第078話 ギルドのイデオロギー
固定給の従業員と違って、ギルド員はこなした仕事に応じてのみ報酬を支払う完全出来高制だ。こちらが掲示板に張り出したクエスト的なお仕事の中から、ギルド員が自分で選んで受注し、期日までに無事完了出来れば報酬を支払う。
依頼が達成されたら、仕事を発注した依頼主からギルドが依頼料を受け取り、その中から実際に仕事をしたギルド員に報酬を支払う。ギルド員の報酬額については、ギルマスが仕事内容、難易度、拘束時間などを考慮して決める。
依頼料が巨額だからといって、ギルド員の報酬を法外な額にするのは良くない。相場を乱すなとお叱りを受けかねないからな。逆もまた然りで、依頼料が少ないからといって無茶させたギルド員に少ない金額しか支払わなければ、自然とギルド員の足も遠のくだろう。何事も適量が一番だ。
そういう報酬制度だから、ギルド員が何人いても赤字になる事はない。多ければ多いほどギルドにとっては有利だ。
「だからって、誰彼構わず入れるのはどーなの? あの山羊の人も結局入れちゃったしさー」
事前登録者数が20名に達した事を受け、握手に代わってメッセージ付きサイン色紙を手渡しする事になったイリスは、律儀にも全員分のサインとメッセージをかなり分厚い色紙(っぽい紙)に書いている。
この世界では紙は結構貴重で、コピー紙のような白色度の高い紙はなく、結構ゴワゴワしている。特に不便は感じないけど、日用品のクオリティにはやっぱり大きな差があるな。
「あの人は被り物なのと喋らないのとこっちをじっと睨んでくる事以外は特に問題ないから、寧ろ優等生の部類だよ」
「な、なんか感覚麻痺してない? 大丈夫?」
頭の心配をされてしまった。
この世界にはCTやMRIはないだろうから、もしストレスなどで変調を来たしても医学的な検査は一切出来ない。気をつけないと。
「俺は大丈夫だけど、そっちこそ随分負担かけちゃってるけど問題ない? 嫌な事は嫌って言ってね?」
「あはは、これくらい何でもないよー。私目当てでギルド員になった人が大勢いるって言われたら、悪い気もしないしねー」
ありがたい発言だけど、鵜呑みにする訳にはいかない。彼女はあくまで俺の監視が目的であって、それが所属ギルドのギルマスからの要請である以上、何があっても俺から離れる訳にはいかない。だから、無理して言ってるだけって事も十分に考えられる。
そこに付け込み、散々利用させて貰っている手前、せめてメンタル面のケアだけは責任を持ってやらなくちゃいけない。イリスが不快に思う行為は絶対NGだ。
……なんかアイドルのマネージャーみたいな思考になってきたな。これじゃギルマスじゃなくてアイマスじゃねーか。トモPって微妙に語呂から良いからちょっと呼ばれたい気もするし。
何にしても、ギルマスが気にかけるべき事は少しずつ見えてきた。後でコレットに教えよう。
「でも、これだけギルド員がいれば、仕事は取って来やすいよね。交渉に進展はありそう?」
「勿論。っていうか、午前中の間に三件ゲットして来た」
「え、本当? どんなどんな?」
羽根ペンを投げ捨て、イリスは俺がカウンターの奥から取り出した契約書を、身を乗り出して凝視し始めた。
顔が近い……距離感がぶっ壊れ性能過ぎる。この人絶対、経験不足の男子を誤解させるタイプだろ。
つーか接触はNGでも接近はOKなんだな。何かトラウマでもあるんだろうか。こういう人に限って、重い過去とか持ってそうなんだよな……安直に聞くのは止めておこう。
「一つめは怪盗メアロの捕縛かー。マスター、怪盗メアロにこだわってるよね」
「宿敵なんで」
奴には予告状通り武器を盗まれる屈辱を受けた上、パンを人質に取られるという最悪の行為すら許してしまった。このまま勝ち逃げさせる訳にはいかない。
本当は俺自身の手で捕まえたいけど、あの身のこなしに俺の身体能力で対抗するのは心許ない。作戦を練って、ギルド全体で対処すべき相手だ。
出資してくれたのは、自分の店も被害に遭ったというアクセサリー店のオーナー。イリスと懇意にしている妙齢の女性で、その縁もあって支援してくれる事になった。
依頼料は10000G。怪盗メアロを捕まえたら、彼女に身柄を引き渡す契約になっている。後は煮るなり焼くなりご自由に、ってなもんだ。
「二つめは……街灯の設置?」
「そう。街灯がかなり少なく感じるから、防犯と治安の為にもっと設置した方が良いって商業ギルドに話を持っていったら、自分達が仕事として発注するって言ってくれて」
この世界も冬場は日が短いらしく、今の夕方の時間帯にはもう外が暗くなるらしい。だから、街灯が少ないままだと配達や運搬の時間帯が限られてしまう。この街の商業を取り仕切る商業ギルドにとっては、解決出来るならしておきたい問題だったらしい。
けれど商業ギルドはかなり忙しいらしく、ギルド員を割く余裕がないまま現状に慣れきってしまい、放置されたままになっていたそうだ。あるよね、そういう放置系案件。部屋の片付けとか、登録だけしてログインしないゲームとか。わかりみ深いわー。
電気やガスのないこの世界の灯りは、『発光水』という特殊な水を原料にしているらしい。なんでも、雷に打たれると長時間発光する性質がある液体だそうな。
