第128話 始祖
幽霊(仮)の幼女ミロは、感情のよくわからない目でじっとこっちを見続けていた。
眠い……って事はないと思うが、瞼がやけに落ちている。値踏みしているのか、それとも元々そういう顔なのか――――
「。。。私が知りたいのは。。。ネシスクェヴィリーテとお前ちゃんの関係。。。それがわかったらちゃんと魂を身体に返すな。。。」
辿々しい声で、淡々と問いかけてくる。確かに見た目も喋り方も幼児だけど、使う言葉はその限りじゃない。かといって、何百年も生きているようなロリババア的枯れ具合も見当たらない。
不思議な子だ。なんとなく、幽霊じゃないような気がしてきた。
「どうして俺がネシスクェヴィリーテと関わりがあるって……」
「。。。えっと。。。適当」
嘘つけ! こんな時だけ子供っぽくなるな! そんなアバウトな理由で人の魂を呼び出す奴いるか!
しかも、御丁寧にボディまで……ん?
「なあ、今の俺って本当に魂なの? 普通に身体あるし、結構な痛みを感じてるんだけど」
「。。。魂が痛みを感じない。。。なんて誰に聞いたのさ。。。普通に痛がるよ。。。?」
え、そうなの? いやでも、痛みってのは肉体の傷害を脳に知らせる信号であって、身体と分離している魂が感じるのは理屈に合わないというか……
「身体と分離してないのか……?」
「。。。してないよ。。。してたらもう蘇生も出来なくない。。。?」
いやそう言われましても。こっちはスピリチュアル関連の知識皆無なもので。
「。。。あんまり説明好きじゃない。。。簡単に言うと。。。お前ちゃんのマギが普通と違ったから怪しんだだけ。。。今のお前ちゃんは身体を記録している魂。。。だから身体が見えるし痛みもある。。。以上」
本当に説明が嫌いなんだな。喋る度に青ざめていく。
普通と違うマギか……転生者なのが影響してそうだ。身体の件も、前に死んで神サマの所に強制召喚された時と同じなんだろな。確か似たような説明受けたわ。
何にせよ、転生者なのを迂闊には喋れないし、話題変えよう。
「えっと、今の俺ってやっぱり蘇生しなきゃいけない状態? 死にかけてたのは覚えてるんだけど。あれ……お嬢ちゃんの仕業じゃないよね?」
「。。。急に犯罪者臭」
仕方ないだろ! 親戚でもない幼女を他に何て呼べば良いかわかんないんだよ!
「。。。殺されかけてたのは知ってるよ。。。だから急遽呼び寄せた。。。もう少し泳がせようと思ってたのに。。。」
麻取かな?
「それはいいけど、俺の身体どうなってるの? この際ハッキリ言ってくれていいから」
「。。。えっと。。。微妙?」
微妙って何!? 瀕死なの!? それとも死んだばっかなの!? そのライン国境くらい大事じゃない!? 曖昧にしないで!
「。。。マギの損傷は。。。多分死亡レベルまでじゃない。。。でも血が結構出てるから。。。栄養失調で死ぬかも」
いや普通に失血死でしょ? 栄養関係なくない?
何なんだこの掴み所のない幼女は。こんな幼女初めて見ましたのん。
「。。。でも多分。。。ギリ生きてる。。。大丈夫大丈夫」
「全然大丈夫っぽくないノリなんだけど……」
いやもう、こんなアホみたいなやり取りしてる場合じゃないって。なんで魂だけ呼び寄せる事が出来るのとか、城の中で何してんのとか、なんでこんなにお城がひっそりしてるのとか、色々聞きたい事あるけど……死んじゃったらどうにもなんない。さっさと向こうの知りたい事言って解放して貰おう。
「まあいいや。ネシスクェヴィリーテだけど、多分ファッキウって奴が所持してる。娼館の息子。わかる?」
「。。。うわぁ。。。うわぁ。。。うわわわわぁ。。。」
なんか悶え始めた。何このリアクション。日光でも浴びた? でもまだ夜だよ?
「。。。最悪。。。最悪過ぎる。。。ガッカリ。。。しょぼーん。。。死にたい。。。」
「え、死んでないの? 幽霊だよね?」
「。。。幽霊違う。。。私はヒーラー。。。ヒーラーの始祖」
……は? ヒーラー? この子が?
っていうかヒーラーの始祖って何!? ヒーラーって吸血鬼とか鬼とか完璧超人とか魔王とか蜘蛛とかエルディア人とか第6弾ヘッドと同列なの!?
「。。。だから。。。お前ちゃんの傷もちゃんと治してやんよ。。。偉過ぎる。。。」
なんか自画自賛始めた。
いやでも、本当に治してくれるのなら心底ありがたいけどさ……ヒーラーって時点で胡散臭いんだよね。
でも自称ヒーラーって、言うなれば自称詐欺師みたいなもんだよな。なら逆に良い人っぽくはあるな。
……ヒーラーって何なん?
