第077話 姉を名乗る不審者

 事前登録者数が増える度にイリスと交流を深められる特典が奏功し、募集開始から三日でギルド員は20名を越えた。半数以上はアラサー、アラフォーの一般男性なんだけど、ここは終盤の街だから当然一般市民が一般市民じゃない。レベル40以上の元冒険者、上級魔法を全て修めた元ソーサラー、数々の伝説を作った元傭兵など、一人一人の実績がいちいち濃い。


 そんな中でも、特にディープ極まりない人物が今、目の前で仁王立ちしている。


 彼の名はダゴンダンド。

 御年――――69。


「時に小僧。このギルド、不遜にも我が庭たるアインシュレイル城下町を名乗っているようだが、どのような了見でそうなったのかを聞かせて貰おう」


 にも拘らず、老いは全く感じられない。筋肉量は俺が今まで見て来たベルドラックやメデオといった肉ダルマの面々に勝るとも劣らず、やたらエネルギッシュで圧が強くて、顔面も厳つく彫りが深い。


 年齢は首回りに出ると言うけど、その首も鍛え抜かれていて見窄らしさは微塵もなく、老人特有のシミも一切見当たらない。自己申告がなかったら50前後と認識していたかもしれない。


「55年。14で初めて訪れて以来、拙者は55年もの間、この街を見守り続けて来た。最早故郷さえ霞んでしまうほどの愛しき拠点よ。拙者の生涯はアインシュレイル城下町と共にあり、アインシュレイル城下町は拙者なくして語れぬ。その街の名を冠する理由、知らぬ訳にはいかぬ」


 猛っているのか、ただでさえマッチョな身体が更に膨張している。


 イリス目当ての登録者が多い中、この方は完全に街への愛がベースになっている。だからこそ、街の役に立つギルドっていう方針に興味を持ってやって来たらしいが……それ以上にギルド名が引っかかって仕方ないみたいだ。


 こんな怖い爺さんに『この名前なら注目を浴びると思ったから』と本音を言えば、確実に肉殺されるだろう。肉殺って何だろうと自分に問いかけたくなるけど、他に相応しい言葉はない。今まさに肉殺が迫っている。


 とはいえ、俺だって半端な気持ちでこのギルド名に決めた訳じゃない。怖じ気づく訳にはいかんのよ。今回ばかりは死への恐怖を感じない今の性質が良い方に作用してくれると願おう。


「先日、モンスターが街中に侵入した件、当然知っていると思います。また同じ事が起きないとも限らない。このアインシュレイル城下町は今、重大な危機に瀕しているかもしれません。その危機から街を守るには、生半可な覚悟ではダメなんです。街の命運を背負う、街そのものを背負う覚悟がなければ。街の名を冠したのは、その覚悟の表れです」


 ハッタリや丸め込む為の方便じゃない。これは紛れもなく本音だ。


 けれど納得しかねるのか、ダゴンダンドさんの圧は更に強まる。


「貴様にそれが出来ると言うのか? この街に来て間もない貴様如きに!」


 カッチーン!


「俺に出来るか出来ないかじゃないんです。誰もやらないのなら、俺達がやるしかないんですよ。これだけの危機的状況にありながら、この街の住民は呑気過ぎる。警備兵は依然として派遣されていないというのに、自警団どころか対策本部すら立ち上げない。守衛も圧倒的に少ない。貴方だってそうだ。愛があっても具体的に何もしないんじゃ話にならない。『見守る』と『守る』の間には途方もない隔たりがあるんですよ!」


「ぬう……ッ!? 拙者が、この拙者が責められているというのか! 愚図扱いされているというのか!?」


「愚図扱いしているのではありません。愚図だと申し上げているのです」


「グ……ズ……ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアム!!!!」


 まさか自分が非難されるとは夢にも思っていなかったんだろう。勢いに任せて捲し立てた俺の言葉に思わずよろめいたダゴンダンドさんは、ラスボスのような悲鳴をあげて倒れ、病院に担ぎ込まれ入院した。多分高血圧だろう。幾ら筋肉があっても寄る年波には勝てないよね。


 ともあれ、彼はこの街の名物爺さんみたいだから、ギルド員になって貰えたのはありがたい。こういう愛に溢れた人が来てくれるのを待っていた。退院するまで名前だけ貸して貰おう。


 そしてもう一人、ダゴンダンドさんとは対照的な個性派がやって来た。


「あ、あの……ボク、どうしてもイリスお姉さんとお知り合いになりたくて……その……」


 まだ9歳の少年で、容姿は実年齢以上に幼く見える。

 彼の名はタキタ。細身で常に頬を赤らめ、目を伏せオドオドしている小動物系。というかショタだ。


 ショタキターーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!


