第068話 冒険者アイザックとその仲間たちの転落の記録0001





 これは記録子が緻密な取材によって詳らかにした、冒険者アイザックとその仲間たちの転落の記録0001である。





「どうしてこんな事になったんだ! 僕はまだ彼から何も学んでいないと言うのに……!」


 自身がパーティに招き入れたトモという人物に自主追放を告げられた翌日の夜。アイザックは失意のあまり黄金酒を呷っていた。普段はクエストの打ち上げでも酔うほど酒を口にする事はない彼だったが、この日は完全に荒れていた。


「かんぱーい!」


 一方で、トモを追放に追い込んだ三人の女性冒険者は仲睦まじく祝杯をあげていた。本日着手したブリイムマーブルをゲットするクエストを見事に達成したからだ。


 しかし内心、彼女達は決して穏やかではなかった。



「ホンッッット、上手くいって良かった! いっつも足引っ張ってたあのザコがいなくなったおかげで、いつもの調子に戻ったのが大きかったよね!」


 嘘である。


 このメイメイという女、先日自分の痴態をトモに目撃された事に内心ずっと怯え続けている。


 彼女にとって、半裸の格好でアイザックの部屋の前まで行き『次の瞬間に彼が扉を開け娼婦を見るような目で見つめてくる』シチュエーションを想像するのは日常茶飯事だったが、それはあくまでその状況に陥るかもというスリルを味わう為の行動。本当にアイザックが自室の外に出ようとする気配を察知した場合、或いは他の女性陣が三階に上って来そうな気配を感じた際には、見つからないよう速やかに逃げる自信があった。この変態行動によって、彼女は危機察知能力と俊敏性を日々鍛えてもいた。


 だがあの日、メイメイは油断してしまった。まさか全速力で下の階からトモが迫ってくるとは夢にも思わなかったのだ。その結果、彼女は痴態および醜態を彼に目撃されてしまった。


 この件がアイザックにバレれば、愛する人に変態と思われてしまう。また街中で噂されれば、自分だけでなくアイザックまで白い目で見られる事になる。


 そうなる前に口封じしなければならない。メイメイはクエストに参加しながらも、内心トモをどうやって見つけてどうやって山中に埋めるかだけを必死になって考えていた。



「それね! やっぱホラ、どれだけ綺麗な海岸線でも粗大ゴミがあると一気に白けるっていうか、デートする場所じゃなくなるもんね。あのゴミ男がいなくなってホントに清々した!」


 嘘である。


 このミッチャという女、トモを利用してアイザックを手に入れる計画を立てていた為、それが台無しになって大いに落胆している。


 トモに対してメイメイと同じくらい悪態をついていた彼女だが、内心彼の加入を歓迎していた。何故なら、珍しくアイザックが自分達以外の人間を気に入ったからだ。


 テイマースピリッツの職に就いているミッチャは、妖精や妖怪だけでなく、霊魂も操れる。例えばトモを殺害して、彼の亡骸を操作する事も可能。トモに心を許しているアイザックは、トモの助言なら素直に聞き入れる。トモの亡骸を使って自分を上げる発言を繰り返し言わせ続ければ、確実にアイザックの意識の中で好感度がアップしていくだろうと目論んでいた。

 

 だが、結局トモ死霊化計画は実現しないまま、彼はパーティを抜けてしまった。トモがどれだけメイメイに罵られても反撃しない為、てっきり彼が真性のドMで、自分のような美女に罵られる事に悦楽を覚えていると勘違いし、彼を暫くパーティに留めるため罵倒の限りを尽くしてしまったのが敗因だった。



