第028話 好感度MAX
人は過ちを犯す生き物。
自分の過ちを見過ごしてしまう生き物。
そして、自らの過ちを許せてしまう生き物。
どこかの聖書にでも書いてそうだけど、今俺が適当に思い浮かべただけの薄っぺらい言葉だ。
自分が間違えているかどうかなんて、毎日自分の行動を顧みている人間でさえわからない。
寧ろ、その方が余計にわからないかもしれない。
毎日鏡を見ていても、自分の生え際の微細な後退に気付かないのと同じで。
……単に気付かないフリをしているだけかもしれないけど。
それは兎も角、俺は心の何処かで両親の期待を煩わしく思っていたのかもしれない。
もしかしたら『どんな仕事に就いてもいいから、健康であってくれればいい』なんて思ってくれていたかもしれないけど、大学受験に合格した時の二人の喜んだ顔が、俺に大きな期待を寄せているんじゃないかと思い込ませてしまった。
一流企業とは言わないまでも、立派な会社に入って、若しくは公務員になって、周りに自慢出来る息子になって欲しいと思っている……なんて勝手に決めつけていた。
要は怖かったんだ。
その答え合わせが。
だから見過ごした。
そしてそんな自分を許容してしまった。
もう二度と、同じ過ちは繰り返さない。
この第二の人生では、それだけは守らないと。
フッ……最終的には自分語りを自分で受け止めて納得するという、とんでもない自慰になってしまった。
これはいけない。
話し始める前は、いっちょコレットを感動させてやるか、くらいの意気込みだったのに。
はい、そうです。
『自分語り』とか言って自分を茶化して誤魔化していましたけどね、本当はなんとか良い事を言ってコレットに感謝して貰おうとか思ってましたよ。
仕方ないね、俗物だからね。
そうこう頭の中で考えている間、コレットはずっと黙ったまま。
まさかもうこの場にいないってオチじゃないよな?
一応顔を確認して――――
「……」
まさかの仏頂面!?
え、なんで?
俺の話が長過ぎて、その割に中身がショボくてブチ切れてるのこれ?
この反応は正直予想してなかった。
ど、どうしよう。
30年以上生きた割に人生経験が希薄だから、こういう時にアドリブ全然効かないんですけど。
「……私、ずっとトモに期待してたんだけど?」
「え?」
「トモが一緒に冒険者の活動してくれるって、ずっと期待してたんですけど?」
マズい。これは怖い敬語だ。
た、確かに言われてみれば……いやでもこの場合、俺は生前について語った訳で、この世界での俺はノーカン……なんて理屈が通じる訳ない。
「私の期待、全然受け止めてなかったんだ……ふーん……ただの打算だけで誘ってるって思ってたんだ……ふーん」
身体が左右に揺れている。
これは間違いなくヤンデレ化の予兆……!
っていうか別にデレてないからヤンだよヤン。不敗の魔術師かラーメンマンみたいな髪型のモンクだよ。どっちにしろ怖ぇーよ。
「……それって、ちょっと酷くないかな」
そんな俺の混乱を一瞬でかき消すような、コレットの憂いの表情。
童顔の彼女が初めて見せた、大人っぽい顔だった。
「私、誰にでもこんなふうに頼ったり、仲間に誘ったりはしないんだからね? トモだからだよ?」
そんな言葉が鼓膜とは違う部位に浸食してくる。
浅い川へ投じられた石が、水の中に吸い込まれる時の音が聞こえた気がした。
友達が他にマルガリータさんしかいない、孤高のレベル78。
だからこそ(見た目)年齢も近い、そして彼女の真相を知る数少ない一人となった俺にやたら絡んでくるんだと思ってた。
要は話しやすい相手だから、だと。
「覚えてるかな、ベヒーモスと戦った時の事」
「そりゃ、つい先日の話だし……」
「私はきっと死ぬまで忘れない」
コレットは真剣に、そして何かを愛おしむように、俺であって俺でないものを見ていた。
根拠はないけど、なんとなくそんな気がした。
「勝ち目なんてほぼない相手だったから、私はあそこで死ぬって思ったし、トモも死んじゃうって思った。ああ、私この人と一緒に死ぬんだって」
「……まあ、俺も似たような事考えてたよ」
これは嘘だ。
別の事を考えていた。
本人を前にして言える訳ないけど。
「トモは、私がずっと期待され続けて来たから感覚が麻痺してるって思ってるのかもしれないけど……私も多分、トモと同じだと思う。本当の意味で期待されたのは最初だけ。後は、私をどう育てるのが一番利益になるかとか、どう担ぎ上げるのがお金になるとか、そんな感じだよ」
コレットのその悩み……というか闇は、俺にはわかりようもない。
紛い物でも、期待されるだけマシだと思ってしまう。
でも、主観的に辛いのはきっと彼女の方だ。
「だから最後くらい、そういう煩わしい事から解放されて、誰からも指示されないで、自分の意志で攻撃して潔く散ろうって思ったんだ。今にして思えば、ただの破れかぶれだったんだけど」
「あの状況なら、それは開き直りって事で良いんじゃないか」
俺のフォローに、コレットは力なく笑う。
「でも、だからかな。結構冷静な自分もいて、割とハッキリ覚えてるんだ。あの瞬間の事」
あの瞬間……?
