第030話 市場調査

 何度か散策した事もあってか、アインシュレイル城下町の街並みにもようやく感覚が慣れてきた。

 何しろ文化水準が日本とは全然違うから、最初は違和感が尋常じゃなかった。ファンタジー世界がそのまま目の前に広がってるようなものだからな。


 ファンタジー作品を実写映画化したあの独特のチープさとはかなり違う。かといって、絵本の中に入り込んだような感覚とも違う。一番近いのは……案外遊園地かもしれない。


 勿論、この世界には観覧車もなければメリーゴーランドも存在しないだろう。でも、あの煌びやかで何処か別世界のような非日常感と共通するところがある。今もその非日常感は薄れてはいないけど、少しずつ馴染んできた感じだ。


 例えば、今通った川を跨ぐ小さな石橋。

 石橋自体は日本にも結構残ってるから、そこまで異質な感じはしないけど、実際に渡ってみると想像以上に凸凹していて、靴底も日本製の物と違ってクッション性の高い素材とか皆無だから、ダイレクトに衝撃が伝わってきて少し歩き難い。川の水は透き通っていて、魚が泳いでいる姿まで目視出来るし、そこに日常感はない。


 でも、これが今の俺の住む世界であって現実なんだと脳がちゃんと認識したらしく、異物感みたいな違和感はなくなった。

 アスファルトでもなく車も全く走っていない道路とか、コンビニも自販機もビルもマンションもない風景とか、そういうのを完全に見慣れるのにはもう少し時間がかかるだろうけど、今のところホームシック的な感情が一切湧いてこないのは朗報だ。


「あの、トモさん」


 感慨に耽っていた俺に、後ろからルウェリアさんが話しかけてきた。女性に話しかけられると未だにちょっとドキッとする。

 生前モテなかったから仕方ないね。バレンタインチョコなんて小学生の時に一度貰っただけだし。


「市場調査について昨日の夜に一人でポクポク考えたんですが、あんまり偏った意見だと参考にならない気がするんです」


 その通りです。その通りですよルウェリアさん。

 本格的な市場調査は、統計学的に標本の偏りがあっちゃいけない。

 ……確か大学の自由科目で統計学取った時、そんな話を講義でしてたような記憶がある。


 勿論、ここで統計学に基づいたガチの市場調査なんてやる必要もないし出来もしないけど、使い物にならないデータを集めても時間の無駄。客に来て貰う為に必要な質問項目を幾つか用意して、購入の可能性がある層にそれを聞いて、現在の市場動向を見極める必要がある。例えば『攻撃力とデザインのどっちを重視するか』とか。


 ここは魔王城の近くの町。当然、魔王討伐ガチ勢が大勢いる訳で、そんな連中は間違いなく実用性を最大限考慮した上で購入を決めるだろう。


 でも、魔王討伐に積極的じゃない人達や、いわゆるコレクターの場合はその限りじゃない。

 付け入る隙は必ずある!

 なんかもう悪徳商法みたいなノリになってるけど、あの禍々しい武器を売る時点で気分的には邪神像を売る怪しげな宗教団体と大して変わらない。


「それで、えっと……私なりに質問事項と、聞く相手を考えてみたんです。紙に書き記してみました」


「え、ルウェリアさん凄い! 見せて見せて!」


 俺より先に何故かコレットが食いついていた。

 これはアレですね。あわよくば友達になりたいと目論んでますね。あざとさが溢れて出てますよコレットさん。


 彼女は人見知りで軽い人間不信だから、一人の時は積極的に友達を作ろうとはしなかったみたいだけど、俺という友達が間に入っている事で気が大きくなっているんだろう。

 俺も経験あるよ。友達の友達は、友達がいない時は何話していいかわからなくて気まずいけど、友達といる時は割と普通に話せる。だから、友達がいる間に友達の友達と親睦を深めて友達になりたいと画策するのは自然な行動だ。友達って凄いな。どれだけ連呼してもゲシュタルト崩壊起きない。


「えっと、これなんですけど。少し張り切ってしまって、お恥ずかしいですが……」


 おずおずとルウェリアさんが鞄から紙の束を取り出した。当然コピー紙みたいな鮮やかな白じゃないけど、あの黄ばんだ和紙みたいな羊皮紙とも違う。ちょっと橙色系が混じっている色合いだ。この世界特有の原料なのかも。サイズはA4よりかなり小さい、A5……いやA6くらいか。一般的なメモ帳は確かA7だったと思うけど、あれよりは一回り大きい感じだ。


 ……って考えている間もルウェリアさんは紙を出し続けているんですけど。ちょっと多くないですかこれ。もう50枚超えてますよ。しかもまだ手が止まらない。止まる気配もない。誰かに止まるんじゃねぇぞと遺言を残されたかのような怒濤の勢いで紙が重ねられていく。


「ふー。これで全部です! 疲れちゃいました。ヘトヘトです」


 100枚オーバーだと……!?

 道端で出す量じゃない!

 っていうかこれ一日で全部書いたんじゃないよな!?


「は、はは、はは……凄いですね、これ全部質問事項?」


「いえ、商品をスケッチした絵も一緒に持ってきました。どういうデザインが受けが良いがアンケートをしたくて」


 あ、本当だ。実物見た事あるブラッドスピアコク深めもある。

 他にも『原罪の大剣』とか『奴隷の残光』とか『ボンデージクロウ』とか、まあ見事にダーティーな見た目と名前の武器ばっかりだ。


 特にこのボンデージクロウって武器、いわゆる爪系なんだけど、途中で五本の爪が全部内側にカーブしてて鉤爪になってるのはまだいいとして、一本一本の爪がドリル型になってるのが怖い。食い込む気マンマン。殺意しかない。


「えっと……ルウェリアさん。言い難いんだけど、この量を全部見て貰うのは流石に時間がないというか、ちょっと一日では難しいかな」


「そうですか……昨日徹夜で手直ししたんですが……目眩クラクラ……」


 一日で全部描いたと言い出したらどうしようかと思ったけど、元々スケッチしてあったんだな。

 にしても、絵にしたところで全然禍々しさが消えてないのは逆に凄い。というかルウェリアさんの画力凄ぇ。闇のオーラの可視化だ。これ全部SNSに投稿したら結構話題になるかも。同じ趣味の人が集ってネットサバトが発生しそう。まあSNS自体がサバトみたいなもんだけど。


 でも、そうなんだよな。

 生前の世界だったら、関心を持って貰う為に色んな方法が試せたんだ。ネットを駆使して。

 そう考えると、やっぱり情報の扱いに関しては歴然とした差があるな。


「私もなんか目眩がしてきた……」


 闇の武器群にあてられてか、コレットの気が滅入っている様子。

 俺よりずっと武器に慣れている彼女さえも精神汚染してしまうとは。恐るべきルウェリア・コレクション。やっぱり闇のコレクター探すのが一番無難かもしれない。


「アンケートは無理だけど、こっちの質問事項については適宜盛り込んでみますね」


「お願いします。出来ればこの『三つ叉の矛の先端は矢印型とクネッと型のどっちがお好みですか』は入れて貰えると嬉しいです。今後の発注の参考にしたいので」


 うーん無理ですね。質問が具体的なようで微妙に抽象的ですし、何より聞かれた方が困惑する質問は基本NG!


「それじゃコレット、武器を扱う人が集まりそうな場所を適当に教えてくれ」


「はーい」


 そんなこんなで、市場調査を開始。

 冒険者ギルドをはじめ、冒険者専用の宿屋、他の武器屋、暗黒街など結構歩き回った。


 ちなみに暗黒街ってのは単なるスラム街の総称で、高レベルの戦士が犇めくこの城下町では悪の組織みたいなのはとっくに淘汰されているらしい。

 仮に新しい悪党が生まれても、撲滅クエストが発注されたら即座に鎮圧されてしまうとか。悪が栄えるには厳しい街だ。


 肝心の質問事項は、結局俺が考えた平凡な内容が7割、ルウェリアさんの希望を汲んだものが3割という比率になった。

 俺が考えたのは『今使っている武器を買い換える場合、幾らまでなら出せるか』『武器購入の際に重視するのは何か』『今の武器で満足しているか』『武器屋の雰囲気は明るい方が良いか暗い方が良いか』など。

 ルウェリアさんの質問は『複雑な形状の武器を収納するケースがセットで欲しいか』『夜に見え難くなる武器をどう思うか』などを辛うじて採用してみた。


 ここまでの聞き込みの結果……案の定、武器を選ぶ基準は『威力』が圧倒的多数。

 高レベルの戦士達はお金には困っていないらしく、コストパフォーマンスはどうでも良くて、兎に角モンスターを倒すのに都合の良い武器が最優先らしい。


 ちなみに、各武器屋の商品もしっかりチェックしてきた。

 一番の売れ筋商品は『覇王の剣』。

 オリハルコンで作られた正統派の片手剣で、攻撃力は片手剣最強で値段も87000Gと大変お高い。


 87000G……870万円。

 剣一本で870万円って。

 まあ、でも2カラットのダイヤくらいって考えたら高くもないか。寧ろ格安まである。オリハルコンだし。


 扱う武器の種類はやっぱり剣が圧倒的に多く、斧や槌は種類も少ないし展示場所も奥の方だった。

 種類によってかなり格差がある印象だ。


 やっぱあれかな、斧とか槌とかこん棒ってこの世界でもダサいってイメージなのかな……



「さて。残るはここか」


 日も暮れかける中、俺達の眼前にあるのは――――賑わいを見せている『コンプライアンスの酒場』。

 夕食時の方が人が集まっているだろうから、敢えて最後に残しておいた。


 っていうか、二度と行かないと誓った手前、出来れば来たくなかった場所なんだけど……仕方がない。

 あのマスターに殴り殺された占星術士は無事蘇生できたんだろうか。

 

「私、ここ苦手なんだよね……うるさいし物騒だし」


 コレットが躊躇するのも無理はない。

 レベル78の彼女なら絡まれる事もないだろうけど、他の連中が殺気立って殴り合ってるのを肴にして酒を飲む趣味もないだろう。

 俺もやかましいのは苦手だ。パチンコ屋とか十秒もいられない。発狂しそうになる。


 確かマスターが言うには、夜だとあの時みたいな派手な騒ぎにはならないって話だったっけ。

 あんまりアテにはならないけど、取り敢えず入ってみよう。

 ルウェリアさんもいる事だし、もし乱闘騒ぎが起こっているようなら即座に引き返すつもりで――――



「力こそパワァァァァァァァァアアアアア!!!!! この俺こそが現代に生まれた破壊の神コンプライアンスだァァァァァァァ!!!!」

 


 ……何故かマスターが破壊神に目覚めていた。


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