第一部03:交流と興隆の章
第029話 この店は総受けなんですよ
武器屋での警備。
前世の経歴が多少は活かせるかもしれない――――そんな希望を抱かせてくれる再就職先での初日は、肌寒くも生温くもない澄んだ風と麗らかで柔らかな日差しとが無邪気に戯れる爽快な朝から始まった。
そして終わった。
……ん?
「あの、御主人。もう店じまいの時間ですが……客、一人も来ていませんよ」
「お客様と言え。例えこの場にいなくとも、お客様は神様だ」
「なら、神様が神隠しに遭ったんですかね。小粋ですね。ところで、朝から夜までお客様が誰一人お見えにならなかった現実についてお尋ねしたいんですが」
もし、この世界のお客様が本当に神様で、人間の肉眼では視認できない特別なボディをお持ちだったのなら救いはある。いやないけど。警備出来ないし。
それは兎も角……マジで客来なかったぞ!? 誰一人として! 一日ずっと店を開けていて冷やかしすら来ないだと!?
当然、警備の業務なんて何一つ発生しない。丸一日突っ立ってるだけ。施設警備と違って人の流れも一切なく景色も明度以外変わらない。途中で意識だけ空間転移して大空の彼方に行っちゃってる気分だった。マネキンって一生こんな感じなんだろな。あと一回生まれ変われるとしてもマネキンにだけはなりたくない。
「まー……なんつーか……こ、こんな日もあらぁな」
「いやいやいやいや! 今この店良い感じなんだよって言ってませんでしたか!? ゼロですよゼロ! 売上ゼロとかじゃなくて、来訪した人が一人もいないんですよ!? この店次元の狭間か何かに落とされてませんか!?」
「……」
御主人の顔は『それだったらまだ良いかもなあ』って悲哀に満ちている。
あれ?
これ、初めての出来事じゃないな?
だとしたら、ほぼ読めた。
今日もルウェリアさんは具合が悪いらしく、店に出ていない。
つまり――――
「察しの通りだ。ルウェリアが店に出ない日はお客様が来ない。こっ……これが現実って奴でさぁ……」
御主人……!
ずっと我慢してたんですね。屈辱だったんですね。溢れ出た涙が止まりませんね。
兎に角、状況は理解した。
この店はルウェリアさんを中心に回っている。
というか、ルウェリアさんがいなければ店の体を成していない。
「ルウェリアの体調不良は長引くと回復に二日くらいかかってな。明日は大丈夫だから、お客様ちゃんと来るから、しっかり護衛頼む。主にルウェリアの。というかルウェリアの」
「御主人」
最早かける言葉は一つしかない。
「市場調査から始めましょう」
「……え?」
別に前世の知識を活かして異世界で一攫千金……とかそういう次元の話じゃない。多分余所の武器屋はやってるだろう。確か五つの店が競合してるって話だし。
そもそもこの店は趣味に走り過ぎだ。
それでもどうにか潰れずにいたのは、土地も店も御主人が所有していて、自宅代わりになっている上に身内だけで経営しているから経費が最小限なのと、ルウェリアさんの可愛さが客を引き寄せていたから。実にわかりやすい綱渡り商売だ。
でもこれじゃダメだ。
ルウェリアさんに負担が掛かり過ぎる。
それは御主人もわかっているんだろう。俺を護衛に招いたのは、ルウェリアさんに万が一の事があったら店が傾くってだけじゃなく、彼女の精神的な負担を和らげる為だったに違いない。あのルウェリア親衛隊の変態に毎日視姦されていたら、精神が摩耗し過ぎて体調不良どころの話じゃなくなる。
「要するに、どういう武器が今流行っているか、売れているかっていうのを調査して、それを商品に反映させるだけです。難しい事じゃありません」
「それはそうだが……世間の流行とウチの武器はまるで噛み合わないから、やるだけ無駄じゃねぇかな。当然、今ある武器を撤収する気は一切ないぞ。売れ線の武器が売れたところで嬉しくねぇからな。俺が好きな、そしてルウェリアが好きな武器を買って貰う。その為の店だ。生活がしたいだけなら肉体労働でもやって娘を食わせて行くくらいの甲斐性はある」
……まあ、それくらいの拘りがないとあんなラインナップにはならないわな。御主人が頑固オヤジなのも想定内だ。
とはいえ『それもそうですね』と甘んじて受け入れたら、近々店は潰れ、俺の再就職も露と消える。最早警備員の範疇を完全に逸脱しているけど、職場が消えてしまっちゃ警備も何もない。それにホラ、警備って守る事じゃん。店の経営を守るのも、広義的には警備って言うんじゃないだろうか言いませんねはい知ってます。
それでも、どうにかしないと。このままじゃマズい。流れを変える一言を言うんだ。『出しゃばり過ぎない』『武器屋を守る』。両方やらなくっちゃあならないってのが、雇われ警備員の辛いところだな。覚悟の準備はいいか? いいですね?
「俺が思うに、この店は総受けなんですよ」
………………………沈黙が長い。
一応流れは変わったけど、何か大切なものを失った気がした。
「総受けとは?」
「あー、なんというか、自分達の好きな武器を仕入れた、飾った、お客様が来てくれたら良いな。で終わってる気がするんです。あとは全部相手任せ。お客様任せ。来るも来ないもお客様次第。これじゃルウェリアさん頼みになるのも当然です。もっとお客様に歩み寄らないと!」
「ぬうっ……!! 痛いところを……!」
いや、ダメージ与える為に言ってる訳じゃないんですけどね。
幸いどうにか体裁は整ったらしい。流れを変える為とはいえ、思いつきで適当な事言うもんじゃないな。
「わかってはいたんだ……確かにこの店は個性に胡坐をかいていた。余所の店にはない武器を揃えているから、何を仕掛けなくともこの手の路線の武器が好きなら向こうからやって来るだろうと……だが、それじゃダメなんだな」
「ええ。ダークな武器が好きな人がこの街に一定数いるのなら、その人達が興味を持つような何かをしないと。定期的にサバトを開いて、そこで武器も買って貰うとか」
「サバトはしねぇよ!」
「サバトはしません!」
流石親子、見事にハモった。
……って、ルウェリアさん!? いつの間に!?
