第129話 行けたら行くみたいなノリで人を殺すな
このレインカルナティオ国の病院は、診療代がやたら高い。というのも単純な話、保険制度が確立されていないからだ。オール自由診療で十割負担なんだから、そりゃ高いに決まってる。
しかも、この街は平均貯蓄額もかなりエグい事になっている。何しろ各分野における高名な人材が山ほど集っている訳で、当然それぞれが資産家。多少高額な医療費なんて屁とも思わないだろう。
加えて、ヒーラーが異様に高い価格設定をしている所為で、価格競争も全く起こらない。せめてヒーラーと病院の間で患者の取り合いでもあれば多少は違っていたんだろうけど、現状では高額医療がデフォの街になっている。
とはいえ――――
「診療のみで65Gか……」
何処にも異常がなく、治療も薬も必要なかったから、流石に大きな負担にはならなかった。いや6500円取られてはいるけどね。まあ致命傷を無料で治癒して貰った幸運に比べれば微々たる出費だ。そう思おう。
……さて。
「今日、皆さんに残って貰ったのは他でもありません」
領収書をポケットにしまい、ホールで待機しているギルド員全員に向かって話を開始。病院帰りとはいえ、既に全快しているし今日は働いていないから我ながら声の張りが良い。
関係者全員に集まって貰うよう手配したから、コレットは勿論、ディノーとイリスも来ている。特にディノーにとっては重要な話になる筈だ。
「これからアインシュレイル城下町ギルドは、新たな仕事に取りかかっていきます。その説明の前に、まず皆さんの雇用条件について相談させて下さい」
「あぁ? 相談?」
一番手前に座っているパブロが怪訝そうに声を上げる。他の面々も少し戸惑っているような表情だ。
ギルド設立以降、何度か面接を開き、また数名がいなくなり、現在ギルド員は当初より若干増えて24名になっている。ただ、この内数名はほぼ使い物にならないから、実働人数はもっと少ない。
「これまでは、比較的自由にやってもらう雇用形態のみでした。でも今後は、それに加えて違う形の雇用条件を設けたいと思っています」
突然の俺の提案に、ギルド員達がザワ付く。そんな中――――
「詳しく説明して貰おう」
マキシムさんは冷静に俺の話を聞いてくれていた。街灯設置の仕事を完遂して以降、この人の影響力はギルド内でも確実に大きくなっている。今も彼の一言でざわめきが収まった。俺よりギルマス向きなんだよな、この人。
「そう難しい話ではありません。今までは請負契約と委任契約だけでしたが、新たに専属契約を設けようかと思っています」
請負契約は完全成功報酬制。そして委任契約は固定報酬制。要は、請負契約の場合は成果に対しての報酬で、委任契約は束縛した時間に対して支払う報酬だ。街灯設置の仕事は前者、怪盗メアロの捕獲に関しては後者だった。
「専属契約は、どう違うんだ?」
片目を瞑り、マキシムさんは続きを促してきた。その顔からは感情を読み取れない。
「専属契約は完全成功報酬制に加え、受けた仕事に専念して貰う契約です。依頼が完遂されるまでは、他の一切の仕事を受けない事を条件にします。その代わり、報酬は他の契約よりも高く設定します」
説明を終えて、ディノーの方に目を向ける。案の定、難しい顔をしていた。武器屋の護衛をやっている彼にとって、専属契約に関しては事実上部外者だ。でも決して無関係じゃない。
「説明は理解したけどよう……その契約形態ってのは、依頼毎にアンタが決めるのかい?」
「いえ。受注して貰う際に話し合いで決めたいと思ってます。面倒臭いようならこっちで勝手に決めても良いですし」
「って事は、こっちとしちゃ選択の幅が広がるってだけか。ンだよ大将、仰々しく喋り出すからヤベー事やらせるんじゃねーかって心配したじゃねーか」
パブロと同じテーブルから質問してきたポラギとベンザブの表情が緩む。他の面々にもその空気は伝染し、さっきまでの不穏さは薄らいだ。
……いや、ヤベー事やらせようとしてるんだけどね。
「では、専属契約の追加を承認しても良いという人、挙手をお願いします」
特に異論を挟む人はいなかったようで、全員が手を挙げていた。自称イリス姉を除いて。
つーかあの人、あんな端っこで何してんの。前々からそうなんじゃないかと思ってはいたけど、イリスが同じ空間にいると極力遠ざかろうとしてるよな。同名、そして姉を名乗ってるのに。好き過ぎて握手会の時に萎縮してしまうアイドルのファンなの?