「私も……あの人とはあまり合わなかったので、これで良かったと思います。もう二度と、会う事はないでしょう……」


 嘘である。


 このチッチという女、自分の本性を知るトモと一刻も早く再会して、彼を自分の性奴隷にしようと目論んでいる。


 実のところ、普段アイザック達に見せている顔と、本来の顔との乖離に悩んでいたチッチは、演じずに話が出来る相手を所望していた。トモはその相手にピッタリだった。


 だが友人のような関係になる事は全く望んでいない。チッチにとってアイザック以外の男は腐った死体よりも無価値。友情や仲間意識など芽生える筈もなく、所有物とするのも抵抗があった為、熟考の結果、性の捌け口にして精神の安寧に寄与させる事を検討していた。


 けれど苛烈な本性が災いし、つい勢いで殺害予告をしてしまった結果、トモは自分達の前から姿を消してしまった。痛恨の極みと言う以外ない。



「当然よね! あんなパッとしない奴、私達のパーティに相応しくないって!」


「ザックの引き立て役にすらならないもん! 利用価値なし! チッチもアイツ庇ってたけどさ、内心ではいなくなって欲しいって思ってたでしょ?」


「そう……ですね……」


 再び乾杯。

 周囲から見れば、息の合った三人組にしか見えないだろう。


 だが現実はまるで違う。


 アイザックに嫌われるのを恐れ、トモの口封じを画策する女。

 アイザックを手中に収める為、トモの命をも利用しようとする女。

 アイザックと向き合う為、トモを飼おうとしている女。


 目的は大体同じで手段も似ているが、彼女達には仲間意識など欠片もなかった。


 しかし、そんな三人の思惑を敏感に察知していた人物が一人。


「……嘘だッッ!!」


 鈍感さに定評のあるアイザックだが、酔うと別人のようになるのだ。


「ど、どうしたのよザック。そんな大声出して……」


「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!! みんなの言ってる事は嘘ばっかりだ!!」


 全身をワナワナと震わせ、息切れを起こしながら、アイザックは席を立った。明らかに酩酊状態。足取りは覚束ず目も据わっている。


「僕の目を節穴だと思っているかい? 僕はもうとっくに気付いてるんだ。僕が彼を誘ったあの日から、みんなは変わってしまった」


 血走った目、開いた鼻の穴、渇いた唇。

 明らかに平常心ではないアイザックの言葉は――――


「三人ともずっと、トモの事ばかり考えていたよね!!」


 確かに正鵠を射ていた。明らかに誤解ではあったが。


「……え? いやちょっ、ザック? 違うよ?」


「わたしたち、って言うかわたしがザック以外の男を意識すると思う?」


「あり得ない……です……」


 慌てて否定する三人。でも全員目が泳いでいる。トモの事ばかり考えていたのは本当だからだ。そして、仮にもレベル60の冒険者であるアイザックは、そんな彼女達の動揺を見抜いた。


「白々しいんだよォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!」


 獰猛な肉食動物の鳴き声のような、魂に響いてくる声。当事者だけでなく、酒場全体がアイザックに目を向けるのは自然の事だった。


「トモは僕にないものを持っていた……だから僕は彼から学ぼうとしたんだ。でも僕は結局、一度も彼に心を開いて貰えなかった。でもみんなは、彼に軽口を言えるような仲になって、ずっとトモの話ばかりして……まるで、僕よりトモが接しやすいと言わんばかりだったじゃないか。僕への当てつけのようだったじゃあないか!!!!」


 本気である。


 このアイザックという男、ガチのマジで三人を寝取られたかのように錯覚していた。

 

 幾ら鈍感であっても、それぞれに好意を向けられている事くらいは理解していた。いずれ、この中の誰かと結ばれるだろうと予感していた。けれど誰か一人を選ぶ事は出来ない。ずっと今のままの関係が良い。このぬるま湯に浸っていたいと結論を先延ばしにしていた。


 ミッチャの誕生日プレゼントを選ぶのにも苦慮した。指輪のような本気と受け取られる物は良くないが、二束三文の物を贈って冷められるのも不本意だった。だから熟考の結果、魔法を防ぐという不思議な剣の噂を聞き、それを魔除けとして贈ろうとした。剣は彼女の本来の得物ではない。その方が依怙贔屓に繋がらないと判断した。尤も、結局渡せず自分で使う事になってしまったが。