「。。。教えてくれてありがとう。。。お礼に一つ忠告しようかな。。。」
「あっはい。なんでしょう」
幼女相手に思わず下手に出てしまった。別に威圧感とかはないんだけど、なんだろう。始祖って言葉使われた時点で負けだよね。俺のね、中二心を擽るんですよ。もう殺す勢いで。始祖……なってみてーなー……
「。。。十三穢には。。。関わらない方が良いよ」
お。ここでその名前が出るか。
十三穢。使用を禁じられている強力な13の武器。確かイリスがそう説明してくれた。
嫌でも、あの時の夢とリンクしてしまう。
魔王を倒せる13の武器。そしてその武器全てが、魔王に穢された……だったな。
あの夢が、実際にこの身体が見聞きした記憶だとしたら、恐らく十三穢ってのはエクスカリバーやグラムのなれの果てで間違いないだろう。符合し過ぎている。ネシスクェヴィリーテも、かつては魔王を倒す為の伝説の武器だった訳だ。
だったら確かに、極力関わるべきじゃない。魔王に穢された武器とか、所持しているだけで呪われそうだし。
でも――――
「いや、そういう訳にはいかない事情があるんで」
一応他にも方法はあるとはいえ、コレットの山羊マスクを外す数少ない手段の一つ。関わらない訳にはいかない。
「。。。ネシスクェヴィリーテが欲しいの。。。?」
「欲しいっていうか、借りられるなら借りたいというか……あれ、マギを刈り取る武器って言われてるんだよね? ちょっと知人がマギを拗らせて、被ったマスクを外せなくなってて」
「。。。何のマスク。。。?」
「山羊の悪魔」
「。。。フフッ」
あ、幼女に鼻で笑われた。コレットごめん。晒し者にする気はなかった。
「。。。それならマギヴィートの方が安全。。。フフッ」
ツボだったらしい。わかる。
「その魔法の存在は知ってるけど、使い手が行方不明でさ。娘とは知り合いだけど、名前すら教えてくれない酷い奴なんだ」
「。。。大丈夫。。。マギヴィートは一人しか使い手がいないからすぐわかる。。。最近ラヴィヴィオ四天王に昇格した中年ヒゲ野郎。。。名前は知らない。。。」
微妙に口悪い時あるよな、この幼女。
っていうか、そんな事までわかるのか。さすが始祖。もう始祖って自称してる時点でどんなトンデモ能力でも納得して受け入れられるよ。だって始祖だもの。あらゆる強キャラの称号の中でもNo.1だよね始祖。
「。。。忠告はしたから。。。そろそろ帰ってもらえるかな。。。眠い。。。」
「自分で呼び寄せておいてその言い草!」
っていうか、やっぱりあの目はおねむのサインだったんかい! 始祖でも幼女だな!
「まあでも、不法侵入だし身体も気になるし、早く帰してくれるならありがたいかも」
「。。。大丈夫だよ。。。ここ。。。私の他には13人しかいないし」
「……え?」
「。。。バイバイ――――」
その瞬間。
まるで蝋燭の火が消えたように、視界がふっと消えた。
13人? お城に? 幾らなんでも少な過ぎないか?
もしかして、これも夢なのか……――――
「――――…。……? ……っ!」
なんだ……?
遠くから声が聞こえてくる。また夢か?
なんかもう、現実感のない映像が次から次に映し出されてるような状態だから、どうにも意識がシャキッとしない。
取り敢えず、目を開け――――
「トモ! トモーーーっ!」
「うわなんだ止めろ悪魔!」
「悪魔じゃないよ! コレットだよ!」
「……あ。そっか」
ビビッた……目を開けた瞬間に山羊の悪魔が見えるって、とんでもない恐怖だな……
そしてこれは間違いなく現実だ。夢の中のコレットが山羊とは思えないし。
「でもよかった。心配したんだよー? ずっと眠ったまま起きないんじゃないかって」
「いや……状況が把握出来てないんだけど、まずここは何処?」
「病院」
……病院?
「トモ、外で寝てたんだよ? 昨日あれからお酒でも飲んだ?」
「いや、飲んではいないけど……」
答えながら、背中を自分で擦ってみる。何の怪我もない。痛みも一切ない。あの突っ張ったような感覚も。
怪我した事すら夢だった……なんてオチじゃないよな。だとしたら俺、どんだけ違う夢見続けてるんだよ。ドクターならぬドリームショッピングじゃん。
「コレット、詳細わかる? 俺がいつ何処で誰に発見されて、ここに運ばれたのか」
「第一発見者はね、ゲルムッチョさんっていう最近冒険者を引退した人。もう初老の年齢なんだけど、早朝のランニングは欠かさないんだって。見つけたのも早朝だよ」
マジかよ。俺、あれから一晩外で眠ってたって事? 夜は結構肌寒い時期なのに?
