第027話 突然何自分語り始めてんの?

 その後も現ギルマス及びサブマスターの二人から、選挙や会議、今後のコレットが行うべき活動に関する説明と助言が行われ――――


「……すっかり暗くなったな」


 ギルドを出る頃には、圧倒的に美しい星空が完成していた。


 光化学オキシダントなんて縁のないこの世界、空がやたらと綺麗で思わず見とれてしまう。

 多分、元いた世界じゃ田舎でもこうはいかなかっただろう。

 プラネタリウムだの日本百景だの世界の絶景だのとは根本的に違う、何か原始的な……視覚とは違う部分に訴えかけてくるような、迫り来るような何かを感じる。


 そういえば、お月さんはいないな。

 引力とかどうなってるんだろ。

 ま、その辺は地球や銀河系とは違うバランスが成り立ってるのかもしれないけど。


「はぁ……」


 俺より三歩後ろを歩いているコレットは、さっきからずっと上の空。

 溜息の数も多い。

 これみよがしに!


 こいつ……絶対俺から『大丈夫か? 無理するなよ』とか『嫌なら選挙出なくていいんだぞ?』って言葉を引き出そうとしてるよな……

 他の仕事は兎も角、五大ギルド会議の重要性が説明される時とか異常にテンション落ちてたし、やりたくないオーラの濃度がヤバい。

 スピリタスくらいヤバい。


 ちなみにスピリタスみたいなアルコール度数90%を超えてくるような酒は、殺菌には向いていないらしい。

 幾ら殺傷能力が高くても、菌を殺す前にサクッと蒸発してしまうからだそうな。

 なんでそれが人間の飲み物として認可されているのか全くわからないけど。殺意の波動かよ。


 さて……そろそろ沈黙が気まずくなってきた。

 このまま別れるのも後味が悪い。

 一応人生の先輩な訳だし、岐路に立った女の子に気の利いた事の一つくらいはアドバイスしたいもんだ。


 何しろ、仕事ではそういうの全くなかったからな。

 勿論警備員にだって先輩後輩はあるし、後から入った連中に仕事のイロハを教えるのは先輩の役目。

 俺だって最低限の事はしたさ。


 でも本当に最低限。

 研修期間にマニュアルに書いてる事をそのまま伝え、自分の体験談を幾つか話すだけ。

 仕事で組む事がなければ話す機会もほぼなくなるし、飲み会とか合コンを一緒に開くなんてまあない。ましてBBQとか絶対ない。


 どうでもいいけど、BBQの魅力を『外で食べると美味しく感じるから』とだけ答える奴はあんまり信用出来ない。

 屋上でサンドイッチ食うのならわかるけど、BBQって絶対そこが目的じゃない。

 共同作業でしょ、醍醐味は。


 みんなで日取りを決めて、同じ場所に集まってワイワイやる。楽しいのはそこだ。勿論BBQ合コンならそこに下心が加わる。寧ろ下心しかない。

 それを成立させる理由付けとして、調理がシンプルな焼き肉を選んでるに過ぎない訳で、味とかどうでもいいよね。

 BBQの肉の旨味とか焼け具合とか、野菜の甘みとかマジ気にした事ないわ!


 以上、小学生の頃に家族BBQ二回経験しただけの男よりお気持ち表明を終わります。


 ……なんてやってる間に宿に着いちゃったよ。

 仕方ない、頭の中は全然整理出来てないし、思った事をそのまま口走ろう。

 何も言わないで別れるよりはマシだ。


「コレット」


「……何?」


「もし断るつもりなら、相応の理由をちゃんと話した方がいい。そうしないとダメだと思う」


 言葉が拙い……これが大人のアドバイスかと自嘲したくなる。

 とはいえ、もう後戻りは出来ない。

 吐いた唾は恥と病気を無視すれば地面に這いつくばって飲み込めるけど、言葉はどうにもならない。


「理由……やっぱりないとダメなのかな。やりたくない、だけじゃダメ?」


 俺の勝手なイメージだけど、冒険者は個人事業主みたいなものだ。

 受けたいクエストを受けて生きていけばいい。

 魔王討伐だって、やりたい奴がやればいいんだ。


 でも、無碍にしちゃいけないものがある。


「もしコレットが以前の状態……運極振りのステータスのまま出馬要請を受けていたんだったら、理由なく断っても良かったと思う。十中八九、幸運の置物になれって言ってるようなもんだろうから。じゃないと普通、コレットくらいの年齢の現役冒険者をギルマスにしようとはしない」


 プロ野球の選手兼監督でさえ成功例が殆どない事からもわかるように、ギルマスと冒険者の二足のわらじなんて事実上不可能だ。

 仕事量に関係なく、組織を纏める立場ってのは兼任だと信頼を得難い。

 周囲から『本当に全精力を注いでいるのか?』と疑問視された時点で、既に破綻している。


 だから、引退を強制せずにコレットを次期ギルマスに推す理由なんて、彼女の幸運の範囲とその恩恵をギルド全体に拡大する為としか思えない。

 特に彼女の場合、金運の良さが際立っていたみたいだし。

 ましてコレットのそんな性質をマルガリータさんは全て知っているんだから、それ以外の理由を探す方が難しい――――筈だった。


「でも、彼女はコレットが既に運極振りじゃなくなった事を把握している。つまり、幸運目的でコレットを選んだ訳じゃない。他に期待する何かがあったから選挙に出るよう要請したんだ」