「それじゃこの件を踏まえた上で、新たに二つ仕事を発注します。一つは以前から言っていた娼婦の護衛です」
「あ、話ついたんだ」
「さっき無事まとまったよ。娼婦が帰宅時に外食する場合、一緒に食べるか、その施設の入り口で待機。その間も警備時間として報酬を頂く事になりました」
歓声があがる。何気にこの件、ギルド内でも話題になっていたらしい。そして娼婦のお姉さん方と食事するチャンスがあるとわかったからこその歓声だろう。
「食事は必要経費としてギルドで持ちます。信頼関係の構築の為にも推奨するんで、誘われたら遠慮なくどうぞ。娼婦に手を出したら殺します」
「おい待て! 今しれっと殺すっつったぞ! 幻聴じゃねぇよな!?」
数人ほど気付いたようだけど、浮かれている中年オヤジのギルド員どもは聞こえていなかったらしい。尚、死刑執行は俺じゃなく女帝によって行われる。これ契約に入れてるからね。マジで。つーかこの条項入れないと仕事貰えなかったからな……
「で、もう一つは野良ヒーラーの監視および有事の際の制圧です」
喧噪が一瞬でピタリと止まった。
「……大将。それマジか?」
「はい。この仕事に関しては、他のギルドと共同チームを作って貰います。専属契約なら報酬弾みますんで、こぞって参加して下さい!」
「満面の笑顔で何言ってんだコイツ!? 完全にサイコパスじゃねぇか!」
「なんちゅー仕事取って来やがったんだ大将! ギルド員を殺す気かー!?」
「ひぃぃ! 俺どんな仕事でも受ける自信あるけどヒーラーはダメだぁ!」
阿鼻叫喚。でもこんなの予想通りだ。
「勿論、無理強いはしません。あくまで幾つかある仕事の中の一つです。でも、このギルドが今後定着できるかどうか、その運命が懸かった仕事です。俺もやります」
その宣言と同時に、少しずつ悲鳴は収まっていった。
「俺はこれが、最初で最後のチャンスだと思っています。今、街全体が野放しになったヒーラーに怯えているのは、皆さんも承知している筈です。ここでヒーラー被害を最小限に抑えられれば、ギルドの名を売れます。住民の方々から信頼を得られます。脅威であればあるほど見返りは大きい。挑む価値はあります」
切々と本心だけを語る。何も飾る気はない。
「俺はヒーラー相手に借金をしています。それを返す為にこのギルドを作りました。そういう経緯もあるんで、ヒーラーはこのギルドにとって避けて通れない存在かもしれません。アインシュレイル城下町の名を冠したこのギルドが、本当の意味でその名前に相応しくなる為に、これ以上の相手はいないでしょう」
反応は――――ない。反論もない。ただ、肯定する声もない。
みんなの目が怖い。息が詰まる。こんな感覚、宿題を連続で忘れて名指しで教師から吊し上げられた小学生の時以来だ。卒論の発表会や就職する時の面接だって、こんな空気じゃなかった。
やっぱり無謀だったんだろうか。これでギルド員の心が離れてしまったら、折角築きつつあった信頼関係すら失ってしまう。
俺はまた……
「一晩、ゆっくり考えるかぁ」
――――そう呟いたのは、意外にもロリコンのド変態青年ことグラコロだった。
……えぇぇ!? 本当に意外ー! お前にそんな男気あったの!? 犯罪者予備軍どころか捕まってないだけの容疑者だと思ってたのに!
「フッ。ヒーラーの首か……我が輩に相応しい首級よッ!」
シデッス! 転職したのに新たな環境に馴染めず結局出戻りしてきた首狩り族のシデッスじゃないか!
そうか。単純な事だったんだ。ウチにはこれだけの人材がいるんだ。活かさない手はないよな。
目には目を、歯には歯を、変態には変態を。変態を制する者は怪事件を制す。生前の格言通りだ。
「契約の見直しをする為、怪盗メアロの取り押さえと選挙の警備任務については一旦キャンセルして下さい。継続を望む人は口頭で伝えて頂ければこちらで手続きします。話は以上です。遅くまで残って頂きありがとうございました」
解散を伝えると、ギルド員は様々な反応で散り散りになっていく。露骨にウンザリした顔の人もいれば、真剣な顔で検討していそうな人もいる。
ある程度予想していたとはいえ、ヒーラーを相手にする仕事は拒否反応がエグいな……ウチのギルド員だって元高レベルの冒険者や、かつて名を馳せた実力者ばかりなのに。
「ねー」
思わず漏れそうになった溜息が、突然話しかけられた驚きでUターン。女声だけどコレットでもイリスでもない。勿論自称イリス姉でもない。
この人は確か――――
「ヒーラーの依頼だけど、あれってもしヒーラーが外道な事してるの見かけたら殺して良いの?」
「……いきなり物騒な事を」
元アサシンを自称するシキさんだ。
その申告の信憑性はともかく、少しラフな黒髪ショートボブで黒ずくめの格好な上に全体的にソリッドな印象で暗殺者っぽい見た目なのは確か。細身でありながら華奢って感じじゃなく、目もなんか闇を凝縮したように濁っていてちょっと怖い。
年齢は19歳。流石に現役だと受け入れに躊躇するところだったけど、既に足を洗っているとの事だったし、面接でも普通だったから働いて貰う事にしたんだっけ。
「面接の時にも言ったけど、ウチは殺し厳禁。殺した時点で無関係装うからそのつもりで」
「なーんだ」
一瞬にして興味を失ったような顔するなよ……何この子、自分の殺人衝動を満たす為にアサシンやってたの? 面接ではそんな話してなかったよね?
