第104話 変わり果てた姿

 怪盗メアロとの接触があって以降も、何か事態が動き出すという事はなく、幾つもの謎や釈然としない状況は宙に浮いたまま日々は続いていった。


 幸い、ルウェリアさんは再び誘拐される事なく、無事ベリアルザ武器商会の看板娘に復帰。なお、魔除けの蛇骨剣を一本ダメにした件についてはルウェリアさんを助ける為の必要経費としてカウントして貰ったんで、支払いは不要となった。サンキュー御主人。


 問題はコレットだ。


 もう何日もマスクを被ったままだし、顔の皮膚に何か異常が生じてないか心配だけど、一応今のところ痒みや違和感等はないらしい。


 とはいえ、選挙活動が完全にストップしてしまっている点は如何ともし難い。マスクを被っていても出来る最低限の事はやってるみたいだけど、挨拶回りなどの基本的な活動が出来ない為、票集めは殆ど行われていないのが実状だ。


 幸い、他の候補者にも目立った動きはない。ディノーは既に当選を諦め選挙活動を放棄している状態だし、もう一人の著名な候補者、レベル69の冒険者ベルドラックも放浪の旅に出かけていてやる気はなさげ。選挙活動をしていないという点では、少なくとも相対的なマイナスにはなっていない。


 ただ、今後更なる立候補者が現れるかもしれないし、現状がよろしくないのは間違いない。一刻も早くマスクを脱ぐ必要があるんだけど……肝心のネシスクェヴィリーテを持っていたファッキウが行方不明になってしまった。


 この状況が何を意味するのか、正直全くわからない。奴の目的が本当にルウェリアさんに良いカッコする事だったら、行方を眩ます必要なんて何処にもない。もしかしたら、抜け駆けを裏切り行為と見なした他の親衛隊の奴等から粛正されたのかもしれない。ヤベー奴等ばっかだって言うし。


 もしそうなら、ベリアルザ武器商会に出されたと思われたあの予告状は、実はファッキウに出された物……って可能性もある。送り先の情報を一切記載していなかったのは、店じゃなく個人に宛てた予告状だったからと考えると辻褄は合う。


 とはいえ、どうしてファッキウへの予告状がベリアルザ武器商会に届いたのか、また怪盗メアロを騙っていたのかは謎。不明瞭な点が多い以上、正しいとは言い切れない。


 ティシエラが追っている人格激変の件も、全て俺と同じ転生者とは断定出来ない。少なくとも女帝に関しては、違う可能性の方がずっと高いように思える。


 ……アインシュレイル城下町って、もしかして闇深案件の宝庫なの? なんかキナ臭い問題多過ぎない?


 そんな街の名前をギルドに付けてしまった俺って一体……


「ギルドマスター、そろそろ休憩に入っても良いだろうか? 皆、朝一で働いてるから全体的に疲弊の色が濃いようだ」


 ふと顔を上げると、現場主任のマキシムさんが疲れた表情を浮かべ、こっちを凝視していた。


 キツいのは今日だけじゃない。ここ数日、街灯設置を担当している街灯班には随分と無理をさせている。序盤の遅れを取り戻す為にはそうするしかないとマキシムさんとも意見は一致していたけど、いざそのスケジュールでやってみると予想より遥かに大変だ。


「わかりました。皆さーん! 休憩入りまーす!」


 余程しんどかったのか、俺の号令と同時に複数のギルド員がうなり声と共にその場にへたり込む。自動車も機械類もない世界の街灯設置ってマジ大変なんだな……生前の世界でも、昔は相当苦労していたに違いない。


「おういボスよう。流石にちいっとばかりハード過ぎないかい?」


「こちとら、もう若くもねーんだからよ、工期伸ばして貰ってペース緩められねーか?」


「だよなぁ。俺も大分ガタが来ちまってて、正直しんどいんだわぁ」


 中年のオッサンギルド員の三人組、ポラギとベンザブとパブロが揃って無茶な要求をしてきた。


 土木関係の仕事はやった事ないけど、警備員は工事現場に赴く事が多い関係で、土木関連の知識を得る機会が多少ある。その中で特に話題になる事が多いのは、工期に関する話だ。


 原則として、工期は絶対に守らなければならない。工期遅延となれば、余程の理由がない限りその会社は信頼を失う。それを避ける為にも、かなり無理をさせて間に合わせるのが当たり前の世界だった。