「トモさ。ベヒーモスの攻撃から私を庇おうとしてたでしょ?」
「……覚えていませんね、そんな昔の事」
「つい先日の話だよ」
見られてたのか……
「いやね、女の子を守って死ぬのって、結構男の夢っていうか。どうせ死ぬのなら、そういう死に方をしたいってだけで……」
「なんでそんなに照れるの? おっかしー」
照れてるんじゃなく、滑稽なんだよ!
圧倒的強者のベヒーモスと、レベル78の冒険者と、そして俺。
あの中じゃダントツで小者の俺がベヒーモスの攻撃なんて防げる訳ないし、そもそも全く間に合ってもいない。
なんだったら格好良い事をしたと錯覚する為に、どうせ間に合わないタイミングで自己犠牲の精神を見せようとしたまである。
俺は自分を一切信用していない。
そういう事を平気でやりかねない自分を知っているからね。
……まあ、そこまで腐ってはいないと思いたいけどさ。
無意識に近い行動だったから、心からコレットを助けたいと思ったのか、自分に酔いたいと思っての衝動だったのか、それは断言出来ない。
だから、出来れば気付かれないで欲しかった。
「今にも殺されそうって時にまで打算とか自己陶酔とか、そういうのは働かないと思うよ」
「そうかな……」
今にも死にそうって時に、割と下世話な事を考えていた経験があるんですけどね……
「人って窮地に陥って、初めて本性が出ると思うんだ。そういう時の言葉とか行動は自分でも取り繕えないし、きっと本音だと思う。だから……」
コレットの目が、俺に向けられた。
視線の位置も、奥行きも、何も変わっていない筈なのに。
「トモがどれだけ自分を信じられなくても、私はトモを信じられるよ。信用してるし、信頼してる。逃げ癖なんて言ってるけど、本当に大事な時は逃げない人なんだって」
なんとなく、裸を見られたような、そんな気恥ずかしさがあった。
違うと否定したい。
自分がそんな人間じゃないって誰よりわかっているんだから、否定する義務が俺にはある。
それなのに――――出来ない。
理由は明らかだ。
俺は今、凄く嬉しいんだ。
だから水を差したくない。
こんなふうに、面と向かって『信用してる』なんて言われたのは初めてだ。
二度とそんな経験は出来ないと諦めていた。
ずっと欲しくて、でも見果てぬ夢で、絶対に届かないものだとばかり思っていた。
きっと、彼女の信用や信頼は幻想だ。
出会ってまだ数日の俺に、本当の意味での信頼を寄せている訳がないんだ。
自分自身ですらあやふやな俺のあのとっさの行動を、過剰に美化しているに過ぎない。
それでも。
例えそうだとしても、嬉しさが込み上げて来て解放してくれない。
なんて罪作りな女なんだ。
あと十歳若かったら好きになってたかもしれない。
いや、これだけ女子と親しく話した経験ないから、それだけでもう好感度MAXなんだけどね。
「選挙の件はもう一回、じっくり考えてみるね。断るにしても、ちゃんと相手に伝わるように説明出来るようにする」
「ああ、それで良いんじゃないかな」
もし理由が見つからないようなら、選挙に出てみるのもアリだと思う。
期待されて、それに応えられない怖さもきっとあるだろうけど、それと向き合うのがきっと自分と向き合うって事だ。
俺も、そうありたい。
だからこそ護衛の仕事を受けた。
御主人の期待に応えたくて。
……あ。
「ごめん。俺ついさっき期待されてたわ。さっきの全部なしって事で」
「何それ!? 私すっごく真面目に聞いてたんだよ!? 返して! 私の感動返して!!」
思いの外、俺の自分語りは受けが良かったらしい。
SNSじゃ大抵不評だけど、一対一の会話ならこういう事もある。
TPOって大事だよね。これ死語とか言う奴嫌い。リバイバルヒットさせようぜ。
そんなこんなで――――激動の一日がようやく終わりを告げた。
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