「……もしかして今まで猫被ってた?」
「そんなつもりもないけど。ヒーラー嫌いだし、殺せるなら殺そっかなって」
「行けたら行くみたいなノリで人を殺すな」
「はーい」
面倒臭そうにそう答えたかと思うと、もう用はないと言わんばかりに離れて行った。
……あんまりヒーラーの事言えない気がしてきたな。ウチも大概ヤバいのが多いギルドだし。
「ギルドマスター! 少し時間いいでしょうか!」
今度は誰?
ああ……元女性騎士の人か。名前は確かオネットさん。27歳の人妻剣士で、レインカルナティオ人じゃなく隣国のハンデルコメルス人だったな。
見た目ではこの国の人達と全く区別が付かないし、これって特徴もない。元騎士の割に目が腐ってる事以外は。
面接で聞いた話によると、ハンデルコメルスの何処ぞの領主に仕えていたけど、訳あって袂を分かち、ここに流れ着いたんだったっけ。
「不肖私、以前からヒーラーの横暴は許せないと感じていました!」
お。腐った目でも流石は元騎士。溢れる正義感でヒーラー監視を引き受けてくれるのか?
「この機会に連中の頭蓋を砕いてもよろしいでしょうか!」
「いやだから良くないですって! どいつもこいつも物騒だな!」
「しかしあのゲス共、どう言い聞かせても迷惑行為を止めないのです……これはもう、頭蓋を砕くしか!」
「なんでそう極論なの……あとオネットさん、斬首マニアのシデッスとキャラ被ってるけど人妻がそれでいいんですか?」
「あの首ちょんぱ以外頭にないキチガイと同列で語られるのは不本意です。不肖私、何も頭蓋を砕くだけが能ではありません。毒殺から謀殺まで、インドア殺にも精通しております!」
「ただのアサシンじゃねーか!」
元騎士って肩書きは何だったんだ……あとインドア殺って何?
「不肖私、領主に仕えていた頃は政敵をこれでもかと言わんばかりに屠っていましたので」
「ああ、やり過ぎて解雇されたんですね」
「いえ、勢い余って領主も屠ってしまいまして」
「えぇぇ……」
「その領主、前々から民衆をゴミと公言するクズだったんですが、ある日ついに『ゴミがタダで呼吸をするな』と呼吸税なる税金をかけまして。これはもう、殺るしかないなと」
……理由自体は割とまともだな。そんな暴君なら殺されても仕方ない。
「不肖私、殺人自体を楽しんではいません。殺す以外に選択肢のない絶対悪や巨悪のみを仕方なく殺しているだけなのです。子はいませんが、夫を心から愛しています。家族が悲しむような真似はしません」
「そんなに正義感強いなら、冒険者になって魔王討伐を目指した方が良いんじゃ……」
「モンスターを懲らしめる人達は大勢いますけど、人間の悪を懲らしめる人は少ないですから。それに、夫が心配しますし」
いやいやいや……今の方が余程心配するでしょうに。
「その、旦那さんは貴女のシリアルキラーっぷりについてはご存じなんですか?」
「シリアルキラーではありませんが、不肖私の経歴については全て知っています。温かい人で、こんな血塗られた女を心から愛してくれています」
血塗られてる自覚はあったのか。
「でも先日不倫が発覚したので屠りました」
「貴女すぐ屠りますね!」
「幸い、ヒーラーが近所にいて蘇生には成功しました。人間に殺されたのに無事蘇生できたって大喜びで、今も夫婦円満です。借金返す為に働きたいんで、精いっぱいヒーラーを屠りたいと思います」
「それでいいのか……」
意気揚々と去って行くオネットさんに、これ以上ツッコむ気にもなれなかった。やっぱ目が腐ってる奴は根っこも腐ってるわ。
「マスター、スピーチ疲れ? 顔がゲッソリしてるよー」
「……イリス。俺、ギルマス続ける自信なくなってきた」
「え? 急にどうしたの?」
そりゃ、設立当初はどうしても人数が必要だったからガバガバ面接だった自覚はあったけどさ……こうも変人ばっか集まっていたなんて。これ俺達がヒーラーを鎮圧しても、いずれ第二のヒーラーギルドになりそうで怖いんだけど。ヒーラー取りがヒーラーになる、みたいな。
「でも、事務もやってヒーラーの監視もやってじゃ、確かに参っちゃうかもねー。せめてギルド職員を雇った方が良いんじゃない? 受付もいないし」
受付か。確かにそろそろ必要かもしれない。軌道に乗ったとまでは言えないけど、それなりに各勢力ともパイプ出来てきたし。
また変なのが来なきゃ良いけど……
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