第105話 メカクレちゃん



『確かここ、売上最下位の武器屋ですからね……回転率悪い店って商品管理に問題ありそうだから、入る気しないんですよね』


『先輩、あんま話しかけない方がいいんじゃないすか。あの人いつもコソコソしてるし、ギルドでも受付嬢としか会話してないし、それ以外の人と仲良くしてるのなんて見た事ないし、そっとしてあげるのが優しさですよ』


『でも最後ってプレッシャーヤバいっすよ。っていうか、こういう大会って最後の方は観客もダレてきちゃってるから微妙な空気になるし、あんま旨味もないですよね。結局のところ、やっちゃったって感じ? ハハハ』



 ……俺の記憶の中にあるメカクレ野郎と言えば、終始こんな感じだった。余計な一言で場を白けさせる天才。接点はそう多くもないのに、何度も苛々させられたもんだ。



『プッ。先輩、この人完全にビビっちゃってますよ。幾らレベルが高くても、こんな薄ら禿げみたいなメンタルだったら本番ポンコツなんじゃないっすかね』


『ってか薄らってレベルじゃないっすね。もう完全に禿げですよ禿げ。ツルツルメンタル。毛根ガッツリ逝っちゃってますって。心の毛根死に過ぎ! 心臓ツルツルシワシワじゃないっすか! アハハハハハ!』



 で、その報いを受けたのがこの場面。場の空気と光具合を読まず禿げイジリした結果、頭髪を気にして日頃からストレスを抱えている冒険者の皆さんから執拗に股間を蹴られ、即入院。その後、退院して何故か防具屋に弟子入りしたって話だったけど――――


「……」


 どうやら、口元に手を当てて恥ずかしそうにモジモジしているこの人物が、メカクレ野郎と同一人物らしい。


 ……いや信じられるか! メカクレ野郎っつーかメカクレちゃんじゃん! 表情も仕草も明らかに女の子っぽくなってるんだけど!?


 あと格好も心なしか女性冒険者っぽい。具体的には太股の露出が多いし全体的に軽装だ。元々レベル高い割に線の細い奴だったから、ミスマッチって格好でもない。


 一応、幾つかの手掛かりというか判断材料を総合して考えれば、一つの有力な解答を導き出す事は出来る。俺がこの街に転生して最初に世話になった防具屋の主人がそう言えばオネエだったなとか、股間蹴られまくった結果自分が男性である事に恐怖を覚えて男性性を記憶から抹消したのかも、とか。


 でも深く考えないようにしよう。考えたら負けだ。そこから得られるものは何もない。


「おい。昨日はどうしてギルドに来なかった?」


 代わりに、メカクレちゃんの傍でずっと嫌らしく微笑んでいるファッキウに事情説明を求める。返答によってはルウェリアさん誘拐の容疑で身柄を拘束する必要もあるだろう。


「決まっているだろう? そんな暇はなかったからさ。僕を誰だと思っているんだ? ルウェリア親衛隊の先鋒、ファッキウだ! 僕の行動の全てはルウェリアさんに捧げている!」


 そんなこっちの思惑を嘲るように、ファッキウは冷えた視線を向けて来た。ますます黒コートが似合う表情だ。言動の気持ち悪さとのギャップがエグい。


「僕達ルウェリア親衛隊の情報網を侮るなよ。昨日ルウェリアさんが失踪した事、僕は君達より遥か先に知っていた。だから捜索に向かった。それだけの事だ」


「……」


 もしそれが本当なら、正当な理由だ。日常的にルウェリアさんを見張っている親衛隊が、いち早くルウェリアさんがいなくなったのを把握しても不思議じゃないし。


「恐らく君は誤解しているだろう。君がルウェリアさんを発見し、助けたと。だが真実は違う」


「助けたのは自分、って言いたいのか?」


「御名答! 僕が意識を失ったルウェリアさんを保護した。ベリアルザ武器商会のすぐ傍でな。本来ならそこに運ぶべきだったが、生憎あの武器屋には怪盗メアロから予告状が届いていた。彼女が気絶している間に怪盗メアロが現れたら、何をされるかわからない。奴がルウェリアさんを昏倒させた可能性もある。よって、僕の判断で武器屋には運ばず、より安全な娼館で保護させて頂く事にしたのさ。あそこには力が取柄の女もいるしな。用心棒には丁度良い」


 恐らく女帝の事を言ってるんだろう。自分の母親に対する発言とは思えないけど。もしかして反抗期なんだろうか。俺より年上っぽいのに。こういう奴に限って実はマザコンなんだよな。