……これはやっぱり、夢じゃなかったっぽいな。恐らくあのミロって子が、言葉通り治癒してくれたんだろう。
だとしたら遠隔治癒か。確かラヴィヴィオ四天王の一人もそれが出来るって話だったし、なら始祖にだって出来るんだろう。さすしそ。
「最初は死んでるって思って見てみたら、幸せそうに寝てるから腹が立って蹴っ飛ばしたって言ってた。それでも起きないから、どうしようか迷った末に冒険者ギルドへ連れて来たって」
「ああ、だからコレットの耳にも入ったのか。マルガリータさんが教えてくれたんだな」
「そうそう! もしかしたらスリープで眠らされてるかもって」
敵を眠らせる魔法か。まあ確かに、その状態ならまずそれを疑うよな。実際には、出血量が多すぎて弱ってたからだろうけど。
確か、回復魔法では失った血までは完全に回復出来ないってディノーが言ってた。ああ、だからあの幼女始祖は出血量を気にしてたのか。栄養失調ってのは、案外ヒーラー間での隠語なのかもしれない。作画カロリー的な。
「一応病院で見て貰った方が良いって思って連れてきたんだけど……お医者さんが言うには、異常は何処にもないから、目を覚ます時は覚ますし覚まさない時は覚まさないだろうって」
……ヤブ医者じゃね? 何の説明にもなってないんだけど……
「迷惑かけて悪かったな。後ありがとう。俺は一体何日寝てた?」
目覚めた時のコレットのあの反応からして、丸二日寝てたとか普通にありそうだ。だとしたら、ギルマスの業務が溜まって――――
「え、普通に一晩だけど。今お昼」
「心配の程度がバグってない!?」
あーもう。折角、目覚めてみたら数日経っていたって夢のシチュエーションを体験出来ると思ったのに。
それはいいとして……一体何処までコレットに話したものか。
実は何者かに襲われて死にかけたって話をするなら、当然あの幼女始祖についても話す必要がある。じゃないと無傷な理由が説明出来ない。
でもなあ……
『お城の中に幼女がいました。その幼女はヒーラーの始祖と名乗り、遠くから俺の魂を呼び寄せて対話しました。傷も治してくれました』
なんて説明しても、普通は信じないよな。頭イカれたと思われるだけ損しそう。
まして、『この肉体が過去に体験した事を夢で見ました。魔王は倒せないそうです。あと魔王とライバルっぽい関係で妙に親しかったです』なんて言える筈ない。そもそも、肉体の記憶って時点で転生が前提な訳で。完全に秘匿案件だ。
「トモ。本当の事を言って。何があったの?」
コレットだって馬鹿じゃない。俺が路上で一晩眠りこけるほど酒を飲むなんて思ってないだろうし、何かあったって事くらいは察している。適当に誤魔化したら、折角築いてきた信頼関係にヒビが入りそうだ。
なら――――
「実は、ヒーラーに絡まれてさ」
真実を混ぜつつガチの誤魔化し。これしかない。
「え……? また借金を背負っちゃった?」
「いや、そいつは金に頓着のない珍しいヒーラーだったみたいだ。拉致監禁が趣味ってだけで」
「あー、いるいる。そういうヒーラー、偶に」
いるのかよ。でも別に驚きもねーな。っていうか、ウチのギルドにもいるしな。この街じゃ拉致監禁って割とありふれた趣味なんですかね。
「そこでちょっと話を聞いてたら、なんか途中で眠らされたみたいだ。スリープってヒーラーの魔法じゃないよな? 多分一服盛られたんだと思う」
「え、なんで?」
「趣味なんじゃないの」
「あー……んー……それはちょっとどうかなー」
流石に一服盛る趣味の奴はそういないか。ヒーラーと言えど限度はある。
最後の方はちょっと怪しげだったけど、どうにかここまで話せた。あとは力業で押し切れる。
「後半どうなったのかは俺もわからないけど、最終的には眠らされて外に放り出されたっぽい。でも、収穫はあった」
「収穫? 何?」
「マギヴィートについて聞いたんだけど、どうもその使い手は、最近ラヴィヴィオ四天王になった奴らしい」
奴等は髭を生やしていなかった。だから、残るは二人。俺達を狙っていたスナイパーのシャルフって奴か、残りの一人だ。
「でも俺達を襲ったあの二人じゃない。ヒゲが特徴らしいけど、誰かわかるか?」
「ううん。ラヴィヴィオに知り合いとかいないし」
そういえば、そんな事言ってたな。
なら、ディノーあたりに聞くのが良いか。割と詳しそうだったし。
「トモ、もしかして私の為にヒーラーと接触してくれてたの?」
「あー、いや別に……それより、悪いけど主治医を呼んできてくれない? 身体はもう大丈夫だから」
「わかった。でも無理はしないでね」
本当に心配してくれていたらしく、コレットは上機嫌で病室から出て行った。
持つべきものは友達だよな。ああいうちょっとした反応が凄く嬉しい。真相を話さない事への罪悪感は多少あるけど、この際仕方ないだろう。
にしても。
あのマスクしたままで、よく病院追い出されなかったな……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます