第106話 絶許顔見マン

 ルウェリアさん失踪事件やメカクレ事変で右往左往している間に、アインシュレイル城下町ギルドのオープンから9日が経った。明日で丁度10日目だ。つまり、街灯設置のお仕事が完了する予定の日。それを踏まえ、本日の仕事を終えたギルド員を集めて緊急ミーティングを開く事になった。


「今日の議題は一つだけ。街灯設置の仕事についてです。知っての通り、明日で終了予定でしたが……」


 契約上の期日って訳じゃない。でも、最初に定めた目標を達成出来ないとなると、今後のギルド運営に悪影響が出るのは間違いない。別に予定通りじゃなくても良いじゃん、って空気が蔓延してしまう。多少無理をしてでも達成したいところだ。


 100本の街灯を10日で設置する計画だったから、予定通りなら残り10本前後の筈なんだけど――――


「残った街灯は32本。普通にやってたら明日中には絶対に終わりません」


 俺のスキルで調整したパワー系馬車とスピード系馬車を駆使しても、9日で消化出来たのは68本。不慣れな作業に悪戦苦闘し、悪天候の日もあり、予定からは大幅に遅れてしまっていた。


 怪盗メアロの発言を信じるなら、バングッフさんは一応無事らしいし、選挙の警備も現状では急ぐ必要はない。だから明日はギルド総動員で街灯設置を行えるんだけど……それでも、これまで平均で一日7.5本しか設置出来なかったのに、その4倍もの数を立てるってのはどう考えたって不可能だ。


 こうなってくると、最初の見通しが甘かったと言わざるを得ない。要するに俺のギルマスとしての力量不足が招いた結果だ。


「でも終わらせましょう。手を尽くしてメイン馬車を二台追加するよう手配します。これならいつもの倍の効率で仕事出来ます。明日は総出ですが、他に手が空いてる友人知人ナイトがいたら手伝って貰えないか声かけてみて下さい。忍者は要りません。普段の倍の人数を集められたら理想的です。しかも労働時間を普段の倍にします。疲労も倍ですが、明日はないものと思って死力を尽くして下さい。馬車も人数も倍、そして労働時間も倍。つまりいつもの4倍の設置が可能です。これで勝つる!」


「ンな訳ねーだろーが! こっちは連日の作業でボロボロなんだよ!」

「俺たちゃもう年なんだよ! ブラックにも程があるだろ! 殺す気か!」


 勿論、不満の声があがるのは想定内だ。というか、あげて貰わなきゃ困る。素直に従われたらそれこそ独裁だ。


「静粛に! 静ー粛に! えー、ここでソーサラーギルドより派遣されているイリスさんから重大なお知らせがあります。はい注目!」


 イリスの名前が出た途端、不満の声が女性陣だけになった。お前らどんだけ陽キャ美人好きなんだよ……


「はいはーい。皆さん、今日まで本当にお疲れ様でした。明日予定通り終われたら、友達のソーサラーに声かけてみんなで盛大に打ち上げやろうかなって思ってるんだけど、どうかな?」


 次の瞬間。


 文字通り、ギルドが震えた。



 ウ ォ ォ ォ ォ ォ ォ ォ ォ ォ ォ ォ ォ ォ ォ ォ ォ ……



 全身全霊を尽くした絶叫。何度も繰り出されるガッツポーズ。言葉にならない嗚咽。感涙にむせび噴出する体液。まるでハリウッドのアクション大作映画のクライマックスシーンを観ているかのように、中年オヤジ共は揃いも揃って全力で歓喜していた。


「オラァ! テメェら今日はもう帰って寝るぞ! 明日は戦争だ!」


「ただの戦争じゃねェ! 俺ら一世一代の大戦争だ! 一心不乱の大戦争だ!」


「征くぞ諸君」


 そして意気揚々とギルドを後にしていく。さっきまでボロボロとかもう年とか言ってたのに、足取りの軽い事軽い事。中にはスキップまでしてるオヤジもいた。


 今までも何度かあったし、自分で仕掛けておいてなんだけど……俺、このノリ嫌いだわー。大学のサークルの同窓会で、いい年した連中が昔のノリで騒いでるのと同じ薄ら寒さを感じる。実際にあの輪の中に入ったら違った感想になるのかもしれないけどさ。


「ギルドマスター」


 そんな高揚した空気の中、現場主任のマキシムさんだけは落ち着き払った顔で一人残っていた。


「先程の案で、ある程度の数は捌けるとは思う。だが、一日で32本は……」


「現実的じゃないですね。イリスに頼んでモチベーションを上げてはみましたが、疲労の蓄積等を考慮すると無理だと思います。新戦力が集まったとしても、基本作業には不慣れでしょうし」