 それはともかく、話の辻褄は合っている。気を失っているんだから真っ先に病院へ向かうべきとは思うけど、この城下町には大きな病院ってないんだよな。ヒーラーギルドが五大ギルドの一つに数えられているくらい支配力を持っているから、商売敵となる外科医は肩身の狭い思いをした挙げ句、全員街を去ったらしい。


 回復魔法でも病気は治せないみたいだから内科とは競合しないんだけど、内科は内科で健康優良児の多いこの街では商売がし難く、殆ど寄りつかないそうだ。まあこれから魔王を倒そうって連中が集う街だし、病弱な人はまず辿り付けないからな……


「だが僕は決して、自らこの事をお父様に話したりはしない。ルウェリア親衛隊がルウェリアさんを助けるのは、余りにも当然の事だからだ。どれくらい当然かと言うと、倒れたルウェリアさんを見て勃起するくらいの必然性だ!」


 こ、こいつ……女性もいる場で臆面もなく……!


「ってか、勃起してたから武器屋に運べなかったってだけじゃないの? 御主人から殺されかねないし」


「フッ、それもある」


 いやそんな爽やかに認められてもね……


「僕には葛藤があった。感謝の押し売りはしたくない。だがルウェリアさんには感謝されたいし、お父様にも認めて貰いたい。この僕の貢献をさり気なく、僕がそう仕向けたと絶対に悟られないようお二人の耳に入れるにはどうすればいいか、必死に考えたさ。そして思い付いた」


 相変わらず回りくどい奴。そんなんだから御主人に余計警戒されるんだろう。いちいちツッコまないけど。


「僕はこれから改革を起こす。それも劇的な改革をだ。それが達成された時、僕はお二人にこう言うんだ。『ありがとうございます。ここまでこれたのは、あの時倒れていたルウェリアさんを偶然にも発見し、保護させて貰ったからです』と。そこでお二人は僕の功績に気付く訳だ。どうだ! これなら押しつけがましくはあるまい!』


「……いや、なんか急に話が見えなくなったんだけど。改革って何処から出て来た?」


 にしても、コレットもイリスも全然会話に入って来ないな。苦手意識もあるんだろうけどさ……その所為で結局、俺がずっとこいつの話し相手にならなくちゃならない。苦痛だ。


「この街は、今まで治安が良過ぎた。だから住民もそこに甘えていた。怪盗メアロを野放しにしている現実と、もっと向き合うべきだ。今のままでは、ルウェリアさんが安心して暮らせない……その懸念が僕を改革に駆り立てたのさ」


 黒コートを靡かせ、ファッキウは傍でずっと怯えていたメカクレちゃんの肩に手を置いた。


「彼を冒険者ギルドのギルドマスターに推薦して、選挙を戦う。そして勝利した暁には、冒険者に街の治安を守って貰う。例えルウェリアさんがまた倒れても、すぐ手を差し伸べられるよう毎日警邏をして貰う。無論、怪盗メアロ対策に特別チームも組む。アインシュレイル城下町は、ルウェリアさんが生きやすい街に生まれ変わるんだ!」


 ファッキウの説明は、事実上の選挙演説だった。


 ……マジかよ。ウチのギルドと趣旨が丸被りじゃねーか。


「現状、立候補者はいずれも選挙活動に積極的ではないと聞いた。ルウェリア親衛隊の後ろ盾があれば必ず勝てる! なあフレンデル君!」


「……ぃ」


 イケメンクリーチャーのテンションが高いのはこの際良いとして、メカクレちゃん明らかに戸惑ってるんだけど……これ絶対傀儡候補だろ。


 そもそも、突発的に思い付いたって体で喋ってるけど、その割に手際が良すぎないか? 候補者なんてそんなすぐ見つかる訳ないだろ。元々計画していた可能性が高そうだ。ましてこのメカクレちゃん、以前までとはまるで別人だし身辺調査が必須だったでしょ。


 ……にしても、これでまた急にキャラ変した奴が出て来た事になるのか。一応ティシエラにも報告しておこう。


「そういう訳で、予定が大幅に変わったから、ネシスクェヴィリーテの件はなかった事にして貰う。選挙活動に参加する以上、物品を譲渡する事は出来なくなったからな」


「こっちは貸して貰えるだけで良いんだけど」


「バカか!? ルウェリアさんの手に渡り感謝されるまでがワンセットの交渉だっただろうが! ただ君達に貸すだけなんて無意味な事を誰がやるものか!」


 ……でしょうね。わかってて言いました。


 参ったな。奴の手の中にある限り、俺達がネシスクェヴィリーテを手にするのは難しい、というか無理だ。王城に保管されてる方がまだ希望はあった。結果的に、奴から妨害されたような格好になっちまった。


