第102話 男性ホルモン受信中
対人戦闘の経験の差を考慮しても、レベル78のコレット相手に全く引けを取らなかった女帝の戦いぶりは見事だった。人生の大半を平和に過ごしてきた俺でも、その凄まじさがわかるくらいに。正直、水を差した事に後ろめたさすら感じる。
「フフ……やるね……」
とはいえ、後悔は全くない。コレットの追撃をまともに肩口に食らっても尚、不敵な笑みを浮かべられる彼女はやはり怪物。遠慮する余裕なんてこっちにはない。
「ボーヤ。今のは蛇骨剣だろ? あんな簡単に粉々になるような剣じゃない筈だよ。一体どんな仕掛けをしたんだい?」
「貴女の破壊力がエゲつないだけじゃないですかね」
「なら嬉しいけどねえ。全盛期はとうに過ぎたと思っていたのに、ここまで動けるとは思わなかったよ。アタイもまだまだやれるもんだね」
コレットと戦っていた女帝は、先日の俺との戦いの時より遥かに強かった――――かどうかはわからない。俺にそんなん測れる訳ないし。無理とは知れどスカウターが欲しいな。
「……正直スッキリとはしませんが、貴女の負けです。ルウェリアさんの幽閉場所を教えて下さい。これ以上貴女を傷付けるつもりはありませんが……黙ったままなら、その限りではありません」
剣先を女帝の喉に突きつけながら、コレットは似合わない脅迫に若干声を上擦らせていた。マスクで顔が隠れていても性格は隠せない。そもそも峰打ちで戦っていた奴がそんな真似したところで、本気で殺されるなんて誰も思わないだろうに。
「自分の勝ち、って言わないところも噂通りだね。レベル78のお嬢ちゃん」
「!?」
あ、バレてる。
そりゃそうか。あれだけの実力を持っている人なら、動きを見れば自分の戦ってる相手が最強クラスの冒険者って事くらい見抜けるわな。
これでコレットは一気に不利になった。私闘禁止を取り締まる組織がなくても、この戦闘の事を冒険者ギルドにバラされたら、立候補の取り下げ……まではされなくても心証は最悪。投票を拒む冒険者も出て来るだろう。
でも、そんな事は多分しないと、率直に俺は思っていた。理由は――――
「サキュッチさん。貴女は本当に、あの馬鹿息子の為にルウェリアさんを誘拐したんですか?」
彼女の矜恃だ。
この人なら多分、力ずくで娼婦を集めるくらい訳もなく出来るだろう。でも彼女に関する悪い噂は、金で女性の弱味を買っている事と守銭奴であるという二点。力で女性を屈服させているって話は聞いた事がない。むしろ、従業員を大切にしていたという以前の批評の方が、清々しさすら漂わせる今のこの人のイメージに合致するくらいだ。
ルウェリアさんのような病弱でか細い女の子を誘拐するなんて、到底しそうにない。
「……アタイに言える事は何もないよ。痛た……ったく、随分派手に叩き付けてくれたね。これじゃ病院にいかないといけないじゃないか。暫く留守にするから、入りたいなら勝手に入りな」
左肩を押さえながら、女帝は自分の城に背を向け、しっかりした足取りで街の方へと消えていった。
探すなら勝手にしろ、って事か。
「ね、ねえトモ。あの人、もしかして……無罪? だったら私のした事って、無関係の人を剣で襲った殺人未遂なんじゃ……」
マスクから汗が噴き出しそうなほど、コレットは狼狽えている。心なしか顔色が悪い。まあ元々血色悪い色してるんだけど、このマスク。
「んー……あの感じだと、息子がルウェリアさんを誘拐して来たのを知って、自分が罪を被ろうと敢えて犯人っぽく振る舞ってた可能性も……」
「だよねー! 私もそれかなって思ったもん! どっ、どうしようトモ! やっちゃった! 私やっちゃった! 極悪人の仲間入りだぁーーーーー!」
山羊の悪魔が罪悪感に悶えて踊り狂う様は見ていて心躍る。そうか、サバトってこういうのが見所なんだな。ちょっと興味湧いてきた。
「まあ、わかんないよまだ。普通に女帝がルウェリアさんを攫ってても不思議じゃないし。今はまずルウェリアさんがここにいないか確かめるのが先決じゃない?」
「そ、そうだよね。きっと娼館の何処かにルウェリアさんはいるよね」
多分。確信は全然ないけど。
もし、息子に差し出す為でも、息子の罪を被ってる訳でもないのなら、他にどんな理由が考えられるだろう。
あ……なんか嫌なの思い付いちゃったな。
「えーっと、一応こういう可能性もある」
「へ? 何?」
「あの女帝、クレイジーサイコレズなのかも」
「クレ……何?」
「可愛い女の子が好き過ぎて、拉致監禁したりムリヤリ襲ったり過激な行動に出る人の事」
「……」
思考停止したらしい。動かなくなった。マスクの中では白目剥いているかもしれない。
でも、その可能性も否定出来ないよなあ。あの女性とは思えないガッチムチの身体見る限り、一日中常に男性ホルモン受信中って感じだし。
それに偏見かもしれないけど、この世界のマッチョは変人率が高い気がする。ぶっちゃけクレイジーサイコレズが割と普通に思えるくらいには。
「……も、もしそれが本当なら、誘拐されたルウェリアさんはどんな目に遭って……」
「それは……」
ルウェリアさんが……女帝と……?
「……」
「……」
だーっ!! 思わず想像しちまったじゃねーか! 俺までフリーズしちまったよ!
「大丈夫だって! 娼婦を力で支配するタイプの人じゃないっぽいし、大事に愛でようとするタイプのクレイジーサイコレズなんだよきっと!」
大事に愛でるような人物がクレイジーでサイコな訳ないんだけど、今はこう思い込むしかない。悪い方向に考えてたら心配で具合が悪くなりそうだ。
「取り敢えずルウェリアさんを探そう。娼館は広いけど、片っ端から部屋を探せば……」
「あれ……? ギルドマスターさん……?」
へ? 今の幼い声は、まさか――――
「タキタ君? なんでこんな所に……?」
「へへー。えっとね、ここには綺麗でカッコ良いお姉さんが一杯いるからね、どうすればイリスお姉さんを養えるか、お話を聞いて貰ってたんだ」
おい……見てるかファッキウ。お前を超える逸材がここにいるのだ……!!
9歳で娼館通いとは恐れ入った。この子ヤベぇな。人間より魔王に近い存在なんじゃないか?
「それとね、メンヘルさんの純粋培養が上手くいってないから、それも相談してたんだ」
「う、上手くいってないって、どんなふうに……?」
「んーとね、瞬きしないようにお願いしても、全然ちゃんとしてくれないからね、ダメなの。あとね、息を吸うときに胸が動くから、それも」
……この子、もうギルドから追放した方が良い気がしてきた。将来どころか数日後に大犯罪起こしそうじゃん。でも目の届かない場所に行かれる方が更に怖い気もするし……扱いが難しい。全然打てなくなった元首位打者の外様ベテランくらい扱いが難しい。
「もうすぐメンヘルさんがね、迎えに来てくれるんだよ。あ……もう来た。メンヘルさーん」
「……」
数日前に見た彼女とは別人のように痩せ細って、見る影もない。自ら純粋培養される人の気持ちを知る為にタキタ君に弟子入りしたって話だけど、これもう普通に虐待案件なのでは?