「ルウェリア。もう良いのか」
「はい。もう体調万全です。お父さんにはいつもご迷惑をおかけしてしまいます。それに旅人さん……いえ、今日から同じ職場で働いてくれるトモさんですね。折角の初日なのにご一緒出来ず、すみませんでした」
そんな深々と。
何この良い子。持って帰りたい。親衛隊どもの気持ちがちょっとわかっちゃうな。
「私の事は良いんですが、お店については私も一言二言コトコト煮込みます。私達の選んだ武器は怪しげな集会や魔女狩りの儀式に使う物じゃありません。仮に購入したお客様がその用途だったとしたら、それは仕方がない事ですが、私達で推奨はしません。それが私とお父さんの信念です」
……成程。
コレットからサバト専門店扱いされて凹んでたのは、その信念がまるで伝わっていなかったからか。
この街に来たばかりの俺は兎も角、彼女はそこそこ長いみたいだからな。
「了解しました。軽はずみな提案をしてしまって申し訳ない」
「とんでもないです。流行っていないお店なのに言う事ばかり偉そうで、こちらこそ恥ずかしいです」
発言の一つ一つに真心を感じる。丁寧なのに少し辿々しい喋り方だから余計にそう感じるのかも知れない。
「まあ、このままじゃ良くねぇってのは間違いないんだ。明日は店を閉めて、その市場調査とやらをやってみるか」
拘りは持ちつつも、何かを変えようとしている。
その御主人の姿勢は、素直に感服した。
人間、年齢を重ねれば重ねるほど自我は肥大するし、その分変われなくなってしまうものだ。
「なら、調査は俺がやりますよ。まだ蓄えに多少の余裕はあるんで、お手伝いさせて下さい」
「そんな! タダでお仕事をして貰うなんて……」
「怪盗メアロにしてやられた罪滅ぼしと思って頂ければ。それに、客足が鈍かったのは怪盗に出し抜かれたのが原因かもしれませんし……」
御主人は敢えて何も言わないけど、幾らルウェリアさんがいないからって客ゼロの日なんてそうはないだろう。
もしかしたら、怪盗が街中でこの武器屋のヘイトスピーチでもやったのかもしれない。
『アッサリと盗んでやったぞー! あの店はマグロだ! 呪われてそうな品揃えの割に手応え全然なかった! ヒャッハー!』とか普通に言いそうだしな、あのメスガキ。
「わかった。それじゃ店の事は俺がやるから、トモとルウェリアの二人で調査を頼む」
「わかりました! トモさん、明日はよろしくお願いします! 私、この市場調査に全てを賭けたいと思います! なんか燃えてきた!」
そこまで人生賭けられても困る……ただの聞き込みだし。
それに、俺は武器の事とか、武器を扱う連中の事とか詳しくわからないし……
あ、そうだ。
「あと一人助っ人を呼ぼう。多分まだ色々悩んでそうだし、良い気分転換になるだろう」
「?」
ルウェリアさんのキョトンとした顔を眼福に預かりつつ、明日の予定を頭の中でシミュレートした。
――――そんな翌日。
「……」
「どしたのコレット。まだ眠いのか?」
集合場所の聖噴水前に現れたコレットは、半眼で俺の事をずっと睨んでいた。
「私の記憶違いかな? 同行者が他にもいる。って? 言ってたっけ? 私聞いてない……聞いてない。よ?」
……言ってなかったかも。
でもルウェリアさんとは顔見知りな訳だし、そこまで発狂しなくてもいいだろ……人見知りなのは知ってるけどさ。
「あ、あの……すみませんでした。こんな朝早くからお呼び立てして」
「あっ、いえそんな! 全然気にしないで下さい! 私こそ、先日は商品を守れなくてすいませんでした! 至らない私で本当ごめんなさい!」
深々と頭を下げるルウェリアさんに対し、コレットは速度で対抗。
八回くらい上下運動を繰り返していた。なんか良いトレーニングになりそう。
「えっと、昨日も話したけど、俺じゃ武器の使い手の人脈とかないし、心情とかもわからないから、カドが立たないよう調査する為の手伝いをお願いしたいんだ」
「……今日は元々武器屋巡りする予定だったから、別に良いけど……」
それも昨日聞きました。
その割になんか不服そうですねコレットさん。すっごい顔に出てますけど。
この露骨な不機嫌アピールが『てっきりアンタと二人きりだって思ってたのに! バカ!』とかだったら可愛いのに。でもそれはない。そんな事を思う女子は二次元にしか存在しないんだ。俺知ってる。女子の不機嫌は大抵アレかアレなんだ。前者は男にはどうにも出来ないし後者はもっとどうにも出来ない。
「あの、コレットさん」
「え? あ、な、何かな……ルウェリアさん」
レベル78の冒険者が武器屋の娘になんであんなキョドってんだろ……
「その武器屋巡り、私達のお店も含まれていましたか?」
「……」
「だんまりです!」
あんまりです、のニュアンスでルウェリアさんは朝っぱらから嘆いていた。
これはアレですね。組むパーティを間違えたというか、完全に人選ミスですね……
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