 そういうのを、身近ではないけど割と近い所から見て来ているから、工期を伸ばして貰うって発想はなかった。いや、そもそも今もないんだけど。


「生憎、バングッフさんが暫く帰って来られないみたいなんですよ。契約はあの人を介して結んでるんで、彼不在の状況でスケジュールの変更は厳しいですね」


「マジかよう……」


「ま、しゃーねー。なんとかするしかねーさ」


「イリスちゃんに良い所見せられると思って、頑張るしかねぇな」


 幸い、三人ともいい大人だから、軽口は叩いても我儘は言わない。しかも良く働いてくれている。


「皆さんは全員元冒険者でしたよね? どうして引退したんですか?」


 休憩時間中の雑談の話題を提供するのは俺の役割。力仕事で貢献出来ない以上、これくらいはしないとな。


「ヤな事聞くボスだなあ。まあ良いケドよう……俺の場合は才能の限界を感じたからだあ」


「右に同ーじ」


「左に同じぃ」


 全員同じ理由だったのか。でも彼ら、パーティを組んでいた訳じゃなかったような……


「ここは魔王討伐の拠点になる街だからよう、世界各国から"最強"だの"天才"だのガキの頃から言われ続けた連中が集うんだあ。斯く言う俺らもその口よう」


「随分煽てられたモンだぜ。地方の領主からは『世界を救うのは貴方しかいない!』とか媚び売られてさー。ま、こっちだって期待されりゃー応えたくなるってモンだし、それなりにサボらずやって来たつもりではいるぜ」


「それでもなぁ……ある日突然、気付くんだよなぁ。レベル上がってもステータスが一つも伸びねぇ。死ぬ思いでモンスター潰しまくって上げてもまた同じ。あぁ、俺はここまでの男だったのか、ってな」


 ……切ない。切な過ぎる。


 ゲームでもたまに、最初から高レベルだけど全然成長しない早熟ユニットがいるけど、彼らの場合はレベル上げる度に伸びまくる成長度Aの天才児だった訳で、それが突然頭打ちになった時の絶望感は想像を絶する。


 例えば、営業成績で中位が当たり前になるとか、血圧が高い値で安定するとか、どれだけ努力・節制しても一定のラインで限界の数字が見えて諦めの境地に至る人は、生前の世界にも沢山いた。俺の場合はそこに達する以前の問題だったけど。


 でも彼らの場合、突然自分の才能の涸渇を突きつけられる訳だから、ショックの度合いは半端ないだろう。


「ま、いつまでもメソメソしてたって仕方ないからよう、みんな悟るのさあ。ここまでか、ってなあ。だったら次の人生見つけるしかないわなあ」


「全員、自分こそが魔王を倒してこの世界を救おうって連中ばっかだからなー。そうなれないって判明しちまったら、自分より強えー奴のサポートに回るか、引退するしかねー」


「でもよぉ、今更サポートに徹するなんて出来ねぇんだ。みぃんな、主役の人生を送って来ちまったからなぁ」


 長年主役を演じてきた俳優が、年食って脇役に回るのは難しい……って感じか。でも彼らの場合、視聴率が取れなくなった訳じゃない。例えるなら、今以上の数字は望めないけど一定の数字は取れる俳優だ。納得はし辛いだろうな。


「みんなそれなりに苦しんで、人生振り返って、一旦絶望して……で、割り切って誰かのサポートに徹するか、俺らみたいにリタイヤするかを選ぶってわけさあ」


「嫁さん貰って子供作って、あくせーく働く。ンで、子育てが終わる頃に『俺の人生なんだったんだ』ってまーた絶望するまでがワンセットだ」


「冒険者あるあるだなぁ。はっはっはぁ!」


 切ない話の後に陽気に笑い、なんとなーく良い感じに終わろうとしてるけど……


「……そう言えば皆さん、既婚でしたね」


 面接の時、それぞれからそんな話を聞いた記憶がある。既婚か未婚かなんて採用の条件にはなかったからスルーしてたけど。


 って事は、結婚してるのにイリスに良いところ見せようと張り切ってたのか……?


「マスターには感謝してるぜえ! まさかイリスちゃんと同じ職場で働けるなんてなあ!」


「ソーサラーギルドって美人多いんだよなー! 冒険者ギルドはゴツい女ばっかだったからなー! その中でも愛嬌のあるイリスちゃんはマジ天使!」


「ワンチャンあるって思わせてくれるよなぁ! がっはっはぁ!」


 ねーよゼロチャンだよ殺すぞドブクソエロオヤジども。


「それはそうと、一度皆さんの家に御挨拶に伺おうと思うので、今日あたり覚悟しておいて下さい」


「「「嫁さんにチクるのは勘弁!」」」


 揃いも揃って恐妻家だったか。イリスに求めてるのは癒やしなのかもな。だったら別にいいか。イリス本人も気にしてなさそうだし。


「はーい! そろそろ休憩終わります! 皆さん、死なない程度に働きましょう!」


 手を叩きながら奮起を促す。こんな事をするなんて、少し前までの俺だったら考えられない。でも今は、ギルマスらしく振る舞おうと自然に思える。ギルド立ち上げてみるもんだ。人生観が変わった気がする。


「マスター!」


 街灯班がダルそうに立ち上がっていたところに、イリスが馬車に乗ってやって来た。一瞬にして全員色めき立つ。いや、マキシムさんだけは引き締まった顔をキープしてるな。この人を現場監督にして正解だった。


 にしても、いつになく真剣な顔してるなイリス。何かあったのか?