っていうか、働きもしないでコンディションが最悪になってるギルド員って、もうクビにしてもいいよな……
「ギルドマスター……お久しぶりです……」
「う、うん。大丈夫? ちゃんと食べてる?」
「食べないんだよね。ずっと何もしないの。ねー」
「……ねぇ」
うわぁ……天然サイコと人工サイコの差がモロに出てる。メンヘルの顔引きつりまくってるじゃん。解放しないと割とマジで死ぬぞこれ。
「タキタ君。仕事はしてくれないの?」
「え……うん。えっとね、今の仕事、難しくてボク出来ないかも」
「大丈夫。街の人達に『怪盗メアロって知らない?』って聞いて回るだけでいいんだ。もし見たって人がいたら俺に教えて。出来る?」
「……やってみる」
9歳のタキタ君はあどけない顔で頷き、そのまま街に消えた。
彼の背中が見えなくなったのと同時に、メンヘルがその場で崩れ落ちる。おお、コレットの雪崩れ芸に負けないくらいの芸術点だ。
「ひっ……あ……ひぎっ……ありが、ありがとっござましゅ……! あいがとーござひまふぅぅぅぅぅぅ!!」
切羽詰まり過ぎて嗚咽してる……一体どんな目に遭わされてたんだよこの子。
「えっと、なんでそんな事になったの」
「最初は、幼女の純粋培養を極めんとする私にあの子の方から近付いて来て……」
うん、その現場は見たから知ってる。
「あの子の性癖には私の純粋培養論に通じるところがあって、あの子の言うようにすれば純粋培養される子の気持ちがわかると思って、言われた通りにしてみたんですけど……私が間違っていました! 怖い……! 一日中全身を完全に停止するのって凄く怖い……! 呼吸の仕方忘れちゃう……!」
……まあ、大体想定してた通りの説明だったんだけど、なんか脳が拒否してくるっていうか、もう今の内容全部忘れたい。っていうか純粋培養論って何。
あ、でもこの子の願望って要するに幼女の拉致監禁なんだよな。なら、ルウェリアさんが監禁されてる場所に当たりを付けられるかも。
「メンヘル。もし君があの娼館の中に幼女を監禁するなら、どの場所を選ぶ?」
「奥です。入り口から出来るだけ遠く、奥であればあるほどいいです。可能なら窓のない部屋が好ましいですね。純粋培養とは、誰とも接しないように環境作りするのが第一歩。幼女を外界の一切から守る為には、外の空気や陽の光からも遠ざけるのが最良です」
急に活き活きされても困るんだけど……早口過ぎて半分くらい聞き取れなかった。まあ、聞き取れてたとしても参考になりそうにはないけど。
「純粋培養は一旦置いて、身柄確保した子を暫定的に置くなら、どんな場所が良いと思う?」
「そうですね。その条件なら、広い部屋が良いかもしれません。環境に慣れて貰うのと、恐怖を緩和させる為に」
……成程。今度は参考になったかも。
「ありがとう。君はクビだから今日からギルドには来なくていいよ」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
追放こそが、彼女を救う唯一の方法。俺も通った道だ。達者で暮らせよメンヘル。誘拐罪で捕まっても俺は無関係だからな。
「えっと、これからどうするのかな……?」
「ここは専門家の意見を参考にして、広い部屋を優先して探そう」
風俗店には広い部屋なんてイメージにないけど、娼館だったらあるかもしれない。
とにかく入ってみよう。
……そんな軽い気持ちで館内に入った10分後。
「はむっ……」
とある大きな扉の奥から、本能の鬩ぎ合いのような声が聞こえてきた。
「ルウェリアちゃん。ホラ、もっと口を大きく開けて」
「んむ……はうう……すいません、もう無理です……」
固まるコレット。すぐピンと来る俺。
これは――――
「何甘っちょろい事言ってンだよ! そんなんじゃいつまで経っても大きくなれないだろーが!」
「はっ、はい……! んぐぐ……」
「もっとしっかり入れなって。舌が遊んでるよー? そんな事じゃいつまで経っても――――」
「はいはいどうせ食事中なんでしょ知ってた」
「トモさん!?」
案の定、娼館の中にはまるで屋敷の大食堂のようなダイニングがあって、そこでルウェリアさんは娼婦からメッチャ御馳走を食べさせられていた。
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