――



「オホォ! キミがトモ君か! 娘から話は聞いてるぞ! 命懸けで助けてくれたそうじゃァないか!」


「本当にありがとうございます。今日は遠慮せず食べていって下さいね」



 まだ10代半ばと思しきユマが一人暮らしな訳もなく、連れて来られたのは両親と一緒に住む一戸建てと判明。お礼というのもあくまで御両親の意向らしい。うん、知ってた。知ってたよ? 知ってた上で緊張してたんだよ。マジマジ。





 ……はぁぁぁぁ。





 で。


 元武器屋の御父上は現在、鉱夫となって一家の生活を支えているらしく、かなりガッチリした体型をしてらっしゃる。料理を運んで来てくれた奥さんは、対照的に細身でおっとりとした女性。ユマは母親似らしい。


 この世界の食べ物が地球と酷似しているのは既に確認済みだけど、家庭料理となると流石に地域色というか世界色というか、そういう個性が出てくる。肉料理というと、俺の中では焼き一択なんだけど、目の前にある料理は冷製スープの中に赤身の肉が浮かんでいる。牛のように真っ赤って訳でもなく、豚肉の色合いに近いから、熱を通していないとどうしても寄生虫や病原菌が気になるんだけど……


「ありがとうございます。頂きます」


 それを口にする訳にもいかない。厚意で作って貰った物にケチを付けるクレイジークレーマーにはなりたくないよね。


 にしても、パン以外の食事は随分と久々だ。身体が受付けないって事はないと思うけど、果たして……


「あっ美味しい何これ美味しい!! 何これ!! 新しい!! すごく美味しい!!」


 な、何故だ……?

 この俺がパン以外にここまで惹かれるとは……


 ハッ!


「奥さん! まさかこのスープの中には……パンが入っていますか!?」


「あら、わかりました? 小さく小さく刻んだパンを隠し味にしているんですよ」


 これは、いい物だ……! 俺の為に生み出されたかのような料理じゃないか。結婚願望とか1mmもないけど、こんな最高の料理が食卓に並ぶ家庭を築きたくなった。いや……俺が作ろう!! ぜひ俺に作らせろっ!!


「オホォ! 良い食べっぷりじゃァないか! なァユマ! 彼だったら安心して任せられそうだ!」


「あ、うん。私もそう思う」


 ん? 何が?


「トモ君。今日キミを家に呼んだのは娘を助けて下さったキミをもてなす為だったのだが……それだけでは俺の気持ちが収まらん! この目に入れるとほぼイキかけるくらい可愛い娘の命の恩人たるキミには、もっと感謝を伝えたいのだ!」


 ……なんか途中キモい事言っていた気がしたけど、この際気にしないようにしよう。


「あ、いや、俺……僕としては、この最高のお料理を食べさせて頂いただけで十二分に満足なんですが」


「確かに家内の料理は最高だァね! だがそれはあくまで家内の礼! この俺の礼は別に用意してあるのだ!」


 な、なんだ……? これ以上何をくれるってんだ?

 さっき確か『安心して任せられそう』とか言ってたよな。


 ま、まさか……まさか……



 娘を任せたいとか言い出すつもりじゃ……!?



「キミに俺の夢の跡をォ継いで貰いたいッ!」


 違った。


 うわ恥ずかしい! これ口に出してなくても自分の中で暫く引きずるやつじゃん! どんだけ自惚れてんだよ! バカじゃねーの!? バカじゃねーの!?


「俺が武器屋を営んでいたのは娘から聞いていると思うが、鉱夫の仕事が軌道に乗ってきた今でも時折夢の中で見てしまうのだ。あの武器屋が繁盛しているif世界を。どうしても諦めきれなくてなァ……そこで、武器屋に勤めているキミなら俺の夢を継いでくれると思ったワケでさァ!」


「あ、いや、勤めてるって言っても店員とかじゃなく警備員なんで……しかも最近辞めましたし」


「一向に構わァん! 別に武器屋を営んで欲しいワケじゃァないんだ。一時とはいえ武器屋に身を置いたキミが、あの店を住処としてくれるだけでも良い。あの店が、ほんの少しでも武器屋の匂いがする人の役に立っていると、そう思いたいのだ」


 せ、切ねぇ……なんか泣きそうになった。


 要するに、あの怪盗メアロに促されて入った放置状態の武器屋を俺に贈与してくれる、って事で良いんだろうか。


 いやいやいやいや……幾ら最愛の娘さんを助けたとはいっても、それは幾らなんでも見返りとしてはデカ過ぎでしょ! 