「ファッキウが見つかったって!」


「マジか! 何処?」


「それが……とにかく馬車に乗って。みんなはお仕事頑張ってね!」


 後ろからデレデレした空気が漂う中、言われるがままに辻馬車に乗り込む。荷馬車と違ってスペースが狭く、四人までしか乗る事が出来ない。隣に座るか、向かい合って座るか……なんて考えてる場合じゃないか。


「捜索班のグラコロ君が見つけたって」


 マジ? いい仕事したぜ。ロリコンなりに。退院早々ようやっとる。


「それで、奴は何処にいたの?」


「冒険者ギルド」


「……は?」


 接点がわからない。娼館の倅が何しに冒険者ギルドに……?


「そもそも、なんで冒険者ギルドなんて探してたん?」


「えっと、迷子になってた女の子と話してたら誤解されてギルドに連れて行かれた、とか言ってたけど……」

 

 絶対迷子じゃないな。あの幼女ストーカー……金一封考えてたけど止めだ止め。


「ファッキウがそこにいた目的はわかる?」


「冒険者と一緒に応接室に入って行ったみたい。多分、選挙の立候補者を推薦する為だと思う」


 あの野郎、こっちとの約束無視して何してんだ?


 それとも……最初から守らないつもりだったのか?


「もうすぐ冒険者ギルドに着くから、まだ本人がいたら直接色々聞けるよ。仮にいなくても、ギルドマスターかマルガリータさんに話を聞けば事情がわかるかも」


「手際良くて助かるよ」


「あはは。すっかり秘書みたくなっちゃった」


 ……イリスも、あのエロオヤジ連中みたく諦めた側なんだろうか。本当は自分がトップになれると意気込んでいたけど、自分の限界に気付いて、ティシエラのサポートに徹しているんだろうか。正面に座るイリスの顔は、少しだけそう感じさせた。


「あ、もうすぐ着くよマスター」


 冒険者だったのはたったの一日だけだったけど、ギルドには何度か足を運んでるから、周囲の風景には見覚えがある。もう徒歩一分くらいで着く位置――――


「……あいつ何してんだ?」


 冒険者ギルドの入り口付近に、なんかソワソワしてる山羊の悪魔がいた。正体知らなかったら御者に頼んで馬車で轢いて貰おうか検討するくらい不審だ。


 取り敢えず、降りて声を掛けるか。放置してたらウチのギルドの評判落ちるし。


「コレット」


「ひゅぇっ!? ちっ違います! 私はコレットなんて名前じゃありません! 私はヒュエットって名前の黒山羊ちゃんで……」


「ギルドでの登録名はそんなんじゃなかったろ! 奇声あげる度に偽名変えるな!」


 イリスが辻馬車に支払いし終えるのを待たず、コレットのマスクにチョーップ。防御力高いから勿論ノーダメージだ。


「あ……トモ! 大変大変! この中にファッキウっていうあのルウェリア親衛隊の人が入って行って……!」


「事情は知ってる。まだ中にいるんだな?」


「う、うん。なんか見覚えある人と一緒だったけど……もしかして、新しい立候補者を立てるつもりなのかな」


 コレットもイリスと同じ見立てか。まあコレットの場合、実際にフレンデリア嬢から推薦受けてるしな。


「どっ、どうしようトモ! もしちゃんとした人が立候補したら今の私じゃ勝てないよ! だって私山羊の悪魔なんだよ!?」


「確かに……もう随分長い間山羊の悪魔だよな」


 もし俺がまだ冒険者やってたら、こんなのに絶対票入れたくない。グレートなサスケェとかリバプールの風とか瀬戸内海の荒波が生んだスーパースターくらいのマスクならいいけど、悪魔はちょっとねえ。


「あ、出て来た! マスター、見て見て!」


 いつの間にか傍まで来ていたイリスが指差す方に目を向けると、そこには応接室から鷹揚と出て来たファッキウと――――何処かで見たような、記憶の中にあるような気がする人物がいた。


 ただ人相がちょっとわからない。黒い前髪で覆われて、両目が隠れて見えないから――――


 ……ん?


 目が隠れて……目隠れ……



「メカクレ野郎か!?」



 思わず叫んだ俺の声に反応し、二人がこっちに向く。ファッキウの方は不敵に微笑み、もう一人は……なんかモジモジしてんな。


 グネグネの内股。極限まで狭めた肩幅。顔は明らかに化粧していて、肌は過剰に白く、唇はやたら赤い。


「……ぁ」


 変わり果てた姿となったメカクレ野郎は、怯えたように身を縮め、前髪の隙間からこっちを覗いていた。





 ……いやいやいやいや!


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