 ……一応ね、一応。


「どうしてイリスと仲良くしたいんだい?」


 親戚付き合いをサボってきたから、年の離れた子供と接する機会が今まで殆どなかった俺にとっては未知の生物。会話パターンの深刻なストック不足の所為で、思わず幼稚園児に話しかけるような口調になってしまった。


「え? えぇ……それはぁ……」


 うーん。こう目の前で美少年にモジモジされてしまうと、思わず目尻が下がってしまうというか、性別とか関係なく優しくしてあげたくなるよね。


 でも冷静に考えたら、年の差的に俺にもこれくらいの子供がいても不思議じゃないんだよな……そう考えると急に目を背けたくなってきた。現実はいつだってグロい。神サマ、暇だったら心のシャッター下ろした瞬間にモザイクがかかるシステムとか構築してくれませんかね。


「んー、どうしようかな……言ってもいいのかな……」


 随分勿体振るね、この小悪魔め。一体どんなピュアな理由なのか知りたくなって仕方ないじゃないか。


「怒らないから言ってごらん?」


「え、えっとね……養いたい」


 ……ん?


「イリスお姉さんには何のお仕事もさせたくなくてね、お家でじっとしてて貰いたいの。ずっと黙って座ってて貰いたいんだ。ボクはね、お仕事から帰ったらそんなイリスお姉さんをずっと見つめていたいんだ」


 え? 何?


 この子何!? これなんて性癖!?

 わかんねー! マジわかんねー!! あどけない顔で何言ってんの!?


「ボクが寝てる時もね、瞬きもしないでずっと同じ場所に座ってて欲しいんだ」


 人形!? 人形化しようとしてるの!?

 怖ぇーよ! サイコパスともちょっと違う怖さだよ! 目的も意図も不明過ぎて背筋が凍ったわ!


「ダメ……かなあ……」


「そ、それは……そうだね。一人前のギルド員になってから本人に聞いてみるといいよ。いいかい、一人前になるんだ。俺がそうなったと認めるまでは、決して自分の気持ちをイリスに伝えてはいけないよ」


「どうして?」


「えーっと、イリスはね、一人前の男しか相手にしないんだ。彼女は男にとっても厳しいから。もし半人前のまま今の話をしたら、きっとその要求には応えてくれないよ」


「?」


 ……ダメだ、理解して貰えてない。いや、こっちだって君の言ってる事ほぼ理解出来てないからね?


 仕方ない。もっとわかりやすい理由にしよう。


「養うなら、まずお金を沢山稼がないと。ほら、イリスってアクセサリーとかいっぱい付けてるからお金が要るんだよ」


「あ、そっか! うん、わかった。ボクたくさん稼いでイリスお姉さんをもっとキラキラにするね!」


 なんとか納得して貰えたらしいけど、生涯で一番ヤバい会話だった気がする……


 地雷の臭いがプンプンするけど、同時に大物になりそうな気配もなくはないこのショタキタ君。果たしてギルドに入れるべきか否か。


「うん。そうしようね。一緒にがんばろう」


 ……ま、イリスなら上手くあしらってくれるだろう。それに子供の教育はソーサラーの仕事みたいだし。彼を更生するのも長い目で見れば街の為だ。甘んじて受け入れよう。


 個性派の登録希望者は他にもいた。


「妹のイリスを邪で淫らな男達の汚れた手から守らなくてはいけません。わたくしを雇って下さい」


 イリスで釣るという戦略上、男ばかり来ると思っていたけど、意外と女性も結構いて、その中でも飛び抜けてヤバいのがこの人。


 イリスの姉を自称しているが……


「えっと……もう一度伺いますけど、名前は――――」


「イリスチュアです」


 言い淀みなし! マジですかそうですか……


「妹さんと同じ名前なんですか? それはちょっと無理があると思いますが」


「わたくしと妹は一心同体。双子すら凌駕するぴったんこ姉妹なのです。同一の存在と言っても過言ではありません。であれば、名前が同じなのも必然です」


 ……この人は何を言っているんだ?