「実は先日も、休みの日についフラッと元武器屋のあの建物に立ち寄って、当時の思い出に一日中浸ってしまってな……今のままじゃ、俺は未練で時間を忙殺してしまう。折角の休みは家族の為に使いたいのだ。その為には過去を断ち切らねば。キミが貰ってくれれば、それが一番ありがたいのだが。無論、建物だけではなく土地ごと提供するつもりだ」


「私からもお願いします。娘の恩人で、武器屋と縁がある貴方に貰って頂ければ、主人も本望だと思うんです」


 ユマの両親、娘と違って圧が凄い……


 ご厚意は大変ありがたいし、俺だってタダで家が手に入るのならそんな都合の良い話はない。借金で苦しんでる中、家賃を節約出来るんだから。


 でもね、社会人ともなるとタダで物を貰うのが怖いんですよ。主に税金関係が。不動産って確か、贈与された方の税負担が結構大きかったんじゃなかったっけ。贈与税って結構ヤバいって聞くからね……


 あと土地の価値次第では固定資産税と都市計画税も結構かかる。まあこっちはそこまで気にする金額じゃなかったと思うけど。


 ……って、それ全部日本の話じゃん! なんで異世界まで来て日本の税金に悩まされてるんだよ俺!


 この世界の税金も一応一通り調べたけど、贈与税って確かなかったよな? でも他に何か別の税金がかかったら……


「心配しなくても、貰ってもお金は維持費以外かからないと思う。だから安心して」


 ユマにセコい苦悩を見抜かれてしまった。超恥ずかしい。


 正直、まだ子供のユマの言葉を真に受けて大丈夫なのかって不安はある。でも、少なくとも彼女はこの世界の住民を十数年やってる訳で、俺よりはずっと先輩だ。


 そもそも、俺はこれから多額の借金を返さなくちゃいけない身。しかも無職。そんな今の状況を打破するのに、建物と土地があるのとないとでは天と地の差だ。多少コストがかかっても、それを補って余りある価値がある。


 何より、この出会いと幸運を大事にしたい。俺はそういう自分になりたくて、この異世界で第二の人生を始めたんだから。


「……ありがとうございます。あげて良かったと思って貰えるよう、精一杯生きていきます」


 この世界にお辞儀の文化があるとは思えないけど、自然と頭を下げていた。


 元々、平身低頭して謝る事に抵抗を抱くような性格じゃなかった。でも、『ちゃんと頭を下げてお礼を言いたい』と思った事も一度としてなかった。これもまた、生きている実感を持っていなかった証かもしれない。


 背負う物が多くなって、重くてウンザリするのがとても面倒で辛かった。だから意地も持たず感謝もしなかった。何年経ってもそれは変わらなかった。変われなかった。


 でも今、俺はちゃんと生きている。心からありがたいと感じ、敬意を示したいと思えた。それが嬉しい。


「堅ぇ事言うなよォ! 頼んでるのはこっちなんだからさァ! 明日はみんな時間空けておけよ! 武器屋を片付けるからな!」





 ――――と、そんなユマ父の宣言があった翌日。


「これで、俺もやっと終わらせる事が出来たな」


 しみじみとそう語るユマ父の目には、薄っすらと涙がにじんでいた。男泣きってやつだ。


 鉱夫やってるユマ父の労働力は凄まじく、片付けはたった一日で全て終了。あれだけ山積みになってた鞘は瞬く間にゴミ収集荷馬車によって撤収され、ユマ母とユマの手伝いのおかげで掃除も滞りなく済んだ。


 かつて武器屋だったこの建物は、カウンターと一部の棚を残し、ほぼ何もない平屋となった。


 この場所が、俺の新しい拠点だ。


「トモ君。たまに遊びに来ても良い?」


「ユマなら大歓迎だよ。勿論、御両親もいつでもいらして下さい。名義は変わっても、ここは皆さんの家でもありますから」


 そんな俺の言葉に、ユマ父とユマ母はニッコリ微笑んでくれた。


 こういうの、家族ぐるみの付き合いって言うんだよな。これも生前の俺には考えられない事だ。持ち家をゲットし、尚且つ親しい家族まで出来るなんて……異世界生活チート過ぎてビビる。



 まあ、借金あるんですけどね。



 どれだけ浸ろうとしても、この現実がある限り気持ち良くはなれない。意地でも完済して心の底から歓喜の雄叫びをあげたいね。


 さて……ユマ一家も帰ったし、今後のプランを練るとしよう。


 まず、この建物をどうするか。単に住宅として使用するのは勿体ない。やっぱり何か事業でも始めて、その拠点とするのがベストだろう。


 問題は、短期間で約15万Gを稼げる上、俺でも出来る事業とは何か……だ。


 パン屋は無理。最終的にパン屋を営みたい気持ちはあるけど、それは今じゃない。潤沢な資金を得て、世界一のパン職人を雇って世界一のパン屋を経営する。これは俺の人生の終着点だ。そこへ辿り着く為にも借金を返さねば。


 勝算があるとすれば、この城下町で他の誰もやっていないビジネスで一攫千金を狙うしかないよな。


 まあ、この時点で半分答え出ちゃってるんだけど。



 警備会社の設立。



 これですよ。


 アインシュレイル城下町には何故か警備兵も自警団も存在しない。なら、俺が作る余地は多分にある。生前は全く考えた事もなかったけど、まさか異世界で起業を目指す事になるとはな……


 とはいえ、自警団は兎も角、どうして国から警備兵が派遣されていないのかは未だにハッキリしない。そこを明確にしておかないと、会社を設立したとしても国から業務停止命令とか下されかねない。


 こういうの、誰に聞くのが一番良いのか――――





「警備専門の組織を作りたいだぁ?」


 熟考の結果、商業ギルドに足を運んでみた。


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