勿論、偶然雷に打たれた発光水を集めるのは非効率だから、魔法の雷で代用しているとの事。魔法で発光水を光らせるのもソーサラーの仕事の一つだ。揮発し難い液体だから、光らせた発光水で透明な灯具を浸すだけで十分長持ちするらしい。
それを背の高いポールに設置すれば街灯が完成。あとは一定数生産出来る環境を整えて、街の各ポイントに設置するのが当面の仕事になる。当然費用もかなりかかるけど、それを差し引いても街灯一つ設置する度に400Gほどの利益が出る計算だ。
今のところ100個の設置を予定しているけど、手際が良ければ発注を増やす事も考えるとバングッフさんは言っていた。
「そして三つめは……選挙の警備と整備?」
「ああ。冒険者ギルドのギルマス選挙当日にね」
このギルドを発足すると決めた日から、密かに狙っていた仕事だ。
元いた世界では選挙があると、かなり多くの警備員が借り出されていた。まあ国会議員や都道府県知事を決める選挙じゃなく、アイドルの選挙の方だけど。
ギルマス選挙はどっちかというと政治家よりアイドルの選挙に近い印象を受けている。だから需要はあるんじゃないかと睨んでいたら、案の定シレクス家が合意してくれた。
選挙自体は国民選挙じゃなく冒険者ギルド内での投票だけど、当日は冒険者ギルド周辺に多くの住民が集まると目されている。大混雑が予想され、場合によっては選挙の進行に支障を来たす恐れがある。そこで野次馬達の整備を行い、状況によっては候補者の警備も行う予定だ。
たった一日の仕事ではあるけど、無事成功させれば30000Gが入って来る。20人派遣して一人に日当200G出すとしても4000Gだから、人件費以外の費用を考慮しても、ギルドに入る金額は大きい。
「大捕物、庶民的なお仕事、大きなお仕事。バランス良いじゃん! でもいきなり警備の仕事やって大丈夫?」
「選挙みたいな特別なイベントで一日限定なら、国から睨まれる事はないと思う。この件はバングッフさんにも相談済みだし、彼も同じ見解だったよ」
にしても、自分達の街を守るのに国のご機嫌を伺わなきゃいけないって、余りにも歪んでるよな……なんとかしたいってのが本音なんだけど、今の俺とギルドにはそんな力はない。いつか国政にすら物申せる立場になったら、せめてウチのギルドで自警団を結成出来るようにはしたいもんだ。
「そっか。なら大丈夫だね。順調順調♪」
「イリスのお陰でね。ありがとう。随分頼っちゃったな」
「またまたー。でも力になれてるのなら嬉しいねー」
明るい笑顔。こっちまで元気になる。きっとティシエラとソーサラーギルドも彼女から助けられて、今の地位を不動のものにしたんだろう。俺も彼女達に少しでも近付けるよう頑張らないとな。
勿論、これから更に仕事をどんどん増やしていかないといけないけど、いきなり大量に仕事を受注するのは無理だ。まずは現在の体制で出来る範囲の量を取ってきて、少しずつ信頼を得ていこう。
あとは……俺の調整スキルを活かす手も考えていかないといけない。街灯の設置なんかにはかなり使えそうだ。
とはいえ、まだ信頼関係のないギルド員に使うのは抵抗がある。その辺も少しずつ探っていくとしよう。
「あ、そういえばティシエラから伝言預かってたんだ。今日来るって」
「え……? わざわざ来なくても、言われればこっちから出向くのに」
「新しいギルドを一度見てみたかったのよ。私をここに入れるのが嫌なの?」
ちょえっ!?
……危ねー、思わず変な声出すところだった。神出鬼没が過ぎますよティシエラさん。それとも、出て来るタイミングを伺ってたんだろうか。想像するとちょっと可愛い。
「嫌なの?」
「いや、そんな執拗に聞かれると『そんな事ない』って言っても嘘臭くなるだけだから」
「それもそうね。なら貴方の本心はこっちで勝手に探らせて貰うわ」
飄々と怖い事を……
そういえば初めて会った時も翌日いつの間にかベリアルザ武器商会にいたっけ。ギルマスなのにフットワーク軽いよな。暇な筈はないのに……ないよな?
「で、何か用?」
「イリスが迷惑をかけていないか直接本人に聞こうと思ったのよ。この子、お調子者だから」
「ぶーぶー」
不満で口を尖らせるイリスを、ティシエラは無表情で適当にいなしている。元々ジト目気味だけど今日はいつも以上に瞼が落ちてるな。眠いんだろうか。
「それと、私との協力体制に関する確認と見直し」
「協力体制っていうと……フレンデリア嬢の情報提供? 豹変した連中の調査? それとも聖噴水の件?」
「全部よ。それらを一括して、貴方のギルドに調査依頼を出すわ。街の治安に関わる問題だから、ギルドのイデオロギーには則している筈よ」
正式に仕事として依頼して貰えるのなら、こちらにとっては願ったり叶ったり。
そう安直に受け取ろうとした俺に、ティシエラは不可解な条件を突きつけてきた。
「ただし――――依頼に携わるのは貴方とベルドラックの二人だけに限定して貰えないかしら」
ギルド員ではない、殆ど関わりのない人間の名前を出された俺は、ただただ混乱するしかなかった。
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