「なら何故、そこまで無理して明日に詰め込もうとする? 馬車や人員を追加出来るのなら、もっと前に出来た筈だ。今日まで普通の作業体制で明日だけ突貫工事というのは、正直よくわからない。自分には貴方がそこまで無計画な人間とは思えないのだが」


 俺を立てた上での苦言。上に物申す事が出来る人は、責任感と礼節をバランス良く備えている。自分の見る目に自信なんてないけど、この人に主任を任せたのはファインプレイだったと自画自賛しちゃうね。


「ここに集まってくれた皆さんはそれぞれ経験豊富で、いろんな仕事や現場を体験してきた人達です。でも、この面々が一堂に会して一つの事を集中的にやるとなった時、どれだけの事が出来るか、出来ないのか、それは誰にもわからない。だから今回試すんです」


「……敢えてこの状況を作ったと?」


「勿論、予定通り10日で100本立てられたら、それが理想でしたけど。無理なら無理で、ギルドのメンバー総出で一日全力を出して、どれほどの成果が得られるかを確認したかったんです。それが今後にも繋がっていく筈ですから」


 選挙の警備は一日がかりで行う大仕事。失敗は許されない。そういう依頼に挑む前に、一度みんなで共有してみたかった。俺達にはこれだけの事が出来るぞ、逆にここまでが限界だ、っていうのを。


 俺自身、生前は殆ど一人で働いていた。工事現場の警備なんかはチームプレイだけど、夜間の施設警備は基本一人か二人。大勢で一つの事に集中して挑むって仕事はほぼ経験がない。だから俺自身が試されなきゃいけないってのもあった。


「目標ではあっても契約上の工期ではない。そのような試験を行うには最適な状況かもしれないが……このような事は事前に、自分にだけでも知らせて欲しいものだな」


「申し訳ありません。現場を預けてる人に『目標通りいかなくてもいい』とは中々言えなくて」


「確かに、最も聞きたくない言葉の一つではあるな」


 お、今ちょっと笑ったか? 初めて見た気がする、この人の綻んだ顔を。


「明日終わらせなければ工期に間に合わない、そう仮定して現場を回す。それでいいな?」


「お願いします。なんなら別に、終わらせてしまっても構いませんので」


「そのつもりだ。自分も、一仕事終えた後の羽目を外した打ち上げの空気は嫌いじゃない」


 ……最後のは本音なのかどうか微妙だけど、マキシムさんは背中越しに軽く手を上げてギルドを出て行った。少しはギルマスとして認めて貰えたんだろうか。あの笑みがその証だったら嬉しいんだけど。


「明日は大仕事だねー。力持ちの知り合いいないから、あんまり力にはなれなくて申し訳ないなー」


「イリスはさっきので十分貢献してくれてるって。ありがとう」


「あはは。打ち上げには何人か連れて行くから。新しいギルドに興味持ってる子、結構いるんだよね」


 マジですか。やっぱ新しいってだけで結構関心持たれるんだな。名刺作っておこっかな。作り方知らんけど。


「トモって私よりギルドマスターに向いてるよね。私はあんな会話無理……はぁ」


 山羊コレットがニュッと割り込んで来た。こいついつまで山羊なんだろうな。不憫だ。


「俺はコレットの方が絶対向いてると思うけどな。カリスマ性とか俺一切ないし」


「うんうん。コレットにはコレットの良い所いっぱいあるから大丈夫!」


「ありがとー……なんか最近涙脆くなったかも」

 