「では、そろそろ失礼する。これから忙しくなるのでね。フレンデル、行こうか」


「は……ぃ」


 蚊の鳴くような声を残し、メカクレちゃんは一足早く俺達から離れていったファッキウに付いていった。


「……本当に今のって、あのレベル60台のフレンデルなの? とても信じられないんだけど……」


 ファッキウが去った途端、イリスが神妙な面持ちで近寄ってきた。あれだけの超絶イケメンでも、中身がああだと好き嫌いは分かれるよな。


「まるでフレンちゃん様みたいな変わりようだね」


 立候補者だと全く気付かれていなかった山羊コレットも加わってきた。まあ気付きようもないけど。


「あっ、トモさん。お久しぶりです」


 応接室から、疲労感を引きずるような顔でマルガリータさんが出て来て、部屋の鍵を閉めた。どうやらギルマスは一緒じゃないらしい。


「いつもティシエラ共々お世話になってまーす♪」


「イリスさん。そういえば、トモさんのギルドを手伝っているんでしたね。順調ですか?」


「順調順調。ねー、マスター」


「借金返せる目処はまだ立ってませんけどね」


 輪を作って和気藹々と話す。


 ……その輪の中に、コレットはいなかった。いつの間にかギルドの隅に移動して、掌の皺をじっと見ていた。


「えっと……コレット、で良いんだよね?」


「見ないで! こんな姿になった私を見ないで!」


 マスクはしていても、中身を知られている相手に見られるのは嫌なのか。心理がよくわからん。覆面レスラーってこんな感じなんだろうか。


「それよりマルガリータ、新しい立候補者の話って本当?」


「ええ。断る理由もないし、ついさっき受理しました。立候補者はコレットの同僚でもあるフレンデルで間違いありません」


「そうなんだ……なんか別人みたいになってたよねー」


 イリスは未だに半信半疑だったらしい。それはマルガリータも同じなのか、苦笑いしながら頷いていた。


「どういう経緯かは知らないんですけど、すっかり乙女になられて……以前まではガキ、いえ分別の付かない少年のようでしたのに」


 マルガリータさん、若干素が出てますね。それだけ戸惑ってる証だろう。


 実際、俺よりずっと以前から奴を知っていた彼女にとって、あのクソガキみたいな性格だったメカクレ野郎が急にオネエになった衝撃は相当なものだろう。しかも、あのオネエキャラのスタンダードみたいな防具屋の主人とも全然キャラが違うし。何をどう学んだんだよ一体。


「私はサブマスターだから、特定の立候補者ばかりを応援する訳にはいかないけど……推薦人として、コレットに新しいギルドマスターになって欲しいって気持ちは変わってないからね。頑張って」


「あっ……うん」


 自信なさげに頷いたコレットを励ますかのような笑顔を残し、マルガリータは通常業務に戻った。


「俺達も、これ以上ここにいても仕方ない。一旦戻ろう」


「そうだねー。あ、私一旦ソーサラーギルドに戻っていいかな? ティシエラに今回の件、なるはやで報告したいから。フレンデルって人が様変わりした件も」


「了解。今日はもう上がって貰っても構わないから」


「ちゃんと戻りますー! 要らない子って思われたくないし!」


 なんとなく微妙な空気が漂っていたけど、明るく振る舞ってくれるイリスのおかげで嫌な感じにはならなかった。ホント助かる。陽キャって凄いよな。


 俺も異世界こっち で強くなりすぎた……ってほど心が鍛えられた訳じゃないけど、結構良い方向に変われたつもりではいる。それでも一生イリスみたいな真似は出来そうにないな。


「コレット、元気出してね。まだまだチャンスはあるよ」


「……ありがと」


 最後にコレットを励まして、イリスはさっきとは別の辻馬車に乗り込んだ。辻馬車マジタクシー。


 本当は俺もティシエラに話を聞きに行きたかったけど、仕事は残ってるし、コレットだけ別行動させるのもなんとなく気が引ける。今日のところは控えよう。


「トモ」


 馬車に揺られてギルドに戻る途中、コレットが覇気のない声で話しかけてくる。


「……私、終わったかも」


「いや、仮に選挙で負けても終わりはしないだろ」


「負けてもって言った! やっぱりトモも私が負けるって思ってるんだ! あんなに絶対的有利だったのに! なんでこんな事になっちゃったの!?」


「どう考えても過去の所業が原因だろ」


「やめて言わないで聞きたくない! 過去なんか振り返りたくないのに……なんで過去が私を殺しにかかるの!!」


 コレットのご乱心はギルドに着くまで続いた。


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