 それくらい繊細な日々を送っているつもりでいたアイザックにとって、彼女達の心変わりは大きなショックだった。彼は敗北を自覚したのだ。トモという異分子に。


「僕は……みんなだけは僕を裏切らない、こんな優しくて他人の心に寄り添える人達に裏切られるようなら僕は終わりだって思ってた。その覚悟を持っていたつもりだったのに……実際に裏切られたら、僕は容易に恨みを抱いてしまった。ははは、なんて滑稽なんだ。なんて情けないんだ。僕は何処までいっても僕なんだ。こんな人間、粉々になってしまうべきなんだ」


 その瞬間――――三人の顔色が変わった。


「ちょっとザック! 何言ってんの!? 私がザックよりあのザコを好きになったとか思ってないでしょうね!? 寧ろ殺すつもりだし! 証拠が残らないよう深く埋める予定だし! 他の二人は兎も角、私にアレへの好意とか一切ないから!」


「はァ!? ちょっとメイメイ、何イカれた事言ってんの!? わたしの方が先にあのゴミ屑ブッ殺すつもりだったんだけど!? 大体、アレに色目使ってたのはチッチだけでしょ! 一人だけ優しさ振りまいて良い子ぶっちゃってさァ!」


「あ? テメー今なんつった? 殺すぞビッチ共」


「「誰!?」」


 酔った勢いもあり、三人はつい本心や本性を露わにしてしまった。

 そして、そんな仲間達の言動を前に、アイザックは――――


「……またトモの話してる……またトモの……やっぱり僕より彼が良いの?」


 嫉妬の向こう側に行ってしまった。


「嘘つき……」


 心の底から、自分を含む全てが滅びれば良いと思った瞬間。


「もう これで 終わってもいい だから ありったけを」


 それが、スキル【自爆】の作動条件。


 この瞬間、アイザックは爆発した――――





「……えぇぇ」


 記録子の日記帳に記載されていたレポートを読み終えた感想は、概ねその一言だった。

 

「コンプライアンスの酒場は半壊。併設してる冒険者ギルドも被災。だから出禁」


 自爆体質って話はしてたけど、本当に自爆しちゃったかー。早まったなザクザク……


「あと女性三人組は明確に殺害予告をしてたから、永久追放の話も出てる」


 まあそれはね。幾ら警備兵や自警団が存在しないとはいえ、あんな連中を野放しにするのは街にとっても良くないだろう。

 英断に期待したい。


「……それより、一部どう考えても俺か本人達以外知り得ない情報が混じってるんだけど。どういう事?」


「緻密な取材の結果」


 いやいやいやいや……本人達にとってデメリットしかないのに自ら話す訳ないし、マジ出所不明。俺、寝てる最中にこの人から自白剤とか盛られてないよな?


「本人確認を取りたい。君は彼女達に殺意を向けられてた?」


「……まあ、一応」


「ご協力に感謝。気をつけて帰って」


 取材は7秒で終わった。現れるのも突然だったけど、去るのも突然だな。記録子さん恐るべし。


 にしても……なんか衝撃がとっ散らかってどれに驚けば良いかわからない。詰め込み過ぎだろ幾らなんでも。14年も何も起こらなかった生前の反動かよ。


 っていうか、ザクザクの生存確認しそびれたな。俺と同じ境遇になってたりして。まあ、仮に死んでヒーラーから蘇生されたとしても、あいつなら十分に対応出来る蓄え持ってそうだけど。


「トモ君」


 あ、ユマの事ずっと放置してた。結局彼女の危機は記録子さんが救った格好だし、出しゃばりみたいになってしまったな。


「この前のお礼したいんだけど、家に来て貰える?」


「……へ?」


 この俺が女の子から家に誘われるという、新たな衝撃の展開が一つ追加された。


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