「何かって……何? 知名度? レベル78の影響力?」


「多分違う。運営が上手くいっていないのなら、そういう人選もないとは言い切れないけど、特に何もない状況で知名度優先のトップ人事なんてギルドの信用を失うだけだ」


 現ギルマスとマルガリータさんが、コレットに何を期待しているのか。

 聞けば具体的に答えてくれるかもしれない。

 けれどそれにコレット本人が納得出来るかどうかは別の話だ。


 だから敢えて『本人達に聞け』とは言わない。

 期待されているから出る、じゃダメなんだ。

 動機を他人に預けるような真似をしていたら、いつまで経っても彼女は逃げ癖を矯正出来ない。


『お前は……俺みたいになるな』


 一度は言ってみたいセリフのTOP30には入って来るよな、これ。

 まあ言わないけどさ。

 ちょっと虚しいし。


 でも彼女には、俺のようにはなって欲しくはない。

 逃げた事すら自覚しないまま漫然と坂を下り続けて、気付けば引き返せないところまで落ちてしまっていた俺のような人生を歩んで貰っちゃ困る。


 この感情は何だろう。

 ……父性?

 いや違うか。ただの先輩面って奴だな。きっと。


「俺はさ……期待された事のない人生を歩んできたんだ」


「トモ?」


『突然何自分語り始めてんの?』って顔をされてる気がするから、コレットの顔を見る事は出来ない。

 実際、超恥ずかしい。

 今夜は多分この会話の事を思い出して身悶えするだろうな。


 でも言う。

 自分への戒めも込めて。

 もう二度と、生前みたいな人生にしない為にも、俺自身が向き合わないといけない黒歴史……黒人生だ。


「いや、されてた事はあったんだ。昔は親から期待されてたと思う。でも俺はその事をちゃんと受け止めなくて、ただ漠然と生き続けて、自分が大した事ない奴だって気が付いて……段々疎遠になっていったよ。親からも、昔の友達からも。それからは人との繋がりが本当に希薄になった。当然、期待される事なんか一切なくなった」


 ええ、ええ、恥ずかしいですとも。

 生前の事は詳しく話せないから、具体性に乏しく精神論っぽくなってるのが余計に恥ずかしい。

 俺は多分――――この羞恥心からも逃げていたんだと思う。


 自分を語る事の恥ずかしさは、自分を見つめ直す事の恥ずかしさでもある。

 そしてそれは、自分そのものに対する自信のなさ。

 自分自身の期待に応えられず、理想とは全く違う自分になってしまった現実から目を背けたくて仕方がない……そんな感じだ。


 そんな時にはこれ、羞恥プレイ!

 敢えて自身を辱める事で、一時的に耐性を付ける。

 これで過去とも向き合える。


 だからといって、下らない自分を愛するなんて無理だ。

 ヘボい自分を肯定するなんて、とてもとても。


 ならせめて、誰かの役に立てて貰おう。

 光栄に思え、コレット。

 俺が自分の事を他人に話すのは初めてだ。親にさえ話した事ないのに。


「期待されない人生は虚しいぞ? 自分に何の価値もないって思うしかないからな。生きてる意味とか、アイデンティティとか、そんなの考える余地もない。誰も俺の事なんか見ちゃいない。何か突っ立ってるな、くらいなもんだ。人形と何も変わらない。人形の方がマシまである。人形には値段が付くけど、俺には1Gだって付かない。例え仕事はしてても、それは誰にだって出来る仕事で、俺の代わりは何処にでもいる。そう思うようになったらおしまいだ。自分自身に何も期待しなくなる。俺が思うに、きっとその瞬間が人生の折り返し地点なんだよ」


 堰を切ったように、俺の中から言葉がゾワゾワと出て来た。

 こんな擬音で表現するしかない、まさに黒光りするあのGのような、身の毛もよだつ醜い思考の群れ。

 それをコレットがどんな顔で聞いているのか、それとも聞き流しているのか、想像するだけで恐ろしい。


 ブレーキ踏めと自分に言い聞かせたくなる。

 でも無理だ。

 急勾配の坂道でブレーキを踏んだところで、勢いの付いた自転車は止まれない。


「期待されなきゃ、人間はそこからゆっくり死んでいく。飼い主から見放された水槽の中の魚みたいに。俺はそんな感じで、誰から傷付けられた訳でも邪魔された事実もないのに、緩やかに腐っていった。自分でも気付かない内に」


「……」


「期待されるって、例えそれがどんな理由でも、凄くありがたい事なんだよ。無碍にしちゃいけない。もし断るつもりでも、その期待とちゃんと向き合って、断る理由を正直に話した方がいい。そうしないと……期待される事に怯えてしまうようになる」


 今にして思えば、きっとそれが俺の前世における最大にして最悪の失敗だった。


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