 情緒不安定にはなってるよな。長らく頭が陽の光浴びてないから、自然と気が滅入ってるのかもしれない。ますます不憫だ。


「あ、そうそう。ティシエラが話あるから、仕事終わったらギルドに来てって。馬車の件かな?」


 まだバングッフさんが帰って来てないから、馬車の手配についてティシエラに一任したんだよな。上手く確保出来てるといいけど。


「それじゃソーサラーギルドに行くか」


「夕食まだだし、みんなで食べない? トモの奢りで」


「借金持ちに奢らせようとするなよ……」


 そこまで言って、ふと気が付いた。


 食事と言えば――――


「コレット、マスク外せないのに食事ってどうしてるの?」


 イリスも同じ事を思ったらしい。今まで普通に生きてきてるから、多分大丈夫なんだろうけど……


「えっとね、この山羊の口ってしっかり閉まってなくて、牙になってるから結構間がスカスカなんだ。だから割と普通に食べられるよ」


 あ、本当だ。面長のマスクで鼻の部分が前に突き出てるからわかり難いけど、口元はギザギザの牙になってるんだな。


 っていうか、ビジュアル的にマジ悪魔だな……余計怖くなった。いよいよ不憫だ。


 取り敢えず、移動中の話題はコレットの日頃の食事の仕方で決まりだな――――





「よう、久々だな。元気してたか?」


 ソーサラーギルドに着いたところで、予想外の再会が待っていた。


「バングッフさん!」


 姿自体は職人ギルドで実施された五大ギルドの時に見かけたけど、あれは怪盗メアロの変装だったから、本人と会ったのは……街灯設置の事を教えてくれたカタコトのディカさんを紹介して貰った時以来か。実際には10日くらいだけど、なんかもう3ヶ月くらい前のような錯角を覚える。


「五大ギルドの件は聞いたよ。随分迷惑かけちまったな」


「俺は特に何も。それより、怪我とかはしてないんですか?」


「歩き疲れちゃいるが、身体は無事だよ。つーか、目が覚めたらいきなりベルクティーフェの道端でな……マジ参ったわ」


「ベルクティーフェって、あの山奥にある街ですか?」


 イリス、バングッフさんには丁寧語使うんだな。まあ俺もだけど。


「ああ。何しろ身体一つで急に転移しちまったから、金も持ってねぇし……歩いて帰るしかなかったんだよ」


「食事はどうしてたんです?」


「山の中で木の実とか拾って食ってたよ。モンスターは流石に食えねぇしな」


 どうやらモンスターを食する文化はこの世界にはないらしい。なんかホッとした。


「ついさっき帰って来られて、ギルドの連中に聞いてようやく自分の現状を理解した訳さ。まさか俺に成り代わろうって奴がいたとはな。とんだ醜態晒しちまった」


「寝込みでも襲われたんですか?」


「いや、移動中急に眠くなったのは覚えてるんだ。魔法かスキルかアイテムか……睡魔系のを使われたみてぇだな。そっち系のレジストは持ってねぇから、無抵抗でやられちまったよ」


 顔は笑っている。声も明るい。でも――――


「この御礼は……キッチリしなくちゃなあ」


 目は滾っている。それはもうバッキバキに。報復したくてしたくてたまらない絶許顔見マンになってやがる。


「俺はこれからティシエラに詫びを入れに行くんだが、お前等も奴に用事か?」


「ええ。こっちは別に急いでないんで、お先にどうぞ」


「悪りぃな。やる事が山積みでな……ところで街灯の設置は順調かい?」


「明日……はちょっと難しいですけど、二、三日中には100本立てられそうです」


「マジかよ。こっちは20日くらいって予想してたんだが、随分早いな」


「設立直後は頑張らないと軌道に乗りませんから。全部終わったら報告しに行きます」


「おう。じゃあな」


 立ち話もそこそこに、バングッフさんはギルドのカウンターに取り次ぎを頼みに行った。五大ギルドの長ともなると、他のギルドも勝手知ったる我が家なんだろう。受付の対応もスムーズに見える。


「良かったー。バングッフさんはバングッフさんのままだったね」


 一瞬、イリスが何に安堵したのかわからなかったけど……そうか、バングッフさんがキャラ変してる可能性もあったのか。


「ティシエラ、その件には結構神経使っててねー。コレットが別人みたいになったって聞いた時も、最初は性格が変わったって思ってたみたい」


 まあ実際、俺が知っているだけでも随分いるからな。フレンデリア嬢、ルウェリア親衛隊の奴、酒場のマスター、女帝……バリエーションも豊富だ。この件についても今日話を聞いてみようかな。


 ……ん? バングッフさんが凄い形相でこっちを見てるな。何だ?


 あ、こっちに戻って来た。心なしか顔が青ざめている。っていうか震えている。


 まさか怪盗メアロでも現れたとか――――


「ねえそいつ誰!? なんで山羊の悪魔が人里にいるの!?」


 え……? 今更?


「久し振りね。言いたい事は沢山あるけど、取り敢えず無事で良かったわ」


「こっちはそれどころじゃねぇんだわ! この街いつから人外の存在を普通に受け入れてんだよ! 俺がいない間に何があったの!? マジで怖えよ!!」


「……?」


 受付に呼ばれて迎えに来たティシエラは、取り乱すバングッフさんと俺の隣でキョトンとしている山羊コレットを交互に見ながら、訝しそうに眉をひそめていた。



 ……あ。コレットの事バングッフさんに説明してなかった。


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