第103話 長くトロッとした煽り顔
「ルウェリアァァァァ!! ルウェリアォォォォォォオゥゥゥウウ!! アオオオオオオオオオオオオーーーーッ!!」
無事ルウェリアさんを家に届けた瞬間、まるで遠吠えのような御主人の泣き声が鼓膜をシェイクしてきた。いや感激してるのはわかるけど、声だけ聞いてたらまるで亡くなった娘に縋り付く親みたいで紛らわしい。ルウェリアさんも困惑気味だ。
「誰だ! 誰に攫われた! あのケツの穴親衛隊のクソ共か! ルウェリア安心しろ、今すぐあんなカス共滅ぼしてやるからな!」
「お父さん違います! それは濡れ衣です!」
「何ィィィィィィィィィィィ!? 何故だ! 何故奴等が犯人じゃない!? そんな馬鹿な事があってたまるかああああぁあ!!」
……気持ちはわかるけど、娘の無事を確認した後の方が錯乱するってどうなのよ御主人。まあそれだけ元気になったって事なんだろうけど。
「と、とにかく落ち着いて下さい御主人」
「そうだな」
うわぁ! いきなり落ち着くな!
「しかし、あのゴミ共じゃないとしたら、一体誰が犯人なんだ?」
「それが……どうもよくわからなくて」
ルウェリアさん本人の証言によると、店の前で掃除をしていたら突然意識がなくなり、気付いたらあの娼館の中の食堂にいたそうだ。
そして、そのルウェリアさんを介抱していたのが娼婦のお姉さん方。なんでも、あの女帝が自ら意識のないルウェリアさんを背負って、食堂まで運んで来たという。そこで女帝から『行き倒れかもしれないから食事をさせてやりな』と指示され、お姉さん方は昨日の夕食の残りをルウェリアさんに与えていたらしい。俺とコレットが目撃したのは、その場面だったみたいだ。
「なんだそりゃ。って事は、ウチの前で倒れたルウェリアを、あの娼館の支配人が拾って自分トコまで担いで行ったってのか?」
「理屈の上では、そういう事になりますね」
女帝は、息子がルウェリアさんを欲している事を知っていた。だから、店の前で倒れているルウェリアさんを発見して、高価な落とし物感覚で『ラッキー。持って帰ろう』と思い立ったとしても不思議じゃない。
もしくは、背後からの手刀か何かでルウェリアさんを故意に気絶させ、連れて行った可能性も捨てきれない。その場合は悪質過ぎる誘拐だ。
でも、俺の中ではしっくり来ないというか、イマイチ納得出来ていない。あの女帝なら、ルウェリアさんを担いで人目につかない裏道を通って娼館に戻るくらいは出来るんだろうけど、そのコソコソした姿は全く似合っていない。幾ら息子の為でも、そんな真似をあの人がするとは思えないんだよな。
それに、息子に差し出すのを前提に拾ったのなら、わざわざ娼婦に食事を与えるよう指示するとも思えない。自分の部屋にでも閉じ込めて、そこに息子を連れて来るだけで良いんだし。幾らファッキウが女帝を嫌っていても、ルウェリアさんを捕まえたと言えば喜び勇んで部屋に向かうだろう。わざわざ逃げられるリスクを負って食堂に連れて行く理由はない。しかもその後、女帝はルウェリアさんから目を離してるし。
「ただ、俺個人としてはなんか違う気がします」
「私もトモに賛成。戦ってみて感じたけど、そういう事をしそうにない人だったから」
実際に剣を合わせれば、その人となりがわかる――――とでも言わんばかりに、山羊コレットは俺の肩を持った。本来なら心強い援軍なんだけど……なんだろう、逆に説得力が弱まった気がする。やっぱあのマスクしてのシリアスな言動は無理があるな……
「んー……ルウェリアちゃんが無事だったのは嬉しいけど、なーんかスッキリしないねー」
武器屋で待っていたイリスも、モヤモヤを感じたままの笑顔。彼女の言うように、どうにもスッキリしない。
「すみません……ご心配をおかけしたばかりか、何も覚えていない役立たずで……」
「ルウェリアちゃんは被害者なんだから全然悪くないない! だから泣かないで!」
「そうだぞルウェリア! お前は何も悪い事はしていないんだから気にするな! 悪いのはお前から目を離した俺だ! 曇るくらいならハレるまで俺を殴れ!」
御主人、更に過保護になりそうだな……ルウェリアさんの息が詰まらなきゃ良いけど。
とはいえ、今回の件が軽視出来ないのも確か。偶々五体満足で帰って来られたけど、再び誘拐される事も十分にあり得る。何しろこの街には、警察の役割を担う組織が存在しないんだから。
「取り敢えず、俺は今日中に真相を確かめに娼館に行って支配人と話を付けてくる。ディノー、済まないが俺のいない間の留守を頼めるか?」
「わかりました。普段以上に神経を使って警備に当たります」
今回の件、ディノーの勤務時間外に起こった事だから、彼には一切落ち度はない。それでも、ディノーもまたスッキリしない顔をしている。思うところはみんな一緒だな。
犯人を特定して捕まえるまでは、このモヤモヤが晴れる事はない。ルウェリアさんを攫ったのは本当に女帝なのか、それとも別の人物なのか……徹底的に調べておきたい。
とはいえ、いつまでもギルドを放置する訳にはいかない。高速馬車は返してきたけど、俺自身もそろそろ現場に戻らないとな。
「トモさん達はお仕事の最中ですよね? 私は見ての通り、もう大丈夫です。皆さんお仕事に戻って下さい」
そう思っていたまさにその時、ルウェリアさんがそう気遣ってくれた。怖い思いをして、自分の事でいっぱいいっぱいだろうに……
「……わかりました。仕事が落ち着いたらまた来ますね」
「ありがとうよ、トモ、コレット、イリス。お陰で助かった。この礼は日を改めてさせて貰うぜ」
御主人に握手を求められ、それに応じると、御主人は両手で俺の右手を力強く握った。その手はじっとりと汗ばんでいて、正直微妙な心持ちになったけど、御主人の心労と感謝がヒシヒシと伝わって来たのは確かだった。
こうして、釈然としないままルウェリアさん失踪事件は幕を閉じた――――かに思えた。
「おい起きろ! 客だぞ! っていうかなんで棺桶で寝てるんだよお前!」
その日の夜、突然ギルドにやって来て勝手に侵入した挙げ句、人の寝床にケチ付ける傍若無人な来訪者を目の当たりにするまでは。
蓋の隙間から見えたその幼い顔には、見覚えがあった。あり過ぎた。
「怪盗……メアロか?」
「フフン、如何にも怪盗メアロ様だ。わざわざ来てやったぞ、嬉しいだろ?」
「……」
寝ぼけ眼で、頭を整理する。俺は今何してる? どういう状況だ?
……そうだ、ルウェリアさんの身柄を無事確保出来て、本日の仕事も終わってギルド員を全員見送って、いつものようにギルドの棺桶の中で寝てたんだ。もう夜中だから当然だ。何もおかしな事はない。
結局、あれからファッキウはギルドに来なかった。その代わりにやって来たのが……怪盗メアロ?
「怪盗メアロ……」
「そうだ。我は怪盗メアロ。このアインシュレイル城下町を愛する淑女の名だ。光栄に思え。我とこんなに何回も相見えた人間はお前が初めてなんだからな」
「そうか……怪盗メアロか……ククク……」
「……え? 何その笑い声。棺桶の中から含み笑いとか超怖いんだけど。お前って実は闇の眷属か何かだったのか?」
この反応は間違いなく怪盗メアロ。寝ぼけて幻覚を見てる訳じゃないらしい。
って事は、ここでこのメスガキを捕まえてしまえば、依頼達成で纏まった金が手に入る訳だ。そして屈辱も晴れ俺の溜飲も下がる、と。なんて美味しい展開。そりゃ悪魔笑いもしたくなりますわ。
「誰が闇だ。で、何しに来た?」
とはいえ、問答無用で捕まえる前に聞きたい事が山ほどある。今は報酬よりそっちが大事だ。
「我の言いつけを守ったのをまずは褒めてやる。お前、素直な奴だな。だったら、我の最初の警告も覚えてるよな?」
「……この街に裏切り者がいて、そいつが街の平和を脅かす、だったか」
勿論覚えてる。そしてその直後、あのモンスター襲来事件が起こった。
「聖噴水に異常があったのは、その裏切り者の仕業なのか?」
「実行犯はそいつだ。聖噴水のマギを思いっきり乱しやがったからな。でも黒幕は他にいる」
……おいおい。情報の宝庫かよ。このメスガキは何でも知ってるな。
「ただ、幾ら我でも黒幕の正体までは把握しきれてない。病的なくらい慎重な奴なのか、全然尻尾出さないからな……」
「だよな。何でもは知らないよな。知ってる事だけだよな」
「当たり前だろ。お前は何を言ってるんだ」
ですよね……
「だから、お前はこの街で暗躍してる裏切り者をどうにかしろ。そうすれば、黒幕がひょっこり顔を出すかもしれないからな」
「……だったら、その裏切り者の名前を教えてくれればいいじゃん」
「はあ? なんで我がそこまで面倒見なきゃいけないの? ここまでヒント貰っててまだおねだりするの? 赤ちゃんなの?」
こ、このメスガキ……なんて長くトロッとした煽り顔を続けやがる。ムカつく顔だなあ!
「フン。確かに街を守れと言いながら、裏切り者の名前を敢えて教えないのは矛盾してるかもしれないけど、我にだって出来る事と出来ない事があるんだ。我が関わり過ぎても関わらなくても、この街は堕落する一方だからな。バランスが難しいんだよ」
「そっか。頑張ってるな」
「なんだその可哀想な人を見る目は! お前、我の事を『この街を支配下に置いていると思い込んでいる異常者』だと思ってるな!?」
他にどう解釈しろと……まるでシム系のゲームのプレイヤーみたいな事言い出すし。神様ごっこでもしてるんだろうか。
「ところで怪盗メアロ、お前ってあんな高度な変装が出来るんだな。普段もあのスキル使って誰かに化けてんの?」
「たまーにな。滅多にはやらない。他人を演じるのって難しいからなー。実際バレたし。あーー思い出しただけで腹立つ! あのソーサラー嫌いだわー!」
あれはティシエラが凄すぎるだけだな……俺は全然気付かなかったし、俺よりずっとバングッフさんに近い他の連中すらわかってなかったんだから。
それより――――
「なんでバングッフさんに化けたんだよ。っていうか、本物どこやった」
これは絶対に聞き出さなくちゃいけない情報。その為に怪盗メアロ捜索に力入れてたんだしな。まあ……全然上手くいかず向こうからやって来た訳だが。
「情報収集の為に決まってるだろー? 怪盗は常に色んな所から情報を集めないと、欲しい物を見つけられないからな。安心しろ、我は化ける相手をどうこうする極悪人じゃない。辻褄合わせの為に、十日くらいは街に帰ってこられない遠くに飛ばしただけだ」
「十分極悪人じゃねーか! つーかなんでそんな島流しみたいな事が出来るんだよ! お前マジ何者!?」
「我は怪盗メアロ。他に名はない!」
凛然とそう言い切るメスガキの顔は、棺桶の蓋で隠れて全部は見えない。ただ、その目の奥底には、見た目と全く違う獰猛な何かが棲んでいるような錯覚すら感じた。
「我が今夜お前に会いに来たのは、もう一つ警告する為だ。なーに遠慮は要らないぞ。我の事をチクらなかったご褒美だと思え」
「……まあ聞くけど」
薄々感じていたし、悔しくもあるけど、どうやらコイツは俺がどうこう出来る次元の存在じゃないらしい。あの職人ギルドを一瞬で半壊させたのもコイツだろうしな。
だからといって、今更下手に出る訳にもいかない。そんな気には到底なれないし、そもそも俺の周囲は実力的に格上ばっかだから気にしても仕方ない。
「我の名を騙って、ベリアルザ武器商会に予告状を出した愚か者がいる。我、そういうの絶対許さないタイプなんだよねー」
「自分は他人に化けてる癖に、ちっちゃい奴だな」
「うるさーい! 我は怪盗だからいーの! 怪盗は化けるのが仕事なの! 化けられるのは絶対NG! だから我、この件についてはネタバレする事にした!」
まさか……犯人を知ってるのか? 怪盗の情報網半端ねーな。俺も怪盗になろうかな。ルパン路線で行くかラパン路線で行くか悩みどころだ。
「あれは組織的犯行な。でも、武器屋の娘に悪さする為の犯行じゃない。守る為だ。どーやら街全体のマギが不安定になってたみたいだからな」
……は? 守る? どゆ事?
「連中が次に動くのは多分、冒険者ギルドの選挙の時だ。我を捕まえる為に無駄に人員割くくらいなら、そっちの護衛を強化するんだな。お前のギルド如きに我を捕まえられる訳ないんだからな! アーッハッハッハ!」
ぐぬぬ。嘗めやがって……
でも確かに、今の戦力じゃこのメスガキは捕まえきれない。ディノーが加入したとはいえ、まだまだ足りない。もっと大きいギルドにならないと。
「いつか必ず捕まえてやるから、首洗って待ってろ」
「ぜーったいに無理だね! お前まだ全然弱っちいから、そんなんじゃ我を越えられないね!」
何処か楽しそうな悪態を残して、怪盗メアロは姿を消した。
……中途半端な時間に起こしやがって。まだ全然外暗いじゃんか。こんなに目が冴えたらもう眠れねーよ。
ま、取り敢えずバングッフさんが無事そうなのは良かった。実際にこの目で確認するまではわからないけど、多分大丈夫だろう。
問題は……ルウェリアさんが攫われた理由と犯人、そしてファッキウの行方だな。このままだとルウェリアさんも安心して外に出られないし、コレットは山羊の悪魔のまま選挙を迎える事になってしまう。
取り敢えず、明日になってもファッキウの居場所がわからないようなら、あのメスガキの捜索を一旦打ち切ってファッキウを探して貰うか。
街全体のマギが不安定、とも言ってたな。聖噴水が機能停止したのもそれが原因なのか、それとも聖噴水のマギを乱した結果そうなったのか……
「……バフォメットマスクのマギが乱れたのも、それが原因かもな」
独り言なんて、生前は全く言った事なかった。住む世界と身体が変われば、性格や習慣も少しずつ変わっていくんだろうか。
結局、女帝が転生者かどうかもわからないままだし、本当、謎ばっか溜まっていくな。こっちは借金返済の為のギルド運営で手一杯だってのに。
あのメスガキ、俺に何を期待してるんだか――――
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