 ちなみに、顔は確かに少し似ている。彼女も相当な美人だ。でもイリスのような赤毛じゃないし、彼女特有の華は全くない。寧ろ病んでいる。常に目は据わっているし、それでいて瞳孔は開いている。風が語りかけます。怖い、怖すぎる。


「妹は昔から男性に対して指一本触れられない体質なんです。大変失礼ですが、この職場には貴方を含め男性が何人も行き来しているご様子。このままではイリスの精神がもちません。わたくしに守らせて下さい。わたくしがいれば、あの子も安心します。一年中、毎日出勤する事も可能です。寧ろずっとここにいる事を所望します。イリスの事は全て姉のわたくしに任せて下さい」


 イリスの潔癖さに関しては確かに合っている。でも俺には彼女がイリスの姉とはどうしても思えない。


「イリスは子供の頃からいつも私の後ろを一生懸命付いてきて『お姉ちゃん、お姉ちゃん。待ってよお姉ちゃん。私を置いていかないでお姉ちゃん。お姉ちゃんに見捨てられたら私死んじゃう』と健気に訴える子でした。でも、そんなあの子も立派に成長して、今や城下町でも指折りのソーサラーになりました。あの子が17の時です。穢れた娼館の跡取り息子が、自身の醜悪さを理解もせず、不相応にもわたくしの肩を抱こうとした際、最高の速度と完璧な詠唱で魔法を放ち、わたくしを魔の手から救ってくれました。わたくしは確信しました。この子はわたくしなのだと。この子はわたくしなのだから、あの不浄なる暴漢からわたくしを守るのは必定だと。ならわたくしがあの子を守るのも必然。あの子が危機に瀕しているのなら、わたくしこそが危機に瀕しているのです。妹は姉であり、姉は妹である。わたくしの言葉です。わたくしはわたくしの自己を統一すべく、半身たる妹を守護する防衛義務があるのです。よって、わたくしはこのギルドに常駐する運命なのです。どうか従業員として雇用するよう速やかに手続きを願います」


 ……この人はさっきから何を言っているんだ? 話を聞いているだけで頭がおかしくなりそうだ。


 これが巷で言われてる『姉を名乗る不審者』か……噂には聞いていたけど、本当に実在したんだな。もう不審者ってレベルじゃないけどね。


 さてどうする。万が一本当にイリスの姉だったら無碍には出来ないぞ。絶対違うとは思うけど、世の中に絶対がないのも事実。じゃなきゃ俺はここにはいない。


 んー…………………………………………


「従業員は現在募集していません。ギルド員の事前登録のみとなっています。これはイリスの意向でもあります」


「嘘です! イリスは姉のわたくしが同じ職に就くのを心待ちにしています! 姉妹とは同質を意味する言葉です! 同じであるほど姉妹力は増すのです! なのに……どうしてそんな嘘をつくのですか!?」


 なんで断定? 姉妹とは同質を意味する言葉って何? 姉妹力って何?


 ああ、もうこの人と会話したくない……心の中でツッコむ度に疲弊する……


「仕方ありません。貴女にだけ特別に本当の事を言います。イリスの立場は確かにギルドの従業員という名目ですが、実際にはゲストであってギルドが給与を出している訳ではありません。ギルド員とほぼ同じポジションなんです。もし貴女がギルドに雇われたら、全く別の立場――――」


「書類の記入、終わりました。これからギルド員として粛々と妹を守りますので、どうぞ宜しくお願い致します」


 俺の話を最後まで聞かず、イリスチュアの姉(自称)のイリスチュア(自称)はギルドの隅の方に移動し、三角座りして死んだ目で虚空を眺め出した。


「いや、まだ営業開始前なんで。出て行って貰えます?」


「拒否します。一瞬でも早く妹を見守らないと」


「あ、向こうでイリスがティシエラと仲良く歩いてる」


「キシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」


 ……蛇?


 なんかヌルヌル動いて外に出ていったんだけど!? 怖いって! せめて人類であって!



 その日の夕方、イリスにこの話をしたところ、彼女に同じ名前の姉はいないとの事だった。そりゃそうだろうけど、だったらあの人何者なのさ。イリスには心当たりないって言うし。


 ともあれ、良く言えば個性豊かな、悪く言えば面倒臭そうな連中だけど、イリスの異常な求心力のお陰で想定以上の人数が集まった。その分だけ不安とストレスが蓄積された。


 この世界に胃薬ってあるかな……


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る